酵素による効率的なpoly (ethylene terephthalate) 分解手法の開発 (本文)
概要
PET 分解酵素の利⽤先として、回収された PET のリサイクルにおける洗浄プロセスでの応⽤が考えられる。実際に、共同研究先の企業による解析では、PET 表⾯から浸透する有害分⼦はその表⾯からおよそ 10 μm にまで達する。そのため、PET 分解酵素が PET 表⾯のみを分解する特性を利⽤して、10 μm 分解を数時間スケールで⾏うことを⽬標として、PET 分解酵素の活性改善について研究した。
第 1 章では、カチオン性を⽰す PETase の PET 分解活性が、アニオン性界⾯活性剤を添加するだけで⼤幅に改善されることを明らかにした。またその PET 分解量は、厚さ減少率(180 μm から 140 μm)にして 36 時間で 22%に達した。そしてこの活性改善は、アニオン性界⾯活性剤が基質である PET 表⾯をコートすることで、疎⽔的な表⾯からアニオン化された表⾯への変化に起因することをプレインキュベートの影響、界⾯活性剤添加による pNPB 加⽔分解反応への影響、界⾯活性剤添加による PET 表⾯の酵素吸着量への影響を検討することによって明らかにした。さらに、界⾯活性剤と PETase の相互作⽤部位について、変異導⼊によって同定を検討したところ、3 つのカチオン性アミノ酸(R53、R90、K95)からなるカチオン性領域が関わっていることを明らかにした。しかし、その安定性ゆえに、⻑期的な反応が困難であることや分解速度が問題であることがわかった。実際に、⽬標値とした 10 μm 分解にはおよそ 12 時間必要であり、さらなる改善が必要であった。これの改善策としては、変異導⼊による耐熱化や、アルギニン等の酵素の変性を抑制する化合物を添加する⼿法が有効であると考えられるが、コストや検討にかかる時間が問題となるだろう。
第 2 章では、PETase の問題点を改善するべく、耐熱性酵素である TfCut2 の活性改善を検討した。アニオン性を⽰す TfCut2 へのカチオン性界⾯活 性剤の添加、そして PETase との配列⽐較によって同定された G62 と F209 への変異導⼊が活性を著しく改善することを明らかにした。その分解量は、 24 時間で重量減少率にして 90%と PETase の系よりも効率的である上に、48 時間以上安定であることが明らかになった。また、⽬標値とした 10 μm分解は 2.7 時間で達成されたことから、本系が低結晶性 PET の表⾯処理技術として効果的であることがわかった。しかし、市販されている PET 製品に⽤いられているような⾼結晶性 PET の分解には、さらなる検討が必要であることがわかった。
今後、さらに⾼結晶性 PET の分解に向けた活性の改善が必要となるが、それに向けた具体的な案は未だ提案されていない。⾼結晶性 PET における分解のボトルネックとなっている現象は、PET 分⼦同⼠が強固に相互作⽤し、酵素の活性部位が分⼦鎖と相互作⽤できない点である。そのため、変異導⼊による⾼結晶分解性 PET 分解酵素の構築や、結晶性を下げる添加物の使⽤が必要となってくるだろう。例えば、植物細胞が持つ expansinというタンパク質は、結晶性セルロースの持つ密な⽔素結合ネットワークを破壊し、結晶化度を下げる機能があると報告されている 15。実際にこの添加によって、⾼結晶性セルロースの cellulase による分解が促進される。そのため、もし PET に関しても、これと類似した機構で分⼦鎖同⼠の相互作⽤を緩めることが出来れば、⾼結晶性 PET の分解もより効率化できると考えられる。実際に、Ideonella sakaiensis は、⽇常で使⽤される⽇常で使⽤される PET(結晶化度 15%~)が廃棄されている PET リサイクル⼯場から発⾒されており、⾼結晶性 PET が多数存在する環境であった。そのため、I. sakaiensis はこれらPET を炭素源として⽣育していたと考えられ、⾼結晶性PET をも分解する機構を有している可能性が⾼いと考えられる。今後の研究では、⾼結晶性 PET の分解に向けて、低結晶性および⾼結晶性 PET を炭素源として与えた時の I. sakaiensis の発現量解析などを基にして、I. sakaiensis が持つ機能をさらに解析していくことが⾼結晶性 PET 分解の実現可能性を開く鍵となるだろう。
また、本界⾯活性剤の添加系は PET に限らず、他の疎⽔性個体基質に対しても応⽤できる可能性がある。これまでの結果より、界⾯活性剤と酵素が静電相互作⽤することで、基質表⾯に誘引されることを複数の酵素で明らかにした。そのため、基質表⾯と界⾯活性剤が相互作⽤することができれば、反応活性は向上しうる。したがって、対象とする基質に対して使⽤する界⾯活性剤を適切に選択することができれば、その基質の分解活性を向上させられる可能性がある。そのため今後は、他の基質に対しても界⾯活性剤の添加効果を検証することで、本⼿法の応⽤性を広げられるだろう。
これらの研究が、⼯業的な PET をはじめとするプラスチック⽣分解の実現可能性を広げる基盤技術となることを願っている。