バードランド・ラッセルの言語観
概要
本論では、イギリスの数学者・哲学者であるバートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872年-1970年)の言語に対する考え方を扱う。ラッセルは長い生涯において膨大な量の著作を残し、その扱った分野も専門の数学や哲学以外に、科学基礎論、心理学、政治学、時事問題、教育論、人生論など多方面にわたる。その英文は簡潔で明晰かつユーモアがあり、名文とされている。(なお、ラッセルの書いた様々な随筆は、模範的な英文として、以前には英語読解力養成のテキストに頻繁に取り上げられていた。)
ラッセルの多方面の仕事の中でとりわけ重要なのは、記号論理学における業績であろう。『数学の原理』{Principles of Mathematics、1903年)やアルフレッド・ノース・ホワイトへッドとの共著『数学原理』{Principia Mathematica、1910 -13年)といった著作において、ラッセルは当時最先端の記号論理学を用いて、集合や数などの数学的諸概念を精密に分析し、基礎づけている。
ラッセルは自ら作り上げた記号論理学の考えを数学的概念の分析以外にも様々な分野に応用したが、その中でもとりわけ言語の分析が注目される。とくに、「指示について」(""On Denoting""、1905年)で提唱された「記述の理論」(the theory of description)は、記号論理学による言語の分析として画期的なものである。そこでは、英語の定冠詞“the”の分析といった具体的な例を扱いつつ、人間の知識と言語による記述の関連といった広汎な主題に関しての問題提起がなされているのである。
その後もラッセルは言語の問題に関する考察を続け、その成果は『意味と真実性の探求』(An Inquiry into Meaning and Truth 、1940 年)にまとめられた。
本論では、ラッセルの言語に対する考え方を「記述の理論」の発展としてとらえ、「指示について」と『意味と真実性の探求』をもとにして、その言語観の変遷を辿っていきたい。また、ラッセルの言語観を彼の哲学全体の中で位置づけるために、晩年の著作『私の哲学の発展』(My Philosophical Development, 1959年)も適宜参照する。この本は、ラッセルが自らの哲学思想の発展を述べたものである。(なお、ラッセルの著作からの引用文は拙訳。)