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大学・研究所にある論文を検索できる 「慢性気道感染症のエリスロマイシン療法における遺伝子および遺伝子制御マーカーの研究」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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慢性気道感染症のエリスロマイシン療法における遺伝子および遺伝子制御マーカーの研究

稲葉, 敦 東京大学 DOI:10.15083/0002002389

2021.10.13

概要

マクロライド系抗菌薬は細菌のリボソームに作用し、タンパク合成を阻害することで抗菌作用をきたす。細菌と真核生物のリボソームでマクロライド系抗菌薬の結合性は異なることから選択性の高い抗菌薬として臨床でよく用いられている。1980年代にそれまで致死的な疾患であったびまん性汎細気管支炎(diffuse panbronchiolitis: DPB)において、エリスロマイシン(erythromycin: EM)を代表とする14員環マクロライド系抗菌薬を少量(400から600mg)長期(数ヶ月から1年以上)投与することで、著しく生命予後が改善したことをきっかけに、マクロライド系抗菌薬はその抗菌活性以外の作用が注目されるようになった。これまでの研究によってマクロライド系抗菌薬はヒトの様々な細胞や組織に作用して、炎症性サイトカインやROS(reactive oxygen species)、細胞接着因子などの産生を抑制したり、炎症細胞のapoptosisを促進したりすることで抗炎症作用を来すことが明らかになっている。その中でも特に好中球と気道上皮細胞への作用が慢性気道感染症の改善に寄与していると考えられている。

 現在、14、15員環マクロライド系抗生物質は、DPBにのみならず、その過剰な好中球性炎症を抑える作用を期待して、慢性副鼻腔炎(chronic sinusitis: CS)や副鼻腔気管支症候群(sinobronchial syndrome: SBS)、気管支拡張症(bronchiectasis: BE)、難治性喘息、急性増悪を繰り返す慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease: COPD)においても用いられている。しかし、その有効性は患者によって程度が異なり、その治療効果マーカーの探索、作用点の解明が求められている。これまでの研究の多くは培養細胞やモデル動物を用いたものが中心であり、本研究では臨床の場においてEMを用いたマクロライド少量長期療法によって呼吸器症状の改善を認めた患者の治療前後の血液を用いてRNA-seq(RNA sequencing)による網羅的遺伝子発現解析を行い、これまでの研究では明らかにならなかった作用点や治療マーカーを探索することを試みた。また検出された作用点や治療マーカーがBEAS2-B(A culture of a human bronchial epithelial cell line transformed with SV40 virus)を用いた気道上皮細胞モデルにおいても、マクロライド添加によって遺伝子発現変動が認められるか検討を行った。

 研究協力施設である複十字病院において2016年6月1日~2018年4月30日の間、上述の慢性気道疾患の診断となり、好中球性炎症の関与が考慮される患者のうち、2か月以上の喀痰を伴う咳嗽を認め、主治医が新規にマクロライド少量長期療法を導入することとした成人患者を対象とした。合計10名の患者(男性1名、女性9名)が研究に参加し、EM内服導入時と、その6週間±2週間後の外来受診時に、1回ずつ血液検体の採取(PAX gene blood RNA tubes)とvisual analog scale(VAS)による臨床症状の評価を行った。VASでは治療効果を判定するために7つの症状の程度(息切れの程度、咳の強さ、胸の痛み、痰の色、痰の量、痰の切れの悪さ、睡眠困難など)について定量的評価を行った。10名の内1名がEM内服を自己中断しており、2名が2回目のVASを得ることができなかった。その他7例のVASの結果でminimally important difference (MID)を10mmとしたとき、患者番号3、4、5、10番で改善項目数が3項目と最も多く、マクロライド少量長期療法に対して比較的感受性が高い群と考えられた。その内、患者番号4番は「痰の色」について欠損値があったため、患者番号3、5、10番の採血検体を用いてRNA-seqを行った。

 VASによって選択した3症例の治療前後の血液(計6サンプル)からPAXgene Blood RNA Kit (Qiagen)を用いてtotalRNAの抽出、TruSeq Stranded mRNA LT Sample Prep Kit (Illumina)を用いてmRNAの精製、ライブラリー作成を行った。NextSeq 500/550 Mid Output Kit v2 (150 Cycles) (Illumina)、NextSeq 500シークエンサー(Illumina)を使用し、ライブラリーの両端の配列解析(paired-endシークエンス)を行った。

 シークエンサーから出力されたfastqファイルはfastQC(version 0.11.5)でクオリティチェック、PRINSEQ(version 0.20.4)によってクオリティコントロールを行い、各サンプルの総リード数の平均は29030565ペアリードとなった。ヒトゲノム標準配列(GRCh37)へのシークエンスデータのアライメントはHISAT2(version2.0.4)を用いて行い、平均のAlignment rateは90.6%であった。HISAT2から出力されたSAMフォーマットのアウトプットを、BAMフォーマットにsamtools(version 1.3.1)を用いて変換しfeature Counts(version 1.5.0)を用いて各遺伝子領域にアライメントされたリード数の抽出を行った。

 featureCountsで得られたリードカウントデータからRのプログラムであるstats(version 3.5.1)を用いて主成分分析を行ったところ、患者間の発現変動パターンの差が、マクロライド少量長期療法前後によってもたらされる差よりも大きいことが示唆された。したがって発現変動解析ではedgeR(version 3.22.3)とDESeq2(version1.20.0)を用いてEM内服前後で患者を対応させたうえで2群間対応有の解析を行った。edgeRで175genes、DESeq2で30genesがDEG(Differentially expressed genes)として検出され、DESeq2で検出された遺伝子は全てedgeRで検出された遺伝子に含まれた。edgeRで有意差を認めた175genes(127proteincodinggene、48ncRNA)のうち、3例全てで発現が亢進もしくは減弱した68 protein coding gene(亢進45genes、減弱23genes)について、Database for Annotation, Visualization, and Integrated Discovery (DAVID v.6.8)を用いてKyoto Encyclopedia of Genes and Genomes (KEGG)パスウェイ解析を、The Search Tool for the Retrieval of Interacting Genes Protein (STRING version 10.5)databaseを用いてタンパク質相互作用解析を行った。KEGGパスウェイ解析では、有意に発現変動していると評価されたパスウェイはribosomal proteinとミトコンドリア電子伝達系複合体Iを構成するタンパク(NDUFS5、NDUFS4、NDUFA6、NDUFA1)に関係するものであった。

 タンパク質相互作用解析では6つのネットワーク、①ribosomal protein、②ミトコンドリア電子伝達系複合体I、③granzymeとheat shock protein 90 alpha、④hemoglobinなど赤血球由来、⑤defensin、⑥alkaline phosphataseが検出された。このうち①②③のネットワークを構成する遺伝子はいずれも発現が亢進しており、④⑤⑥を構成する遺伝子はいずれも発現が低下していた。②③⑥の3つのネットワークは①ribosomal proteinのネットワークと関係性を持ち、いずれもこれまでマクロライドとの関連の報告のないものであった。68 protein coding geneのうちタンパク質相互作用を有していた44 genesは全体で238対の相互作用を有していた。実際の臨床の場では、個々の患者が複雑な病態を有し、エリスロマイシン療法が長期間にわたることを考えると、単一の遺伝子の発現変動がマクロライドの作用を代表して反映できると仮定するのではなく、マクロライドの作用点が複数の遺伝子ネットワークの中に分散して存在することを想定し、それぞれのネットワークの中の遺伝子を選択して組み合わせ、それら複数の遺伝子のバイオシグナチャー(biosignature)としてマーカーを構成することを目指すことがより実用的であると考えた。そのため②③⑥の複数のネットワークの中から比較的相互作用の多い遺伝子であるALPL(alkaline phosphatase)、GZMA(granzyme A)、HSP90AA1(heat shock protein 90 alpha family class A member 1)、TOMM7(translocase of outer mitochondrial membrane 7)をマクロライド少量長期療法の新たな作用点や治療効果マーカーの候補遺伝子として選択した。

 選択した候補遺伝子についてはVASによる評価が得られた全7例の治療前後の発現量を定量的RT-PCR(reverse transcription-polymerase chain reaction)によって評価し、paired t testで検定を行った。VASの結果からマクロライド少量長期療法感受性群とされた4例(患者番号3、4、5、10番)では、いずれもRNA-seqの結果と一致して、マクロライド少量長期療法後にALPLで発現低下が、GZMA、HSP90AA1、TOMM7では発現亢進が確認された。4例の相対発現量(ΔΔCt値)を用いて、投与前後の発現変化を統計学的に検討(paired t test)したところ、GZMA(P value 0.02)、HSP90AA1(P value 0.04)において有意差が認められた。一方、感受性群4例と非感受性群3例(患者番号1、7、8)の2群に分けて、相対発現量の比較を行ったところ、いずれの遺伝子でも有意差は得られなかった。

 気道上皮細胞株であるBEAS-2Bを用いた実験では、EM、poly(I: C) (Polyinosinic-polycytidylic acid sodium salt)、LPS(Lipopolysaccharide)を用いて以下の4つの方法(①コントロールとして試薬を加えずに48時間培養、②EM添加し48時間培養、③刺激実験開始24時間後にpoly(I: C)もしくはLPSを添加し24時間培養、④EM添加24時間後にpoly(I: C)もしくはLPSを追加しさらに24時間培養)で刺激実験を行い、いずれも実験開始48時間後にRNA抽出を行った。EM添加による抗炎症作用の効果を確認するため、添加するEM、poly(I: C)、LPSの濃度を変えながら定量的RT-PCRによってIL1B(interleukin 1 beta)や、IL6(interleukin-6)、CXCL8(C-X-C motif chemokine ligand 8)の発現を①Controlと②EMの比較、③poly(I: C) or LPSと④EM/poly(I: C) or LPSの比較を行って統計学的に検討(t test)したところ、EM5µg/mg添加のみ安定してcontrolに比べて有意なIL1Bの発現低下が認められた(P value 0.01)。IL1Bの発現低下が確認された①controlと②EM5µg/mlの条件で、ALPL、GZMA、HSP90AA1、TOMM7の発現変化について同様に検討を行い、HSP90AA1のみEM5µg/ml添加で、有意な発現低下が認められた(P value 0.01)。マクロライド少量長期療法に感受性を認めた患者の末梢血では発現が亢進していたため、対照的な結果となった。

 以上より、マクロライド感受性の患者から得られた末梢血のRNA-seqを用いた網羅的遺伝子発現解析からマクロライド少量長期療法の新たな作用点、治療効果マーカーとして今回、ALPL、GZMA、HSP90AA1、TOMM7は有力な候補遺伝子であることが示された。またその背景にはEMによる複数のribosomal proteinの活性化が関与している可能性が示唆された。今回の結果について文献的考察を行い、マクロライドの新作用機序として①ribosomal proteinの発現亢進によるp53を介した抗炎症作用、②ALPL発現低下、③HSP90AA1によるautophagyの亢進、④granzymeによるapoptosisの誘導、⑤TOMM7を介したmitophagyの促進、などの存在が示唆された。またこれらの候補遺伝子は気道上皮細胞の刺激実験では患者末梢血と異なる発現変動を認めており、細胞や組織によってマクロライドがもたらす作用が異なる原因の一つとして、ribosomal proteinの発現の仕方が細胞や組織によって異なることが考えられた。今回の結果からEMによるribosomal proteinの活性化はこれらの作用機序を介して抗菌作用と異なるマクロライドの免疫調節作用を担い、またEMとribosomal proteinの反応性の違いはマクロライド少量長期療法に対する感受性の個人差にも関係している可能性が示された。今回の知見は新たな抗菌作用を持たないマクロライドの創薬への応用や、さらなる慢性気道感染症における抗菌薬以外の治療ターゲットの探索に役立つものと期待される。

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