橋頭位ラジカルを用いたタラチサミンの全合成研究
概要
【序】タラチサミン(1)は、電位依存性カリウムチャネル選択的な阻害活性を有する C19 ジテルペンアルカロイドである 1) (Scheme 1)。1 は、高度に縮環した 6 環性骨格上に、3 つの四置換炭素を含む 12 個の連続する不斉中心を有する。特に 4 つの環の縮環部である C11 位第四級炭素は構築困難な不斉中心である。一方、橋頭位ラジカルは、立体反転が不可能な sp3 ラジカルであり、反応点近傍の立体障害が最小化されているため、第四級炭素の立体特異的な構築に有用である 2)。筆者は、橋頭位ラジカルを用いた 1 の骨格構築法の確立を目指し、合成研究に着手した。
1. 3 成分ラジカル-極性交差反応を鍵とした合成研究
【計画】筆者は、修士課程においてラジカル-極性交差反応を鍵としたタラチサミンの全合成研究を行った 3)。AE 環フラグメント 2、C 環フラグメント 3 およびアルデヒド 4 との反応により 3 成分反応成績体(5, 6 および 7)を得た。そこで反応成績体から 1 を合成する計画を立てた。まず 7 から C8 位と C14 位の酸素官能基を保護して 8 とする。続いて C5 位ケトンとアルキン部位を足掛かりとして、B 環を有する 9 を合成する。その後 9 から、DF 環の構築と酸素官能基化を経て 1 を合成する。
【立体配置の決定】未決定であった 3 成分反応成績体 5 の立体配置を決定するため、11 または12/13 へと変換した(Scheme 2)。まず 5 の Luche 還元により得られる 10 を、トリホスゲンを用いて 11 とした。1,3-ジオール部位を環構造にすることで、C8, C9 およびC10 位の立体化学を決定した。続いて、C4 およびC11 位の立体化学を決定できた。10 のC8, C14 位ヒドロキシ基をアセチル化したのち、TBS 基の除去とアセトニド保護を経て環構造を有する 12 および 13 とした。C10-C11 炭素-炭素結合の回転が制限された 12/13 の構造解析によって C4, C11 位の立体化学を決定することができた。
3 成分反応成績体 7 の変換により、B 環を有する 18 の合成を試みた(Scheme 3)。7 を DIBAL-H 還元に付すことでジオールへと導き、生じた 1,3-ジオールを保護することで 14 とした。14 に対し、 NaBH4 を作用させると、TMS 基の除去を伴いアルコール 15 を得た。15 から 4 環性化合物 18 を合成するため、ラジカル前駆体 16 への変換を試みた。しかし立体障害の高いC5 位ヒドロキシ基の反応性は低く、反応は進行しなかった。一方、14 に K2CO3 を用いてTMS 基を除去し、17 を合成した。その後SmI2 存在下、17 の C5 位ケトンから生じるケチルラジカルの環化を試みたが、原料を回収するのみで 18 は得られなかった。以上のことから、本ルートでの 1 の合成を断念した。
2. 分子内 7-endo ラジカル環化反応を鍵とした合成研究
【計画】21 の脱炭酸を伴うラジカル環化反応を鍵とした合成計画を立案した(Scheme 4)。まず、既知である 194)から C5 位へのアルキル側鎖導入とエステル部位の官能基変換によって 20 へと導く。次に、アルキン部位を足掛かりとした 5 員環フラグメントの導入、側鎖伸長および C10 位の官能基変換によりラジカル前駆体であるカルボン酸 21 を合成する。続いて、鍵となる 7-endo ラジカル環化反応に 21 を付すことで、B 環構築が可能であると予想した。その後 23 から、DF 環の構築と酸素官能基化を経て 1 を全合成する。
【ラジカル反応の条件探索】21 をラジカル前駆体として用いた鍵反応を達成するためには、C11位橋頭位ラジカルを発生させる必要がある。まず、19 から容易に誘導できる 29 を用いて、反応条件の探索を行った(Scheme 5)。カルボン酸から酸化的にラジカルを発生させる条件では、アミン部位の酸化が競合する可能性がある 5-7)。そこで、ラジカル発生におけるアミン上の置換基による影響を明らかにするため、29a (R = Et)に加えて、窒素上がBoc 基で保護された 29b (R = Boc)も合成した。まず、19 の窒素上エチル基を除去し、生じた二級アミンを Boc 基で保護して 24 を合成した。以降は基質 19 と 24 に対して同様の変換を行い、カルボン酸へと導いた。すなわち、C5 位ケトンおよび立体的により空いた C18 位エステルを選択的に還元し、生じた 25 に対する 1 級ヒドロキシ基選択的なメチル化を行うことで 26 を得た。26 を還元条件により 27 とした後、2 工程の酸化反応に付すことで 29 を合成した。続いて、29 とシクロペンテノンとの分子間ラジカルカップリングを行った。反応条件を種々検討したものの、29a (R = Et)をラジカル前駆体として用いた場合、30a は得られなかった(entry 1)。一方で 29b (R = Boc)を用いたところ、3 つの異なる条件(entry 2-4)でカルボン酸からの脱炭酸により生じた C11 位橋頭位ラジカルがシクロペンテノンへと付加し、30b をC10 位に関する立体異性体(dr = 1 : 1)の混合物として得た。以上により、アザビシクロ骨格の窒素上を Boc 基保護することでカルボン酸からラジカル付加反応が実現できることを見出した。
【モデル基質を用いたラジカル環化反応】続いて、C7, C8 位に官能基を持たないモデルカルボン酸 36 をラジカル前駆体とし、分子内 7-endo ラジカル環化反応を検討した(Scheme 6)。まず 27b に対し、1 級ヒドロキシ基選択的にアセチル化することで 32 を得た。次に、32 のキサンテート化と続く Keck アリル化により 33 へと導いた。33 に対し、ヒドロホウ素化と鈴木-宮浦クロスカップリングを一挙に行うことで 5 員環を導入し、34 とした。その後、34 のアセチル基除去と 2 工程の酸化反応により 36 を合成した。続いて、7-endo ラジカル環化反応を検討した。その結果、水銀ランプ照射下、フェナントレンと 1,4-ジシアノベンゼンを用いる条件において、C10, C11 位不斉炭素が立体選択的に構築され、4 環性骨格を有する 37 を単一の異性体として得た。
【高酸化度カルボン酸の合成】1 の全合成に向けて、C7- C8 二重結合およびC8 位に側鎖を有するカルボン酸 45 の合成を行った 8) (Scheme 7)。まず、33 のオレフィン部位の酸化開裂により 38 へと変換し、Gilbert 試薬を用いることで 39 へと導いた。その後、ヨードシクロペンテノンとの薗頭反応により 5 員環を導入し、40 を合成した。次に、内部アルキンを位置および立体選択的にヒドロスタニル化することで 41 とした後に、導入した C8 位スタニル基を Stille カップリングによりアリル基へと変換し 42 を得た。トリエン 42 の末端オレフィンを選択的に酸化開裂することで 43へと導き、ジベンジルアセタール化を行うことで 44 を合成した。44 のアセチル基を除去した後に、2 工程の酸化反応に付すことで鍵反応の前駆体であるカルボン酸 45 の合成を完了した。
【結語】橋頭位ラジカルを用いた 1 の合成研究を遂行した。ラジカル-極性交差反応により得た 3 成分反応成績体は、1 と同じ絶対立体配置を有することが明らかとなった。カルボン酸からのラジカル環化反応を鍵とした合成研究ではまず、29 からの橋頭位ラジカル発生条件を見出した。続いて、36 を用いた分子内 7-endo ラジカル環化により C10 位不斉炭素を立体選択的、かつ C11 位第四級炭素を立体特異的に構築し、4 環性骨格を有する 37 を合成した。さらに、1 の合成に必要な炭素鎖と酸化度を有するカルボン酸 45 を合成した。