X線結晶構造解析に基づいた高選択性CK2α1 阻害剤創出に向けた構造基盤の構築
概要
3-1. 第1章の概要
第1章では、CK2α1/α2 サブタイプ間での選択性向上に関する基盤研究として、CK2とhematein の複合体についてX線結晶構造解析を行った。hematein (Fig. 2) は、松などの針葉樹の樹皮から見出された天然色素化合物であるが、Hung らの研究からCK2α1 に対する阻害活性を有することが判った。CK2α1/α2 に対して同等の阻害活性を示す。しかしながら、その阻害様式は異なる。hematein の阻害活性の ATP 濃度依存性を調べたところ、CK2α1 に対しては ATP 濃度に依存しないが、CK2α2 に対しては ATP 濃度に依存する (Table 1)。さらに、反応溶液中の hematein 濃度を変化させ、横軸に ATP 濃度の逆数、縦軸に活性値の逆数をとって Lineweaver-Burk plot を描いたところ、CK2α1では横軸付近に交点ができ (Fig. 3)、CK2α2 では縦軸上に交点ができた (Fig. 4)。以上のことから CK2α1 に対しては ATP 非拮抗型、CK2α2 に対しては ATP 拮抗型の阻害活性を示すことが明らかとなった。 ATP 非拮抗型阻害を示す要因として以下の 2 つが考えられる。
(1) ATP 結合サイト以外に結合し、アロステリック型の阻害を示す場合
(2) ATP 結合サイトに結合していながら構造変化を伴う場合
1-1 では、hematein の作用機序の違いを明らかにするために、CK2α1 及び CK2α2と hematein の複合体について X 線結晶構造解析を行った。その結果、hematein は CK2α1, CK2α2 ともに ATP 結合サイトにのみ結合していた。しかし、hematein の結合様式は両者で著しく異なっていることがわかった。hematein 結合時、CK2α1 では His160 の側鎖が ATP 結合サイト側を向いた UP 構造をとっており、hematein と CH-π と思われる相互作用を形成していた。一方、CK2α2 では His161 の側鎖が CK2α1 と比べて大きく反転して ATP 結合サイトと逆を向いた DOWN 構造をとっており、CK2α1 型の hematein との相互作用は形成できない状態であった。
1-2 では、2-1で構造的差異が認められた CK2α1 の His160 残基が hematein の結合様式に影響を与えるかどうかを検討するため、CK2α1 の His160 残基をアラニンに変異した CK2α1 H160A 変異体を作製し、hematein との複合体についてX線結晶構造解析を行った。その結果、CK2α1 H160A と hematein の結合様式は完全に CK2α2 型となっていた。この結果から、His160 の側鎖の UP 構造が CK2α1 型の hematein の結合様式に必須であることが示された。
1-3 では、His160 の UP 構造と DOWN 構造の差異をもたらす要因は、CK2α1 と CK2α2 の間で保存されていない残基にあると考えた。そこで、ATP結合サイト周辺に 存在する、サブタイプ間で異なる残基となっている hinge 領域の 2 残基に注目した。そこで、CK2α1 のhinge 領域に変異を導入し、3種類の CK2α2 型変異体(H115Y, V116I, H115Y/V116I)を作製し、hematein との複合体構造についてX線結晶構造解析を行った。その結果、いずれの変異体についても CK2α1 型結合と CK2α2 型結合の dual conformation の電子密度が見られた。このことから、hinge 領域の 2 残基の違いは決定 的な影響ではないものの、His160 の UP 構造・DOWN 構造の制御に大きく関与して いることが示唆された。また、hinge 領域の 2 残基の変異によって組み変わった相互 作用網を見ると、His115 がチロシンに変異したことで、Lys64 残基および Asn117 と の水素結合が形成された。また、Val116がイソロイシンへと変異したことで、Glu114 お よび Asn118 とファンデアワールス相互作用による結合が可能となった。このことから、 hinge 領域での構造の差異により下流に存在する αD-helix の構造の動きに影響を与え、その対面に存在している His160 の構造変化に影響を与える可能性が考えられる。した がって、αD-helix 近傍を標的とした分子標的薬をデザインすることで、CK2α1 に対す る高い選択性が獲得できると考えられる。
3-2. 第2章の概要
第2章では、他のキナーゼとの選択性獲得に向けた構造知見を得るために、 5-iodotubercidin (5IOD) (Fig. 5) との複合体についてX線結晶構造解析を行った。 5IOD は基質類似骨格を有する化合物である。5IOD は多くのキナーゼに対して ATP と同様の結合様式で結合し、その活性を阻害することが知られている。5IODの様々なキナーゼに対する阻害活性を比較すると、CK2α1 に対する阻害活性は有意に弱く(Table 2)、他のキナーゼとの間に大きな構造的差異が見出されることが期待できる。CK2α1 と 5IOD の複合体のX線結晶構造解析を行った結果、5IOD の結合様式は ATP を模したものであった。他のキナーゼと 5IOD の複合体構造と比較すると、他のキナーゼでは保存されていた 310-helix と 5IOD のリボース水酸基の間の水素結 合が CK2α1 と 5IOD の間では形成されていなかった。これは、Met163 が、他のキナーゼで高度に保存されているロイシンと比べて大きく、5IOD のリボース基を N-lobe 側へ押し上げた結果だと思われる。この水素結合が形成されないために、5IOD の CK2α1 に対する阻害活性が他のキナーゼに対するよりも弱くなるものと考えられる。また、5IOD の結合によって、CK2α1 の αD-helix が溶媒側へとシフトし、水分子が 5つ入ったアロステリックポケットを形成していることがわかった(αD ポケット)。このポケットは、他のキナーゼと 5IOD の複合体では見られなかった。CK2α の hinge 領域が他のキナーゼ群より 1 残基長くなっていることが、他のキナーゼ群では保存されている αD-helix と 310-helix の相互作用の形成を妨げ、さらに αD-helix を溶媒側にシフトすることを可能にしたと考えられる。つまり、αD ポケットは、他のキナーゼでは形成されず、CK2α1 固有の構造だと推定される。第1章の結果とあわせると、このポケットは CK2α2 でも形成されにくいアロステリックサイトとなり得る。このため、 CK2α1 阻害剤の標的として αD ポケットを利用することで、CK2α1 に対する選択性の向上が期待できる。