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大学・研究所にある論文を検索できる 「マウスにおいてストレスにより誘導される睡眠様低活動はストレス感受性を制御する」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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書き出し

マウスにおいてストレスにより誘導される睡眠様低活動はストレス感受性を制御する

Nagai, Midori 神戸大学

2021.09.25

概要

(背景)
社会や環境より受けるストレスは抑うつや不安亢進、睡眠障害を招きうつ病など精神疾患のリスクとなる。社会挫折ストレスや慢性緩和ストレスなど、げっ歯類のストレスはうつ様行動変化を生じることからうつ病の病態解明に用いられてきた。不眠や過眠はうつ病の再発・再燃と関連することから睡眠障害はうつ病における重要な臨床上の問題であり、過去の動物モデル研究においてもストレスによる睡眠覚醒リズムの変容は調べられてきた。しかし、ストレスやうつ病における睡眠障害の意義というのは殆ど分かっていない。

また、睡眠覚醒制御を司る神経回路は動物モデルを用いて解明が進んできた。睡眠促進を行う脳領域と覚醒促進を行う脳領域が相互に抑制的に作用することにより睡眠覚醒リズムを形成するだけでなく、背内側視床下部や腹外側中脳水道周囲灰白質がレム睡眠やノンレム睡眠の切り替えを担うことにより睡眠の質が決定される。ストレスがこれら多様な脳領域により構成される睡眠覚醒制御機構に与える影響も明らかでない。

従って本研究においてはマウスの社会挫折ストレスを用いその睡眠障害の実態と意義を調べるとともに、睡眠・覚醒制御を司る神経回路に対するストレスの影響を調べた。

(方法)
7-10 週齢の雄 C57BL/6N マウスと交配リタイヤ雄 ICR マウスは日本 SLC より購入し使用した。雄 C57BL/6N マウスは社会挫折ストレスを受けない対照群(n=6)と、社会挫折ストレスを受けたストレス群(n=13)、社会挫折ストレス後に 6 時間の断眠を行ったストレス+断眠群(n=9)の 3 群に分けた。雄ICR マウスは後述するように攻撃マウスとして使用した。

自発活動と体温の測定は、埋め込み型ワイヤレスセンサー(Nanotag)をマウス腹腔内に留置することにより行った。Nanotag 留置から 1 週間の回復期間の後に行動試験を次の通り行った。初日には自発活動と体温の基準値測定を、2 日目には社会行動試験用行動チャンバーを用いたターゲットマウス非存在下での馴化を、3 日目には社会挫折ストレスを、そして 4 日目には社会行動試験を実施した。

社会挫折ストレスは、雄 C57BL/6N マウスを攻撃性の高い ICR マウスのホームケージに入れ、 10 分間攻撃を受けさせることにより実施した。対照群は代わりに空のケージを同じ時間探索させた。また、ストレス+断眠群においては、ストレス後に形状や質感の異なる新奇物体を C57BL/6Nマウスのホームケージへ導入することや、綿棒で物理的に睡眠を妨害することにより、 6 時間の断眠を実施した。

社会行動試験では、縦 40cm、横 30cm の行動チャンバーの一端に、新奇の ICR ターゲットマウスを入れた金網を設置し、C57BL/6N マウスを 150 秒間に渡り自由に探索させた。社会的相互作用は金網近傍の社会行動ゾーンと反対側の忌避行動ゾーンにそれぞれ滞在した時間を測定して評価した。また、深層学習を用いた画像解析手法 DeepLabCut を用い、C57BL/6N マウスの鼻先、右耳、左耳、尾基底部の座標を経時的に解析することにより、他のマウス個体に対する社会的探索行動(匂い嗅ぎ行動)を評価した。

神経活動の組織学的指標である c-Fos の検出には免疫組織化学を実施し、睡眠覚醒制御の関連脳領域におけるストレスの影響を調べた。

(結果)
全てのマウスは明期に低活動、そして暗期に高活動を示した。社会挫折ストレスを暗期直前に実施すると、ストレス中には体温が上昇する一方で、その後 3 時間に渡り自発活動と深部体温が対照群と比較して低下し、睡眠様低活動を示した。自発活動量と深部体温はストレス群、対照群のいずれにおいても相関していた。また 1 個体においては最低体温 31.1℃という著明な体温低下を示したが、翌日には基準値まで上昇した。

ストレス翌日に社会行動試験における社会的相互作用と社会的探索行動を調べた。ストレス群の個体は忌避行動ゾーンへの滞在時間が増加する社会忌避行動を示す一方で、対照群は社会忌避行動を示さなかった。ストレス群の個体では社会行動ゾーンへの滞在時間が低下した。ストレス感受性には個体差があり、本研究においても 13 匹中 6 匹のストレス群の個体が著明な社会的相互作用の低下(社会忌避行動)を示した。これらの個体をストレス感受性マウス、社会忌避行動を示さないその他のマウスをストレス抵抗性マウスと定義した。

ビデオ解析したところ、ストレス感受性マウスは対照群のマウスと比較して社会的探索行動が減少したが、ストレス抵抗性マウスは示さなかった。行動変化の詳細に検討するために、深層学習を用いた画像解析ソフトウェアである DeepLabCut を用いてマウスの鼻先を判別し、社会的探索行動の時間やパターンを検討した。その結果、ストレスが社会的探索行動の回数を低下させることが分かった。さらに、対照群のマウスとストレス抵抗性マウスにおいては社会的探索行動の強度と社会行動ゾーンの滞在時間に正の相関があったが、ストレス感受性マウスにおいては同様の相関は認められなかった。すなわち、社会的探索行動は対照群とストレス抵抗性群においては社会的相互作用と相関する正の情動価を伴うのに対し、ストレス感受性群においては正の情動価を伴わないことが示唆された。

次に、ストレス後に 6 時間の断眠を導入し睡眠様低活動の意義を調べた。ストレス後の断眠は社会行動試験における社会行動ゾーンの滞在時間の減少と社会的探索行動の減弱を招いた。一方で、断眠により社会的探索行動と社会行動ゾーン滞在時間の間の正の相関、すなわち社会的探索行動の正の情動価は促進された。

ストレスによる睡眠様低活動の神経基盤を調べるため c-Fos 免疫染色を実施したところ、睡眠促進脳領域である腹外側視索前野や正中視索前野、及び複数の覚醒促進脳領域の神経活動は変化しなかったのに対し、ストレスにより背内側視床下部や腹外側中脳水道周囲灰白質の神経活動が亢進することが分かった。

(考察)
ストレスは睡眠を変調するがその機序や意義は明らかでない。本研究においては向社会性や社会性動機づけを調べることにより、ストレス後の断眠が向社会性を低下させること、及び社会的探索行動の正の情動価を促進することが分かった。また、c-Fos 発現解析によりストレスが睡眠関連領域である背内側視床下部や腹外側中脳水道周囲灰白質の活性化を導くことが分かった。これらの知見はストレス後の睡眠様低活動が社会的相互作用に与える多様な影響を初めて報告するものであり、今後のストレスと睡眠の相互作用に関する研究の基礎となる。

過去の動物モデル研究はストレスが睡眠促進を生じることを示したが、行動変容における意義はあまり調べられていない。最近の研究ではストレス後の断眠が不安行動を亢進すること、すなわち睡眠による抗不安作用を報告している。我々の研究はストレス後の睡眠様低活動が向社会性の保持に重要であることを見出しており、これらの知見はストレスによる睡眠が抗ストレス作用を有することを示す。また、本研究はストレス後の睡眠様低活動が社会的相互作用の抑制と社会的探索行動の正の情動価の減弱を招くことを示した。

本研究で用いた断眠手法は一般的手法であるが、新奇物体導入はそれ自体が抗ストレス作用を有する。そのためストレス後の睡眠の意義をより正確に調べるためには、本研究で同定した脳領域に対して、より特異的な神経活動操作を行う必要がある。背内側視床下部や腹外側中脳水道周囲灰白質は、日内休眠を誘導する絶食と低気温によっても活性化することが知られる。特に背内側視床下部は冬眠様低活動の誘導に重要である。本研究においてもストレス後に著明な低体温を示す個体がいたことから、これらの脳領域の活動がストレスによる低体温を招く可能性がある。一方で、これらの脳領域が社会性行動に与える影響は今後の検討課題である。

うつ病や不眠症は女性に多い。そのため雄を用いた解析を実施した点は本研究の限界の一つである。雄の有する縄張り行動を利用した社会挫折ストレスは元来雄のみ適用可能であるが、雌にも適用可能な慢性緩和ストレスや、雌にも適用できる改良型社会挫折ストレスを用いることによりストレスと睡眠の関係性を雌においても調べる必要がある。

断眠は急性の抗うつ効果を有することが知られているが、副作用が多く治療には殆ど用いられない。ストレスによる睡眠制御機構の影響を明らかにすることにより、睡眠制御機構への介入を利用した新たな抗うつ・抗ストレス治療戦略が可能になる可能性がある。

(結論)
マウスの社会挫折ストレスにより誘発される睡眠様低活動は、社会的相互作用を維持する抗ストレス作用と社会的探索行動の正の情動価の減弱というストレス促進作用を有し、ストレス感受性に対して多様な影響を与えた。