心理社会的ストレスへのレジリエンスを付与するカンキツフラボノイドに関する研究

概要

現代はストレス社会である。世界保健機構の2019年の報告によると、ストレスに起因すると考えられるうつ病患者が、現在、世界で3億人以上存在している。さらに年間自殺者人数は80万人を超えており、その半数以上がうつ病などの精神疾患を患っていたと報告されている。うつ病の発症機序は依然として不明であり、創薬も難航していると言われている。最近、うつ病発症には末梢と中枢の炎症が関連しているとの報告が増えている。そこで本研究では、抗炎症作用のある地域の農産物に着目し、うつ病モデルマウスを用いて試験を行った。

　地域の農産物として、茨城県の筑波山周辺の特産物であるフクレミカンに着目した。フクレミカンの果皮は食用として利用されており、特にその未熟果の果皮には、ヘスペリジンやノビレチンなど抗炎症作用を有するフラボノイドが豊富に含まれている。

　このような研究背景から、うつ病モデルマウスである亜慢性社会的敗北ストレス（Subchronic and mild social defeat stress、sCSDS）モデルマウスを対象とし、フクレミカン未熟果皮の給与がこのマウスの心理社会的ストレスに対する感受性におよぼす影響を評価した。

　まず第2章では、茨城県産フクレミカン未熟果皮の事前給与がマウスのストレス抵抗性（レジリエンス）を向上させるかを検討した。フクレミカン未熟果皮の事前給与は、マウスの摂食量を低下させずに体重増加を抑制する傾向があり、またストレスレジリエンスを向上させる傾向を示した。

　第3章では、茨城県産フクレミカン未熟果皮に含まれ、かつカンキツの主要フラボノイドであり強い抗炎症作用を有するヘスペリジンに着目し、心理社会的ストレスに対する介入効果を調査した。ヘスペリジン混合飼料の事前給与は、心理社会的ストレスに対するレジリエンスを有意に向上させることを明らかにした。そこで、炎症に付随して変動するキヌレニンの動態に着目したが、sCSDSの暴露で海馬と前頭前野のキヌレニン濃度は増加したものの、ヘスペリジンを事前給与するとsCSDSによるキヌレニンの増加は抑制できた。一方、末梢血液中のインターロイキン６の濃度はsCSDSで上昇したが、ヘスペリジンはこの上昇は抑制できなかった。

　第3章でヘスペリジンがキヌレニン系に影響を与えることが示唆されたので、第4章では、ヘスペリジンの事前給与が、血液、脳内のトリプトファン代謝産物に与える影響を検討した。この実験で用いたマウスはsCSDSへのレジリエンスが高かったため、脳への介入の影響は見られなかったが、sCSDS暴露で上昇する血漿中のキノリン酸濃度をヘスペリジンの介入が有意に低下させることを明らかにした。また、sCSDS暴露によって血液中の白血球数は増加するが、ヘスペリジンの介入ではこれを抑制することも見出した。

　第5章では、うつ病モデルでかつ炎症モデルでもあるリポ多糖（LPS）投与モデルマウスを使用して、ヘスペリジンの効果を検証した。ヘスペリジンの事前給与は、LPS投与による増体重、摂食量、飲水量の低下を抑制することができなかったが、体温低下を有意に抑制した。また、ヘスペリジンの事前給与は、sCSDS暴露で上昇する前頭前野のキヌレニン/トリプトファン比と血液中の白血球数を有意に抑制すること示した。

　以上、本研究は、ヘスペリジンの摂取によって心理社会的ストレスに対するレジリエンスが向上することを明らかにした。ヘスペリジンはカンキツ果皮の成分として一般的なものであり、フクレミカンだけではなく、多くのカンキツにレジリエンスを付与する効果が期待できる。カンキツ果皮は食品だけでなく、果汁残渣などが飼料にも用いられているため、本研究で得た成果は食品科学、畜産学など広い農学分野に貢献する。また同時に精神疾患の予防に資する研究成果でもあるため、医学分野など生命科学分野の発展に寄与するものである。