チャハマキの共生細菌Wolbachiaが引き起こす性比異常機構の解明
概要
本研究は、昆虫の共生細菌 Wolbachia が引き起こすオス特異的な致死現象『オス殺し』に関わるゲノム構造、オス殺しの分子メカニズム、およびオス殺しを獲得した進化プロセスを明らかにすることを目的とした。チョウ目ハマキガ科のチャハマキ Homona magnanima にはWolbachia をはじめ多様な共生微生物が感染する。本研究ではチャハマキとそれに感染するWolbachia (wHm-a, -b, -c, -t 株) を材料として、Wolbachia のオス殺しに関わる要因を調査した。その結果、オス殺しを引き起こす wHm-t 株と非オス殺し wHm-c 株の表現型の相違を決定する要因は宿主チャハマキの遺伝的背景ではなく、Wolbachia 側の要因であることが示された。wHm-t 株は高密度感染した場合のみオス殺しを引き起こし、wHm-t 株と wHm-c 株の比較ゲノム解析から、wHm-t 株のみがもつファージ WO 領域(WOwHm-t74)がオス殺しに関わることが示された。本領域はオス殺しとの関連が示された初の Wolbachia ゲノム領域であり、複数の病原性関連遺伝子 (エフェクター) が座上することから、チャハマキの発生に悪影響を及ぼす可能性ある。次に、wHm-t 株感染オス胚と非感染オス胚をもちいた定量 PCR、RNA-seq およびメタボローム解析から、wHm-t 株はチャハマキの免疫・内分泌・形態形成・代謝・性決定カスケードに影響を及ぼすことが判明し、形態観察から wHm-t 株感染オスでのみ異常な核形態、アポトーシスおよび組織形態の崩壊が観察された。これら wHm-t 株高密度感染オスで特異的に生じた一連の影響が、チャハマキのオス殺しを誘導すると考察された。さらにアジア地域で採集したハマキガにおける Wolbachia 感染を調査したところ、ハマキガ科昆虫には広く wHm-c および-t 近縁株が感染していた一方で、wHm-t 株以外の wHm-c型株はオス殺しを示さず、ファージ WOwHm-t74 領域を持たなかった。これらのことから、台湾産チャハマキに感染する wHm-t 株のみ独自にオス殺しを獲得したことが示唆された。本研究で得られた知見は、Wolbachia をはじめ共生微生物が編み出した多様な進化戦略の解明に貢献するだけでなく、様々な生物で観察される【共生】という生物間相互作用・生命現象に対する理解に寄与するものである。