大腸癌に対するrBC2LCNレクチン薬物複合体療法
概要
筑
波 大
学
博士(医学)学位論 文
1
大腸癌に対する
rBC2LCN レクチン薬物複合体療法
2022
筑波大学大学院博士課程人間総合科学研究科
北
口
大
2
地
原典論文の再利用(Re-use)について
「この学位論文は Lectin drug conjugate therapy for colorectal
cancer,Kitaguchi D, Oda T, Enomoto T, Ohara Y, Owada Y,
Akashi Y, Furuta T, Yang Y, Kimura S, Kuroda Y, Kurimori K,
Miyazaki Y, Furuya K, Shimomura O, Tateno H,Cancer Sci,
111(12):4548-4557,2022,doi: 10.1111/cas.14687 の内容を Wiley
社の規定に従って再利用している
3
目次
1. 背景 ............................................................................................................... 6
2. 目的 ............................................................................................................. 11
3. 方法 ............................................................................................................. 11
3.1. 患者組織標本の収集 .............................................................................. 11
3.2. 細胞培養と試薬 ..................................................................................... 12
3.3. レクチン染色 ......................................................................................... 13
3.4. レクチン結合アッセイ........................................................................... 14
3.5. タンパク抽出とレクチンマイクロアレイ .............................................. 14
3.6. 定量的細胞生存率アッセイ ................................................................... 15
3.7. 異種移植大腸がんマウスモデル ............................................................ 16
3.8. rBC2LCN-PE38 の毒性評価.................................................................. 17
3.9. 統計学的解析 ......................................................................................... 17
4. 結果 ............................................................................................................. 18
4.1. 大腸がん患者組織標本に対するレクチン染色 ....................................... 18
4.2. 高密度レクチンマイクロアレイ ............................................................ 18
4.3. レクチン結合アッセイ........................................................................... 19
4.4. rBC2LCN-PE38 の殺細胞効果(in vitro) ........................................... 20
4
4.5. マウス異種移植腫瘍の組織化学染色 ..................................................... 20
4.6. rBC2LCN-PE38 の治療効果(in vivo) ............................................... 21
4.7. レクチン薬物複合体投与に伴う毒性評価 .............................................. 22
5. 考察 ............................................................................................................. 23
5.1. 本研究結果の総括 .................................................................................. 23
5.2. rBC2LCN-PE38 による治療効果の不均質性 ......................................... 24
5.3. FUT1/2 の発現量と rBC2LCN-PE38 に対する感受性の関係 ............... 24
5.4. がんのバイオマーカとしてのフコシル化 .............................................. 25
5.5. rBC2LCN-PE38 の毒性 ......................................................................... 26
5.6. 本研究の限界 ......................................................................................... 27
6. 結語 ............................................................................................................. 28
7. 要約図 .......................................................................................................... 29
8. 参考文献 ...................................................................................................... 30
9. 謝辞 ............................................................................................................. 39
10. 図表凡例 .................................................................................................... 40
5
1. 背景
大腸がんは罹患数が世界で 3 番目に多いがん種である(1,2).比較的早期の段
階で発見され根治切除に至った症例では良好な予後が期待できるものの,遠隔
転移を伴う症例,とりわけ切除不能例のステージⅣ症例では,その 5 年生存率
はいまだ 10%にも満たない.今日,大腸がんに対する複数の抗がん剤が使用可
能となっているが,既存の抗がん剤に対するがん細胞の薬剤耐性の獲得は進行
期の大腸がん治療における大きな障壁であり,長期治療成績を悪化させる原因
となっている.そのため,とりわけ進行期で薬剤耐性を有する大腸がん患者に対
する新規治療法の探索は常に重要なテーマである.
細胞の表面を覆う糖鎖の発現が大腸がんを含む様々ながん種において異常を
呈することはがん細胞の重要な特徴であり,がん細胞表面糖鎖の異常発現がが
んの発生や転移のメカニズムにおいて重要な役割を果たしていると考えられて
いる(3).すなわち,がん細胞表面糖鎖の発現パターンの解析が,がん治療にお
ける優れた新規診断や治療法の開発につながる可能性がある.しかしながら,糖
鎖構造は糖タンパク質,糖脂質,プロテオグリカンなどの多様な存在形態や,異
性体を含めた多種の構造,一本鎖ではない複雑な分岐構造を持ち,また糖鎖自体
にもリン酸化や硫酸化などの修飾が加わるため,直接的な解析が困難である.加
えて,がん細胞表面糖鎖の修飾過程にも糖転移酵素とがん微小環境の両方が関
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与するため,遺伝情報からの予測も困難であるとされている.そこで我々の研究
チームでは,糖鎖構造を解析するにあたり,糖鎖に特異的な結合活性を有するタ
ンパク質であるレクチンに着目してきた.
rBC2LCN レクチンとはグラム陰性菌である Burkholderia cenocepacia から
単離されたフコース結合特性を有する腫瘍壊死因子様の外在性レクチンである
(5).従来 rBC2LCN レクチンは,ヒト胚性幹細胞やヒト人工多能性幹細胞など
のヒト多能性幹細胞に特異的なプローブとして同定された背景があり(6-8),ヒ
ト 多 能 性 幹 細 胞 の 未 分 化 細 胞 に 特 異 的 に 発 現 す る Fucα1-2Gal β 13GlcNAc/GalNAc を有する糖鎖構造,すなわち,H 型 1,H 型 3,H 型 4(GloboH)といった糖鎖エピトープを認識する性質を有する(9,10).rBC2LCN が認識
する糖鎖エピトープである H 型 1,H 型 3,H 型 4(Globo-H)の糖鎖構造を補
足図 1 に示す.H 型 1/4 糖鎖はβ1,3 ガラクトース転移酵素であるβ3GalT5 お
よび二種のα1,2 フコース転移酵素である FUT1/2 で合成されており,H 型 3 糖
鎖は FUT1/2 糖転移酵素で合成されている(8).また,補足図 1 に示す通り,こ
れら二種の糖転移酵素は SSEA3/4/5,Tra-1-60/-81,Globo H といった既知のヒ
ト多能性幹細胞の未分化マーカである糖鎖構造と密接に関係していることがわ
かる(11).
rBC2LCN レクチンはヒト多能性幹細胞に結合した後に細胞内に取り込まれ
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る性質を有することから同レクチンの薬剤キャリアとしての利用可能性が見出
された(12).タンパク質合成を阻害して細胞死を引き起こす緑膿菌外毒素の触媒
ドメイン(domain III,23 kDa)を rBC2LCN の C 末端部分に融合させたレク
チン薬物複合体「rBC2LCN-PE23」が開発され(12),その後,domain III に加
えて domain Ib と domain II を融合し,38kDa ドメイン(PE38)の触媒部分
を結合させたレクチン薬物複合体「rBC2LCN-PE38」が開発された(13).この
rBC2LCN-PE38 は,rBC2LCN-PE23 と比べて 556 倍高い活性を示す(13).上
述の通り,rBC2LCN レクチンはヒト多能性幹細胞の未分化マーカの糖鎖構造を
特異的に認識する性質を有するため,rBC2LCN-PE38 は分化したヒト多能性幹
細胞を殺すことなく,腫瘍化した未分化なヒト多能性幹細胞を特異的に排除す
ることが可能な技術として用いられている(12).
我々の研究チームは,過去の研究において,rBC2LCN レクチンが膵臓がん細
胞表面糖鎖に結合することを明らかにした.なかでもヒト膵癌組織と類似の腺
管構造を形成し高~中分化型腺癌の形態を呈する Capan-1 膵臓がん細胞株に対
し,rBC2LCN は強い結合活性を示すこと,加えて興味深いことに,従来内因性
ではない外在性レクチンは有害な赤血球凝集反応を惹起すると考えられていた
が,rBC2LCN レクチンがヒト赤血球に対して凝集を起こさず,マウスへの投与
も安全であることを示した.さらに同研究において,レクチン薬物複合体である
8
rBC2LCN-PE38 を用いて膵がんに対する殺細胞効果を in vitro および in vivo
で検証した結果,in vitro では同レクチン薬物複合体が極めて低濃度(1.04 pg/ml)
で膵臓がん細胞に対する殺細胞効果が示され,また in vivo では同レクチン薬物
複合体によりマウスを用いた皮下腫瘍モデルに対する腫瘍増大の有意な抑制,
ならびにマウスを用いた腹膜播種モデルに対する腹膜播種結節数の有意な減少
が示された.rBC2LCN-PE38 の抗腫瘍効果に関しては,膵臓がん細胞株由来の
マウスモデルに対してのみならず,膵臓がん患者組織由来のマウスモデルに対
しても同様の結果が得られている (4).
rBC2LCN レ ク チ ン が 膵 臓 が ん 細 胞 に 結 合 す る 分 子 学 的 機 序 と し て ,
Hasehira らは膵臓がん患者組織由来のマウスモデルを用いて膵臓がん細胞表面
に Fucα1-2Galβ1-3 糖鎖を有する H3 型糖鎖構造の発現を検出しており(14),
また,rBC2LNC レクチンの膵臓がん細胞株上におけるキャリアとなるタンパク
質に関しても,Furuta らは液体クロマトグラフィー質量分析の手法を用いて膵
臓がん細胞に発現する rBC2LCN 陽性の複数の糖タンパク質を同定,膵臓がん
細胞と正常膵管細胞との発現率の差から膵臓がん細胞における最もがん特異的
なキャリアタンパクとしてがん胎児性抗原(CEA)に着目し,ウェスタンブロッ
トとレクチンブロットを用いて rBC2LCN と CEA の関係性を評価し,糖タンパ
ク質である CEA が rBC2LCN のリガンドであることを示すなど(15),少しずつ
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そのメカニズムが明らかとなってきている.
がん細胞表面においてフコシル化 AFP(AFP-L3)や,シアリルルイス A 抗
原(CA19-9)などフコシル化糖鎖の発現が亢進することが一般的に知られてお
り,また担がん患者において血清や尿中の L-フコース濃度が上昇することが報
告されているが(16,17),この機構は様々ながん種においてフコース転移酵素
(Fucosyltransferase:FUT)の発現が亢進することに関連する.FUT は種々
のシアリル前駆体のフコシル化を通じて細胞の悪性形質転換を促進させる重要
な糖転移酵素であると共に,FUT 活性の増強は形質転換増殖因子-β による上皮
間葉転換の促進を通じて様々ながん細胞における転移能の増幅と関連すること
が報告されており(18,19),FUT ががん細胞の進展と転移を媒介することから,
フコシル化が疾患としてのがんの病態の進行に重要な役割を果たす可能性につ
いても複数の報告において示唆されている(20-28).
rBC2LCN レクチンおよびそのレクチン薬物複合である rBC2LCN-PE38 が
膵臓がん細胞において特異的な結合と治療としての有効性を示していること,
その結合強度や治療効果は分化度の高い腺癌において大きいこと,加えて,同レ
クチンが外在性レクチンにも関わらず有害な赤血球凝集反応を惹起しない点で
生体投与が可能であることから,rBC2LCN レクチンおよびそのレクチン薬物複
合である rBC2LCN-PE38 が,同じく細胞表面にフコースを発現する代表的な
10
がん種であり,その多くが腺管構造を形成する高~中分化型腺癌である大腸が
んに対しても,がん細胞表面糖鎖を標的とした有効な薬物担体になり得ると仮
説を立てた.
2. 目的
本研究の目的は以下の三点である.
大腸がん患者から得られたがん組織及びヒト由来大腸がん細胞株を用いて,
rBC2LCN レクチンと大腸がん細胞との結合活性を評価すること.
rBC2LCN レクチンと緑膿菌外毒素 PE38 との複合体である rBC2LCNPE38 の大腸がん細胞に対する殺細胞効果を複数のヒト由来大腸がん細胞株
を用いて in vitro で評価すること.
rBC2LCN-PE38 の大腸がんに対する治療効果及び毒性について異種移植大
腸がんマウスモデルを用いた in vivo での評価を行うこと.
3. 方法
3.1. 患者組織標本の収集
筑波大学附属病院で大腸がんに対する手術を受けた患者の組織標本から,大
腸がん:24 症例,大腸腺腫:1 症例,計 25 症例分を研究目的で収集した.患者
11
背景に関する情報は電子カルテ内の診療記録と病理記録から収集した.術後の
病理学的病期分類は,Union for International Cancer Control:UICC-TNM 分
類(第 8 版)に従って記載した.患者背景情報を表 1 に示す.
厚生労働省の Good Clinical Practice ガイドラインに基づき,本研究に参加し
た全患者からオプトアウト形式でインフォームドコンセントを得た.すなわち,
本研究への参加の辞退を表明した患者からは組織標本の収集は行わなかった.
本研究のプロトコルは筑波大学附属病院の倫理委員会により承認を受けている
(登録番号:H28-90)
.
3.2. 細胞培養と試薬
本研究では 4 種類のヒト大腸がん細胞株を使用した.過去に,複数の大腸が
ん細胞株由来の異種移植大腸がんマウスモデルを樹立し,マウスの皮下で増殖
させた腫瘍の組織像についてまとめた報告がある(29).本研究で採用した大腸が
ん細胞株の選択に関しては,同既報の結果を基に,樹立培養後の腫瘍の組織学的
分化度が高分化型から低分化型までバランス良くなるよう意図して行った.
HT-29,LoVo,LS174T 細胞株は ATCC 社から購入し,DLD-1 細胞株は JCRB
細胞バンクから入手した.全ての細胞株の同一性検証は,ショートタンデムリピ
ート(Short Tandem Repeat:STR)検査によって確認された.STR 検査とは
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DNA プロファイリングによって個々の組織に由来するヒト細胞株の同定を行
い,培養物の純度やクロスコンタミネーションの防止を保証するプロセスであ
る.SUIT-2 は rBC2LCN レクチンとの結合活性を有さないことが既報で証明さ
れている膵臓がん細胞株 であるが(13),SUIT-2 も JCRB 細胞バンクから入手
し,各実験において陰性対照として使用した.
HT-29,LoVo,LS174T は,それぞれ McCoy's 5a,F-12K,E-MEM 培地(全
て ATCC 社製)を用いて培養し,DLD-1,SUIT-2 は,それぞれ RPMI 1640,
D-MEM 培地(共に富士フイルム和光純薬社製)を用いて培養した.各培地は
Thermo Fisher Scientific 社製の 10%ウシ胎児血清,および富士フイルム和光
純薬社製の 1% ペニシリン-ストレプトマイシン溶液を補充した上で使用した.
3.3. レクチン染色
組織化学的染色:ホルマリン固定・パラフィン包埋組織の 3 µm スライド切片
を 120℃で 20 分間オートクレーブにかけ抗原を賦活化した後,3%過酸化水素
水・メタノールで内因性ペルオキシダーゼ活性を阻害した.富士フイルム和光純
薬社製の Horseradish Peroxidase 標識 rBC2LCN(1 μg / ml)を添加し,室温
で 60 分間培養した後,ニチレイバイオサイエンス社製のジアミノベンジジン発
色剤を添加して可視化した.染色性の分類に関しては,陽性細胞の割合と染色強
13
度に基づく Wang らの分類方法を基に若干の修正を加え,陰性,弱陽性,強陽
性に分類した(30).
生細胞蛍光染色:富士フイルム和光純薬社製の Fluorescein Isothiocyanate 標
識 rBC2LCN(1 μg / ml)を含む培地で生細胞を室温で 60 分間培養し,キーエ
ンス社製の蛍光顕微鏡 BIOREVO BZX-710 を用いて撮影した.
3.4. レクチン結合アッセイ
各大腸がん細胞株と rBC2LCN レクチンとの結合性をフローサイトメトリー
で解析した.細胞をプレート上で 48 時間培養した後,トリプシンを用いて細胞
を回収した.生細胞を洗浄した後,富士フイルム和光純薬社製の Phycoerythrin
標識 rBC2LCN(1 μg / ml)と共に暗所下氷上で 60 分間培養し,緩衝液(1%
Bovine Serum Albumin / Phosphate-buffered Saline:PBS)で洗浄した.1 サ
ンプルあたり約 10 000 個の細胞を,CytoFLEX(ベックマン・コールター社)
を用いて分析し,得られたデータの処理・解析には FlowJo ソフトウェア(日本
ベクトン・ディッキンソン株式会社)を用いた.
3.5. ...