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大学・研究所にある論文を検索できる 「木質細胞壁の階層構造における力学挙動解析」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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木質細胞壁の階層構造における力学挙動解析

小島, 瑛里奈 名古屋大学

2021.07.13

概要

木造建築物がもたらす効果の一つとして長期に亘り使用できる優良ストックの形成が挙げられる.この効果を最大限に発揮するためには,木造建築物の長寿命化や木材の再利用に関する科学的評価を確立する必要がある.これについて,木材は経年使用により力学特性が変化することが知られており,木材を構造用材料として長期間に亘り使用した後の力学特性を把握することは重要である.本研究では,健全に保存された状態でも長い時間をかけ進む老化による木材の力学特性の変化に着目した.以降,木材の老化を経年使用による古材化と称す.古材の力学特性を把握するために,建築解体材などから得られた古材の無欠点小試験体や実大材を用いた研究がある.これらの研究は,実大材や小試験片レベルの巨視的な評価にとどまっており,微細構造レベルでの理解は不十分である.ここで木材の微細構造,特に木材の力学挙動に最も関与していると考えられるセルロースミクロフィブリル(以降,セルロース鎖と呼ぶ)の力学挙動測定はX-ray diffraction(XRD)測定を用いた研究が多い.先行研究では,シンクロトロン光によるXRD測定を用いることで,年輪構造を有する試験片を対象に,2種類の回折法よりS2層とS1層およびS3層セルロース鎖の力学挙動測定を測定する手法が確立された.さらに,供試材として新材と250年間構造利用された古材を対象に,セルロース鎖と木材バルクの力学挙動に古材化が与える影響を検討した.これによれば,セルロース鎖および木材バルクの挙動にはセルロース鎖を取り巻くマトリックスが関与しており,古材化の過程においてこれらの結合関係に変質を生じている可能性を示唆した.しかしながら,得られた知見は古材化の現象の把握に留まっており,そのメカニズムについては不明なままである.このような古材の現象を理解するうえで,熱処理木材は古材との類似点の多さから非常に有効な手段の一つである.

 以上のような背景の下,本研究は細胞壁中セルロース鎖の力学特性に及ぼす古材化の影響を明らかにすることを目的に,段階的な熱処理を試験片に施し,細胞壁中の化学成分を変化させることで,熱処理による細胞壁中セルロース鎖の力学特性の変化を検討した.熱処理温度は古材化と同様に主にヘミセルロースが熱分解していると考えられる150ºCと,150ºCとは明らかに化学成分への影響が異なりセルロース鎖も緩やかに分解していると考えられる180ºCの2種類で,それぞれ3段階の熱処理条件を設けた.年輪構造を有する厚さ5mmの試験片に熱処理を施し,シンクロトロン光によるXRD測定を引張負荷作用下で行うことで,試験片(以降,木材バルクと称す)とセルロース鎖の引張挙動を同時測定した.また,先行研究と同様に2種類の回折法によりS2層と,S1層およびS3層のセルロース鎖の力学挙動をそれぞれ検討した.

 まず,透過法を用いたXRD測定より,負荷方向とほぼ平行に配向している細胞壁2次壁のS2層セルロース鎖と木材バルクの力学挙動を測定し,力学性能(最大ひずみ,最大荷重,平均剛性,ひずみエネルギー)を解析した.その結果,S2層セルロース鎖と木材バルクの力学性能に及ぼす熱処理の影響は異なった.セルロース鎖の最大ひずみとひずみエネルギーは木材バルクと比べて熱処理による低下の程度が小さく,最大荷重と剛性は木材バルクと同等あるいはそれ以上に低下した.次に,熱処理材の力学挙動を「セルロース鎖/木材バルク」の比率(C/B)で表した場合,その比率は熱処理温度と重量減少率(熱処理時間)の影響を受けた.最大ひずみとひずみエネルギーに関する比率(C/B)は重量減少率の増加に伴って変化するが,150ºCでは増加,180ºCでは減少という逆の傾向を示した.最大荷重および剛性に関する比率(C/B)では,重量減少率の増加に伴う変化は熱処理温度で同様の現象傾向を示したが,変化の程度は温度によって異なった.重量減少率が同じ場合,150ºCの比率(C/B)は180ºCの場合より大きく減少し,熱処理時間も力学性能に影響を及ぼすことが示唆された.

 以上の結果より,熱処理温度によって木材バルクに対するセルロース鎖の力学性能が変化したことから,マトリックスもセルロース鎖および木材の力学性能に影響を与えることが示唆された.また,重量減少率だけではなく熱処理時間も木材バルクとセルロース鎖の力学性能の関係に影響を及ぼすことがわかった次に反射法を用いて,荷重方向にほぼ垂直に配向している細胞壁2次壁中のS1層とS3層セルロース鎖と木材バルクの力学性能(最大ひずみ,最大荷重,剛性,ひずみエネルギー)に熱処理が及ぼす影響を解析した.まず,無処理のS1層とS3層セルロース鎖の荷重-ひずみ曲線は概ね線形挙動を示し,引張ひずみを生じた.これに対して,熱処理を施すと線形挙動を示さなくなり,連続的な引張ひずみを生じない場合があった.また,最大ひずみを除きそれぞれの力学性能について,S1層とS3層セルロース鎖は木材バルクおよびS2層セルロース鎖と比較して熱処理の影響を大きく受けた.S1層とS3層セルロース鎖の最大ひずみに関しては150ºC熱処理で減少,180ºC熱処理で増加するという特異な傾向をみせた.また,木材バルクに対するセルロース鎖の最大ひずみ(最大ひずみ比)および最大荷重(最大荷重比)を求め,熱処理の影響をS2層セルロース鎖と比較したところ,最大ひずみと最大荷重の両者で傾向が明らかに異なった.このような層間の違いにはMFAやS1層とS3層セルロース鎖が湾曲していることが関与していると示唆された.

 最後に,セルロース鎖の引張変形過程について詳細に検討するために,セルロース鎖の荷重-ひずみ関係の中で引張ひずみが生じた荷重域に着目し,熱処理の影響を層間比較した.その結果,引張ひずみを生じた荷重域は熱処理温度および層間で異なった.S2層セルロース鎖は150ºC熱処理を施すと引張ひずみを生じる荷重域が増加したが,180ºC熱処理を施すと,引張ひずみを生じる荷重域が減少した.S1層とS3層セルロース鎖では,荷重前半にほとんどの熱処理条件で引張ひずみを生じる荷重域は減少した.次に,引張ひずみを生じた荷重域について,剛性を解析し,負荷による剛性の経時変化を検討したところ,変化の傾向は細胞壁層間や熱処理温度で異なることが示された.また,熱処理を施すとセルロース鎖の引張剛性が増加する場合があった.これは熱処理によりセルロース鎖とマトリックスの結合関係が変化し,セルロース鎖に荷重に対する力学応答が小さくなったためと考えられる.最後に,引張挙動全体における剛性について引張ひずみを生じた荷重域による加重平均により求め,熱処理に要したエネルギーとの関係を検討した.その結果,剛性に熱処理エネルギーが及ぼす影響を指数関数で表現することができ,その係数から定量評価することができた.また,その値は熱処理温度および層間でそれぞれに異なった.巨視的な力学性能である木材バルクの比ヤング率でも同様の検討を行った結果,熱処理エネルギーによる明確な変化は認められなかった.

 本研究より,セルロース鎖の力学特性および引張挙動の過程は熱処理を施すことで変化し,細胞壁2次壁の層間および熱処理の温度でも傾向が異なることを示した.細胞壁2次壁の層間における熱処理の影響の違いは,MFAやS1層とS3層セルロース鎖の湾曲性が関与していることが示唆された.また,セルロース鎖の剛性は負荷による変化が認められ,その傾向は熱処理を施すことで変化し,剛性が増加する場合もあった.このような挙動は,熱処理によりセルロース鎖だけではなく,セルロース鎖とマトリックスの結合関係が変化することで,セルロース鎖の負荷に対する応答が小さくなったと考えられる.このような熱処理による負荷に対する応答(剛性)の変化は,木材バルクの比ヤング率では認められなかったことから,巨視的な試験では把握することができないような熱処理の影響を細胞壁レベルで捉えることができたと言える.古材の力学研究において,古材には目視では確認できない微小クラックの存在が示唆されているが,本研究で捉えた細胞壁レベルでの熱処理の影響は,この微小クラックのメカニズム解明に関して一助となる知見となるであろう.

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