脂質調節因子(PPARγ、HMGR)のアゴニスト作用によらない機能制御化合物の創製
概要
脂質調節に関わるタンパク質であるPPARγとHMGRにおいて、アゴニスト作用とは異なる作用で機能を調節する化合物が報告されており、それらに着目した研究を行った。
(1) HMGR分解解誘導剤SR12813の光親和性標識プローブ候補分子の創製
【序論】HMGR(3-Hydroxy-3-methylgrutaryl coenzyme A reductase)はコレステロール生合成経路における律速酵素であり、コレステロールやオキシステロールなどによって転写レベルと翻訳後レベルでのネガティブフィードバック制御を受けることが知られている。転写レベルにおいては転写活性体であるSREBP/SCAP複合体に対し、Insigが結合することで転写が抑制される。一方で、翻訳後レベルにおいては、25-ヒドロキシコレステロール(25HC)がInsigに結合することで、ユビキチンE3リガーゼ/Insig/HMGRの複合体が形成され、HMGRをポリユビキチン化することでHMGRの分解が起こる(Fig.1)。HMGR分解を起こす化合物としてSR12813が報告されているが、直接的なターゲット分子などは明らかになっていない。SR12813によるHMGR分解にはInsigが必須であるものの、SR12813はInsigには結合しないことが示唆されていることから、SR12813はHMGRに結合して前述のような複合体を形成しているのではないかという仮説を立てた。この仮説を検証する為、SR12813を光親和性標識プローブ化し、HMGRへの結合証明を行うこととした。SR12813を光親和性標識プローブ化するにはアルキンなどの検出用官能基と、アジドやジアジリンなどの光親和性標識基を導入する必要があるが、SR12813ではHMGR分解活性を指標とした系統的な構造活性相関が報告されていないことから、簡易的な構造活性相関の取得を行い、それを基にプローブの設計を行うという方針で研究を進めた。
【本論】
(1) 構造活性相関の取得とプローブ候補分子の創製
HMGRの分解活性は、HMGRの触媒ドメインをluciferaseで置き換えた融合タンパク質をHEK293に安定発現させ、化合物投与による細胞中のHMGR量の変化を発光により定量した。
1) ターシャリーブチル基、二重結合、ヒドロキシ基についての検討
SR12813の芳香環の3位と5位のターシャリーブチル基の重要性、二重結合体と単結合体の比較、ヒドロキシ基の必要性などの検討を行った結果、SR12813よりも強いHMGR分岐活性をもつ化合物1と2の創製に成功した(Fig.2)。特に化合物1は報告例のある中で最も強い活性を有していると考えられる。これらの化合物をリードとして、プローブ化に必要な官能基の導入について検討を進めた。
2) プローブ化に必要な官能基導入についての検討
まず、芳香環のターシャリーブチル基のうち一方をプローブに変換できるかを検討した(table1)。その結果、活性は低下するものの、アジド基(3)やエチニル基(4)に変換してもHMGR分解活性が残ることが分かった。アジド基への変換がより活性を維持できたことから、アルキンを別の部位に導入できないかを検討した。次に、エステル上イソプロピル基を他のアルキル基に変換できるかを検討した(table2)。その結果、活性は低下するものの、プロパルギル基(5)やブチニル基(6)に変換してもHMGR分解活性が残ることが分かった。
ここまでの検討から、ターシャリーブチル基をアジド基に、エステル上イソプロピル基の1つをプロパルギル基に変換した光親和性標識プローブ候補分子srbAZYを合成した(Fig.3)。また、エステル上イソプロピル基の1つをジアジリンとアルキンを含むプローブユニットに変換したsrpDHYも合成した。この2つのプローブ候補分子の活性を評価したところ、srpDHYはSR12813よりも強い活性を有していることが明らかとなった。
(2) HMGRへの結合試験
創製したsrpDHYを用いてHMGRのラベリング試験を行った結果をFig.4に示す。その結果、srpDHYはUV依存的なラベリングを起こし、そのラベリングが化合物の競合により阻害されることを確認することができた。すなわち、srpDHYはHMGRに結合することが明らかとなった。このことから、想定した通りSR12813はHMGRに結合してHMGRの分解を誘導することが示唆された。
【総括】
HMGR分解作用を持つSR12813のターゲット分子を同定する為、SR12813の光親和性標識プローブ化を行い、HMGRへの結合試験を行った。プローブ化に際し、SR12813のHMGR分解活性を指標とした構造活性相関の取得、および現状最も強いHMGR分解活性を有する化合物の創製に成功した。また、プローブを用いてHMGRへの結合試験を行った結果、SR12813類縁体はHMGRに結合することを明らかにした。本研究によりHMGR結合分子が同定されたことから、この結果がHMGRのX線結晶構造の解明などに貢献することが期待される。
(2) PPARγにtransactivation作用とtransrepression作用の相関関係の検証
【序論】ペルオキシソーム増殖剤応答性受容体γ(Peroxisome Proliferator-activated Receptor ; PPARγ)は脂質代謝や糖質代謝に関わる遺伝子を制御する核内受容体である。PPARγはリガンド依存的に遺伝子プロモーター中のPPARγ応答配列に結合して転写活性化を起こすtransactivation作用(アゴニスト作用)だけでなく、プロモーター領域中にPPARγ応答配列を持たないような炎症性遺伝子の発現をタンパク質間相互作用を介して抑制するtransrepression作用を有することが報告されている。当研究室では肝臓X受容体(Liver X Receptor;LXR)においてリガンドの構造展開によってこの2つの作用の分離を達成しているが、PPARγにおいてはそのようなtransrepression作用を有するPPARγアンタゴニストの報告例はない。そこで、PPARγにおいてはこの2つの作用が相関しているのではないかと考え、transactivation作用の変化に付随するtransrepression作用の変化について検証した。
【本論】Transactivation作用は全長PPARγとPPARγ応答配列を用いたレポータージーンアッセイにより評価し、transrepression作用についてはPPARγによるtransrepression作用を受けることが知られているNF-κB応答配列を用いたレポータージーンアッセイにより評価した。PPARγアゴニストのロシグリタゾン、および所属研究室で創製されたアゴニスト1、1を由来とするパーシャルアゴニスト2、アンタゴニスト3において、両作用の最大活性を比較した結果を示す(Table3)。その結果、フルアゴニストからアンタゴニストへとtransactivation活性が低下するに伴い、transrepression活性も低下する結果となった。すなわちPPARγにおいてはtransactivation作用とtransrepression作用が相関していることが示唆された。この理由として、transrepression作用の発現にはPPARγのLys367残基のSUMO化が必要であるが、Lys367はリガンド結合ポケット近傍に位置しており、transactivation作用の変化に伴うPPARγのコンフォメーション変化の影響を受けやすいためではないかと考える。
【総括】本研究から、PPARγにおいてはtransactivation作用とtransrepression作用が相関することが明らかとなった。よって、transrepression作用を維持したPPARγアンタゴニストを創るには、これまでのようにリガンドとリガンド結合ポケットとの相互作用を変化させるような手法ではなく、既存のリガンドとは異なるPPARγへの結合様式を持つリガンドを探索し、Lys367のSUMO化能を指標とした構造展開を行うなど、別の戦略が必要であると考えられる。