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大学・研究所にある論文を検索できる 「封入体筋炎の臨床病理像の検討と筋を用いた遺伝子発現解析による新規病態関連因子の探索」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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封入体筋炎の臨床病理像の検討と筋を用いた遺伝子発現解析による新規病態関連因子の探索

池永, 知誓子 東京大学 DOI:10.15083/0002002354

2021.10.13

概要

封入体筋炎(inclusion body myositis: IBM)は、主に50歳代より緩徐進行性に手指の屈筋や大腿四頭筋の筋力低下を来す難治性の疾患である。それに対し、四肢近位の筋力低下を来たす多発筋炎(polymyositis: PM)はステロイドによる治療が奏効する。病理学的には、IBMとPMはMHC-class1の発現が亢進している非壊死筋線維にCD8陽性細胞が侵入している像(CD8-MHC-1 complex)が共通しており、IBMではさらに縁取り空胞や、Aβなどのタンパク質が蓄積した変性線維を認める。

 最初は筋病理所見上炎症しか認めず、筋力低下を認めるのも近位筋のみでPMと診断されても、徐々に上肢遠位の筋力低下を認め2回目の生検で縁取り空胞を認める例が報告されている。その一方で、治療に効果を示しその後も悪化しないPM症例も少数ではあるが報告されている。

 本検討ではまず、炎症性筋疾患の症例からIBMやPMを含むCD8-MHC-1 complexを持つ症例を抽出し、抗p62抗体による筋の免疫組織化学の結果も含め、CD8-MHC-1 complexを持つ症例の臨床病理像の全貌を明らかにする事を目的とした。

 また、IBMの発症には老化やウイルス感染、発癌に関わる経路など複数の要素の関与が疑われ、遺伝子の変異のみでは疾患の発症に至るまでの全てを説明することは出来ていないのが現状である。本検討では、遺伝子と表現型の間に位置する転写産物を解析する事で、IBMの筋で変動している経路を網羅的に明らかにし、診断や治療の鍵になる分子を同定する事を目的とした。

 1993年から2015年までに病理診断を行った、連続950例の炎症性筋疾患症例中CD8-MHC-1 complexを認めた93例の臨床病理像を解析し、ヨーロッパ神経筋センターの診断基準に照らし合わせた結果、70例はIBM、17例はPMの基準を満たした。その一方で、IBMには合致しない遠位の筋力低下を認めた例が6例存在した。縁取り空胞はIBM症例のうち56例(80%)で認めたが、抗p62抗体による免疫組織化学で顆粒状に細胞質が染色される線維はIBM症例のうち66例(94%)、その他6症例のうち2症例(33%)で陽性で、PM症例の中にはp62陽性の症例は認めなかった。また、IBM症例のうち治療した44例ではp62の染色性によらず治療効果を認めた症例は無く、PM症例では16例中11例が治療に反応したが、その他の6例のうち2例はp62が陽性で悪化、4例はp62が陰性で治療反応性は有効、あるいは部分的に有効という結果であった。

 この結果より、CD8-MHC-1 complexを認める症例の中でIBMやPMと診断されない症例では、治療法の選択に際しp62の免疫組織化学が参考になる可能性が考えられた。また、IBMとPMではCD8陽性のリンパ球による細胞傷害性の免疫応答が起きていることは共通しているものの、p62の染色性には差があり、筋障害のプロセスも異なると考えられた。

 次に、CD8-MHC-1 complexを持つ症例の中でRNAの抽出に十分な量の凍結標本を確保出来た58症例(IBM43例、PM6例を含む)の筋と筋病理所見に異常を認めなかった9例の筋をコントロールとし発現解析を行った。

 概観を見る目的で行った主成分分析では、コントロールとCD8-MHC-1 complexを有する疾患群はそれぞれ一群を成していた。一方で、第二主成分までの累積寄与率は97.4%であったが、第一主成分と第二主成分のいずれもIBMとPMを分けることは無く、両者は一群を成していた。

 また、KEGG pathway enrichment analysisではコントロールと比較して、遺伝子の発現が亢進していたKEGG pathwayはIBMでは82個、PMでは99個で、そのうち75個のpathwayはIBMとPMで共通していた(p<0.01)。一方で、コントロールと比較し遺伝子の発現が低下していたKEGG pathwayはIBMでは29個、PMでは19個あり、そのうち16個のpathwayはIBMとPMで共通していた(p<0.01)。

 この様に、IBMとPMは変動している経路の多くが共通していることが明らかになったが、IBMとPMを比較すると、IBMではPMと比較し細胞接着因子の遺伝子の発現が亢進していた(p<0.01)。そこで細胞表面抗原392個の遺伝子の発現量を調べたところ、コントロールと比較してIBMで発現量に有意な差を認めた遺伝子は306個(p<0.01)で、その中でPMと比較してIBMで発現量に有意な差を認めた遺伝子は50個(p<0.01)認められた。その50個の遺伝子の中で、コントロールやPMで0.12RPKM以下の遺伝子は、Epithelial-cadherin(E-cadherin, CD324)のみであった。

 タンパク質レベルでの増加の有無や細胞内での局在を確認する目的で行った免疫組織化学では、IBMでp62陽性の顆粒を認めた線維は抗E-cadherin抗体で染色されなかったのに対し、抗p62抗体で筋線維の細胞質にびまん性に染色性を認めた線維は抗E-cadherin抗体でもびまん性に染色された。PMでも6例中1例で抗p62抗体と抗E-cadherin抗体でびまん性に細胞質が染色された線維を認めたが、ごく少数に留まっていた。抗MDA5抗体陽性の皮膚筋炎や抗合成酵素症候群、コントロールの筋では抗p62抗体や抗E-cadherin抗体で染色される線維は認めなかった。壊死性筋症や抗Mi-2抗体陽性の皮膚筋炎では抗p62抗体でびまん性に染色される線維は認めたが、それらの線維は抗E-cadherin抗体では染色されなかった。

 例外的に、皮膚筋炎のうち筋線維束周囲の萎縮を認めた7例中3例の筋線維束周囲の線維の一部に抗p62抗体と抗E-cadherin抗体によるびまん性の染色性を認めた。また、縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー10例中1例で、p62陽性の顆粒を持つ筋線維が集中している筋束においてのみ、主に萎縮した線維の細胞膜や細胞質が抗E-cadherin抗体で染色された。

 また、発現解析で同定されたE-cadherinについて、タンパク質レベルでの有無をIBMの筋を用いたWestern blottingでも確認した。その結果、IBM6例のいずれにおいても陽性コントロールのヒト前立腺癌細胞で検出されたバンドと大きさが一致した120kDaと35kDaのバンドが検出された。一方で、コントロールでは120kDaのバンドは検出されなかった。Western blottingで用いた抗E-cadherin抗体はE-cadherinの細胞内領域を認識する抗体であり、検出されたバンドは全長型のE-cadherinと切断されたE-cadherinの細胞内領域を反映している可能性が考えられた。

 その他、コントロールやPMと比較しIBMで発現量に有意差を認めた遺伝子の中に、5個のtumor necrosis factor receptor superfamiliesも含まれ、この中でdeath receptor 6を含む4個の分子は細胞死のシグナル伝達に関わるdeath domainを細胞内に持つ点が共通していた。抗DR6抗体を用いた筋線維の免疫組織化学も行ったところ、抗E-cadherin抗体で染色される線維に一致して染色性を認めるという結果であった。

 今回の検討では、本来上皮細胞の細胞膜に存在するはずのE-cadherinが、IBMの骨格筋細胞の細胞質に存在していることが示された。E-cadherinは上皮細胞同士の接着結合に寄与する他に、β-cateninを細胞表面に留める事でWnt/β-cateninシグナル経路を抑制する事が知られているが、筋におけるWnt/β-cateninシグナル経路については、老齢マウスの筋の衛星細胞においてWnt/β-cateninシグナル経路が活性化し、衛星細胞が筋細胞に分化するのではなく線維芽細胞に分化する事が報告されている。IBMの発症は主に50歳代からであり、これまでにも発症には老化の関与が指摘されてきたが、E-cadherinもWnt/β-cateninシグナル経路を介して老化に伴う変化に寄与している可能性が考えられた。また、death receptor 6は細胞死に寄与する分子として報告されてきたが、今回抗Mi-2抗体陽性皮膚筋炎、壊死性筋症で多発していた壊死線維は抗death receptor 6抗体では染色されず、IBMの筋においては細胞死以外の役割を担っている可能性も示唆された。

 E-cadherinやdeath receptor 6で染色される筋線維を筋束内部に認める事は、IBMの診断において参考になる可能性があるのみならず、IBMの病態を明らかにする上で新たな切り口となる可能性が考えられた。

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