食品中の環境汚染有機化学物質の一斉分析のための高効率前処理法の構築に関する研究
概要
九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
食品中の環境汚染有機化学物質の一斉分析のための
高効率前処理法の構築に関する研究
佐藤, 環
https://hdl.handle.net/2324/7157398
出版情報:Kyushu University, 2023, 博士(農学), 課程博士
バージョン:
権利関係:Public access to the fulltext file is restricted for unavoidable reason (3)
氏
名
論文題名
:佐藤
環
:食品中の環境汚染有機化学物質の一斉分析のための高効率前処理法の構築に関
する研究
区
分
:甲
論
文
内
容
の
要
旨
近年、人々を取り巻く生活環境は大きく変わってきている。今日の我々の便利で豊かな生活は、
多くの化学物質の開発と利用によって支えられている。
プラスチック、ゴム、木材、繊維等の高分子有機材料を燃えにくくするための添加剤である難燃
剤や農作物や観賞用植物等に発生する害虫や病気の退治や予防、除草のために使用される農薬は
火災による人的または経済的損失の防止や一定品質の農作物の生産や収益の維持に多大な貢献をも
たらしている。
一方で、環境汚染や健康被害を含む地球環境維持を見据えた SDGs の観点から、現在ではこのよ
うな化学物質の使用は忌避されつつある。しかしながら、使用された化学物質の多くは、水、大気、
底質、土壌等の環境中へ移行し、難分解性物質は環境中で残留、循環することが指摘されている。
さらに環境中に残留した化学物質は食品中へと移行する。
このように、身の回りには多種多様な漏洩した化学物質で溢れ、それらによる曝露は不可避の状
況と推察される。化学物質の安全性を判断するためには、その有害性だけでなく化学物質に対する
曝露量を把握することが重要になる。そのためには、多様な化学物質を高効率・簡便に分析できる
一斉分析法の設定が必要となる。
ライフスタイルの変化とともに、食生活についてもその変化は大きく、
「中食」や「健康食品」が
登場し、種類・販売量ともに増加しつつある。このような社会的背景を考えると、社会実態に即し
た中食や健康食品を対象とした難燃剤などの化学物質の汚染実態を把握する必要がある。
以上のような背景を鑑み、本研究では高効率かつ簡便に難燃剤などの化学物質による汚染実態を
把握可能な MS 法に基づく分析法の構築を図った。
まず、水産食品の汚染実態解明を目的として、ハロゲン系難燃剤の一斉分析法の構築を試みた。
ハロゲン系難燃剤を分析対象物として、一斉抽出可能な前処理法の設定と、得られた抽出物におけ
る GC- または LC-MS 分析法の最適化を検討した。
凍結乾燥-高速溶媒抽出法(ASE 法)または塩酸分解-液・液抽出法(LLE 法)にゲル浸透クロマ
トグラフによる精製法を組み合わせて最適化した分析法(ASE-GPC-MS 法および LLE-GPC-MS
法)のバリデーション解析を行った結果、高い繰り返し精度と回収率が達成され、水産食品の汚染
実態調査に対して有力な分析法であると結論付けられた。
構築した ASE-および LLE-GPC-MS 法を用いて、入手できる水産食品を実試料としてハロゲン
系難燃剤の定量と汚染実態の把握を試みた。対象とした水産食品は、寿司弁当類、焼き魚弁当類、
および水産油脂を加工した健康食品とした。弁当類では、主に魚介類部分からハロゲン系難燃剤が
検出された。また、水産油脂を使用した健康食品からもハロゲン系難燃剤が検出されたものの、そ
れらハロゲン系難燃剤の有害性評価値に対する摂取量は最大でも 11.5%と推定されたことから、今
回の調査段階においては市販の水産食品は安全基準の範囲であると判断された。
次に、残留農薬の簡便かつ迅速な一斉分析法の構築を試みた。前処理として、国内において残留
農薬一斉分析法として普及しつつある STQ 法での抽出法を適用し、さらに 3 種類の固相カラムを
用いる STQ 法での精製段階を単一の C18/SAX/PSA 積層固相カラムに置き換えた。設定した単一固
相カラム法による残留農薬の一斉検出・定量の妥当性を評価するため、野菜ジュース、野菜・果実
濃縮粉末に農薬を添加した回収試験を実施し、回収率および繰り返し精度を求めた。その結果、総
計 326 種類の残留農薬の一斉分析を達成することができた。STQ 法よりも簡便な前処理法を提案す
ることができ、本研究で構築した単一固相カラム(C18/SAX/PSA 積層固相カラム)精製による MS
分析法は、従来法と比較して迅速かつ簡便であり、残留農薬の一斉検出・定量に有効であると判断
された。
本研究で確立した単一固相カラム(C18/SAX/PSA 積層固相カラム)精製による MS 分析法を用
いて、野菜・果実を加工した健康食品中の残留農薬の実態調査を行った。実態調査の結果、43 種類
の食品から、総計 30 種類の殺菌剤、32 種類の殺虫剤、さらには 11 種類の除草剤および 1 種類の
成長調整剤が検出された。一日摂取量を算出し、各農薬の ADI から、リスクを評価した結果、本調
査から推定された各農薬の対 ADI 比は十分に小さい値であり、今回の調査段階では健康に影響を及
ぼす量ではないと判断された。
以上、本研究で設定した前処理法と MS 法を組み合わせることによって、中食をはじめとする食
品の汚染実態の網羅的な把握が可能となった。前処理法の最適化と高効率化は、食品分析の根幹を
なす工程であることから、本研究で得られた前処理法は、環境分析だけでなく、食品科学や生化学
分野など、多方面への展開が大いに期待される。