イロハモミジ樹皮からの多様な未知・未培養微生物の培養化と新規ライブラリーの構築
概要
これまで単離培養された微生物は、環境中に存在する全微生物の一部に過ぎないことが指摘されている。近年の細菌系統樹を見ると、環境中には多様な細菌系統群が生息しており、未だ培養化できていない細菌種が多く眠っていることがわかる(Hug et al., 2016; Castelle and Banfield, 2018)。一方で、菌株保存機関に寄託されている細菌株は Proteobacteria、Actinobacteria、Firmicutes、Bacteroidetes の 4 門が大部分を占めており、培養化された細菌株は系統的に大きく偏っている(Rinke et al., 2013)。これまでに環境中から培養化された細菌種は全体の 1%にも満たないと言われており、残された 99%以上の未培養微生物は“微生物ダークマター”と呼ばれ、注目を集めている(Rinke et al., 2013; Ledford, 2015)。現在、残された 99%以上の未培養微生物の解析や活用を目指し、次世代シーケンサー等を活用した環境ゲノムの網羅的解析が行われ、微生物群集の多様性や分布、動態把握が可能になり、膨大なゲノム情報や遺伝子情報が蓄積されている。しかしながら、塩基配列からだけでは分からない未知の微生物機能の解明や、微生物の分類情報の蓄積、および実用的利用を行う際、未培養微生物の培養化は必須である。
未培養微生物の探索において環境試料の選択は重要であり、未開拓の環境試料に着目することで未培養微生物の獲得範囲が広がる可能性がある。その理由として、微生物群集や単離培養株の情報のデータベースへの蓄積が乏しいことから、獲得される微生物の新規性が必然的に高くなることや、他の環境にはない環境特性を有していることから、生息する微生物群集が特殊であることなどが考えられる。
樹木に生息する微生物群集に関する研究例は多く存在するが、樹皮に着目したものは少ない。樹皮は、難分解性物質や抗菌性物質を含浸しており、微生物にとっては厳しい環境となる。一方で、樹皮に生息する微生物群集は他の樹木器官とは異なっており、特に老いた樹皮ではより多様な微生物群集が存在しているという報告もある(Martins et al., 2013; Leff et al., 2015; Arrigoni et al., 2018)。また、Acidobacteria 門、Armatimonadetes 門といった培養頻度の低い系統群に属する細菌株が樹皮から単離培養されたという報告もある(Yamada et al., 2014; Li et al., 2019)。樹皮には、(1) 樹冠により降水や UV 照射、風などの外部からの撹乱が抑制される、(2) ひび割れや皮目などの微小構造に微生物が定着することで湿度や栄養の供給が安定する、(3) 樹皮-微生物の間に何らかの相互作用の存在が予想できる、などの特性があり、微生物にとって安定的に生息可能で、他にはない特殊な環境であると言える。
これらの背景を踏まえ、本研究では、日本の森林に一般的に自生する落葉広葉樹であり、生息している細菌群集が比較的多様であったイロハモミジ(Acer palmatum)の樹皮に着目した。イロハモミジ樹皮の微生物群集構造の把握や樹皮由来の未培養微生物ライブラリーの構築を行うために、次世代シーケンサーを用いた微生物群集構造解析、および細菌株の網羅的な単離培養を行った。これらの検討を通し、イロハモミジ樹皮の未培養微生物分離源としての有用性を検証し、未培養微生物の取得効率の向上につなげることを本研究の目的とした。
次世代シーケンサーMiSeq を用いて、イロハモミジ樹皮の細菌群集構造解析を行った結果、門レベルでは Proteobacteria 門と Bacteroidetes 門が、イロハモミジ樹皮中に豊富に存在していた。さらに、未培養系統群を多く含む Gemmatimonadetes 門、 Verrucomicrobia 門、Armatimonadetes 門、Abditibacteriota 門が、比較的少ない存在量であるが検出された。低栄養寒天平板培地を使用して細菌株の単離培養を行った結果、合計 70 株の単離培養に成功した。単離された細菌株のうち 44 株は、データベース中のタイプ株と 97%未満の 16S rDNA 配列相同性を示した。特に、得られた新規細菌株である IAD-21 株は、Abditibacterium utsteinense strain R-68213T と 91%の 16S rDNA 配列相同性を示した。この株の分子系統解析を行った結果、Abditibacteriota 門で 2 番目となる単離培養株であることが示された。IAD-21 株と R-68213T 株との間の ANI、AAI、 dDDH は同種と判断できる閾値を大きく下回り、IAD-21 株は Abditibacteriaceae の新属である可能性が示唆された。IAD-21 株は、貧栄養性の化学合成従属栄養細菌であり、ピンク色の 1 mm に満たないコロニーを形成する、4 連または 8 連の球菌であった。以上の結果より、イロハモミジ樹皮には多様な未培養細菌が存在することが示唆され、実際に Abditibacteriota 門で 2 番目となる単離培養株の獲得に成功した。
イロハモミジ樹皮試料が優れた未知・未培養微生物分離源であるか否かを検証するために、次世代シーケンサーを用いて、樹皮、枝、葉、および周辺土壌に生息する細菌群集構造の解析を行うと共に、低栄養培地を用いて単離培養された細菌株の系統的新規性を比較した。次世代シーケンス解析の結果、検討した 4 種類の試料の中では周辺土壌試料が、新規な系統群の割合や群集の多様性が最も高いことが示された。対照的に、単離培養された細菌株では、樹皮、枝、および葉由来の細菌株の多くが、タイプ株と 97%未満の 16S rDNA 配列相同性を示したのに対し、土壌由来の細菌株の大部分は低い系統的新規性を示した。また、樹皮試料から単離培養した細菌株で構築したライブラリーの中には、Chloroflexi 門の C0119 系統群、および Gemmatimonadetes 門の Longimicrobia 綱に属すると推定される新規性の高い株が含まれていた。特に C0119 系統群からの細菌の単離培養例はこれまでになく、この系統群に属すると推定される BA-149 株は、Chloroflexi 門の目や綱といった高次分類群レベルで新規な株である可能性が示唆された。以上の結果より、イロハモミジ樹皮からは多様な未知・未培養細菌が獲得でき、それらの優れた分離源であることが示された。
本研究の結果、イロハモミジ樹皮からこれまで分離培養例が皆無である、もしくは非常に少ない系統群に属する 3 株の細菌の単離培養に成功した。また、本研究で樹皮から単離培養された細菌株は、全体として系統的新規性が高かった。上述の系統群に属する株は樹皮からしか獲得されず、イロハモミジ樹皮が未培養細菌株の有用な分離源となり、それら微生物資源の蓄積に貢献できる可能性を示唆する結果となった。今後、多様な樹皮試料からの未知・未培養微生物の探索を行うことや、適切な培養条件や新規培養法を適用することにより、さらに多様な未知・未培養微生物資源の開拓や獲得が期待できる。樹皮由来の未培養微生物は微生物生態学などの学術的観点や、製薬などの産業的観点からも重要となる可能性があり、今後、“微生物ダークマター”が関係する研究分野への貢献が期待される。