膵外分泌機能不全治療を目的とした膵外分泌細胞移植法に関する研究
概要
膵外分泌機能不全は、膵消化酵素の不足による食物の消化不全と低栄養を特徴とする疾患である。原因として嚢胞性線維症、1型糖尿病、慢性膵炎、膵切除後などが挙げられ、症状としては腹痛、脂肪便、低栄養を認める。現時点での治療は食事療法と経口膵酵素補充療法であるが、腹痛や脂肪便が残存するなどその効果は限定的であり、また、生涯にわたり治療の継続という問題点がある。
近年の幹細胞技術の発展により、ヒト多能性幹細胞から様々な種類の体細胞を分化誘導することが可能となり、疾患や外科的処置により失われてしまった臓器機能に対する再生医療学的な治療アプローチが期待されている。膵臓の細胞について、ES細胞やiPS細胞から内分泌細胞であるβ細胞を誘導したとする報告は多数見られるが、膵腺房細胞や膵管細胞などの外分泌機能に関わる細胞の分化誘導についての報告は少なく、誘導された膵外分泌細胞を生体に移植して、膵外分泌機能不全に対する細胞補充療法を行った報告はなされていない。
膵外分泌機能不全に対する細胞補充療法に関しては移植部位と膵酵素導出路の作成という二つの課題がある。膵外分泌細胞不全きたす病態として、膵外分泌組織の正常な構造が破綻している嚢胞性線維症や慢性膵炎、膵臓そのものを失ってしまう膵全摘後なども含まれるため、膵外分泌組織を移植する部位としては膵臓以外を考慮する必要がある。膵外分泌細胞を生体に移植して消化作用を機能させるためには、移植細胞内で作成された膵酵素が上部消化管内に分泌される必要があり、移植部位につき検討が必要である。また、膵外分泌酵素は炭水化物の消化作用のあるアミラーゼ、タンパク質の消化作用のあるキモトリプシノーゲンおよびトリプシノーゲン、脂質消化作用のあるリパーゼを含んでおり、自己消化を防ぐために膵外分泌酵素の適切な導出路を作成する必要がある。
本論文ではiPS細胞からの膵外分泌細胞の誘導、および、膵外分泌細胞を機能的に生体に移植する手法について解析した。
「方法」
多能性幹細胞の未分化維持培養:ヒトiPS細胞201B7株を用いて実験を行った。201B7株は培養皿上でのOn feeder条件で継代維持を行った。
三次元浮遊撹拌培養槽:iPS細胞の分化誘導に際し、東京女子医科大学先端生命医科学研究所により開発された三次元浮遊撹拌培養槽を使用した。撹拌速度55rpm、37°C、5%CO2下でiPS細胞の三次元浮遊撹拌培養を行った。
三次元浮遊攪拌培養槽による膵前駆細胞の多段階誘導法:10cm培養皿3枚分のiPS細胞(約9×106細胞)を培地量30mlの三次元浮遊攪拌培養槽に播種した。二日間の未分化維持培養の後、得られた未分化状態のiPS細胞凝集塊に本論文に記載の条件で5段階の多段階誘導を加えた。
RNA抽出及びquantitative RT-PCR:RNAの抽出、cDNAの作成は本論文記載の手法で行い、Real-time PCR分析にはStepOne™及びStepOnePlus™ Real Time PCR Systemsを用いた。
免疫蛍光染色法による評価:二重染色法による免疫染色を本論文記載の手順・抗体を用いて行った。染色された細胞は共焦点レーザー顕微鏡にて観察を行った。
フローサイトメトリーでの細胞評価:得られた細胞凝集塊は、Acuumaxにて分散させて単一浮遊細胞を得た。本論文記載の手法にて各マーカーでの染色を行い、GalliosおよびKaluza softwareを用いて解析を行った。
ラット膵外分泌組織の同型移植モデル作成:ラット膵外分泌組織の採取:オスの8-10週齢F344/Jclラットを開腹し、膵臓の左側半分を摘出した。摘出した膵臓をミンスにより小さく破砕し、ガーゼで濾過することで小さな膵組織片のみを回収した。
ラット膵外分泌組織の胃粘膜下への同型移植:回収した小膵組織片をオスの8-10週齢F344/Jclラットの胃粘膜下に移植した。予備実験で移植組織の胃内腔への開口を阻害していたs粘膜筋板を除去するため、小膵組織片移植後3日目に再度開腹下に胃を切開し、モノポーラー電気メスにて移植部位を焼灼し、粘膜および粘膜筋板を傷害した胃潰瘍を作成した。胃潰瘍作成後はLansoprazoleを10mg/kg/dayで連日投与して潰瘍治療を行った。移植後21日目で胃液の採取、サクリファイスを行った。
iPS細胞由来膵外分泌細胞のラット胃粘膜下への移植:iPS細胞より誘導された膵外分泌細胞の細胞凝集塊を、オスの8-10週齢F344/rnuラットの胃粘膜下に約5×106cells/200µLの容量で移植した。細胞の移植、移植部粘膜への胃潰瘍形成、胃液の採取、胃の採取はラット膵外分泌組織の同型移植モデルと同様の手法で行った。
「結果」
iPS細胞から膵前駆細胞への誘導:Stage 0-4の分化誘導の結果として、Stage 4最終段階であるday16において、膵前駆細胞のマーカーであるPDX1、SOX9の発現を認めた。免疫染色の結果に一致して、PDX1とSOX9のmRNAは発現上昇を認めた。フローサイトメトリー分析ではPDX1とSOX9の陽性細胞率はそれぞれ91.3 ± 2.4%と98.0 ± 0.8%であった。これらの結果よりStage 4最終段階で膵前駆細胞が高効率で誘導されていることが示唆された。
膵前駆細胞から膵外分泌細胞への誘導:Stage 5最終段階であるday 31において膵腺房細胞のマーカーであるPTF1A、アミラーゼ、トリプシンのmRNA発現量は有意に上昇した。mRNA発現量に一致して、蛍光免疫染色ではPTF1Aアミラーゼ、トリプシンの染色を認めた。膵管細胞のマーカーであるCK19のmRNAも誘導の過程で有意に発現上昇し、蛍光免疫染色でも染色を認めた。Stage4で誘導された膵前駆細胞からStage5を経ることで、膵外分泌細胞系統へ分化が進んだことが示唆された。Day31での細胞マーカー陽性細胞率はPTF1Aが69.1 ± 17.8%、アミラーゼが64.9 ± 15.9%、トリプシンが39.6 ± 10.8%、CK19が14.8 ± 5.6%であり、多くの細胞が膵外分泌細胞系統へ分化誘導されていること示唆された。しかし、成人膵細胞コントロールと比較すると、膵腺房細胞に関するmRNA発現量はiPS細胞より分化誘導した細胞で有意に低く、依然として未成熟な細胞の状態であることが示唆された。
ラット膵外分泌組織の同型移植モデル:移植後21日目に採取した移植部位のHE染色では、胃粘膜下に移植した膵組織片を認め、粘膜筋板の介在なく胃粘膜に接触していた。移植された細胞は膵腺房細胞マーカーであるアミラーゼとトリプシン、および膵管細胞マーカーであるMUC1を発現していた。移植後21日で採取された胃液中のアミラーゼ値は、コントロール群に比べて移植群で有意に上昇を認めた。また、膵外分泌酵素分泌促進薬であるsecretinとcarbachol投与後では、移植群で有意に胃液中アミラーゼ値の上昇を認めた。これらの結果より、膵外分泌組織の胃粘膜下移植、移植後に胃潰瘍を作成し粘膜筋板を除去、胃潰瘍の治癒というプロセスを経ることで、胃粘膜下への膵外分泌組織の機能的な移植が可能になることが示唆された。
iPS細胞由来膵外分泌細胞のラット胃粘膜下への移植:移植後21日目に採取した胃では、移植を行った4例中の3例で、移植部位に膵腺房様の組織を認め、移植された細胞が粘膜筋板の介在なく胃粘膜に接触していた。蛍光免疫染色ではヒトミトコンドリアの染色領域に一致して膵腺房のマーカーであるアミラーゼとトリプシン、膵管細胞のマーカーであるCK19の発現を認め、移植したiPS細胞由来膵外分泌細胞が自己消化されずに生着していることが示唆された。また、4例中2例で胃液中のアミラーゼ上昇を認めた。
「考察」
幹細胞からの膵外分泌細胞誘導については2報の報告があり、それらの報告によると、幹細胞誘導による膵外分泌細胞の作成効率は、Hohwielerらの報告で膵腺房細胞が30%、膵管細胞が60%、Huangらの報告で膵腺房細胞が1%、膵管細胞が10%であった。本研究では膵腺房細胞が40-60%、膵管細胞が20%と、既報よりも高効率で膵外分泌細胞が分化誘導された。以前に報告した我々のプロトコールからは、膵前駆細胞から膵内分泌細胞への誘導を促すTGF-β type I受容体阻害剤(Alk5 inhibitor II)を除いており、膵外分泌細胞への分化誘導がより促された可能性がある。また、iPS細胞は同じ分化誘導プロトコールでも株によって誘導効率が大きく異なることが示されており、使用した株種による影響も考えられる。
一方で、Stage 5の最終段階の細胞に各種の膵腺房細胞のマーカーの発現を認めたものの、mRNA発現量としては成人膵細胞に比べて低く、分化誘導された細胞は依然として未成熟であることが示唆された。膵発生の過程では、間葉系細胞との相互作用、および間葉系細胞の分泌するFGF familyなどの成長因子が膵外分泌組織の成熟を促すとされる。本研究では、膵前駆細胞の後は間葉系細胞の介在なく分化が進むため、外分泌細胞としての成熟が十分に進まなかった可能性が考えられる。加えて、新生児期には成人に比して膵外分泌組織での膵酵素産生が少なく、成長とともに食物の消化を行うことで成熟がさらに進み、膵酵素産生量が増えるとされ、誘導されたiPS由来膵外分泌細胞が未熟であった一因と考えられた。
本研究では膵外分泌細胞を胃粘膜下へ移植し、その後、胃内への膵外分泌酵素分泌の妨げとなる粘膜筋板を胃潰瘍作成により除去し、膵酵素の導出路を作成した。この手法により、胃液内のアミラーゼ値上昇が確認され、膵外分泌細胞の機能的な移植が可能であることが示唆された。しかし、胃酸により胃内は低いpH環境にあり、低pH環境は膵酵素の活性を低下させるという報告がある。膵外分泌細胞の臨床的に有効な移植を達成するため、胃酸環境下での膵酵素活性や適切な移植細胞数につき、さらなる研究が必要である。また、粘膜-粘膜筋板-粘膜下層-固有筋層-漿膜下層-漿膜という腸管の壁構造は胃、十二指腸、小腸で共通であり、胃以外の部位への移植が有効かどうかについても今後の検討が必要である。
近年の幹細胞技術の発展により、様々な疾患に対する再生医療学的アプローチが期待されている。本研究の結果は、膵外分泌機能不全に対する再生医療学的なアプローチの臨床応用につながることが期待できると考えている。