低出生体重児における睡眠の質と知的発達の関係に関する研究
概要
【背景と目的】
成人領域では、睡眠の質と生活の質あるいは認知能力の関係に関する研究が多数存在するが、発達過程にある小児、特に乳幼児における睡眠と知的発達の関係に関する研究は少ない。小児における夜間の睡眠の質や昼寝時間と知的発達の関係についての研究はわずかに存在するが、未だ統一した見解がなく、低出生体重児を対象とした研究は極めて少ない。日本では出生数が減少している一方で低出生体重児の出生割合が増加している。2010 年頃からは低出生体重児の出生割合は横ばいに転じたが、現在も低出生体重児が出生全体の約 10%程度を占めている。低出生体重児では知的発達の遅れを呈する割合が高く、出生体重が小さいほどその割合が高くなることが知られている。すなわち、低出生体重児は知的発達のばらつきが大きいために、知的発達に影響する因子の抽出に適した集団であると言える。中でも、出生体重 1,500g 未満の極低出生体重児は入院中の経過が詳細に記録されており、退院後も発育・発達の評価が定期的に行われることから、コホート研究に適した集団である。本研究の目的は、睡眠の質と知的発達の関係を明らかにすることにより、低出生体重児の知的発達を促進する睡眠プログラム開発の基礎を形成することである。
【対象と方法】
2013 年 4 月から 2020 年 11 月までに、北海道大学病院、市立札幌病院、聖路加国際病院、東邦大学医療センター大森病院、金沢大学附属病院、日本赤十字社医療センターにおいて在胎 36 週未満かつ出生体重 1,500g 未満で出生した児を対象とした。染色体異常、多発形態異常、脳室拡大、重度の脳室内出血、脳室周囲白質軟化症、視覚障、聴覚障害など精神運動発達に影響すると考えられる要素を持つ例は除外した。また、児が睡眠に影響する薬剤の投与を受けている場合、母親が精神疾患の治療中である場合も除外した。両親からの同意が得られた児に対して、修正月齢 18 か月〜21 か月に睡眠評価と精神運動発達評価を行った。睡眠評価には、保護者が記載した睡眠表と加速度計であるアクチグラフ(Actigraph Micro-mini RC, Ambulatory Monitoring Inc, NY, 米国)を用いた。保護者により記載された 1 週間分の睡眠表から、入浴などで加速度計を装着していない、車やベビーカーによる移動をしているなど解析から除外すべき時間帯および就寝時刻を抽出した。アクチグラフは日常生活下で 1 週間連続して装着した。アクチグラフに記録された 1 分ごとの活動量を、Action-W software ver.2.7(Ambulatory Monitoring Inc, NY, 米国)を用いて解析し、入眠時刻、睡眠効率、夜間覚醒ブロック数、WASO(wake after sleep onset)、夜間平均活動量、起床時刻、昼寝開始時刻、昼寝時間、昼寝終了時刻を抽出した。睡眠効率は、入眠時刻から起床時刻までの時間に占める全睡眠時間の割合(%)、WAS0 は入眠時刻から起床時刻までの間で覚醒していた時間の総和(分)と定義した。さらに、就寝時刻から入眠時刻までを睡眠潜時として算出し、7 日間の値から入眠時刻と起床時刻の標準偏差として、入眠時刻 SD および起床時刻SD を算出した。精神運動発達評価には新版 K 式発達検査を用いた。熟練した心理士により、認知・適応領域、言語・社会領域、姿勢・運動領域の分野の評価を行い、発達指数(developmental quotient, DQ)を求めた。診療録から周産期因子を抽出し、保護者により記載された乳幼児睡眠習慣調査票から、環境因子として添い寝、夜間授乳、保育園通園、昼寝の有無を抽出した。周産期因子、環境因子および各種睡眠指標と DQ の関連を単回帰分析、重回帰分析およびロジスティック回帰分析を用いて統計学的に解析した。全ての統計解析には IBM SPSS statistics 25(SPSS Inc, Armonk, NY, 米国)を用い、p<0.05 を有意とした。
【結果】
2013 年 4 月から 2020 年 11 月に 101 例を集積した。性別は男児 44 名、女児 57名、平均妊娠週数は 28.9±2.6 週、平均出生体重は 1029g±295g、母の出産時の平均年齢は 35.6±4.7 歳であった。男女間で妊娠週数、出生体重、および合併症に有意差を認めなかった。就寝時刻平均は 20:58±0:42、起床時刻平均は 6:58±0:43、夜間睡眠時間平均は 9.4±0.6 時間、昼寝時間平均は 2.0±0.4 時間、総睡眠時間平均は 11.3±0.6 時間、睡眠効率平均は 85.7±9.0%であった。起床時刻 SD、昼寝開始時刻、睡眠効率以外は男女差を認めなかった(Student’s-test、 p≥0.05)。昼寝時間と夜間睡眠時間の間には有意な負の相関があり(r = - 0.517, p < 0.001)、昼寝時間が長いと夜間睡眠時間が短くなることが示唆された。単回帰分析では、男児(p=0.048)、7 日以上の気管挿管例(p=0.048)においては DQ が有意に低く、添い寝あり(p=0.021)、入眠時刻 SD(β=-0.279 p=0.005)、起床時刻 SD(β=-0.346 p=<0.001)、総睡眠時間(β=0.205 p=0.040)が DQ と関連する因子として抽出された。重回帰分析の結果、DQ 低値と関連する互いに独立した因子として、添い寝なし、男児、遅い入眠時刻、起床時刻 SD 高値が選択された。ロジスティック回帰分析では、DQ 値 93 以上と関連する因子として起床時刻 SD が抽出された(OR: 0.964 (95%CI: 0.935-0.993), p=0.014)。他の周産期因子、環境因子、睡眠指標は選択されなかった。