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大学・研究所にある論文を検索できる 「霊長類の意識に関わる脳情報ネットワーク」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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霊長類の意識に関わる脳情報ネットワーク

藤本, 蒼 東京大学 DOI:10.15083/0002004245

2022.06.22

概要

【序文】
 我々は、日常生活において種々の意識内容を経験しているが、一方で意識は主観的な側面を持ち、客観的に扱いづらいため、長年科学の対象から避けられてきた。しかし、「意識の神経相関Neural Correlates of Consciousness」を実験的に探ることができるという考え方が提唱されて以降、fMRIなどの画像検査や心理実験手法の発展に伴い、意識を対象とした、科学的研究が次々と行われるようになってきた。
 特定の「意識内容contents of consciousness」に対する研究が進む一方、特定の意識経験を持ちうる状態「意識レベルlevels of consciousness」の差異を、統一的に評価する実験手法や、包括的に説明する理論は確立していない。
 ヒトの意識レベルは、外的要因による意識障害や入眠・覚醒による生理的な意識の喪失・回復など、容易に変化し得る。臨床的にはヒトの意識レベルは外部からの観察・刺激に対する反応で評価されてきたが、乳幼児や高度意識障害患者など、既存の臨床的評価法では不十分な対象も存在する。一方で、既存の脳活動の計測方法として、画像検査(fMRIなど)の時間解像度や、生理検査(EEG)の空間解像度は、意識を支える脳ダイナミクスを捉えるためには不十分と考えられ、また解析手法としても、脳活動の局所のふるまいを評価することがほとんどだった。
 その中で、意識レベルには情報統合が重要であると考える、統合情報理論(IIT: Integrated Information Theory)に基づいた解析手法は、ネットワーク全体を捉えられる点で、これまでの数理手法にはない利点がある。そこで我々は、硬膜下電極を用いて時空間解像度の高い脳活動データを取得し、IITに基づいたネットワーク解析を施すことで、脳において情報統合の強い部分を算出した。意識レベルを睡眠・麻酔によって低下させ、意識レベルが十分高いと考えられる覚醒状態と比較することにより、意識レベルに応じて、脳情報ネットワークの特性に変化が現れるかを検証する

【方法】
 我々はヒトと相同の脳を有する霊長類であるマカクザルの大脳半球外表全体を覆う、大型かつ薄型の硬膜下電極を作成し、右半球に留置した。意識のある覚醒状態と、意識のない睡眠・麻酔状態で64チャネルの電極からsampling rate 1000 Hzで皮質脳波(ECoG)を計測し、異なる意識状態に対応する時空間解像度の高い脳活動データを解析対象とすることが可能となった。
 Shannonが定義した情報理論を用いると、ある確率(分布)で起こる事象の情報量(エントロピー)を定量的に扱うことができ、また条件付き確率(分布)を用いることで、事象間での情報のやり取りを相互情報量として評価できる。今回、まずECoG各チャネルの電位変化を100Hzにdown samplingし、ネットワーク全体の相互情報量を算出した。そしてあるネットワーク内の情報統合は、特定のサブネットワーク集合間の結合が切れたと仮定した場合に減少する相互情報量によって評価した。この解析手法によって、異なる意識状態ごとに、統合が強いチャネル群を描出し、脳表を6つの領域に分け、意識状態の変化に対応して、統合の強い領域と広がりの様式を定量的に明らかにできた。この情報量の解析は、連続変数である各チャネルの取る電位が、ガウス分布に近似できることに着目したことで、計算コストを大幅に削減でき、現実的に可能となった。

【結果】
 結果として、意識のある覚醒状態では後頭葉のチャネルで相対的に情報統合が強く、意識の低下する、睡眠・麻酔状態では側頭葉前方のチャネルで統合が強まることがわかった。領域別に統合の強さを解析することで、意識状態ごとに統合の強い領域が有意差を持って示された。

【考察】
 意識レベルには情報統合が重要であることを示唆する知見が、近年散見されるようになってきたが、我々の研究ではIITに基づいたネットワーク解析を行うことによって、意識レベルの変化に対応して、情報統合の強い領域が変化することを、直接捉えることができた。本知見は、意識がある状態においては、意識に主に関わる部分が脳ネットワークの後方に存在することを示唆し、意識の座の「前方説・後方説」のうち後者を支持する。また、意識のない状態においては、後頭葉の情報統合が弱まり、側頭葉前方の統合が強まる。これは、意識が低下した時に、側頭葉前方の統合が強まるというより、後頭葉の情報統合が相対的に弱まると意識が低下する可能性が考えられる。
 本研究で用いた電極数や計測範囲が、意識の座を推定する上で、十分であったかどうかは、現時点ではわからない。今後、より高い空間的密度の電極を用いたり、電極を留置する範囲を広げたりするで、統合の強い領域をさらに精細に特定できる可能性がある。解析においても、今回取得したデータの解析前処理法や、情報統合の定量化の計算方法が最適でない可能性もある。また、IITとは異なるフレームで、意識を説明づける理論が出現するかもしれない。いずれにせよ、実験と理論の両面から、意識の機構を検証する研究は、今後もますます重要になってくるであろう。
 我々が実験対象として使用したマカクザルは、ヒトの脳と構造的に近縁で、様々な高次認知機能を有するが、本研究で評価した意識レベルと情報統合の強さの関係は、ヒトでも同様の結果を得られるか明らかでない。特に臨床現場では生理的・人為的な意識レベルの変化の他、疾患・外傷による意識障害など、意識レベル低下の原因・程度が多岐にわたるため、そのような状態において、どのような結果が得られるのかも、今後明らかにすべき課題である。
 ヒトにおいては特に非侵襲的な方法で時空間的解像度の高いデータを測定する必要があるが、侵襲的な方法による時空間解像度の高いデータによって、意識の生成モデルを構築した後、ECoGとEEGを同時に測定し、その関連性を明らかにできれば、本解析法を応用できる道筋ができるだろう。
 脳活動データに基づいて、意識の定量的評価が、より正確にできるようになれば、現在は高度意識障害患者のように診断される患者でも、実際の脳活動では情報統合があり、意識レベルが高いと評価されるケースが出てくるかもしれない。適切な検査方法が確立できれば、種々の原因・状態の意識障害患者の意識レベルの評価・再分類に、本研究は寄与し得ると期待する。

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