Long-term clinical outcomes of the Toronto stentless porcine valve: 15-year results from dual centers
概要
• 背景と目的
人工弁生体弁構造にステント支柱を持たないステントレス生体弁は, ステント支柱を持つステント生体弁と比較して, 大動脈弁置換術後に大きな有効弁口面積を介して良好な血行動態を提供することが知られている (Borger et al., 2005, Kunadian et al., 2007, Tsialtas et al., 2007). 大動脈弁置換術後, 患者の体格に対して植え込む大動脈弁の弁口面積が小さい場合には, 高い人工弁圧較差から心不全症状を引き起こすリスクや生命予後が悪くなるリスクがあり (Pibarot and Dumesnil, 2000), ステントレス生体弁は弁口面積を大きく取りたい場合の良い選択肢となる.
術後人工弁圧較差が高い場合には, 人工弁への乱流や通過血流のストレスにより生体弁耐久性が弱くなるという結果も近年報告されている(Salaun et al., 2018, Une et al., 2014, Flameng et al., 2014). 高い人工弁圧較差が生体弁の耐久性を弱めるのであれば, ステントレス生体弁は大きな有効弁口面積を通して人工弁圧較差が低くなるため,ステント弁と比較して耐久性が高くなるという仮説が成り立つ.
トロントステントレスブタ生体弁は, ブタ大動脈弁をグルタールアルデヒド加工後にダクロン布に縫合されたものであり金属ステントは使用されていない(David et al., 1988, David et al., 1990). この構造は弁口面積を最大限に生かし術後の生体弁圧格差を最小限に抑えるために設計されている. 今回, ステントレス生体弁を代表する弁であるトロントステントレスブタ生体弁 (St Jude Medical, Minneapolis, MN)に着目して, 今まで発表されていない 500 例以上 15 年間の長期大規模なフォローアップを通して, トロントステントレスブタ生体弁の耐久性の検討を行った.
• 対象と方法
トロントステントレスブタ生体弁開発元であるトロント大学の附属病院 2施設(Sunnybrook Health Sciences Centre [Toronto ON, CANADA] と Toronto General Hospital [Toronto ON, CANADA])にて 1987 年~2001 年にトロントステントレスブタ生体弁を用いて大動脈弁置換術が行われた 515 症例を対象とした.大動脈弁置換術と同時に僧帽弁手術が行われた症例および, 術後 30 日以内に死亡した症例は今回の対象から除外した. 冠動脈バイパス術, および上行大動脈置換術が大動脈弁置換術と同時に行われた症例は対象に含んだ. この研究に対して Sunnybrook Health Sciences Centre と Toronto General Hospital の倫理審査委員会の承認を得ている.
すべての症例において subcoronary technique で大動脈弁生体弁置換術が行われた.
(これはステントレス弁を Valsalva 洞部(冠動脈口下)に縫着するステントレス生体弁特有の手技.)フォローアップは各々の施設での弁膜症外来でのフォローアップ, 電話でのフォローアップ, かかりつけ開業医への手紙でのフォローアップにて行われた. 大動脈弁再置換術、生体弁劣化 + 大動脈拡張による重症大動脈弁逆流の累積発生率は Kaplan- Meier 法を用いて、死亡イベントを competing risk として計算した.
• 結果
515 症例は平均手術時年齢が 64.2 ± 10.8 歳, 女性は症例の 33.6%であった.
平均フォローアップ期間は 9.8 ± 4.1 年(中間値 11.5 年, 最大 19.1 年)であった. 10年以上のフォローアップ率は 82.5%. 体表面積当たりの有効弁口面積が 0.85cm2 以下(PPM: prosthesis-patient mismatch)となった症例は 10.9%認めた.
術後生存率は 5 年 90.7 ± 1.3%, 10 年 75.4 ± 2.0%, 15 年 56.8 ± 3.2%であった. フォローアップ期間中に 116 例が大動脈弁再置換術を受けており, 内訳は, 90 例が生体弁劣化, 12 例が人工弁感染, 10 例が上行~基部大動脈拡張に伴う大動脈人工弁逆流, 4 例がその他の理由であった.
死亡イベントを競合リスクとして解析した大動脈弁再手術の累積発生率は 5 年 1.4%(95% conficence interval [CI], 0.6-2.7), 10 年 11.1% (95% CI, 8.4-14.2), 15 年34.4% (95% CI, 28.8-40.2) であった. 再手術による手術死亡率は 5.2% (6/116) であった. 生体弁劣化タイプの内訳として, 大動脈弁逆流型が主体で 82% を占めた.
• 考察
トロントステントレスブタ生体弁は大動脈弁置換術術後 10 年まで良好な術後生存率と耐久性を示した.しかしながら, 逆流型の生体弁劣化が術後 10 年を超えると増加し, それに伴い再手術が増えていた. 再手術死亡率は許容範囲ではあった. 今回示したトロントステントレス生体弁の耐久性は既存のステント生体弁と比較すると劣っており仮説は棄却される. 人工弁機能不全は, ステント生体弁で主体となる狭窄型(石灰化型)の生体弁劣化ではなく, 逆流型(裂傷型)が主体であり, 生体弁の構造(ステント型 vs. ステントレス型)により生体弁劣化のメカニズムが違うことが示唆された. これより、術後生体弁圧較差は狭窄型の生体弁劣化(生体弁の石灰化)に強く関わる因子であることが示唆された.
大動脈弁治療の今後の展望として、さらなる耐久性を持つ生体弁の開発が待たれる.ステントレス生体弁の形状では、石灰化は発症しにくかったが裂傷型の劣化が起きやすく、残念ながら耐久性向上には至らなかった. 基礎研究との連携により、さらなる耐久性を持つステント生体弁開発が待たれる.