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Effect of mate choice on between-population phenotypic differentiation

能城, 沙織 東京大学 DOI:10.15083/0002004270

2022.06.22

概要

【序論1】どのような配偶者を選択するのかということは重要だが判断が難しい問題であり、そのような場面において特にヒトは社会学習を行うことが非常に多い。ヒトにおける社会学習を用いた配偶者選択の代表的なものとして、同類婚が挙げられる。例えば顔に焦点を当てると、多くの先行研究においてヒトの顔に関する同類婚的傾向が示されている(Hinsz, 1989等)。しかし、これらの先行研究の多くは欧米の都市部を中心としたものであり、本当に幅広い集団において見られるのかは示されていない。そこで、本研究では、第2章、第3章において、ヒトの顔に関する同類婚的傾向が、先行研究で示されている以外の集団においても見られるのかを調べ、社会学習による配偶者選択が普遍的なものである可能性を検討した。

【第2章/第3章:　顔に関する同類婚的傾向の検証（実証実験）】
日本、インドネシアスンバ島を用いて顔に関する同類婚的傾向を調べた。先行研究より、配偶者選択において自分、異性親の顔に対する学習が関与することが示されている（自分：Hinsz, 1989等; 異性親：Bereczkei et al., 2002等）。同様の傾向が、先行研究とは異なる特徴を持つ集団においても見られるのかを調べることで、社会学習による配偶者選択が欧米等の特定の集団以外でも見られるのかを検証した。
[パートナーと自分、異性親の顔の類似性の測定]（日本人カップル38組、スンバ人夫婦29組）
(1) 顔計測値の比較：顔計測値を用いて主成分分析を行い、以下1,2の分析を行った。
1. 主成分の相関（日本、スンバ）：スンバにおいて異性親とパートナーの間で正の相関が見られた。
2. パス解析：図1のパス図を用いたパス解析の結果、パートナーと異性親(d)及び自分(e)の類似度を示すパス係数で有意な正の値が得られた。
(2) 実験参加者による類似性判定（日本）：被験者と被験者のパートナー及び被験者の異性親とパートナーの顔の類似性を実験参加者（69～76名）が判定した結果、恋人同士の顔は似ているという日本における自分を指標とした同類婚的傾向が認められた。
[自分類似顔・異性親類似顔への性的魅力を問う実験]（スンバ人男女各24名）
顔合成ソフトを用いて作成した自分類似顔、異性親類似顔への魅力を問う実験を行った結果、男性は異性親類似顔、女性は自分類似顔に対する性的魅力が低かった。
以上の実験より、顔形質における学習による配偶者選択は、先行研究によって示された欧米を中心とした集団に限定されることなく、様々な集団において見られるということが示唆された。

【序論2】第2章、第3章で示された同類婚をはじめとした社会学習を通じた配偶者選択は、集団ごとに異なる淘汰圧を生じさせる可能性があり、ヒトの集団間の表現型差異にも影響を与える可能性が考えられる。自然淘汰が表現型の集団間差異に与える影響についてはこれまで示されている。例えば、ヒトの顔面形態には集団間差異が見られ、多くの場合その差異は遺伝的差異と相関が見られることが示されているが、気候や食生活などの環境要因の影響による自然淘汰が生じている場合には遺伝的浮動の効果から予測される以上の形態差異が見られている(Harvari & Weaver, 2006等)。一方で、性淘汰は通常種内で同方向への淘汰圧がかかることが多いため、これまで表現型の集団間差異に対する影響についてはあまり注目されてこなかった。しかし、社会学習による配偶者選択は、集団によって異なる淘汰圧を生じさせる可能があり、そのような場合には、自然淘汰と同様に遺伝的浮動の効果のみの場合と比較して大きな集団間差異をもたらす可能性が考えられる。社会学習による配偶者選択のうち、集団ごとに異なる淘汰圧を生じさせる可能性のあるものとして、集団の平均的な表現型への学習に基づき配偶者を選ぶ集団平均への好み及び同一集団の他個体の配偶者選択を参照することによるMate-choice copyingが挙げられる。第4章、第5章では、集団間の表現型多様性の出現と維持に社会学習による配偶者選択が寄与しているという仮説を提唱し、上記2つの配偶者選択の効果を調べることを目指した。特に集団間での表現型多様性が認められており、更に配偶者選択に用いられているということが多くの研究から示されている顔面形態に着目して、この仮説を理論的、実証的に検討した。

【第4章　計算機シミュレーションによる性淘汰の集団間差異への影響の検証】
個体ベースシミュレーションにより、社会学習による配偶者選択によって表現型差異の維持、出現が起こるのかを理論的に検証した。
モデル2集団からなる島モデル（移住・突然変異あり）
配偶者選択以下2種類の好みに応じた確率で配偶者を選択する。
1. 集団平均への好み
2. 集団内で平均とは異なる形質（トレンド）に対する好みへの同調（ある種のMate-choice copying）
全個体が1.あるいは2.の好みを持つ場合、集団内で1、2の好みを持つ個体が混在する場合で1000世代分のシミュレーションを10回行った。量的形質の遺伝的分化の程度を示す𝑄𝑠𝑡の分布が、単一遺伝子の遺伝的分化の程度を示す𝐹𝑠𝑡の分布を中立な遺伝子から求めたもの（図2△）及び中立な形質の𝑄𝑠𝑡（図2●）よりも大きくなるかを、十分に集団間の混合が進んだ950世代目以降において調べ、中立なものの分布の95％よりも大きくなったものの割合をPD indexとして定義した（PD indexが大きいほど表現型差異が見られていると判断できる）。その結果、以下の傾向が示された(図2)。
(1) 集団平均への好みは集団間差異を維持する効果がある
(2) ある種のMate-choice copyingによる好みは集団間差異の維持、出現両方を可能とする効果がある
(3) 好みに基づいて配偶者を選択する確率が高いほど集団間差異が見られる

【第5章:　表現型の集団間差異をもたらしうる好みの有無の調査（実証実験）】
最後に、実際に顔面形態の集団間差異が示されている沖縄、本土集団を用いて（Miyazato et al.,2014）、自集団への好み(5-1)及び同一集団他個体の好みへの同調が生じているのかを調べ(5-2)、配偶者選択による集団間差異の維持が顔について起こりうるのかを検討した。
5-1 集団特徴顔への好み（沖縄男女各60名・本土男性81名、女性39名）
同一集団の顔写真を3枚ずつ合成することで、沖縄、本土それぞれについて平均顔を10個作成した。それらの顔への性的魅力（長期的魅力、短期的魅力）、信頼を問う実験を沖縄、本土各集団に対して行った。刺激写真及び実験参加者による効果をランダム効果として組み込んだ階層ベイズモデルにより、評価する顔の出自と実験参加者の出自の評価に対する効果を調べた。その結果、女性における長期的魅力と信頼の評価に関して、評価する顔の出自と実験参加者の出自について交互作用が見られた（図3）。全体として、長期的魅力の評価、信頼の評価いずれにおいても、沖縄男性の顔の方が本土男性よりも高く評価されたが、沖縄女性の方が本土女性と比較してよりその効果が大きかった。
5-2 同一集団他個体の好みへの同調(沖縄男女各60名・本土男性67名、女性30名)
同一集団他個体への同調の有無を調べるため、同じ顔写真を被験者が2回評価する実験を行った。1回目は顔写真のみを提示し、2回目は顔写真と併せて、沖縄集団又は本土集団の異性の顔写真4枚（以後参照個体と呼ぶ）と、その4名によるその写真への評価を提示した状態で行った。2回の評価に差があるのか、特に2回目の評価の時に、一緒に載せてある顔の集団により差があるのかを調べた。その結果、以下のことが示された。
(1) 沖縄男性の信頼の評価を本土の参照個体を提示して行ったとき以外は全ての評価項目、被験者集団において、2回目の評価の方が1回目の評価よりも有意に高くなった。
(2) 刺激写真及び実験参加者による効果をランダム効果として組み込んだ階層ベイズモデルにより、参照個体の出自と実験参加者の出自の評価に対する効果を調べた結果、女性における短期的魅力及び男性における信頼の評価に関して、刺激写真とともに並べられた顔の出自と実験参加者の出自について交互作用が見られた（図4）。全体として、沖縄男性は沖縄の参照個体の影響を本土の参照個体の影響よりも強く受け、本土男性はその逆の傾向が見られた。また、沖縄女性は本土の参照個体の影響を沖縄の参照個体の影響よりも強く受け、本土女性はその逆の傾向が見られた。

【考察・結論】第2章及び第3章において、顔に関して社会学習による配偶者選択が先行研究で行われている以外の幅広い集団においても見られていることを示し、顔に関する配偶者選択において社会学習が普遍的に行われているという可能性を示唆した。また、第4章、5章では社会学習による配偶者選択が表現型の集団間差異に与える影響について検討した。第4章において、集団ごとに配偶者選択の傾向が異なることにより集団間の顔面形態の差異が出現及び維持されうることが示された。更に第5章において、実際に互いに移住が行われているにもかかわらず表現型の集団間差異が見られる集団を対象として、第4章で仮定した配偶者選択の好みが見られるのかを検証した。その結果、女性においては自集団の特徴を持つ顔への好みが長期的魅力及び信頼という、実際の配偶者を選ぶ際に影響の大きいと思われる項目について見られ、男性においては同一集団他個体への同調が信頼を評価する際に見られるということが示された。第4章の結果と併せると、集団ごとに評価の傾向が異なる項目を重視した配偶者選択が行われている場合、性淘汰により集団間の形態の差異が維持される可能性があり、沖縄、本土集団においては顔に関してこの現象を可能とする評価が行われていることが示唆された。

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