Long noncoding RNA profile of the intracranial artery in patients with moyamoya disease
概要
【緒言】
もやもや病(MMD)は、内頸動脈終末部の進行性狭窄または閉塞に伴い、もやもや血管と呼ばれる異常血管の増生を特徴とする、原因不明の脳血管疾患である。MMDに特徴的な血管構造の変化によって、虚血性および出血性の脳卒中、痙攣発作、認知機能障害などを起こす事が知られている。
一方、ロングノンコーディング RNA(lncRNA)はタンパク質をコードしない RNA のうち 200 ヌクレオチドを超える大きさものと定義され、多くの疾患の発病に深く関与する事が報告されている。一方で、その具体的な働きの大部分は未解明である。
この研究の目的は、マイクロアレイ技術を使用して、MMD の頭蓋内動脈に特徴的な lncRNA 発現を明らかにすることである。
【方法】
この研究の大まかなフローチャートを Figure.1 に示す。
対象患者
2014 年 5 月から 2020 年 9 月において、名古屋大学医学部附属病院で開頭手術を受けた MMD 患者 21 人と対照患者 11 人(脳動脈瘤患者、難治性てんかん患者)を対象とした。
サンプルコレクション
脳表の皮質動脈からサンプルを採取した。MMD と脳動脈瘤患者は STA-MCA 吻合術中に切開された動脈から、難治性てんかん患者は焦点切除術中に切除された脳組織から、それぞれサンプルを採取した。
RNA 抽出とマイクロアレイ実験
まず各皮質動脈サンプルからトータル RNA を抽出した。抽出ソフトウェアを使用して、マイクロアレイスライドをスキャンした画像からバックグラウンド補正を伴う信号強度を定量化し、75 パーセンタイルにシフトすることで信号強度を正規化した。
マイクロアレイデータ分析
MMD の頭蓋内動脈で差次的に発現する lncRNA を同定するために、グループ間で正規化された値を比較した。次の基準を満たす lncRNA を、差次的に発現すると定めた。
(1)q 値<0.05(ベンジャミニ=ホッホバーグ法)
(2)fold-change>2
差次的に発現する lncRNA によってシス転写調節されるコーディング遺伝子の抽出 シス転写調節は lncRNA の重要な生物学的機能であり、塩基配列上に近接する他の遺伝子に及ぼす遠隔作用である。発現差のある lncRNA から塩基配列上 100kb 上流または下流のコーディング遺伝子を、lncRNA からシス転写調節された遺伝子と仮定して抽出した。
統計分析
必要に応じて、マンホイットニーU 検定またはフィッシャーの直接確率検定を使用して、グループ間で変数の比較を行った。p 値<0.05 で有意差があると定めた。マイクロアレイ分析では、マンホイットニーU 検定を適用して、グループ間の遺伝子発現を比較した。ベンジャミニ=ホッホバーグ法による q 値<0.05 および fold-change>2 を共に満たした lncRNA を、差次的に発現していると定めた。統計分析には R バージョン4.0.2 を使用した。
【結果】
調査対象集団の特徴
MMD 患者 21 人と対照患者 11 人の統計学的特徴を Table.1 に示す。年齢と動脈硬化の危険因子は、両群の間で統計的有意差は無かった。
マイクロアレイ分析
マイクロアレイで検出された 11,950 個の lncRNA のうち、MMD グループにおいて 306 個の lncRNA がアップレギュレーションされ、2 個の lncRNA がダウンレギュレーションされた。fold-change が高い順に 20 個の lncRNA を Table.2 に示す。
主成分分析、ヒートマップ画像では、MMD 群(赤い点)と対照群(緑の点)が異なるクラスターを形成した(Figure.2、A–B)。散布図とボルケーノプロットでは、赤い点は MMD 群で差次的にアップレギュレーションされた lncRNA を表し、緑の点はダウンレギュレーションされた lncRNA を表す(Figure.2、C–D)。
差次的に発現する lncRNA の機能を予測
発現差のある lncRNA によってシス転写調節された遺伝子として、合計 263 のコーディング遺伝子が同定された。検出された GO(遺伝子オントロジー)クラスターの関係は、エンリッチメント・ネットワークマップによって可視化された(Figure.4)。
【考察】
私たちの知る限り、この研究は MMD 患者の皮質動脈における lncRNA 発現プロファイリングに関する最初の報告である。
過去には MMD の血液サンプル中の lncRNA に関する報告がある。Gao らは“免疫応答”、“血管新生”、および“平滑筋収縮”に密接に関連する数の経路が、lncRNA調節メカニズムに関与すると報告した。さらに、lncRNA-mRNA 共発現ネットワークの統合分析は、“炎症反応”、“Toll-like シグナル伝達経路”、“サイトカイン相互受容体作用”、および“MAPK シグナル伝達経路”と関連する事が報告されている。同様に、Gu らは MMD における調節不全の lncRNA が競合する内因性 RNA ネットワークを分析し、ネットワークに関与する発現差のある mRNA が、“免疫系プロセス”、“T 細胞凝集”、“T 細胞活性化”、“リンパ球凝集”、“リンパ球活性化”などの免疫応答に関連していることを報告した。これらの報告は、我々の GO 分析結果と矛盾しない。
一方、“血管の形態形成に関与する分岐”とは血管の成長を調整するプロセスであるが、今回の GO 分析結果で注目すべき生物学的機能の一つである。なぜなら、MMDの特徴は頭蓋内動脈の進行性狭窄に伴う側副血管新生であり、血管新生は MMD の病態生理を説明する重要な機能である可能性があるためだ。
エンリッチメント・ネットワークマップにおいて、“血管の形態形成に関与する分岐”のクラスターは、カドヘリンによって媒介される細胞間接着の調節のクラスターと密接に関連していた。血管内皮カドヘリンは、内皮細胞の接触の維持と制御、および血管系の形態形成中の他の重要な役割に関与する主要な接着分子として重要な役割を果たす。すなわち、この研究で同定された差次的に発現する lncRNA は、コーディング遺伝子を調節することにより、カドヘリン関連の血管新生に何らかの影響を及ぼす可能性がある。この GO 解析結果も同様に、MMD の病態生理を説明する可能性がある。
ただし、我々の研究には幾つかの制限がある。第一に、この研究はバイオ・インフォマティクス分析に基づいており、差次的に発現する lncRNA の機能は in vivo または in vitro で検証されていない。第二に、マイクロアレイ分析に含まれるサンプルサイズは比較的小さかった。さらに、対照群である脳動脈瘤患者の皮質動脈における遺伝子発現が、健常者と同じである事を示す過去の報告は無い。
【結語】
我々の研究は MMD 病変における lncRNA の発現プロファイリングを提供した。今後の研究のための貴重な参考資料となる。