Kinetics and distribution of benzalkonium compounds with different alkyl chain length following intravenous administration in rats
概要
1.序論
塩化ベンザルコニウムは陽イオン界面活性剤の 1 つであり,消毒剤や防腐剤として幅広く使用されている(Kibbe, 2009).これまでに経口摂取や経静脈投与による中毒例,死亡例(van Berkel and Wolff, 1988; Akutsu et al., 1989; Hitosugi et al., 1998; Xue et al., 2002; Kilic et al., 2011; Külbay et al., 2014; Miyauchi et al., 2014; Spiller, 2014; Mishima-Kimura et al. 2018)が報告されている一方,その体内動態や臓器および組織分布についての情報は限られている(Xue et al., 2002, 2004a, 2004b).本研究では製品中に多く含まれるアルキル基 C12,C14,C16のベンザルコニウムイオン(BZK)について経静脈投与後の体内動態と臓器分布を明らかにした.
2.実験材料と方法
オスのWistar/ST 系ラット(n=5)の大腿動脈および静脈にカテーテルを挿入し,BZK-C12,-C14,-C16 を同等に含んだ混合液(13.9 mg/kg)を大腿静脈より投与した.投与 15 分後から 7 時間後まで経時的に大腿動脈より採血し,各血中 BZK 濃度をもとに体内動態パラメ ーターを算出した.
また,ラット(n=20)に同混合液を急速静脈投与(IV)もしくは持続静脈投与(DIV)を行い,IV 後 1 時間または 3 時間,1 時間または 3 時間の DIV 終了後に安楽死させた(各n= 5).各臓器,血液ならびに経過中に得られた尿について,BZK 濃度を測定した.
採取した血液,臓器,尿は,アセトニトリルによる除タンパク処理後,高速液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS/MS)によって測定した.さらに,採取した各臓器は 10%ホルマリンで固定後,組織学的検査を行った.
3.結果
血中BZK 濃度を測定した結果,BZK-C12,-C14,-C16 の濃度すべてが時間経過とともに低下した.各 BZK-C12,-C14,-C16 によって濃度低下の程度が異なり,体内動態パラメーターはアルキル基が長いほど血中から消失しにくく,より長時間血液中にとどまる傾向があることが明らかになった.
臓器中のBZK 濃度については,投与方法や経過時間に関わらず心臓,肺,脾臓,腎臓の濃度は血中濃度よりも高く,肝臓,筋肉は血中より高値もしくは同等,脂肪,脳では血中より低値であった.また投与液には BZK-C12,-C14,-C16 が同等に含まれていたが,その配合比率に近い濃度(BZK-C12≒-C14≒-C16)を示したのは心臓と筋肉のみであった.その他の臓器中BZK 濃度は肺,肝臓,脾臓,脂肪ではアルキル基が長いほど高い濃度を示し(BZK-C12<-C14<-C16),腎臓では逆の傾向を示した(BZK-C16<-C14<C12).
各臓器中の BZK 濃度の経時的変化を見ると,多くの臓器で IV 後 1 時間よりも 3 時間で低値を示したが,心臓の濃度でその差は小さく,反対に筋肉では 1 時間より 3 時間で BZK濃度が高値となった.IV と DIV 群間で各アルキル基に着目し,心臓,肺,脾臓,腎臓の BZK濃度を比較すると,各群間において異なる傾向を示した.
BZK 混合液投与後,採取した血液では溶血が見られ,尿は赤色であった.尿中の BZK 濃度はほとんど検出されなかった.組織学的検査では HE 染色で肺,肝臓,腎臓にうっ血が観察され,肺の毛細血管内には好酸性物質が認められた.
4.考察
本研究ではこれまで検討されてこなかったBZK 経静脈投与後の血中および臓器中のBZK濃度について,アルキル基別に解析を行い,その体内動態および臓器分布を明らかにした. BZK は肝細胞のチトクローム P450 で代謝され,その際にアルキル基が長いほど代謝さ れにくいことが報告されている(Seguin et al., 2019).今回得られた各アルキル基の血中濃度の推移および体内動態パラメーターは,肝細胞での代謝が影響した結果と考えられる.
臓器中のBZK 濃度は,血流量の多い心臓,肺,脾臓,腎臓で高濃度であったが.肝臓で低値を示した理由にはチトクローム P450 の影響が考えられる.脳と脂肪の BZK 濃度は血中濃度に比して非常に低値であったことから,BZK は血液脳関門を通過しないこと,脂肪には分布しにくいことが考えられた.心臓では IV 後の経時的濃度変化が少なく,筋肉では IV 後 3 時間で濃度が上昇していた点から,BZK が心臓や筋肉に残存しやすい性質が示唆された.
BZK-C12,-C14,-C16 はそれぞれ体内動態が異なり,臓器中の濃度について各BZK を詳細に分析すると,IV とDIV のどちらの投与方法であったかについて言及できる可能性が示された.本研究では,投与方法による BZK の臓器分布の差異について,その機序の解明には至っていないが,BZK 中毒症例では血液に加えて心臓,肺,肝臓,脾臓,腎臓,筋肉を採取し BZK-C12,-C14,-C16 をそれぞれ分析することで多くの情報が得られると考えられる.
BZK は溶血作用があるとされ(Liebert et al., 1989),経静脈投与によるヒトの中毒症例でヘモグロビン尿がみられたという報告(Miyauchi et al., 2014)があることから,本研究で見られた赤色尿は,BZK 投与に伴うヘモグロビン尿であると考えられた.BZK の毒性については解明されていない点が多いが,組織検査で見られた肺,肝臓,腎臓のうっ血所見,ならびに肺毛細血管内の好酸性物質は,溶血に伴う病態やBZK の直接的な障害の一端を見ているものと考えられた.
本研究は,アルキル基長ごとの体内動態を明らかにし,塩化ベンザルコニウムの中毒機序を解明するための貴重な基礎研究となった.