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成体神経幹細胞の形成における細胞周期抑制の役割の解明

原田, 雄仁 東京大学 DOI:10.15083/0002005181

2022.06.22

概要

【序論】
成体組織幹細胞は様々な組織に存在し、その恒常性の維持や損傷修復のために新たな分化細胞を日々供給する。成体組織幹細胞の多くは、静止状態と呼ばれる細胞周期を抑制した状態を保っており、静止状態が幹細胞の長期維持に貢献することが示唆されてきた。しかしながら、静止状態がいかにして幹細胞性の維持に貢献するか、その分子メカニズムは必ずしも明らかではない。

哺乳類の脳においても成体神経幹細胞が存在し、主に静止状態を保ち維持されている。近年我々は、脳室下帯の成体神経幹細胞の発生起源として、胎生期に既に運命付けられた集団(起源細胞)が存在することを明らかにした(Furutachi et al., 2015)。この起源細胞は、 Cyclin-dependent kinase (CDK) 阻害因子 p57 を高発現することで、胎生期において既に分裂を抑制していることがわかった。また、p57 は起源細胞および成体神経幹細胞の形成あるいは維持に必要であることが示唆された。しかしながら、細胞周期の抑制がどのようなメカニズムを介して起源細胞および成体神経幹細胞の形成・維持に貢献するかは明らかではない。 Notch シグナルは、神経幹細胞を含む多くの組織幹細胞の未分化性維持に貢献する代表的シグナル経路の一つである。そこで私は、起源細胞において細胞周期抑制の下流で Notch シグナルが特別に制御される可能性を考えた。本研究では、CDK 阻害因子 p57 および Notch シ グナルに着目し、成体神経幹細胞の形成・維持機構における細胞周期抑制の意義に迫ることを目指した。

【実験方法・結果】
1. 分裂頻度が低い神経系前駆細胞は、素早く分裂す る細胞と比べ Notch シグナルの活性が高い
成体神経幹細胞の起源細胞を含む、胎生期の分裂頻度が低い神経系前駆細胞において、Notch シグナルの活性レベルに違いがあるかを検討した。分裂頻度が低い細胞集団は、先行研究と同様に H2B-GFP の一過的発現と希釈の系を用いて同定した(図 1)。胎生 9.5 日目に 9TBDox 投与依存的に H2B-GFP を一過的に発現させ、胎生 17.5 日目に脳組織切片を作成し、活性型 Notch である cleaved Notch1 染色を行なった。その結果、H2B-GFP 強陽性な分裂頻度の低い細胞において、 cleaved Notch1 のシグナルが高かった(図 2)。このことから、分裂頻度が低い神経系前駆細胞は、素早く分裂する細胞と比べ Notch シグナルの活性が高いことが示唆された。

次に、細胞周期の抑制が Notch 下流シグナルを活性化するかを検討した。Notch 下流遺伝子である Hes1 の転写活性を検出できる、Hes1-d2-EGFP マウスに対し子宮内電気穿孔法を用い p57 の過剰発現を行なった。分裂頻度の高い背側の神経系前駆細胞に p57 を過剰発現したところ、コントロールと比較して Hes1 プロモーターGFP の強度が増加した。この効果は、p57 のCDK 阻害ドメインを削った変異体(p57 CKIΔ)の過剰発現では見られなかった。さら に、p57 とは異なる CDK 阻害因子 p18 の過剰発現を同様に行なったところ、やはり Hes1 プロモーターGFP 強度が増加した。以上の結果から、細胞周期の抑制によって Notch シグナルが活性化することが示唆された。

2. 分裂頻度が低い神経系前駆細胞は、Hey1 を高発現する
Notch シグナルは、活性化の下流で Hes/Hey family転写因子の発現を誘導することで未分化性の維持に貢献する。近年、Notch 下流因子の使い分けが細胞運命制御に貢献することが示唆されている。そこで、分裂頻度の異なる神経系前駆細胞において、Notch シグナル下流因子の発現に違いがあるかを検討した。 H2B-GFP の希釈の系を用い、神経系前駆細胞のうち GFP 強度上位 8%を GFP 強陽性、GFP ヒストグラムのピークを GFP 陽性として回収し定量 PCR を行なった。その結果、GFP 強陽性細胞は GFP 陽性細胞と比べ、特に Hey1, Hey2 の発現量が高かった(図 3)。興味深いことに、同じファミリー因子である Hes5 の発現量は大きくは変わらなかった。以上から、分裂頻度の低い神経系前駆細胞において、特に Hey1 や Hey2 が高発現することが示唆された。

次に、細胞周期の抑制によってどの Notch 下流因子の発現量が変化するかを検討するた め、p57 の過剰発現を行い、遺伝子導入された細胞を FACS により分取し定量 PCR を行なった。その結果、p57 の過剰発現によって、Hey1 の発現量が有意に増加した。このとき Hes1や Hes5 の発現量に有意な変化は見られなかった。以上から、細胞周期抑制の下流で Hey1 の発現量が増加することが示唆された。

3. Hey1 は p57 過剰発現による未分化性の維持に必要である
上記の結果より、Hey1 が細胞周期抑制の下流で未分化性を維持する責任因子である可能性が考えられる。そこで、Hey1 の重要性を検討するため、p57 過剰発現と Hey1 のノックダウンを同時に行なった。p57 を過剰発現すると、神経系前駆細胞が局在する大脳脳室帯に留まりかつ幹細胞マーカーである Sox2 陽性な細胞の割合が増 加した。すなわち p57 の過剰発現によって神経系前駆細胞の未分化性が維持された。重要なことに、Hey1 のノックダウンによってこの p57 過剰発現による未分化性の維持効果がキャンセルされた(図 4)。以上から、p57 の過剰発現の下流で Hey1 の発現量が増加することで、神経系前駆細胞の未分化性が維持されることが示唆された。

4. Hey1 のノックアウトにより、胎生期の分裂頻度が低い神経系前駆細胞の数および生後の神経幹細胞の数が減少する
胎生期起源細胞および、成体神経幹細胞の形成に Hey1 は貢献するのだろうか。Hey1 コンベンショナルノックアウトマウスに対し、チミジンアナログである EdU を一過的に投与し、細胞分裂による希釈を用いて分裂頻度が低い神経系前駆細胞をラベルすることで検討を行なった。胎生 10.5 日目に EdU を投与することで神経系前駆細胞を均一にラベルし、胎生16.5 日目に脳組織切片を作成し解析を行なった。その結果、Hey1 ノックアウトマウスでは、EdU を保持する分裂頻度が低い神経系前駆細胞の数がコントロールと比べて減少していた。

次に生後 21 日目において脳組織切片を作成し、抗体染色により神経幹細胞(GFAP+Sox2+S100β-)、一過的増殖細胞(EGFR+)および新生ニューロン(Dcx+)を規定 し、それぞれの数を定量した。その結果、Hey1 ノックアウトマウスでは神経幹細胞、一過的増殖細胞、新生ニューロンの数がコントロールと比べて減少していた。以上から、Hey1が胎生期の分裂頻度が低い神経系前駆細胞および生後の神経幹細胞の形成に必要である可能性が示唆された。

5. Hey1 プロモーターの活性は Hes5 プロモーターと比べ安定的である
上記の結果より、起源細胞および生後の神経幹細胞の形成に Hey1 が必要であることが示唆された。では Hey1 はいかにしてこの系譜の未分化性の維持に貢献するのだろうか。素早く分裂する神経系前駆細胞での機能がよく知られる Hes1 や Hes5 と比べ、Hey1 には性質の違いがあるのだろうか。

そこでまず、Hes1, Hes5, Hey1 の mRNA の安定性の違いについて、初代培養系神経系前駆細胞において転写阻害剤である Actinomycine D を添加することで検討した。その結果、既存の報告通り Hes1 と Hes5 の mRNA 半減期が約 20 分であったのに対し、Hey1 の mRNA 半減期は約 140 分であった。すなわち、Hey1 の mRNA は Hes1 や Hes5 のものと比べ安定であることが示唆された。

Hes1 や Hes5 の発現は約 90 分周期で振動することが知られており、この周期的振動の発現にはmRNA の速やかな分解が重要であることが示唆されている(Imayoshi and Kageyama., 2014)。それでは、mRNA が安定な Hey1 の発現は振動するのだろうか。その検討を行うため、Hes5 または Hey1 のプロモーター下流においてルシフェラーゼが発現するプラスミドを培養系神経系前駆細胞に導入し、ライブイメージングにより発現動態を追跡した。その結果、活性化 Notch 存在下において Hes5 プロモーターは約 90 分周期の振動をするのに対し、Hey1 プロモーターはそのような周期的発現は見られなかった(図 5)。以上から、Hey1 は Hes5 と比べ発現挙動が安定であることが示唆された。

【まとめと考察】
本研究により、胎生期の神経系前駆細胞において、細胞周期抑制の下流で Notch シグナルが活性化し、Hey1 の発現量が増加することを見出した。さらに Hey1 は細胞周期抑制下流における未分化性の維持に必要であることが示唆された。また、成体神経幹細胞の起源を含む胎生期の分裂頻度が低い神経系前駆細胞において、Hey1 が高発現しており、Hey1 が生後の神経幹細胞の形成に必要であることが示唆された。Hey1 の分子的な特徴を Hes1 や Hes5 と比べて検討したところ、Hey1 は mRNA の分解が遅く転写活性の変動が少ないことが示唆された。

Hes1, Hes5, Hey1 は分化促進遺伝子である Ascl1 を抑制することが知られており、素早く分裂する神経系前駆細胞では振動子である Hes1, Hes5 と逆位相を示すように Ascl1 も振動することが示されてきた(Imayoshi et al., 2013)。この振動的発現は、神経系前駆細胞の増殖や分化に関与し胎生期の脳の構築に貢献することが示唆されている。一方本研究において、 Hey1 は振動的発現を示さず発現変動が少ないこと、および分裂頻度の低い神経系前駆細胞で Hey1 が高発現することを見出した。したがって、この細胞集団において Ascl1 が振動せず低レベルに抑制される可能性が考えられる。Ascl1 はニューロン分化を強力に促進する因子であるため、Hey1 が Ascl1 に対し振動の山を与えることなく継続的に抑制することで、起源細胞が長期間未分化性を維持できるのではないかと考えている(図 6)。

また、神経幹細胞のみならず筋幹細胞においても静止状態で Hey1 が高発現することが知られており、本研究により明らかになったメカニズムが様々な組織幹細胞において普遍的に起こっている現象である可能性があり、非常に興味深い。

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