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大学・研究所にある論文を検索できる 「近交系マウスBTBRTF/ArtRbrcの自閉スペクトラム症動物モデルとしての行動表現型と脳内遺伝子発現プロファイルに関する包括的研究」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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近交系マウスBTBRTF/ArtRbrcの自閉スペクトラム症動物モデルとしての行動表現型と脳内遺伝子発現プロファイルに関する包括的研究

水野 翔太 Shota Mizuno 東京理科大学 DOI:info:doi/10.20604/00003700

2022.06.17

概要

自閉スペクトラム症(以下 ASD と略す)は「社会的コミュニケーション障害」と「反復・固執行動」の 2 つの主症状によって定義される神経発達障害である。ASD は、完治療法がなく、100 人に一人以上の高有病率を示す事から、世界各国で社会問題となっている。患者ごとに重症度や副症状に多様性があり、早期介入による療育や合併症への薬物療法などが一定の効果を示すが、患者によって効果に差が見られる。従って、症状の多様性に対応した客観的な早期分子診断法や、有効な治療法の確立が急務となっている。このため、ASD の発症機序と症状の不均一性の要因となる生物学的な機構の解明が必要である。

ASD は遺伝要因が強く、複数の遺伝子変異の組合せが発症リスクに関連すると考えられて いる。患者のゲノムワイド解析などから、1,000 以上の ASD 関連遺伝子がこれまでに報告 されており、その中にはシナプスと回路の形成や機能などの分子経路に関連するものが多 い。一方で、ヒト研究では、個人差の影響や、倫理上の問題などから、遺伝子レベルの発現 や機能の包括的な解析を行う事が難しい。このため、遺伝子候補は数多く提唱されているが、 ASD 発症の遺伝的多様性や病因の分子機構は不明である。

この問題を解決する上で、遺伝子解析に優れた社会性動物モデルの研究が肝要である。その一つに遺伝的に均一な近交系マウスの BTBR 系統があり、これまでに多くの研究例がある。特に、BTBR の亜系統の一つである BTBRT + Itpr3 tf/J(以下 BTBR/J と略す)マウスは、社会性低下などのASD 様の行動表現型を示す事から頻用され、多角的な研究が行われてきた。しかし、これまでの BTBR/J 研究では、高社会性を示す標準的な実験用マウス系統C57BL/6J(以下 B6 と略す)が主に対照として使用されており、異なる遺伝的背景をもつ両系統間での比較では、ゲノム差異の多さなどから ASD 様の行動表現型に関連する遺伝要因を特定するまでに至っていない。そこで本研究では、もう一つの亜系統である BTBRTF/ArtRbrc(以下 BTBR/R と略す)に着目した。BTBR/J と BTBR/R は、1970 年代にBTBR 親系統から分離して維持されてきた。これまで BTBR/R に関する研究は、シナプス動態の変化などからASD との関連性を示唆する 1 例のみで、脳遺伝子発現や行動表現型は明らかとなっていない。約 50 年間異なる飼育環境にあった 2 亜系統間には、遺伝的浮動などによって表現型に差異が生じている可能性がある。

本研究では、BTBR/R 系統のASD 様の社会性に関連する行動解析、および脳内遺伝子発現プロファイル解析を行い、BTBR/J の既報データ、並びにヒト ASD 患者や他の ASD モデル動物の既報データと包括的に比較再解析する事で、ASD の発症と病態に関わる遺伝要因の解明に挑む事を目的とした。

BTBR/R の ASD 関連の行動表現型を明らかとするために、B6 系統を対照とした行動解析を行った。雄同士の社会性に関する行動解析の結果、BTBR/R はB6 と比して違いを示さなかった。一方、共同研究によって、BTBR/R は雌雄間での社会行動が減少し、個体認知も障害を示す事、特徴的な繰り返し行動を示す事が明らかになった。この結果を BTBR/J の既知データと比較したところ、社会性低下の対象や常同行動の内容に共通点と相違点が見られた。以上の結果から、2 つのBTBR 亜系統の分岐で生じた行動レベルの変化は、“変異保持”と“変異追加”の複合的な遺伝的モデルで説明できると示唆された。

次にBTBR/R の遺伝子発現プロファイルを明らかとするため、ASD との関連性が示されている脳領域である大脳皮質と線条体に着目して遺伝子発現プロファイル解析を行った。 BTBR/R と B6 の大脳皮質と線条体のサンプルを用いて、31,700 個の転写産物を対象とする比較マイクロアレイ解析を行い、BTBR/R で発現変動した 1,280 個の遺伝子(以下 DEGと略す)を同定した。転写属性に関して遺伝子データベース解析した結果、DEG の約 40%はタンパク質をコードしないnon-coding RNA(ncRNA)や pseudogene であった。ncRNAは RNA 間相互作用によって遺伝子発現の制御に関わる事が知られている。そこで、RNA結合データベースを用いた RNA ネットワーク解析を行った結果、227 個の ASD 関連遺伝子を含んだ、計 3,684 遺伝子の DEG と非 DEG により構成される RNA ネットワークが推定され、脳内発現制御に関係している可能性が示唆された。次に、DEG に関して、ヒト ASD遺伝子データベースを用いた解析を行い、DEG 群には 53 個の ASD 関連遺伝子が含まれる事が明らかになった。この遺伝子群を既報の ASD 患者の 1 例および他の ASD モデル動物の 4 例で報告されているASD 関連遺伝子や標的遺伝子と比較解析した結果、本 BTBR/R 研究と上記 5 研究で共通する延べ 36 個の ASD 関連遺伝子が同定された。このうち、ヒストン脱修飾遺伝子Kdm5b は、研究間での重複数が 4 例と最も多く、エピジェネティックな発現制御による ASD リスクに寄与する可能性が示唆された。次に、DEG の分子・細胞機能を推定するため、Gene Ontology(GO)解析と KEGG pathway 解析を行った結果、有意に注釈された 78 個の GO 用語と 12 個の KEGG 経路が同定され、DEG 群に、DNA 制御や免疫応答に関連する GO 用語と、社会性神経ペプチド Oxytocin に関連した KEGG 経路 “Oxytocin signaling pathway”で注釈される遺伝子が多数含まれる事が明らかになった。以上の結果から、私は、BTBR/R の大脳皮質・線条体における特徴的な遺伝子発現様式を明らかとし、ASD に関連する可能性のある複数の遺伝子候補が示唆された。

最後に大脳皮質と線条体における遺伝子発現について、本 BTBR/R 研究のデータと 2 つの BTBR/J 研究の既報データと比較再解析した。その結果、両亜系統で共通して変動する 125 遺伝子(内 Serpina3n、Scg5、Adi1、Pop4、Nudt19 の 5 遺伝子は、BTBR/J の海馬と小脳での研究でも共通して変動)と、BTBR/R と BTBR/J で特異的に変動する遺伝子がそれぞれ 1,155 個と 732 個同定された。BTBR/R と BTBR/J の DEG に関して、GO と KEGG の比較解析を行った結果、両亜系統で共通して注釈される GO 用語と KEGG 経路が計 14 個あり、BTBR/R と BTBR/J で特異的なものはそれぞれ 76 個と 161 個であった。また、両亜系統間では複数のヒストン遺伝子の発現に違いがあり、ヒストンアイソフォームの関与が示唆された。以上の結果から、BTBR 亜系統間の遺伝的相違が明らかとなり、亜系統の分岐後に獲得された複数の遺伝子変異の組合せが、両系統間で相違のある行動表現型の遺伝的リスクにつながった可能性が示唆された。また、本研究で初めて同定された新規遺伝子候補の変異が、両亜系統間で見られる特徴的な行動表現型の発現に寄与している可能性が考えられた。

本研究では、親系統 BTBR から派生した亜系統 BTBR/R における ASD 様の社会行動欠損および常同行動増加と、大脳皮質と線条体における包括的な遺伝子発現プロファイルを明らかにした。ヒト ASD 患者や他の ASD 動物モデルの既報データとの比較再解析では遺伝子の共通性からASD 関連の遺伝子発現様式を示唆した。また、転写制御に関わる ncRNAやエピジェネティック制御に関わる遺伝子候補も同定され、こうした制御がコアとなって多くの標的遺伝子発現に影響する事で遺伝的リスクを高める可能性も示唆された。さらに同じ親系統由来の別亜系統 BTBR/J との比較再解析によって、ASD 様の行動表現型の共通点と相違点に関与する可能性のある遺伝子候補を示した。本研究によって、BTBR/R が遺伝的に均一な BTBR 親系統から分岐した BTBR 亜系統間で生じる ASD 関連の分子・行動レベルの比較研究に有用な ASD マウスモデルである事が示された。特に BTBR/R の持つ比較的軽度な社会行動欠損や、特徴的な常同行動の増加といった行動表現型は、ASD の症状の複雑性を研究する上で有用であり、症状の異なる ASD 患者のモデルの一つとしての活用が期待される。本研究の発展が、ASD の発症や症状の多様性に関わる分子機構の解明や、 ASD 患者の個別化医療の推進に貢献するものと考える。

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