次世代バイオプロセスに資する酵素の機能発現技術の開発およびその事業化
概要
Kobe University Repository : Kernel
PDF issue: 2024-05-08
次世代バイオプロセスに資する酵素の機能発現技術
の開発およびその事業化
湯川, 貴弘
(Degree)
博士(科学技術イノベーション)
(Date of Degree)
2023-03-25
(Date of Publication)
2024-03-01
(Resource Type)
doctoral thesis
(Report Number)
甲第8677号
(URL)
https://hdl.handle.net/20.500.14094/0100482425
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博⼠論⽂
次世代バイオプロセスに資する酵素の機能発現技術
の開発およびその事業化
2023年01⽉
神⼾⼤学⼤学院 科学技術イノベーション研究科
湯川貴弘
⽬次
第 1 章 序論
1. 世界の経済発展と社会課題の顕在化
6
2. 化⽯資源とは
6
3. エネルギー消費量と化⽯資源の占める割合
7
4. 化⽯資源の使⽤における課題
7
5. シェールガス⾰命に伴う天然ガス⽣産
8
6. 化⽯資源を⽤いたものづくり
9
6.1. ⽯炭化学
10
6.2. ⽯油化学および天然ガス化学
10
6.3. 合成ガスからの有⽤化合物の製造⼯程
12
6.4. 芳⾹族炭化⽔素の不⾜に対する懸念
12
6.5. 化学品⽣産プロセスの今後の動向
14
7. 微⽣物を⽤いたものづくり
14
7.1. 発酵飲⾷品と微⽣物の発⾒
15
7.2. 微⽣物の分類と分⼦⽣物学
16
7.3. 分⼦⽣物学から合成⽣物学へ
18
7.4. IT および⾃動化技術の進歩による合成⽣物学の⾼度化
21
引⽤⽂献
23
第 2 章 研究背景
1. 草本系・⽊質系バイオマスを原料とした次世代バイオプロセス
26
2. 草本系・⽊質系バイオマスの構造と利⽤プロセス
27
3. 微⽣物におけるキシロース資化能の付与
28
3.1. 従来型キシロース代謝経路
28
3.2. 新規型キシロース代謝経路
30
4. 原核⽣物を宿主とした新規型キシロース代謝経路の構築
31
5. 出芽酵⺟における新規の酸化的キシロース代謝経路構築における課題
32
6. 本研究の⽬的
33
引⽤⽂献
34
第 3 章 酵⺟の鉄代謝⼯学に基づく鉄硫⻩タンパク質 XylD の活性強化
1. 緒⾔
40
2
2. 酵⺟の鉄代謝機構の改変による XylD の活性強化
41
3. 考察
42
実験操作
43
付録
50
引⽤⽂献
51
第 4 章 出芽酵⺟の鉄代謝⼯学に基づく 1,2,4-ブタントリオール⽣産法の開発
1. 緒⾔
54
2. 1,2,4-ブタントリオール⽣合成経路の⼯学
55
2.1. L. lactis 由来 kdcA の多コピー導⼊が 1,2,4-ブタントリオール⽣産に与える影響
55
2.2. XylD 活性強化に基づく 1,2,4-ブタントリオール⽣産量の向上
57
2.3. ADH の過剰発現による 1,2,4-ブタントリオール⽣産
58
2.4. NADH キナーゼによる NADPH 供給の強化が与える 1,2,4-ブタントリオール⽣産
量への影響
59
3. フェドバッチ培養による⾼収率での 1,2,4-ブタントリオールの⾼⽣産
60
4. 考察
61
実験操作
63
引⽤⽂献
69
第 5 章 アルカリ培養による酵素 XylD の活性強化とキシロネート再取り込みに基づく
3,4-ジヒドロキシ酪酸の⾼⽣産
1. 緒⾔
74
2. 酵⺟での 3,4-ジヒドロキシ酪酸⽣合成経路の構築
77
2.1. ADH の破壊による 1,2,4-ブタントリオール⽣成の阻害
78
2.2. キシロネートから 3,4-ジヒドロキシブタナールへのフラックス強化による 3,4-ジヒドロキ
シ酪酸の⽣産
79
2.3. ALD の過剰発現よる 3,4-ジヒドロキシ酪酸の⽣産量向上
80
3. 酵⺟を宿主とした 3,4-ジヒドロキシ酪酸⽣産の培養プロセスの検討
81
3.1. pH 制御下での 3,4-ジヒドロキシ酪酸⽣産
81
3.2. 弱アルカリ条件下での培養によるキシロネートの再取り込みと 3,4-ジヒドロキシ酪酸
の⽣産量向上
83
5. 3,4-ジヒドロキシ酪酸⽣産の中間⽣成物の代謝解析
85
6. 考察
86
3
実験操作
87
付録
96
引⽤⽂献
98
第 6 章 系統分類法による⾼活性酵素の同定と Dahms pathway および
Weimberg pathway の構築
1. 緒⾔
102
2. 出芽酵⺟に対する新規キシロース代謝経路の導⼊
103
2.1. Dahms pathway の導⼊
103
2.2. Weimberg pathway の導⼊
104
3. 出芽酵⺟を宿主とした Weimberg pathway 構築に資する酵素同定
105
3.1 XylX の系統分類による Weimberg pathway を介したキシロースを単⼀炭素源と
した細胞増殖の実現
105
3.2. XylA の系統分類による Weimberg pathway を介した有⽤酵素スクリーニング系
の確⽴
108
4. Weimberg pathway 導⼊酵⺟株の混合糖培地での培養試験
109
5. 系統分類法による⾼活性酵素 XylD の同定
110
7. 考察
112
実験操作
113
引⽤⽂献
124
第 7 章 先端科学技術特定研究のまとめ
1. 技術的なブレイクスルーと研究開発状況
130
2. 研究開発で得られたインサイトと事業化に向けて
131
引⽤⽂献
132
第 8 章 バイオプロセスの事業化に向けた考察
1. バイオプロセスの開発を担うスタートアップ企業のベンチマーク分析
134
2. バイオプロセス開発の事業化のため戦略
140
2.1. サプライチェーン分析
141
2.2. 開発されたバイオプロセスによって⽣産される化合物
142
2.3. ⼩括
143
3. 半導体の「ファブレス×ファウンドリ」の事業モデル
4
143
3.1. 半導体と半導体集積回路とは
143
3.2. 半導体集積回路の提供価値
144
3.3. 半導体集積回路の製造に関わるサプライチェーン
145
3.4. 半導体産業での⽔平分業化の経緯
147
3.5. 半導体製造⼯程で重要な技術
149
3.6. ビジネスモデルのベンチマーク分析
150
4. イノベーションアイデア
152
4.1. バイオプロセス開発事業の事業範囲および開発対象
5. イノベーションストラテジーと成⻑戦略
153
155
5.1. 創業から短期経営計画(〜2030 年まで)
157
5.1.1. 創業期のキャッシュフロー計画
159
5.1.2. 「バイオファブレス×培養ファウンドリ事業モデル」の成⻑戦略
160
5.1.3. 培養ファウンドリへの参⼊者
162
5.1.4. バイオプロセスを⽤いた化学品⽣産のコスト試算
163
5.1.5. バイオファブレスの技術開発における差別化戦略
165
5.3. 中期経営計画(2030 年から 2035 年)
166
5.4. ⻑期経営計画(2035 年から 2040 年)
167
6. 技術戦略
168
6.1. 各研究開発部⾨での開発項⽬
168
6.2. 創業期の研究開発戦略
171
6.3. 先端特定科学技術研究の成果の活⽤法
174
6.3. 微⽣物育種技術を受託開発する意義
174
7. 財務戦略
175
7.1. 財務諸表作成のための前提条件
175
7.2. 財務諸表
178
7.3. 今後の経営上のリスク
180
8. バイオプロセスの受託開発事業の展望
181
引⽤⽂献
183
論⽂⼀覧
186
特許⼀覧
186
謝辞
187
5
第1章 序論
1. 世界の経済発展と社会課題の顕在化
18 世紀の産業⾰命以降、化⽯資源の使⽤したプロセスの連続的な技術⾰新が起こってきた。
その結果、各種産業の⽣産性や医療技術などが向上し、社会は急速に発展している。産業⾰命
以降の経済発展は、世界⼈⼝の増加にも⼤きく貢献し、1900 年には約 20 億⼈であったのに対し、
2013 年には約 70 億⼈にまで到達した。世界の⼈⼝は増加し続けており、2030 年に約 85 億⼈、
2050 年には約 97 億⼈に到達すると予測されている。
このような輝かしい社会発展とは裏腹に、世界の⾄る所で社会課題が顕在化している。例えば、
爆発的な⼈⼝増加は、⾷糧やエネルギー消費量の増加やその不⾜の懸念へと繋がる。また、化⽯
資源に依存したプロセスは、温室効果ガスであるメタン CH4 や⼆酸化炭素 CO2 を排出した。その結
果、⼤気中への温室効果ガスの⼤量排出は地球温暖化を引き起こしたとされ、年平均気温の上
昇による氷解の融解や海⾯⽔位の上昇が問題視されている [1]。⽇本国内においても、台⾵や集
中豪⾬などの⾃然災害による農作物や住居への被害の程度および頻度が増している。2021 年 8
⽉に公表された気候変動に関する政府間パネルの報告書では、気候変動の多くは地球温暖化の
進⾏が直接原因の⼀つであり、地球温暖化を抑制することが極めて重要であるとされた [2]。そのた
め、世界の温室効果ガスの排出量削減⽬標として、2010 年と⽐較して 2030 年の CO2 排出量を
約 45 %削減するという具体的な数値⽬標が掲げられている。世界の温室効果ガス排出量のうち、
その排出源の約半数以上を化⽯資源に依存したプロセスによるものとされており [3]、化⽯資源の
使⽤量を削減することが世界的の求められることとなった。
2. 化⽯資源とは
従来型採掘
採掘技術
新技術
地上
在来型
天然ガス
原油
シェールガス 採掘可能に
メタンハイドレート
採掘法開発中
埋蔵量最も多い
⾴岩
図 1-1 ⽯油および天然ガスの賦存状況
化⽯資源とは、植物や動物の死骸が地中に堆積して⻑期間に渡って埋没した結果、地圧や地
熱などの⾃然の作⽤によって⽣成した資源である。炭素 C が豊富な可燃性の岩⽯状物質が⽯炭、
地中内部で液体になった物質が⽯油、地中内部でガス化した物質が天然ガスである。これらの化
⽯資源は、地球の⻑年の⽣命活動により⽣成された貴重な資源であり、その⽣成過程から短期的
な再⽣は不可能である。
6
3. エネルギー消費量と化⽯資源の占める割合
世界のエネルギーに関する重要な指標として、⼀次エネルギー消費量がある。⼀次エネルギーとは、
⽯油、⽯炭、原⼦⼒、天然ガス、⽔⼒、地熱、太陽熱などの、⾃然界に存在していて加⼯などなん
らかの処理を受けていないエネルギーのことである。⼀次エネルギーは、発電⽤途、輸送⽤燃料、化
学品⽣産の原料として⽤いられている。⽇本政府経済産業省が発⾏したエネルギー⽩書 2021 に
よれば、世界の⼀次エネルギーの消費量は、1965 年の 37 億トンから年平均 2.5%で増加し続け
ており、2019 年には⽯油換算で 139 億トンに達した [7]。近年の⼀次エネルギー消費量のトレンド
として、2000 年代以降では、Organisation for Economic Co-operation and Development
(OECD) に加盟する先進国の占める割合は減少しており、1965 年の 70.5 %から 2018 年には
40.0 %へと、約 30 %の低下を⽰した。先進国では、経済成⻑率および⼈⼝の増加率が低⽔準で
推移しており、産業構造の変⾰や省エネルギー化の推進によって⼀次エネルギーの消費量の伸び率
が鈍化しているためだ。⼀⽅で、アジアやアフリカなどの経済発展の著しい新興国の割合が著しく増
加している。
2019 年の世界の⼀次エネルギー消費量を占める各資源別の割合では、⽯炭が 27.0 %、⽯油
が 33.1 %、天然ガスが 24.2 %であり、以降、原⼦⼒、⽔⼒、その他再⽣可能エネルギーと続いて
いる。⽇本の⼀次エネルギー消費量は、⽯炭が 25.3 %、⽯油が 37.1 %、天然ガスが 22.4 %で
あった。⽯油は、世界および⽇本の化⽯資源使⽤量の中でも最も⼤きな割合を占めている。
⽯油は、2018 年には、輸送⽤燃料としての消費が 65 %と最も⼤きな割合を占めており、⽯油
化学の原料が 12 %、産業⽤が 7 %と続く。特に、⼈⼝増加による⾃動⾞保有台数の増⼤に伴い、
ガソリンなどの輸送⽤燃料としての使⽤量が最も多い。天然ガスの使⽤⽤途に関して、OECD 諸国
では、発電⽤途が 28 %、産業⽤途が 21 %、都市ガス等の利⽤が 51 %であった。⽇本国内では、
天然ガスの使⽤⽤途のうち、約 70 %を発電が占めている。⽯炭の使⽤⽤途に関して、発電⽤の
⼀般炭の利⽤が 78 %を占めており、コークスの製造⽤の原料炭が 12.7 %であった。
4. 化⽯資源の使⽤における課題
表 1-2 各化⽯資源の分布、可採年数および CO2 排出係数⽐
化⽯資源
⽯油
⽯炭
天然ガス
分布
OPEC 35.3 %
アメリカ 18.5 %
ロシア 12.0 %
世界に幅広く分布
世界に幅広く分布
可採年数
50年
134年
53年
CO2排出係数⽐
0.75
1
0.55
化⽯資源の使⽤に関する課題として、将来的な枯渇への懸念、および温室効果ガスの排出が
挙げられる(表 1-2)。まず、化⽯資源の枯渇に関して、地球での可採埋蔵量および可採年数の
2 つの指標が存在する。可採埋蔵量とは、現状の技術⼒で採掘可能な化⽯資源の残埋蔵量を⽰
7
す。また、可採年数とは、可採埋蔵量をその年の年間消費量で割った値であり、その年以降に何年
間採掘可能かを⽰す。2019 年において、世界の化⽯資源の埋蔵量は、⽯油が 1 兆 7,339 億バ
レル、天然ガスが 198.8 兆 m3 、⽯炭が 10,696 億トンであった。また、それぞれの化⽯資源の可採
年数は、⽯油が 49.9 年、天然ガスが 49.8 年、⽯炭が 132 年である [8]。
社会情勢や採掘技術の向上などにより、化⽯資源の可採埋蔵量や可採年数は増減する。例え
ば、⽯油メジャーの⼀⾓である The British Petroleum Company(BP)社の統計によれば、
1980 年の⽯油の可採年数は 29.7 年であったのに対し、現時点では約 50 年と増加している [8]。
原油の⽣産では、技術的に採掘しやすいとされている在来型原油の約 80 %は、国営の⽯油メジャ
ーの独占によって⽣産されてきた。しかしながら、産業の発展や⼈⼝増加に伴うエネルギー需要の増
⼤により、⻑期間にわたり原油が採掘された結果、容易に採掘可能な在来型原油量は減少傾向
にある。今後、たとえ化⽯資源が埋蔵されている⼟地であっても、極地や⼤深海底などの採掘が困
難な⼟地では、⾼い採掘コストを⽀払わなければならない。そのため、⽯油メジャーは採掘コストの
⾼い油⽥からの原油⽣産を余儀なくされ、原油価格は⾼騰し、化⽯資源の中でのコスト競争⼒は
低下していくことが予測されている。
また、温室効果ガスの排出量を表す指標として、CO2 排出係数⽐が定められている。ここでの
CO2 排出係数⽐とは、化⽯資源を直接燃料として使⽤した際に得られる熱量に対して放出される
CO2 の量を⽰す指標である [9]。⽯油、⽯炭、天然ガスのうち、最も CO2 排出係数⽐が⾼いのは
⽯炭である。また、天然ガスが最も CO2 排出係数⽐が低く、化⽯資源のうちでは⽐較的クリーンな
資源となっている。
⽯炭を⽤いた⽕⼒発電は、安定供給性と経済性に優れていたため、⽇本国内においても主要
な⽤途として⽤いられてきた。しかしながら、天然ガスを⽤いた⽕⼒発電と⽐較して、⽯炭の⽕⼒発
電では、CO2 の排出係数が約 2 倍であり、CO2 排出量が著しく多いことが知られている。⼀⽅で、
CH4 が主成分である天然ガスを燃焼した場合、有害な⼀酸化炭素 CO、窒素酸化物 NOx や
CO2 の排出量は少ない。よって、特に、発電事業に関して、⽯炭⽕⼒発電から脱却し、より環境負
荷の少ない天然ガスを原料とした⽕⼒発電に切り替えることが望ましいとされる。
5. シェールガス⾰命に伴う天然ガス⽣産
採掘技術の向上のほか、新たな資源の発⾒も可採年数の増加要因の 1 つである。例えば、近
年では、天然ガスの⼀種であるシェールガス、あるいは⽇本国内でも注⽬を浴びているメタンハイドレ
ートがある。特に、シェールガスは、地下 100 m から 2,600 m の固く薄⽚上に剥がれやすい堆積岩
である⾴岩(シェール)から採掘される [10]。シェールガスは、⽯油と同様に地下深くに埋蔵されて
いる。シェールは、⽯油が埋蔵されているより深い地中に存在しており、岩⽯の内部にガスが存在す
る点で採掘が困難とされていた(図 1-1)。2000 年代以降、アメリカでシェールの採掘技術に関す
る多くの技術的ブレイクスルーが起こった。シェールに 500 から 1000 気圧の⾼圧⼒⽔を当て、シェー
ルにできた割れ⽬からシェールガスを採掘する⽔圧破砕法などの技術が開発された。この技術ブレイ
クスルーにより、アメリカでは、原油から天然ガスへの移⾏が進⾏した。2008 年には、過去に最⼤の
8
天然ガス産出国であったロシアを抜き、世界 1 位の天然ガス産出国となった。シェールガスの⽣産が
主流になるにつれ、天然ガスの価格は⽯油価格の約 5 分の 1 程度にまで低下し、アメリカは天然ガ
ス輸⼊国から天然ガス輸出国に転換することに成功した [11]。この⼀連の出来事は「シェールガス
⾰命」と呼ばれ、エネルギー分野における 21 世紀最⼤の変⾰であった。2017 年、シェールガスから
製造された液化天然ガスの輸⼊が⽇本国内で始まるなど、世界規模で⽯炭⽕⼒から天然ガス⽕
⼒への移⾏が進められている。また、2011 年、アメリカの⽶国エネルギー情報局(Energy
Information Administration: EIA)は、現状で技術的に採掘可能なシェールガスの埋蔵分布に
関して、世界中に満遍なくしていることに加え、中国で最も埋蔵量が多いことを報告した。今後は、
欧州や中国などで、更なる天然ガスの⽣産開発が進むことが予測されている。以上から、⼀次エネ
ルギーに占める化⽯資源の使⽤割合に関して、CO2 排出係数に難のある⽯炭や可採埋蔵量に不
安の残る⽯油と⽐較して、天然ガスの使⽤割合はますます増加することが予測される。
6. 化⽯資源を⽤いたものづくり
化⽯資源は、発電⽤、輸送⽤燃料のほかに、化学品⽣産の原料として使⽤されている。化学
品⽣産の原料が占める⼀次エネルギーの消費量の割合は、約 12 %と⼩さい [7]。しかしながら、将
来的な化⽯資源への依存から脱却した社会では、当然、⽯油化学に代表される化学品⽣産法も
持続可能な⽅法に代替する必要がある。⽇本国内においても、⽯油化学産業は極めて重要な産
業であり、⾃動⾞、家電製品、⽇⽤雑貨、⾐料、医薬品、化粧品など、あらゆる製品が⽯油化学
によって⽣産されている。ここでは、現在、化⽯資源を⽤いて化学品の原料がどのように製造されて
いるかを、サプライチェーンに着⽬して述べる [13, 14]。
6.1. ⽯炭化学
化⽯資源である⽯炭は、⾃然燃料である薪や⽊炭に代わる熱エネルギー源として、19 世紀から
20 世紀前半にかけて産業⾰命後の社会発展に⼤きく貢献した [15, 16]。⽯炭を⽤いて化学品を
⽣産する⽯炭化学の技術を⽤いて、化学品を⽣産するプロセスが活⽤されていた。まず、⽯炭を
1000 ˚C 付近の⾼温で乾留することで、コークスおよび⽯炭ガスが得られ、その副産物としてコールタ
ールが精製する。コークスは、鉄鉱⽯を還元するための製鉄⽤途として⽤いられるのが主流である。
また、副産物であるコールタールを原料に分留することで、染料の原料であるアニリン、アンモニア、プ
ラスチック原料、ベンゼン、トルエン、ナフタレンなど、化学⼯業の基盤となる化合物が⽣産されていた。
しかしながら、後述の⽯油化学の登場により、⽯炭化学は徐々に縮⼩していった。ただ、コークス⽣
産の過程のコールタールから化合物を⽣産するプロセス⾃体は、⼩さい市場ではあるが現存している。
⽯炭から⽣産されるコークスは、バイオコークスによって置き換えられようとしている。また、鉄鉱⽯を
還元する際には、コークスのみならず⽔素を還元剤として⽤いることにより、環境負荷の低い製造法
が開発されている現状がある。
9
6.2. ⽯油化学および天然ガス化学
気体
液体
ガス
30 ˚C 〜 180 ˚C
ナフサ
ガソリン
常圧
蒸留分離
170 ˚C 〜 250 ˚C
ジェット燃料
灯油
240 ˚C 〜 350 ˚C
軽油
原油
350 ˚C 〜
重油
アスファルト
図 1-2 常圧蒸留による原油の成分分離
⽯炭化学に代わる新技術として⽯油化学が注⽬されるようになった。まず、⽯油化学では、原油
を化学品⽣産の原料として⽤いるために、原油を構成する炭化⽔素の沸点の違いを利⽤して、常
圧蒸留により各原料を分離する。その結果、原油は重油、アスファルト、軽油、ジェット燃料、灯油、
ナフサ、ガスにそれぞれ分類される(図 1-2)。常圧蒸留の⼯程を担う⽇本国内の⽯油精製会社
では、原油精製によって得られた各種の原材料を、以降のサプライチェーンを構成する川中や川下
の企業に販売する。原油精製で得られる各種構成成分のうち、沸点 25 ˚C から 100 ˚C の軽質ナ
フサおよび沸点 80 ˚C から 200 ˚C の重質ナフサが、以降の化学品⽣産に⽤いられる。
10
ガス分離
天然ガス
精製
⽯油
(原油)
エタン
クラッキング
メタン
エチレン
エタン
プロパン
プロピレン
脂肪族
低分⼦化合物
ブタジエン
ガソリン
ナフサ
クラッキング
軽質
ナフサ
重質
ナフサ
改質化
分解ガソリン
ベンゼン
トルエン
芳⾹族炭化⽔素
キシレン
図 1-3 ⽯油および天然ガスから⽣産される原料化合物のサプライチェーン
原油を原料とした⽯油化学、および天然ガスを原料とした天然ガス化学によってあらゆる化合物
の基幹となる化合物が⽣産されている。原油から得られた軽質ナフサおよび重質ナフサ、あるいは天
然ガスの主成分であるエタンやプロパンから、それぞれクラッキングと呼ばれる技術によって、エチレン、
プロピレン、ブタジエン、ベンゼン、トルエン、およびキシレンが⽣産されている(図 1-3)。特に、エチレ
ンは最も多く⽣産されている化合物であり、化学⼯業の市況を測定する指標としても⽤いられる重
要な化合物である。 ...