結晶格子設計によるHofmann型MOFのスピン転移挙動制御
概要
Metal-organic framework (MOF) とは、配位結合で展開された骨格構造を有する化合物群であり、特に多孔性構造を有する MOF は、構造の柔軟性と規則性を生かしたガス吸着材や分離材への応用が期待される。また、MOF の骨格に発光特性や磁気特性などの物性の組み込みが可能であるため、ゲスト吸着と骨格物性が連動した多機能性材料としても注目されている。これらの吸着特性や骨格物性は、MOF の構成成分の選択により制御可能であるが、更なる機能性の向上や精密な物性・機能の制御を目的として、構成成分を複雑化した Mixed-component MOF (MC-MOF) の研究も進められている。この MC-MOF は大きく二種類に分類される。一つは複数種の構成成分が結晶中で均一に分散した固溶体であり、Mixed-ligand MOF や Mixed-metal MOF がこれに当てはまる。一方で、core-shell型や MOF-on-MOF に分類される MC-MOF は、二種類以上の MOF が形成したドメインが接合した固体である。この二種類の MC アプローチを用いて MOF の細孔環境 (Chapter1) および、積層構造 (Chapter 2) を設計し、ゲスト分子の挙動制御を通して MOF 骨格の物性の制御を目指した。本研究では、三次元 Hofmann 型 MOF {Fe(pz)[MII(CN)4]} (pz = pyrazine, M = Pt (1), Pd (2)) に着目した。化合物 1 と 2 は類縁体であり格子定数が近いため、MC-MOF の形成に適切である。さらに、1 と 2 は骨格の FeII に由来するスピンクロスオーバー現象を示し、その磁気挙動は吸着するゲスト分子により変化するため、ゲスト分子の挙動の制御を通した磁気挙動の制御が期待される。これまでの研究で、MII (Pt or Pd) は配位不飽和であるため、骨格構造内において反応活性なオープンメタルサイト (OMS) として機能し、ヨウ素分子に対して 1 と 2 では異なる相互作用および磁気挙動を示すことを見出した。1 では、ヨウ素は I−として PtII に酸化的に付加して I−PtIV−I 結合を形成し、混合原子価状態の {Fe(pz)[PtII/IV(CN)4(I)]} (1_I) を与える (Figure 1 左)。これにより、低スピン (LS) 状態が安定化され、1 のスピン転移温度 TC (TC↑ = 304 K, TC↓ = 284 K) と比べて、1_I では TC↑が 94 K も上昇する。それに対し、2 では、ヨウ素は I2 分子として包接され、{Fe(pz)[Pd(CN)4]·0.95I2} (2_I) を与える (Figure 1 右)。包接された I2 分子の細孔内の位置は、高スピン (HS) 状態においては無秩序化しているが、LS 状態では、pyrazineと Pd と相互作用して一次元に配列する。I2分子の細孔内配列の order-disorder 転移により、ヒステリシス幅が 20 K から 94 K に増大する。したがって、1 と 2 から成る MC-MOF においては、OMS の配置を設計することで細孔内のヨウ素の挙動とそれに伴う磁気挙動の制御が期待される。本論文では、Chapter 1 で多孔性配位高分子固溶体によるスピン転移挙動の制御、Chapter 2 では、 2 種の OMS の積層構造とスピン転移挙動の相関について述べる。
Chapter 1: 多孔性配位高分子固溶体によるスピン転移挙動の制御
本章では、異なる Pt/Pd 比を有する Hofmann 型 MOF 固溶体 {Fe(pz)[PtxPd1-x(CN)4]} (3x) を合成し、評価を行った。3x の同定は、粉末 X 線回折パターンと IR スペクトルで行い、元素マッピングにより固溶化していることを確認した。ゲストフリー状態の 3x は、x 値に依らず、1 や 2 の TC 付近でスピン転移を示した。この 3x をヨウ素雰囲気下に曝すことで、ヨウ素導入体 3x_I を得た。このとき、I2 分子ならびに I−PtIV−I 結合の存在をラマンスペクトルにより確認した。3x_I は、x 値に応じた TC とヒステリシス幅の変化が確認された。Figure 2 からスピン温度 TC↑は x 値の増加につれて上昇するが、ヒステリシス幅は x 値が 0.1 以下という、Pt の存在が極めて希薄な条件下でのみ増大することがわかる。これらの結果より、細孔の上下の面に存在する OMS が深く関係しており、結合を形成する Pt の方が優先的に I2 と反応するため、I2 分子を包接するには上下に Pdが存在する細孔が連続して存在する空間の構築が不可欠であることが示された。以上、本章では、固溶体 3x の Pt/Pd 比を変えることで、I2 分子と OMS の相互作用を通して、スピン転移温度とヒステリシス幅を同時に制御することに成功し、その機構を明らかにした。
Chapter 2: Layer-by-Layer 法を用いた積層構造制御とその磁気挙動
本章では、結晶中の OMS の配列を制御するために、LbL 法に着目し、1 または 2 のみで構成された層構造を積層することで、 hetero-SURMOF (hereto-structured surface-mounted MOF) を作製した。 SURMOF の配向性と結晶性は X 線回折パターン、Pt と Pd の積層状態は元素マッピングにより評価した。ラマンスペクトルにおいて、HSと LS 状態でのピーク強度比が異なることを利用して、hetero-SURMOFの磁気挙動を追跡した。全ての hetero-SURMOF において、ヨウ素吸着後に TC が上昇したが、ヒステリシス幅は増加しなかった。興味深いことに、1 と 2 の層を 30 サイクルずつ積層した Pt30Pd30 においてのみ、二段階のスピン転移が観測された (Figure 3)。バルク体の混合物 (1_I : 2_I = 1 : 1) も同様の二段階のスピン転移を示すことから、Pt30Pd30では 1_I と 2_I の磁気挙動が同時に発現したと示唆された。積層構造に依存した磁気挙動の違いに関して、Pt と Pd 層の境界付近での Pt の分布状態と膜厚の観点から考察した。以上、本章では、LbL 法による OMS の積層化により、積層構造とスピン転移挙動の相関を検討した。