Excessive EP4 Signaling in Smooth Muscle Cells Induces Abdominal Aortic Aneurysm by Amplifying Inflammation
概要
【序論】腹部大動脈瘤(AAA)は腹部大動脈径が正常の1.5倍以上に拡張した状態と定義され, 65- 79歳男性の1.5%がり患していると報告されている. 高血圧症, 脂質異常症,喫煙,加齢などをリスクとして, 緩徐かつ無症候性に拡大する. AAAは健康診断などで偶然発見されるか,激烈な腹痛や出血に伴う循環動態の破綻を契機に病院受診しAAAが破裂した状態で発見される. 近年, 高血圧, 脂質異常症の治療の進歩や喫煙率の低下といったリスクファクターの管理により, AAAの罹患率はやや低下したものの,瘤径が5.5cmを超えると年間破裂率が5%を超える. AAAの根本治療は血管内治療ないし, 開腹手術に限られ, AAA 破裂後に緊急手術となった場合の30日死亡率は28%といまだ高い. AAA増悪の分子メカニズムとしてシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)プロスタグランジンE2(PGE2)による慢性炎症や(Holmes et al., 1997), MMP-2, 9による大動脈血管平滑筋における弾性線維の破壊が関与している(Longo et al., 2002)と報告されている.プロスタグランジンE受容体にはEP1-4の4つのサブタイプがある.とりわけ, EP4受容体の発現がヒト大動脈瘤平滑筋細胞で過剰発現していることが明らかにされている(Yokoyama et al., 2012).このEP4受容体は発現量を適切にコントロールされた状況下では血管のホメオスタシスの維持に関与するといわれている(Xu et al, 2019).しかし, 過剰に発現したEP4の病的意義は今まで明らかにされていない.そこで,本研究では血管平滑筋で過剰に発現したEP4シグナルが腹部大動脈瘤の発症・拡大にどのように関与するかを明らかにすることを目的とする.
【実験材料と方法】Cre-loxPシステムを使用しEP4を血管平滑筋細胞特異的に過大発現したマウス(EP4-Tgマウス), EP4受容体を過剰発現させていないマウス(Non-Tg), 血管平滑筋特異的にEP4をノックダウンしたマウス(EP4fl/+;SM22-Cre, EP4fl/+;SM22 EP4fl/+;CreSM22;ApoE-/-)作製し,アンジオテンシンII(AngII, 1 µg/kg/min)を皮下投与または,塩化カルシウム(CaCl2)を大動脈周囲に塗布することで大動脈瘤の疾患モデルマウスとした(倫理委員会承認番号: F-A-19-007).これらの疾患モデルマウスの大動脈径を測定し,大動脈の組織切片のElastica van Gieson染色, Elastin Gradeにより血管弾性線維の破壊の程度を評価した.
さらにEP4-TgマウスにアンジオテンシンII投与後の大動脈に浸潤する細胞をFACSで検討し, 組織中の分子発現を免疫染色で検討した. FACSで分離した細胞にザイモグラフィーやPCRをおこなうことでMMP-9の活性とCOX-2 産生量を検討した.
腹部大動脈瘤に対し手術を施行された患者より手術時に採取したヒトAAA(倫理委員会承認番号:B130307001)とEP4-Tgの大動脈から血管平滑筋細胞を単離し初代培養した.これらの細胞を使用し以下のin vitroの実験を行った.まず, EP4-Tgより単離した血管平滑筋にPGE2で刺激し発現変化する遺伝子をmicroarrayで解析した.次いでPGE2やEP4アゴニストによるインターロイキン-6(IL-6) mRNAの発現量変化をこれらの血管平滑筋細胞をもちいてqPCRで測定した.さらにEP4アゴニストやPKA, TAK, p38, ERK, NFkBアンタゴニストを使用し培養上清中のIL- 6タンパク発現量の変化をELISAで,リン酸化シグナル蛋白をWestern Blottingで測定し, IL-6 発現に関与するEP4の下流シグナルを明らかにした.また,エラスチン/コラーゲン線維の架橋を触媒するlysyl oxidase (LOX)のEP4アゴニスト, EP4アンタゴニスト,リソソーム分解アンタゴニストによる発現変化をqPCRとWestern Blottingで測定した.すべての実験に使用した動物(承認番号: F-A-19-007)とヒト検体の使用(承認番号: B130307001)は横浜市立大学の倫理委員会の承認を得ていて,ヘルシンキ宣言の原則に準拠している.すべての動物実験はNIHのガイドラインに準拠して行っている.ヒト腹部大動脈瘤検体は書面でのインフォームドコンセントを得たのち採取している.
【結果】EP4-TgマウスにアンジオテンシンIIの投与を行うと28日以内に全例AAAの破裂で死亡した.また, EP4-Tgマウス大動脈にCaCl2を塗布すると, EP4が過大発現しないNon-Tgマウスと比較してAAAが増悪した. 一方,アンジオテンシンIIが投与されたEP4fl/+;SM22 EP4fl/+;CreSM22;ApoE-/-マウスとCaCl2を投与されたEP4fl/+;SM22-CreマウスではAAAの発 症・増悪が抑制された.
EP4-Tgマウスの血管平滑筋細胞にPGE2 (1 µM)を投与して抽出したmRNAをマイクロアレイで検討すると, IL-6のmRNA 発現が最も増加し, EP4アゴニスト(1 µM)を投与しqPCRを行うとIL-6 mRNAの発現量が増加した.ヒトAAA, EP4-Tgマウスから単離した平滑筋細胞にEP4アゴニストを投与して細胞培養上清中のIL-6 蛋白の発現量をELISAで測定したところ, 発現量が増加した.この増加はPKA, TAK-1, JNK, p38, NFκBアンタゴニストによって抑制された.また, EP4-Tgマウスから単離した平滑筋細胞にEP4アゴニストを投与するとリン酸化PKA, TAK- 1(Thr187, Ser412), JNK, p38の発現が速やかに増加し, IkBαの発現が速やかに減少することがWestern Blottingにより示された.
アンジオテンシンII投与をしたEP4-Tgマウスの大動脈とヒトAAA切片を用いて免疫組織染色を行うと,平滑筋層でIL-6,リン酸化TAK-1の発現増加を認めた.また,アンジオテンシンII投与をしたEP4-Tgマウス,ヒト大動脈瘤の大動脈切片に蛍光免疫染色を行うと血管平滑筋細胞でリン酸化TAK-1(Thr187, Ser412), JNK, p38, IKKα/βの発現を認めた.
EP4-TgマウスにアンジオテンシンIIを4日間投与した大動脈を用いてFACSを行ったところ, 血管壁への炎症性単球/マクロファージの浸潤を認めた.このFACSで単離した細胞にザイモグラフィーとPCRを施行すると浸潤した炎症性単球/マクロファージでMMP-9活性を炎症性単球/マクロファージと血管平滑筋でCOX-2 産生を認めた.また, EP4-TgマウスにアンジオテンシンIIを投与した後の大動脈切片で蛍光免疫染色を行うと浸潤した免疫細胞からもIL-6が産生されていた. EP4-TgマウスにアンジオテンシンIIと抗IL-6受容体抗体を同時投与すると炎症性単球/マクロファージの浸潤は抑えられ, AAA 破裂による死亡を抑制した.
また,ヒトAAA, EP4-Tgマウスから単離した平滑筋細胞にEP4アゴニスト(1 µM)を投与し培養 上清でWestern Blottingを行うとLOX 蛋白の発現が減少していた.また, EP4-TgマウスにアンジオテンシンIIを投与した破裂後のAAAの切片で血管平滑筋層においてLOXの発現量の減少を認めた.
【考察】血管平滑筋特異的 EP4の過大発現によりAAA 発症・増悪が促進されヘテロノックアウトマウスで抑制されたことから血管平滑筋における過剰なEP4の発現はAAAの発症や増悪の原因となることが明らかとなった.
血管平滑筋におけるEP4-PKA-TAK1-NFκBシグナルは, IL-6の分泌を亢進させる. IL-6は血管平滑筋層への炎症性単球/マクロファージの浸潤を亢進させ, MMP-9による弾性線維の破壊を来す.この免疫細胞はIL-6を分泌し,さらなる炎症性単球/マクロファージの浸潤を引き起こすとともに, PGE2を産生・分泌しEP4シグナルを増幅させ大動脈を破壊し, AAAの発症・増悪に関与する.
また, EP4シグナルは血管平滑筋においてLOXを減少させ,エラスチンの架橋を阻害することで壁修復機構を破綻させてAAAの発症・増悪に関与させる.