黒毛和種雌牛の採卵性に関する統計遺伝学的解析
概要
2022 年度博士論文
黒毛和種雌牛の採卵性に関する統計遺伝学的解析
造田 篤
目 次
緒
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
論
第1章
採卵性形質における表現型記録の変動要因に関する検討
・・・・・・・・・6
抄
録
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6
緒
言
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7
材料および方法
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8
結果および考察
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
結
論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
第2章
供卵牛の採卵性形質における遺伝的パラメーターの推定
・・・・・・・・・20
抄
録
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20
緒
言
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21
材料および方法
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21
結果および考察
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22
結
論
第3章
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 24
採卵効率を意図した新規形質における遺伝的パラメーターの推定
・・・・・31
抄
録
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 31
緒
言
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 32
材料および方法
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 32
結果および考察
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33
結
論
第4章
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 34
供卵牛の採卵性形質と産子の枝肉形質との遺伝的関連性
・・・・・・・・・39
抄
録
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 39
緒
言
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 40
材料および方法
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 40
結果および考察
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 42
結
論
第5章
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 44
供卵牛の採卵性形質と体型審査形質との遺伝的関連性・・・・・・・・・・・50
抄
録
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50
緒
言
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 51
材料および方法
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 51
結果および考察
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 52
論
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 54
総合考察
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 64
結
謝
辞
引用文献
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・67
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・68
略
語
略式表記
正式表記
和 訳
BLUP
Best linear unbiased prediction
最良線形不偏予測法
CW
Carcass weight
枝肉重量
EBV
Estimated breeding value
推定育種価
ET
Embryo transfer
胚移植
FSH
Follicle stimulating hormone
卵胞刺激ホルモン
IETS
International Embryo Technology Society
国際胚移植学会
JA
農業協同組合
MOET
Multiple Ovulation Embryo Transfer
過剰排卵処置-胚移植
MS
Marbling score
BMS ナンバー
NGE
Number of good embryos
高品質胚数
RA
Rib eye area
ロース芯面積
REML
Restricted maximum likelihood
制限付き最尤法
RT
Rib thickness
バラの厚さ
SF
Subcutaneous fat thickness
皮下脂肪の厚さ
TNE
Total number of embryos and oocytes
総回収卵数
YP
Estimated yield percent
歩留基準値
緒
論
1. 黒毛和種とその改良の歴史
和牛は明治以降にエアシャー種、シンメンタール種、ブラウンスイス種等の海外品種と
在来和牛の交雑によって改良され、役肉兼用種として利用されていた。その後、一層改良
を進めて行くために 1938 年に登録事業が全国的に一本化され、1944 年に黒毛和種、褐毛
和種および無角和種の3品種が和牛の品種として認められ、1957 年には日本短角種が品種
として認められた(全国和牛登録協会、2007)。なかでも脂肪交雑に優れる黒毛和種は、枝
肉形質の育種改良が積極的に進められてきた。
1919 年鳥取県が因伯種標準体型を制定し、選抜淘汰の基準として審査標準を作成した。
その後 1935 年に全国の和牛に共通な審査標準が定められた(全国和牛登録協会 、2007)。
外貌審査は品種の改良目標を言葉で表わした審査標準にもとづいて行われる。黒毛和種で
は審査標準に示された理想体型に対して、部位ごとにどの程度不満足であるかを判定する、
減率法により審査され、これらの各減率を各部位への配点に乗じ、それらの積の和として
審査得点が算出される(佐々木、1982)。外貌審査は生体のまま手軽に評価することができ、
多数の個体について評価することができるため、選抜対象個体を増やし、選抜強度を上げ
ることができる利点がある(佐々木、2007)。しかしながら外貌審査形質と肉質形質の間の
遺伝相関は弱く、外貌資質形質が肉質の間接選抜指標となり得ないことが示された(祝前
ら、1984)。
1945 年頃から和牛においても人工授精が実施されるようになり、その普及率は、1955 年
には 74.1%、1963 年には 88%まで高くなった(全国和牛登録協会、2007)。人工授精、凍
結精液の普及により、高能力の種雄牛の精液が全国に普及するようになり、 遺伝的改良は
より一層進んでいった。
1958 年に入って後代検定が開始され、1962 年には肉利用を重点においた改良を推進す
る形となった。1968 年には産肉能力検定の結果が登録に採用されるようになり、雄側から
産肉能力を改良する基盤が整備された(Namikawa、1992)。牛肉輸入自由化が始まる 1991
年頃には、和牛特有の脂肪交雑の改良が急務であるとされ、特に重点的に改良が進められ
た。また、全国和牛登録協会では、アニマルモデルによる産肉能力の育種価評価事業(1991
年)、種雄牛現場後代検定法の制定等、産肉能力を重視した改良のための制度や改良手法が
築き上げられた(全国和牛登録協会、2007)。
一方、生産効率に目を向けると、産肉能力と並んで重要な形質の一つとして繁殖能力が
注目される。繁殖能力の衰退は、後代を残すことができないという点で、枝肉の生産効率
の衰退を引き起こすだけでなく、遺伝的資源を集団に残せなくなることにもつながる。特
に雌牛の繁殖能力は集団の再生産を担っているという点で、雄牛に比べてその重要性は高
いといえる。黒毛和種雌牛の繁殖性の遺伝的能力評価については、 1年1産の達成を目標
に、初産月齢や分娩間隔が注目されてきた。さらに 1980 年代前半、現在の ET 技術体系の
基礎が築かれ、生産現場での技術普及が急速に進んだ(金川、1992)。農林水産省によると、
1980 年から 1990 年の間に、移植頭数は 498 頭から 1 万 9865 頭へと飛躍的に増えた(大
呂、2019)。近年では、過剰排卵処置-胚移植(MOET)技術が普及し、盛んに用いられるこ
とで、黒毛和種の遺伝的改良に大きく貢献している。しかしながら黒毛和種集団において、
1
前述した形質の遺伝的能力評価に関する検討は行われていない。
2. 過剰排卵処置による胚生産
牛の過剰排卵処置は、発情後 8~12 日から 3~4 日連続で卵胞刺激ホルモン(FSH)を投
与し、多数の卵胞を発育させる。 FSH 投与後 2~3 日後に黄体退行作用の強いプロスタグ
ランジン F2α を投与する。その後発情が誘起され、発情発現の 24~36 時間後に排卵が起
こり、半日後に人工授精を行う。12 時間間隔で2回行うこともある。その後7日前後で胚
の回収を行う。回収方法としては主に子宮頚管経由法が用いられる。この方法はバルーン
カテーテルを子宮角内に挿入後、30~50ml 程度の灌流液を 5~6 回ほど灌流し、灌流液を
濾過後、胚の入った少量の灌流液をシャーレに移して顕微鏡で胚を探索し、ピックアップ
する。
体内採卵により、回収された胚の写真を図1に示す。回収されるのはきれいな胚だけで
はなく、未受精卵や変性胚等も含まれる。1つ1つの胚に対して、発育ステージ、割球の
大きさ、変性細胞割合、色調および形態等を基準として品質評価が行われる。この胚の品
質はその後の ET 時の受胎率に大きく影響する。しかしながら現在のところ、黒毛和種繁
殖農家にとって、どの雌がより多くの高品質な胚を生産するかを判断するためのツールは
存在しない。
3. 黒毛和種における胚生産の重要性
1970 年代から、過剰排卵処置と胚移植(ET)は乳牛を対象に用いられるようになり、AI
以降最もパワフルなツールになっていった(Lohuis、1995)。日本においても 1990 年代以
降、乳牛への ET による和牛生産が急増している(大呂、2019)。黒毛和種の場合、ET は繁
殖牛生産のみならず、肥育牛生産にも用いられている。わが国では 2014 年に約 10 万頭の
乳牛に黒毛和種の胚が移植され、42,000 頭の子牛が出生したと推計されている。これは同
年に生まれた黒毛和種の8%に相当し、黒毛和種をドナーとした ET が和牛子牛生産の一
役を担っていることを意味している(大呂、2019)。
日本における ET 産子は増加しており、2018 年には4万 7080 頭に達し、全国和牛登録協
会によって登録された子牛の 9.7%となっている(大呂、2019)。MOET は基本的に種雄牛
や繁殖雌牛といった種畜を効率的に改良・増殖する手段として用いられている。ところが
和牛については、子牛が高価であるため、コマーシャル牛の生産にも ET が用いられてい
る。さらに和牛子牛の販売価格は、血統によって大きな価格差が生じる。 その際に重要視
されるのが枝肉形質、特に脂肪交雑の遺伝的能力である。これまでの研究で重回帰分析と
生物経済モデルを用いて黒毛和種の枝肉形質の経済価値を算出し た結果、脂肪交雑の経済
価値が高いことからも確認できる(Hirooka と Sasaki、1998; 岡本ら、2003)。そのため、日
本では乳牛を借り腹とした ET による和牛コマーシャル牛の大量生産が行われている(大
呂、2019)。このような海外とは異なる背景を持つ日本の黒毛和種の 胚生産体系においては、
育種改良の側面だけではなく、1頭あたりから回収できる胚の数を増やし、黒毛和種の子
牛生産基盤の拡張の一助とすべきである。
4. 過剰排卵成績の改善について
2
過剰排卵処置による胚生産は、個体差が大きいことが知られている(Mapletoft ら、2002)。
また、胚生産の成績には様々な要因が関与すると考えられている。 ドナーの繁殖性は、過
剰排卵処置を行う前に考慮すべき要因の一つである。MOET プロトコルを開始する前に、
分娩後少なくとも 50~60 日待つことが推奨され、生殖に問題のある個体は通常不良ドナ
ーであるため(Hasler ら、1983)、ドナーの繁殖性に問題がないことを確認することが推奨
されている。
また、牛舎の状態やドナーの飼養管理も重要であり、管理が 過剰排卵処置への反応性に
影響する最も重要なパラメーターであることが報告されている (Stroud と Hasler、2006)。
栄養不足は良好な卵胞の発育を妨げ、胚の質を低下させる可能性があるため、ドナーは体
重が増加していることが望ましく、栄養不足であってはならない(Velazquez、2011; Stroud
と Hasler、2006)。また、過剰排卵処置への反応性が低下する可能性があるため、過食させ
ないことも重要である(Stroud と Hasler、2006; Velazquez、2011)。さらに、ボディコンデ
ィションスコアが高い(>3.50)未経産牛は胚生産数が少なくなる傾向があ り、これらの知
見を確認するためにはさらなる研究が必要であると考えられる(Kadokawa ら、2008)。
5. ET 研集団を用いた過剰排卵処置による採卵性の選抜による改良の可能性について
全農 ET 研究所は、北海道の上士幌町に事務所を持ち、 優良血統の雌牛に優良種雄牛の
凍結精液を人工授精し、製造した胚を全国の JA 等に配送している。ET 研究所では、約 450
頭の供卵牛を飼養し、2020 年度は 11,205 個の体内胚を製造した。体内胚の年間製造個数は
全国一である。牛群は年間 100 頭程度更新しており、現在のところ7割は市場導入、3割
が自家生産となっている。ET 研集団は、自家生産牛については血統および枝肉形質のゲノ
ム育種価、市場導入牛については血統および外貌により導入の判断を行っている。 ドナー
の採卵間隔は 70 日を下限としており、年に4回程度採卵に供される。ET 研究所のドナー
においても採卵成績には大きなばらつきがあり、個体差も認められる。このばらつき に遺
伝的要因が関与していれば、選抜による改良が可能であり、ET 研究所内におけるドナーの
採卵成績をさらに向上させ、胚の効率的製造を可能にする。
6. 本研究の目的と構成
ホルスタイン種を始めとするいくつかの品種において、採卵性形質に関する遺伝的パラ
メーターの報告例はあるが、黒毛和種では皆無であり、分析モデルも確立されていない。
採卵性形質の遺伝的改良が可能となれば、胚の効率的製造、供給価格の低下につながり、
ET を利用した子牛のさらなる効率的製造が可能となり、生産者にとって大きな利益を生
むことが期待される。
本研究の目的は、黒毛和種の採卵性に関する遺伝的能力評価法を確立し、採卵性の遺伝
的改良の可能性を検討することである。第1章では、採卵性形質として総回収卵数( TNE)
および高品質胚数(NGE)における表現型記録の変動要因について検討した。第2章では、
採卵性形質における遺伝的パラメーターを推定し、雌牛集団を対象とした採卵性における
育種改良の可能性について検討した。第3章では、高品質胚における製造効率の向上を目
的として、TNE と NGE の差および比に関する新たな採卵性形質を定義し、それらの遺伝
的パラメーターを推定した。第4章では、供卵牛の採卵性形質とその ET 後代肥育牛の枝
3
肉形質との遺伝的関連性を調査し、採卵性形質の選抜が枝肉形質に与える影響について検
討した。第5章では、供卵牛の採卵性形質と体型審査形質との遺伝的関連を明らかにし、
体型審査形質を補助形質とした採卵性形質の早期選抜の可能性について検討した。
4
図1.
体内採卵により回収された胚。
5
第1章
採卵性形質に関する表現型記録の変動要因に関する検討
1.1 抄
録
黒毛和種繁殖雌牛の採卵性形質において、データの特性把握ならびに記録の変動に寄与
する要因の同定を目的とした。2008 年から 2018 年の間に 1,532 頭の雌牛から 20,257 回の
採卵により収集された総回収卵数(TNE)および高品質胚数(NGE)の基本統計量および
種々のヒストグラムを作成し、形質の特性把握を試みた。記録の分布と歪度および尖度の
値から、TNE および NGE のいずれの形質においても右の裾の長い正規分布から逸脱した
形質であると考えられた。先行研究との比較により、黒毛和種における過剰排卵処置への
応答性は、乳用種や他の肉用種よりも優れている可能性が示唆された。最小 二乗分散分析
の結果から、モデルに含めたいずれの項目についても採卵性形質に対する効果は有意であ
り(P<0.05)、今後の分析モデルに含める必要があると考えられた。
6
1.2 緒
言
乳牛における過剰排卵処置への応答性に関する形質として、1回の処置でドナー個体か
ら得られる卵や胚の数が用いられている(例えば、Jaton ら、2016; Gaddis ら、2017)。これ
らの採卵成績には個体差のあることが報告されている(例えば、Kafi と McGowan、1997;
Kanitz ら、2002; Mapletoft ら、2002)。また、黒毛和種においても過剰排卵処置による回収
卵数の平均値や標準偏差が報告されているが、決定係数が大きく、同様に個体差がみられ
ている(例えば、Yamamoto ら、1993)。
黒毛和種では、採卵性形質における育種価評価モデルも確立されていない。そこで本研
究の目的は、黒毛和種の採卵成績に関して、データの特性把握および記録の変動に寄与す
る要因について検討し、採卵性形質の育種価評価モデルを構築のための基礎的な情報を得
ることである。
1.3 材料および方法
1.3.1 供試データ
全農 ET 研究所で 2008 年から 2018 年の間に 1,532 頭の雌牛から 20,257 回の採卵により
収集された総回収卵数(TNE)および高品質胚数(NGE)を用いた。ここで、TNE は1回
の採卵で回収された受精卵数および未受精卵数の和、NGE は IETS の基準に従い、形態的
にグレード1に分類された受精卵の数(Robertson と Nelson、1998)とした。これらの採卵
性形質について、基本統計量(平均値、SD、最頻値、最小値、最大値、歪度、尖度 )を算
出した。
原則として、初産を終えた雌牛はおおむね 70 日間隔を下限として採卵に供される。基本
のプログラムとして、供卵牛にトータル 20AU の FSH(Antrin R-10、 Kyoritsu Seiyaku Corp.、
Tokyo、Japan)を頸部筋肉内に1日2回、3日間漸減投与した。PGF2α(cloprostenol 0.225
mg/cow、Darmajin、Kyoritsu Seiyaku Corp、Tokyo、Japan)は5回目の FSH 処置時に投与し
た。発情を観察した翌日に凍結精液を人工授精した。授精から7日後に、子宮角洗浄によ
り受精卵を回収した。なお、同じ雌牛から採卵し続けると採卵成績が落ちるため(Donaldson
ら、1983)、必要に応じて FSH の投与量(採卵プログラム)を調整した。
1.3.2 統計解析
採卵記録に付随する記録として、採卵年、採卵月、過剰排卵処置方法、採卵時月齢およ
び採卵技術者を取り上げた。これらについて、TNE および NGE を応答変数とし、最小二
乗分散分析を行った。計算は守屋ら(2018)を参考に R の lsmeans パッケージの lm 関数を
用いて、以下に示す数学モデルで最小二乗分散分析を行った。
2
yijklm yeari month j prok tecl b1m ageijkl b2m ageijkl
eijklm .
ここで y ijkl は応答変数、year i 、month j 、pro k 、tec l および age ijkl はそれぞれ i 番目の年における採
卵年、j 番目の月における採卵月、k 番目の過剰排卵処置方法、l 番目の採卵技術者、採卵時の
月齢であり、b 1 および b 2 は月齢に関する1次および2次偏回帰係数である。また、e ijkl は誤差を示
7
す。
1.4 結果および考察
1.4.1 採卵性形質の特性
TNE および NGE の記録の基本統計量を表1.1に示した。また、1回の採卵で得られ
た TNE および NGE を図1.1に示した。TNE が0であった記録数は 1,102 件(5.4%)、
NGE が0であった記録数は 3,533 件(17.4%)であり、いずれも最頻値であった。変換なし
の場合、記録の分布と歪度および尖度の値から、TNE および NGE のいずれの形質におい
ても右の裾の長い正規分布から逸脱した形質であった。
本研究に用いた TNE の平均値(15.5 個および 16.5 個)は、ホルスタイン種の先行研究
と比べて多かった(6.67 個、Asada と Terawaki、2002; 9.27 個、Cornelissen ら、2017; 9.21
個、Jaton ら、2016)。また、肉用品種であるベルジアンブルー種(6.68 個、Michaux ら、
2002)や乳肉兼用種のネロール種(10.27 個、Peixoto ら、2004)よりも多かった。NGE の
平均値(6.73 個)も、ホルスタイン種と比べて多かった(5.11 個、Gaddis ら、2017)。肉
用品種は乳用牛品種よりも過剰排卵処置への反応性が高く、より多くの胚を生産できる能
力をもつ可能性がある(Mikkola ら、2020)。Steinhauser ら(2018)は、Wagyu と他の Bos
taurus 種および Bos indicus 種の過剰排卵処置への応答性を比較し、Wagyu が過剰排卵処置
への応答性が良いことを報告しているが、過剰排卵処置の条件等の記載はない。また、 横
尾ら(2016)は、黒毛和種は日本短角種に比べ過剰排卵処置に対する反応性が高いことを
報告している。したがって、先行研究の例数は少ないものの、黒毛和種は過剰排卵処置に
対する応答性が高い品種の可能性がある。
ドナーの採卵回数を図1.2に示した。50 回以上の採卵を経験しているドナーもおり、
過剰排卵処置への応答持続性は個体差の大きいことがわかる。また、採卵時月齢の分布を
図1.3に示した。平均採卵時月齢は 66.5 か月齢、最大値は 202 か月齢に達し、15 歳を超
えても過剰排卵処置に反応し続けたドナーがいたことがわかる。 長期的に反応を続ける生
産寿命の長いドナーを選抜することができれば、ドナーの導入および更新経費の削減や平
均回収卵数向上の観点から胚生産のコストを下げることが期待できる。 ...