リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

リケラボ 全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索するならリケラボ論文検索大学・研究所にある論文を検索できる

リケラボ 全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索するならリケラボ論文検索大学・研究所にある論文を検索できる

大学・研究所にある論文を検索できる 「<研究ノート>日本相殺法概観(2)」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

コピーが完了しました

URLをコピーしました

論文の公開元へ論文の公開元へ
書き出し

<研究ノート>日本相殺法概観(2)

岡本, 裕樹 筑波大学

2023.07.31

概要

研究ノート

日本相殺法概観(2)

岡 本 裕 樹
一 はじめに
二 法定相殺制度の趣旨
三 法定相殺における権利行使要件──相殺適状(以上、32 号)
四 相殺制限事由
  1  債務の性質が相殺を許さない場合
  2  抗弁権の付着する自働債権による相殺
  (1)
 一方的な抗弁権はく奪の禁止
  (2)
 請負契約における修補に代わる損害賠償請求権と請負代金債権との相殺
  3  不法行為等による損害賠償債権の相殺
  4  差押禁止債権の相殺
  5  法律上の相殺の禁止
  6  相殺制限の意思表示
五 差押えと相殺
  1  旧規定下の議論
  (1)
 旧規定の規律内容と解釈問題
  (2)
 判例の変遷
  (3)
 学説の状況(以上、本号)
  2  現行規定の規律内容
六 法定相殺における効力発生要件─相殺の意思表示
七 相殺の効力
八 合意相殺の取扱い
九 若干の考察

111

研究ノート(岡本)

四 相殺制限事由
1  債務の性質が相殺を許さない場合
以上にみた相殺適状発生のための要件を満たせば、基本的に当事者は相殺可
能となる。ただし、ほかに相殺を制限する事由が存在するときには、そうした
処理は妨げられる。
第 1 に、債務の性質が相殺を許さないものであれば、相殺はできない(民
505 ①但)
。こうした債務の性質は「相殺許容性」と呼ばれることがある 1)。
相殺許容性を欠く債務として考えられるのは、典型的には、騒音・ 振動・
悪臭などを外部に出さない、競業行為を行わないといった不作為債務、あるい
は、第三者評価や一人では困難な作業など、他人の行為を必要とする債権者の
ための役務提供債務である 2)。こうした状況では現実の履行が必要であり、相
殺を認めると債権の目的の実現が妨げられることから、相殺は許されないもの
と解されている。
2  抗弁権の付着する自働債権による相殺
(1) 一方的な抗弁権はく奪の禁止
第 2 に、相殺許容性と関連して、自働債権に抗弁権が付着していることが、
相殺制限事由とされている。こうした自働債権による相殺を認めると、相手方
が一方的に抗弁権を奪われる結果となるというのが、その理由である 3)。
実際の紛争に現れたものとしては、保証人の催告・ 検索の抗弁権(民 452・
453)4)、委託を受けた保証人の事前求償権に対する主たる債務者の担保提供請

1)

磯村哲編『注釈民法
(12)債権(3)』
(有斐閣、1970)396 頁〔中井美雄〕
(以下、「磯村・ 注

民(12)」と引用)。
2)

我妻栄『新訂債権総論』
(岩波書店、1964)329 頁(以下、
「我妻・ 新訂債総」と引用)、

磯村・注民(12)
・396 頁〔中井〕、奥田昌道『債権総論〔増補版〕』
(悠々社、1992)574 頁(以
下、「奥田・債総〔増補〕」と引用)、中田裕康『債権総論(第 4 版)』
(岩波書店、2020)470
頁(以下、「中田・債総」と引用)。

112

日本相殺法概観(2)

求権(民 461 ①)5)、および、同時履行の抗弁権(民 533)6)などがある。
なお、抗弁権を有する者はこれを自由に放棄することができる。そのため、
受働債権に抗弁権が付着していても、その債務者がこれを放棄して相殺するこ
とには支障がない 7)。
(2)
 請負契約における修補に代わる損害賠償請求権と請負代金債権との相殺
もっとも、この相殺制限事由には重要な例外類型がある。それが、請負契約
における注文者の瑕疵修補に代わる損害賠償請求権(民旧 634 ②前)と請負人
の請負代金債権との相殺である。これらに関する双方の債務は同時履行関係に
あるため(民旧 634 ②後)
、両者の債権のいずれにも抗弁権が付着している。
しかし、最高裁は、損害賠償請求権のもととなる目的物引渡義務と請負代金支
払義務とが対価的牽連関係に立ち、
瑕疵修補に代わる損害賠償請求権が実質的・
経済的に請負代金を減額し、請負当事者の相互の義務の間に等価関係をもたら
す機能を有するという実質的関係を考慮して、相互に現実履行を要する特別の
利益はなく、相殺を認めても抗弁権喪失による不利益は生じないこと、ならび
に、このような場合には相殺による清算的調整が当事者双方の便宜・ 公平に
かない、法律関係を簡明にさせることを理由に、双方の債権の相殺を容認して
いる 8)。この判例法理は、現行法のもとでも維持されるものと解されている 9)。
3)

大判大正 3 年 11 月 13 日民録 20 輯 922 頁、大判昭和 5 年 10 月 24 日民集 9 巻 1049 頁、大

判昭和 13 年 3 月 1 日民集 17 巻 318 頁、大判昭和 15 年 11 月 26 日民集 19 巻 2088 頁、最判昭
和 32 年 2 月 22 日民集 11 巻 2 号 350 頁、我妻・新訂債総・341 頁、磯村・注民(12)
・396 頁〔中
井〕、於保不二雄『債権総論〔新版〕』
(有斐閣、1972)417 頁、奥田・債総〔増補〕
・574 頁、
林良平ほか『債権総論〔第 3 版〕』
(青林書院、1996)335 頁〔石田喜久夫〕
(以下、「林ほか・
債総〔第 3 版〕」と引用)、潮見佳男『新債権総論Ⅱ』
(信山社、2017)283 頁(以下、
「潮見・
新債総Ⅱ」と引用)、中田・債総・ 473 頁以下。
4)

大判大正 3 年 11 月 13 日民録 20 輯 922 頁、大判昭和 5 年 10 月 24 日民集 9 巻 1049 頁、最

判昭和 32 年 2 月 22 日民集 11 巻 2 号 350 頁。
5)

大判昭和 15 年 11 月 26 日民集 19 巻 2088 頁。

6)

大判昭和 13 年 3 月 1 日民集 17 巻 318 頁。

7)

磯村・注民(12)・397 頁〔中井〕、潮見・新債総Ⅱ・ 285 頁、中田・ 債総・474 頁。

113

研究ノート(岡本)

ただし、学説には、ここでの相殺権者を注文者に限定する見解がある。修補
に代わる損害賠償請求権と請負代金債権との同時履行関係は、両債権の差額相
当分について注文者の履行遅滞を阻止し、修補に代わる価値を注文者に享受さ
せる機能があると評価したうえで、請負人による相殺を認めるとこうした注文
者の同時履行の抗弁権が奪われることを問題視している 10)。これに対して、判
例は、請負人からの相殺の主張を認めている 11)。
注文者限定説は、請負代金残額のほうが損害賠償額よりも多額である場合の
差額分に関する注文者の遅滞責任の免除を重視して、注文者に紛争解決のイニ
シアティブを与えるものである。こうした立場を貫徹するには、請負人からの
損害賠償債務に係る適法な履行の提供があっても注文者は同時履行の抗弁権を
失わないことの論拠が必要になるであろう。相殺は対当額の範囲で実質的な債
権の満足をもたらすものであるところ、損害賠償債権の満足を拒絶して同時履
行関係の存続を決定する地位を注文者に認めることが、果たして理論的に正当
化されうるのだろうか。また、次にみるように、不法行為に基づく損害賠償債
権であっても、その不法行為が「悪意」によるものでない限り、これを受働債
権とする加害者の相殺は禁止されていない(民 509 一)。こうした加害者の地
位との整合性という観点からも疑問が生じる。さらに、注文者性善説的な基本
的態度が現実の紛争解決手段として妥当であるか、より立ち入った説明が求め
られる。
8)

最判昭和 51 年 3 月 4 日民集 30 巻 2 号 48 頁、最判昭和 53 年 9 月 21 日判時 907 号 54 頁。

9)

中田裕康『契約法〔新版〕』
(有斐閣、2021)511 頁(以下、「中田・契約〔新版〕」と引用)。

10) 潮見佳男「判批」リマークス 16 号(1998)55 頁、同・ 新債総Ⅱ・ 285 頁、同『新契約各
論Ⅱ』
(信山社、2021)239 頁(以下、「潮見・ 新契各Ⅱ」と引用)、同「判批」金法 2169 号
(2021)25 頁、松本克美「請負人の瑕疵担保責任に基づく注文者の損害賠償請求権と相殺」
山田卓生古稀『損害賠償法の軌跡と展望』
(日本評論社、2008)489 頁。また、この見解を
基本的に支持しながら、損害賠償額が請負代金残額を上回る場合に請負人の相殺を認める
ものとして、山本豊編『新注釈民法(14)債権(7)』
(有斐閣、2018)177 頁〔笠井修〕。
11) 最判平成 18 年 4 月 14 日民集 60 巻 4 号 1497 頁、最判令和 2 年 9 月 11 日民集 74 巻 6 号 1693
頁。学説としては、森田宏樹「判批」ジュリ 1135 号(1998)80 頁、中田・ 債総・ 474 頁、中
田・ 契約〔新版〕・ 511 頁。

114

日本相殺法概観(2)

3  不法行為等による損害賠償債権の相殺
第 3 に、受働債権が一定の損害賠償請求権である場合に、相殺が禁止されて
いる。この禁止の対象となるのは、悪意による不法行為に基づく損害賠償請求
権(民 509 一 )と人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権(民 509 二)で
ある。これらに当たる場合、Y に対して金銭債権αを有する X は、自己に対す
る Y の損害賠償債権βを受働債権とする相殺ができない。
「悪意による不法行為」に関する相殺禁止が適用されるのは、Y の債権者 X
が Y に不法行為を犯したという場面である。このような状況でβ債権を受働
債権とする X の相殺が禁止される趣旨は、被害者 Y への現実履行による保護
の必要性のほか、加害者 X は相殺の保護を受けるに値しないこと、および、
債権者 X による債務者 Y への不法行為が誘発されることの防止にある 12)。こ
のうち、不法行為誘発の防止については、Y からα債権を回収できない X によ
る報復的な加害行為が想定されており、ここでの「悪意」とは「積極的に他人
を害する意思」であると説明され 13)、単なる故意では足りないものと解されて
いる 14)。また、人の主観的意図を介さない工作物責任(民 717)ではこの意味
での「悪意」が見込まれないことから、相殺禁止の対象にはならないとされ
る 15)。なお、ここでの相殺禁止の趣旨が不法行為の際だけでなく、債務不履行
時にも妥当するかについて争いがある。条文の文言に則して双方的な債務不履
行の場合には相殺禁止が及ばないとする理解 16)に対し、
「債権者に加害する意
思による債務不履行」に基づく損害賠償請求権を受働債権とする相殺を禁止す
べきとの主張がある 17)。
12) 民法(債権関係)部会資料 80−3・ 29 頁、中田・債総・475 頁。
13) 民法(債権関係)部会資料 80−3・29 頁、筒井健夫=村松秀樹編『一問一答民法(債権関
係)改正』
(商事法務、2018)202 頁(以下、「一問一答」と引用)。
14) 潮見・新債総Ⅱ・290 頁、平野裕之『債権総論』
(日本評論社、2017)444 頁(以下、「平
野・債総」と引用)、中田・債総・ 475 頁。
15) 民法(債権関係)部会資料 83−2・ 33 頁、中田・債総・475 頁。
16) 深川裕佳「相殺(2)─相殺禁止」潮見佳男ほか編『詳解改正民法』
( 商事法務、2018)
363 頁。

115

研究ノート(岡本)

また、「人の生命・ 身体の侵害」に際して相殺が禁止されるのは、現実履行
による救済の必要性が高いためであり 18)、これに加えて、加害者 X が相殺の
保護に値しないことも副次的理由とされる 19)。この規律においては、被害者の
被侵害利益の重大性に決定的な意義が与えられている。そのため、Y の損害賠
償請求権の原因が不法行為と債務不履行のいずれかであるかや、不法行為が過
失によるか、「悪意」によるか、あるいは、工作物責任であるか否かなど、加
害行為に関わる諸事情は考慮されない 20)。
このように、これらの相殺禁止はともに、被害者への現実の救済、つまり、
被害者本人の保護を主たる目的としている。被害者である Y がそうした保護
を放棄し、損害賠償債権βを自働債権として相殺することまでは排除されな
い 21)。また、こうした趣旨に照らすと、X の加害行為が Y ではなく、A に対す
るものであり、Y が A の損害賠償債権βの譲受人である場合には、Y 自身は被
害者ではないため、相殺禁止による保護を受ける必要がないことになる。その
ため、こうした譲受人 Y に対するβ債権を受働債権とした相殺は妨げられな
い(民 509 柱但)。この相殺の解禁は、Y が受働債権βを「譲り受けた」場合
のみを対象としており、相続や法人合併などの包括承継の形でβ債権が A か
ら Y へ移転したときには、相殺禁止が依然として適用される 22)。
なお、こうした相殺禁止の規律は、破産法 253 条 1 項 2 号・3 号の規定を参
照したものである 23)。これら規定を解釈する際の関連性をめぐっては、民法
509 条 1 号と破産法 253 条 1 項 2 号が積極的な害意を要件とする点で共通する
も、民法 509 条 2 号と破産法 253 条 1 項 3 号の規律対象が異なること、破産手続
での非免責債権はほかにも定められていること、ならびに、相殺禁止と非免責
17) 潮見・新債総Ⅱ・ 290 頁以下。
18) 民法(債権関係)部会資料 80−3・ 29 頁。
19) 中田・債総・ 476 頁。
20) 民法(債権関係)部会資料 83−2・ 33 頁、一問一答・ 202 頁、中田・ 債総・476 頁。
21) 中田・債総・ 477 頁。
22) 一問一答・ 203 頁、中田・債総・ 477 頁。
23) 民法(債権関係)部会資料 69B・ 3 頁。

116

日本相殺法概観(2)

とで効果が異なることから、両法での「悪意」の意味は必ずしも同一に解釈さ
れるわけではないとの見解がある 24)。
4  差押禁止債権の相殺
第 4 に、受働債権が差押禁止債権(民執 152、恩給 11 ③、国年 24、厚年 41 ①、
生活保護 58、
児童手当 15、
労基 83 ②など)に当たる場合、相殺は許されない(民
510)
。差押えの禁止は債権者が現実の履行を受ける必要がある場合に定められ
るものであり、相殺を認めるとその趣旨が没却されてしまうためである 25)。こ
のように、差押禁止債権の債権者を保護するための規律であるため、差押禁止
債権を自働債権とする相殺は禁止されない。
5  法律上の相殺の禁止
第 5 に、法律が相殺の禁止を定めている場合がある。
民法典中では民法旧 677 条が、組合事業のために組合員による持分の行使が
制限される組合財産について、これが組合員の債務の満足のために使用されて
減少することを防止する趣旨で、組合員に対してα債権を有し、組合に対しβ
債権についての債務を負っている X による相殺を禁止していた 26)。この規定
は削除されたが、現在の民法 677 条は、この相殺禁止の規律も含む規定として
置かれている 27)。また、組合員は組合財産である債権について、自己の持分に
ついてもこれを単独行使できない(民 676 ②)
。そのため、組合員 X が組合の
債務者 Y に対してβ債権に関する債務を負っている場合に、Y に対する組合債
権αを自働債権とした X による相殺も制限される 28)。

24) 中田・債総・ 476 頁。
25) 我妻・ 新訂債総・ 331 頁、磯村・ 注民(12)・ 435 頁〔中井〕、潮見・ 新債総Ⅱ・ 293 頁
以下、平野・債総・444 頁以下、中田・債総・ 478 頁。
26) 鈴木祿彌編『新版注釈民法(17)債権(8)』
(有斐閣、1993)151 頁以下〔品川孝次〕。
27) 潮見・ 新債総Ⅱ・281 頁、山本・ 前掲注 10・ 575 頁〔西内康人〕、潮見・ 新契各Ⅱ・
450 頁、中田・契約〔新版〕・ 584 頁。

117

研究ノート(岡本)

民法以外の法律が、相殺を禁止する場面もある。
たとえば、信託法上の相殺禁止がある。信託での信託財産は受託者からの独
立性を有しており、信託財産と受託者の固有財産等(受託者の固有財産、他の
信託の信託財産)とは区別して管理される(信託 23 ①・ 25 ①参照)29)。この
信託財産の独立性により、信託と関係のない受託者の債務について、信託財産
からの回収を防止しなければならない。そこで、X が信託の受託者 Y の固有財
産等からの履行しか請求できないα債権を有し、Y が信託財産に属する債権β
を X に対して有している状況では、
X による両債権の相殺が禁止されている(信
託 22 ①本)30)。ただし、これには 2 種類の例外が認められている。その一つは、
α債権取得時またはβ債権に係る債務の負担時のいずれか遅い時点において、
X がβ債権について Y の固有財産等に属するものでないことにつき善意・ 無
過失であった場合(信託 22 ①但一)
、もしくは、X がα債権について信託財産
責任負担債務でないことにつき善意・ 無過失であった場合(同二)である。
もう一つが、受託者Yが忠実義務を免除される場合(信託 31 ②)に、X によ
る相殺を承認したときである(信託 22 ②)
。さらに、受益者が信託財産責任負
担債務について履行責任を負う範囲を信託財産に限定する限定責任信託のもと
では、受益者の固有財産も、信託財産に属する財産のみによる履行責任を内容
とする債権の執行から守られなければならない 31)。そのため、X の Y に対する
α債権がそうした信託財産に属する財産からの回収しかできないものであり、
Y が固有財産として X に対するβ債権を有している場合にも、X による相殺は
禁止される(信託 22 ③本)
。この相殺禁止に対しても、α債権取得時またはβ
債権に係る債務の負担時のいずれか遅い時点において、X がβ債権について信
託財産に属するものでないことにつき善意・ 無過失であった場合(信託 22 ③
28) 山本・前掲注 10・ 571 頁〔西内〕、潮見・新契各Ⅱ・ 442 頁。
29) 新井誠『信託法〔第 4 版〕』
(有斐閣、2014)348 頁以下。
30) 新井・ 前掲注 29・357 頁、道垣内弘人編『条解信託法』
(弘文堂、2017)107 頁〔角紀代
恵〕。
31) 新井・前掲注 29・359 頁、道垣内・前掲注 30・ 109 頁〔角〕。

118

日本相殺法概観(2)

但)、または、受託者が信託法上の保護を放棄して、相殺を承認した場合(信
託 22 ④)には、例外的に X による相殺が可能とされている。なお、信託の受
託者 Y からの相殺については、利益相反行為規制にそって、その許容性が判
断される 32)。
また、会社法では、資本充実の原則により、出資者からの現実の財産拠出が
要求されるため、株式の引受人や新株予約権者による会社に対する債権を自働
債権とした出資履行債務との相殺が禁止されている(会社 208 ③・ 281 ③)33)。
ただし、第三者割当てによる募集株式の募集等の際には、その会社に対する金
銭債権を現物出資財産とする形態が認められている(デット・ エクイティ・
スワップ)34)。
労働法制においても、相殺禁止を明記する規定がみられる(労基 17 条、船
員 35)。このうち、労働基準法 17 条は、金銭貸借関係と労働関係を分離するこ
とで、前借金を用いた事実上の強制労働を予防し、金銭貸借に基づく人身拘束
の発生を防止するための規定である 35)。こうした労基法のもとでの相殺禁止の
範囲をめぐっては、労働法上の「賃金全額払の原則」の観点から古くから議論
されている 36)。判例は、確実な賃金受領により労働者の生活不安を払しょくす
る必要性から、賃金全額払の原則には賃金債権に対する相殺禁止も含まれると
32) 道垣内・前掲注 30・ 109 頁以下〔角〕。
33) 上柳克郎ほか編代『新版注釈会社法(3)株式(1)』
(有斐閣、1986)33 頁〔米津昭子〕、江
頭憲治郎編『会社法コンメンタール 6 新株予約権』
(商事法務、2009)279 頁〔江頭憲治郎〕、
神田秀樹編『会社法コンメンタール 5 株式(3)』
(商事法務、2013)92 頁〔川村正幸〕、龍田
節=前田雅弘『会社法大要〔第 2 版〕』
(有斐閣、2017)326 頁、田中亘『会社法〔第 3 版〕』
(東
京大学出版会、2021)506 頁、江頭憲治郎『株式会社法〔第 8 版〕』
( 有斐閣、2021)38 頁・
780 頁。なお、募集株式の発行等に係る事務停滞の防止趣旨と解する少数説もある。酒巻
俊雄=龍田節編代『逐条解説会社法第 3 巻株式・2 /新株予約権』
(中央経済社、2009)131
頁〔洲崎博史〕。
34) 酒巻=龍田・前掲注 33・114 頁以下〔梅本剛正〕、神田・前掲注 33・78 頁以下・93 頁〔川
村〕、江頭・前掲注 33・796 頁・ 822 頁。
35) 青木宗也=片岡曻編『労働基準法Ⅰ』
(青林書院、1994)228 頁以下〔野間賢〕、東京大
学労働法研究会『注解労働基準法上巻』
(有斐閣、2003)294 頁以下〔藤川久昭〕。

119

研究ノート(岡本)

解し、賃金債権を受働債権とする相殺一般について原則として禁止してい
る 37)。そのうえで、過払賃金の清算のための調整的な相殺 38)や労働者の自由意
思に基づく合意による相殺 39)、ならびに、無効な解雇の際に就労不能期間に労
働者がほかから得た収入と賃金との相殺 40)を例外的に容認している 41)。
そのほか、倒産手続では、一部の倒産債権者による相殺を用いた優先的債権
回収によって他の倒産債権者の利益が不当に害されないように、相殺が禁止さ
れる場合が定められている(破産 71・72、民再 93・ 93 の 2、会更 49・ 49 の
2)42)。なお、倒産法上の相殺に関する規律は、後でまとめて取扱い、その際に
この相殺禁止についても触れることとする。
6  相殺制限の意思表示
第 6 に、当事者は相殺を禁止または制限することができる(民 505 ②)
。法
律により相殺が禁止されていない場合でも、当事者間で現実の給付を必要とす
る事情があれば、この方法で相殺を制約することが許されている。
相殺を禁止または制限する意思表示は、相殺が制約される債権の発生原因が
36) 我妻・ 新訂債総・ 331 頁、磯村・ 注民(12)・ 437 頁以下〔中井〕、奥田・ 債総〔増補〕・
577 頁、林ほか・ 債総〔第 3 版〕・339 頁以下〔石田〕、平野・ 債総・ 445 頁以下、中田・ 債
総・ 478 頁。また、労働法文献として、東大労法研・ 前掲注 35・ 417 頁以下〔野川忍〕、下
井隆史『労働基準法〔第 5 版〕』
(有斐閣、2019)283 頁、水町勇一郎『詳解労働法』
(東京大
学出版会、2019)617 頁以下、菅野和夫『労働法〔第 12 版〕』
(弘文堂、2019)453 頁以下を
参照。
37) 最判昭和 31 年 11 月 2 日民集 10 巻 11 号 1413 頁、最大判昭和 36 年 5 月 31 日民集 15 巻 5 号
1482 頁、最判平成 2 年 11 月 26 日民集 44 巻 8 号 1085 頁。
38) 最判昭和 44 年 12 月 18 日民集 23 巻 12 号 2495 頁、最判昭和 45 年 10 月 30 日民集 24 巻 11
号 1693 頁。
39) 前掲注 37・最判平成 2 年。
40) 最判昭和 62 年 4 月 2 日判時 1244 号 126 頁、最判平成 18 年 3 月 28 日判時 1950 号 167 頁。
41) 水町・前掲注 36・618 頁以下。
42) 田中睦夫=山本和彦監『注釈破産法(上)』
(金融財政事情研究会、2015)489 頁・500 頁〔小
畑英一〕、伊藤眞ほか『条解破産法〔第 3 版〕』
(弘文堂、2020)548 頁・567 頁、伊藤眞『破
産法・民事再生法〔第 5 版〕』
(有斐閣、2022)515 頁・ 527 頁以下・1003 頁以下。

120

日本相殺法概観(2)

契約である場合には契約当事者の合意により、単独行為である場合には単独行
為時に行えばよいとされる 43)。また、債権発生後に当事者間で合意することも
可能である 44)。
ただし、相殺禁止・ 制限が付されていることについて善意・ 無重過失の第
三者には、相殺の制約を主張することができない(民 505 ②)
。Y に対する X
のα債権について相殺の禁止が合意された場合、α債権を X から譲り受けた Z
やα債権について免責的債務引受をした U に対して Y ないし X が相殺禁止を
主張するには、Z・U がこの合意を認識しているか、または認識していないこ
とについて重過失があることが必要となる。もっとも、免責的債務引受の場面
で X が現実の給付を得る利益を保全したければ、U の債務引受について合意
ないしは承諾をしなければよい(民 472 ②③)45)。

五 差押えと相殺
1  旧規定下の議論
(1)
 旧規定の規律内容と解釈問題
相殺制限事由の第 7 として、受働債権の差押えがある。債権法改正前後を通
じて共通する規律であり、Y に対してβ債権に関する債務を負っている X は、
Y の債権者 G がβ債権を差押えた後に Y に対するα債権を取得しても、両債
権の相殺を G に対抗できないものとされている(民旧 511・ 現 511 ①)

ただ、旧規定では、差押え前にα債権を取得していた X が、どのような場
合に G に対して相殺を対抗できるかを定めた規律は置かれていなかった。こ
の点をめぐって大きな論争となったのが、いわゆる「差押えと相殺」という論
題が付された解釈問題であった。
この議論を経て債権法改正時に置かれたのが、
現在の民法 511 条である。それゆえ、現行規定の意義や規律指針を理解するう
43) 我妻・ 新訂債総・330 頁、奥田・ 債総〔増補〕・575 頁以下、林ほか・ 債総〔第 3 版〕・
338 頁〔石田〕、中田・債総・ 473 頁。
44) 磯村・注民(12)・ 398 頁〔中井〕。
45) 中田・債総・ 473 頁。

121

研究ノート(岡本)

えでは、改正前の議論を把握しておくのが有益である。また、この議論におい
て「相殺への期待利益の保護」という観点が現れたことが機縁となって、相殺
の担保的機能に関する基礎的理解の深化がもたらされるところとなり、
「差押
えと相殺」という論題の枠組にとどまらない論争が展開された。このように、
従来の議論は単なる個別規定の解釈に際してだけでなく、相殺法全般の基本原
理の理解にも重要な影響を及ぼすものであった。これらのことから、この相殺
制限事由については独立した項目として取扱うこととし、かつ、改正前の議論
状況から確認していく。
(2) 判例の変遷
ところで、差押債権者と第三債務者との間の相殺をめぐる利益対立は、主に
戦後になってから紛争事例の中で顕在化したものである。大審院の判例には、
この点について直接判示した裁判例は存在せず、そうした事情から「差押えと
相殺」は、債権の譲受人に対する債務者の相殺可能性に関する民法旧 468 条 2
項の解釈問題と同質の争点として理解されていた 46)。そのため、
「差押えと相殺」
をめぐる判例の変遷を考察するに際しては、手始めに債権譲渡の事例が挙げら
れてきた。
大審院は当初、譲渡債権βの債務者 X が債権譲渡人 Y に対するα債権を自
働債権とする相殺を債権譲受人 G に対抗するには、債権譲渡の通知以前での
X による相殺の意思表示までは必要ないが、この通知時に既にα債権・ β債権
間での相殺適状が存在していることを要求した。また、譲渡通知後にβ債権の
弁済期が到来することとなっていた場合に、X が通知前にβ債権に係る期限の
利益を放棄していれば、通知前に既に弁済期に達していた自働債権αをもって
譲受人に相殺を主張できるとしたが、当該事件での事例では、譲渡通知前に X
が期限の利益を放棄していたとの事実は認定されていないとして、相殺の主張
を認めなかった 47)。このような立場は「相殺適状説」と呼ばれている 48)。明治・
46) 我妻・新訂債総・ 333 頁以下、磯村・注民(12)・ 448 頁以下〔中井〕。

122

日本相殺法概観(2)

大正期では、この見解を遵守する判決が繰り返された 49)。
しかし、昭和の時代に入り、先の判決での事案と同様に、X の Y に対するα
債権の弁済期が到来、Y の X に対するβ債権の G への譲渡に係る通知が X に
到達、β債権の弁済期が到来、という順で経過し、α債権を自働債権とする相
殺の可否が争われた際、大審院は、X はβ債権に係る期限の利益を放棄して、
いつでもその弁済をする権利を有していたことから、譲渡通知以前に Y に対
して有効な相殺をなしうる状態にあったとの理由により、この通知前に実際に
期限の利益を放棄する意思表示がされていなくても、相殺は妨げられないと判
示した 50)。このように大審院の判例では、債権譲渡通知前の厳密な意味での相
殺適状を要求する態度が改められ、譲渡通知時に自働債権αが弁済期にあれば
受働債権βについてはこれを不要とする「相殺適状修正説」と称される見解に
調整された。
戦後の最高裁は、
この相殺適状修正説からの結論をまずは踏襲した。ただし、
そうした立場を理由づける際、大審院のようにβ債権に係る債務者 X の期限
の利益の放棄による即時弁済権を根拠としなかった。その代わりに、β債権の
譲渡・ 転付前に弁済期の到来している反対債権αを債権者に対して有してい
る債務者 X は、β債権の弁済期到来を待って相殺する期待と相殺をなしうべ
き利益を有しているとの理解をもとに、この X の期待と利益を X の関係しな
い事由によってはく奪することは公平の理念に反して妥当ではないと判示し
た 51)。この論拠の変化は、最高裁による判例法理の「質的な大転換」と評され
るものであり、譲渡通知前の相殺適状の存在可能性から相殺に関する期待と利
47) 大判明治 35 年 7 月 3 日民録 8 輯 7 巻 14 頁。
48) 各説の呼称については、伊藤進「差押と相殺─第三者の権利関与と相殺理論」星野英
一編代『民法講座第 4 巻債権総論』
(有斐閣、1985)376 頁を参考にした。
49) 大判明治 38 年 3 月 16 日民録 11 輯 367 頁、大判明治 40 年 7 月 8 日民録 13 輯 769 頁、大判
明治 41 年 5 月 30 日民録 14 輯 631 頁、大判大正元年 11 月 8 日民録 18 輯 951 頁、大判大正 3
年 12 月 4 日民録 20 輯 1010 頁。
50) 大判昭和 8 年 5 月 30 日民集 12 巻 1381 頁。
51) 最判昭和 32 年 7 月 19 日民集 11 巻 7 号 1297 頁。

123

研究ノート(岡本)

益へと評価基準が置き換えられることにより、
相殺適状説の考え方は放棄され、
議論の焦点は、どのような状況において「保護されるべき相殺期待・ 利益」
が認められかへと移った 52)。
こうした流れの中、預金者 Y に対する租税債権者である国 G と Y が預金口
座を有する金融機関 X との間において、G による滞納処分としての Y の預金
債権βへの差押えと、Y に対する貸付債権αを自働債権とする X の相殺とで、
いずれが優先されるべきかについての争いが生じた。ここで最高裁は初めて「差
押えと相殺」をめぐる紛争に対処するところとなり、比較的短期間のうちに 2
つの大法廷判決が下された。
まず、昭和 39 年の大法廷判決 53)
(以下、
「最判昭和 39 年」という)では、差
押えの当時にα債権とβ債権が既に相殺適状にあるときだけではなく、α債権
がその時点で未だ弁済期に達していない場合でも、β債権の弁済期より先にそ
の弁済期が到来するものであれば、X は相殺をもって差押債権者 G に対抗で
きるとの立場が示された。この見解は「制限説」もしくは「弁済期先後基準説」
と呼ばれる。その理由は、G の差押え後に被差押債権βの弁済期が到来して、
G がその履行を請求できる状態に達した時には、既にα債権の弁済期は到来し
ているため、X はα債権によりβ債権と相殺できる関係にあり、こうした X の
自己のα債権をもって行う将来の相殺に関する期待は正当に保護されるべきで
あるためとされた。この反面、α債権の弁済期がβ債権の弁済期より後に到来
する場合には、X は相殺を G に対抗することができない。β債権の弁済期が
到来して G が X に対してその履行請求をすることができるに至った時に、α
債権の弁済期未到来により X は相殺を主張できないため、差押え時の X には
相殺により自己の債務を免れうるという正当な期待がないといえるからであ
る。また、β債権の弁済期到来後に X がその弁済を拒否しつつ、α債権の弁
済期の到来を待って相殺を主張するというのは誠実な債務者とはいえず、そう

52) 伊藤・前掲注 48・408 頁以下、潮見佳男『債権総論〔第 3 版〕Ⅱ』
(信山社、2005)379 頁。
53) 最大判昭和 39 年 12 月 23 日民集 18 巻 10 号 2217 頁。

124

日本相殺法概観(2)

した第三債務者 X を特に保護すべき必要がないとの評価も根拠とされている。
ただし、この法廷意見は、7 対 6 の

差により採用されたものであった。

さらに、昭和 45 年の大法廷判決 (以下、
「最判昭和 45 年」という)は、相
54)

殺に供される両債権の弁済期の前後を問わず、自働債権αが差押え後に取得さ
れたものでない限り、相殺適状に達しさえすれば、被差押債権βの第三債務者
X は差押え後でも相殺できるとする「無制限説」へと再度の判例変更を行い、
民法旧 511 条の文言に反しない範囲で相殺権の保護を拡張させた。この中では、
相殺制度について、互いの同種の債権を有する当事者間での債権債務の簡易決
済による債権関係の円滑公平な処理を目的としており、相殺権を行使する債権
者にとり、債務者の資力が不十分な場合でも自己の債権について確実かつ十分
な弁済を受けたと同様の利益を受ける点で、受働債権に担保権を有するに似た
地位が与えられるという機能を営むものと理解され、こうした相殺制度により
保護される当事者の地位はできる限り尊重すべきとの評価が示されている。そ
のうえで、差押えは第三債務者の行為に関係ない客観的事実や第三債務者のみ
の行為による被差押債権の消滅・ 内容変更を妨げず、第三者債務者の一方的
意思表示による相殺権行使も受働債権の差押えにより当然に禁止される理由は
ないこと、ならびに、民法旧 511 条は、差押債権者に対する第三債務者による
相殺が可能であることを当然の前提として、差押え後に発生し、または他の者
から取得した債権を自働債権とする相殺のみを例外的に禁止することで、差押
債権者と第三債務者との間での利益調整を図ったものと解するのが相当である
ことをもって、無制限説が基礎づけられた。もっとも、今回の法廷意見もまた、
8 対 7 の紙一重での多数決によるものであった。
このように数年の間に格別の社会事情の変遷もなしに、裁判官の交代を主因
として判例変更が行われたことについては、法的安定性の観点からの批判がみ
られた 55)。しかし、最高裁は立て続けに無制限説による判決を繰り返すことで、

54) 最大判昭和 45 年 6 月 24 日民集 24 巻 6 号 587 頁。
55) 最判昭和 45 年の松田二郎裁判官の意見、石田喜久夫「判批」法時 43 巻 1 号(1971)118 頁。

125

研究ノート(岡本)

毅然とした態度で判例法理として定着させた 56)。そのため、無制限説からの再々
変更こそが、かえって法的安定性の見地から望ましくないと評価されるところ
となった 57)。
また、最高裁は「債権譲渡と相殺」をめぐる民法旧 468 条 2 項の解釈問題に
ついても、昭和 50 年の判決 58)
(以下、
「最判昭和 50 年」という)において無制
限説をもとにした判断をするに至った(ただし、3 対 2)

(3) 学説の状況
一方の学説であるが、
「差押えと相殺」に関する論争が巻き起こる以前は、
判例に則して民法旧 468 条 2 項をめぐる議論が中心であった。また、この頃の
通説は、債権譲渡通知時に相殺をなしうべき原因が存在すれば、その時に相殺
適状は不要で、後に相殺適状になれば譲受人に相殺を対抗できるとする無制限
説的な見解 59)であった 60)。
やがて、最判昭和 39 年が契機となり、民法旧 511 条の解釈問題への関心が
大いに高まった。その後の学説の多くは、最判昭和 45 年の無制限説に批判的
であったといえる。もっとも、判決の結論自体、すなわち金融機関対差押債権
者(国税)の対立について金融機関の利益を優先させたことへの消極的評価は
少なかった 61)。多くの論者は、弁済期先後基準説の利益衡量を基礎とし、自働
債権のほうが受働債権よりも弁済期について遅れる場合に、受働債権の第三債
56) 最判昭和 45 年 11 月 6 日判時 610 号 43 頁、最判昭和 45 年 12 月 18 日金法 603 号 17 頁、最
判昭和 46 年 11 月 19 日金法 637 号 29 頁など。
57) 高木多喜男『担保物権法〔第 4 版〕』
(有斐閣、2005)7 頁。
58) 最判昭和 50 年 12 月 8 日民集 29 巻 11 号 1864 頁。
59) 松坂佐一『民法提要債権総論』
(有斐閣、1956)161 頁、我妻栄『債権総論』
(岩波書店、
第 28 刷、1957)254 頁、於保不二雄『債権総論』
(有斐閣、1959)283 頁など。
60) 林良平=中務俊昌編『担保的機能からみた相殺と仮処分』
(有信堂、1961)18 頁、塩崎
勤「相殺判例の形成と発展」加藤一郎=林良平『担保法大系第 5 巻』
(金融財政事情研究会、
1984)574 頁、伊藤・前掲注 48・ 390 頁。
 ただし、この頃には既に、後述する弁済期先後基準説が、有泉亨により主張されていた。
有泉亨「判批」判例民事法昭和 8 年度(1933)538 頁以下。

126

日本相殺法概観(2)

務者が自己の債務の履行をしないまま、自働債権の弁済期を待つという不誠実
な態度が定型的に生じる状況について、第三債務者の合理的な相殺の期待を否
定した。ただし、この不誠実性評価を覆しうるような相殺期待の合理性を正当
化しうる事情があれば、第三債務者による相殺を容認しようとする態度をとっ
た。
その説明の仕方としては 2 つの見解に分かれ、一つは、法定相殺の枠組内に
おいて弁済期の先後のほかに個別具体的事情(取引の種類、相殺に供される両
債権の緊密な関係、相殺予約の有無、公知性など)を考慮して、合理的な相殺
期待・利益の有無を評価しようとするものであり 62)、
「期待利益説」ないしは「合
理的期待説」と呼ばれる。もう一つは、法定相殺に関しては弁済期先後基準説
に立ち、金融取引において用いられる相殺予約(期限の利益喪失約款)につい
て、相殺に供される両債権の密接な牽連関係と相殺予約の公知性などを根拠と
してその第三者効を承認することで、金融機関の相殺利益を優先させる見解で
ある 63)。
これらの学説に加えて、無制限説を主張する見解でも、銀行預金を受働債権
とする相殺における特殊な事情を前提とする立論が少なくなかった 64)。総じて
学説では、最判昭和 45 年の一般的な規範設定にもかかわらず、金融機関の相
殺利益に限定して手厚く保護する立場が大勢を占め、そのほかの取引類型に判
例法理の射程が及ぶかについては、更なる検討を要するものと解されてい
た 65)。
61) 最判昭和 39 年を支持する見解として、林ほか・ 債総〔第 3 版〕・ 347 頁〔石田〕。また、
法定相殺について相殺適状修正説を、期限の利益喪失約款が存在する場合につき弁済期先
後基準説を主張するものとして、加藤雅信『新民法体系Ⅲ債権総論』
(有斐閣、2005)430
頁以下。
62) 藤原弘道「差押・ 破産と相殺」鈴木忠一=三ヶ月章監『実務民事訴訟講座 10』
(日本評
論社、1970)155 頁以下、四宮和夫「判批」法協 89 巻 1 号(1972)141 頁以下、西原道雄「債
権の移転と相殺」柚木馨ほか編『判例演習(債権法 1)
〔増補版〕』
(有斐閣、1973)209 頁、
深川裕佳『相殺の担保的機能』
(信山社、2008)150 頁以下・282 頁以下、深谷格『相殺の構
造と機能』
(成文堂、2013)135 頁以下。

127

研究ノート(岡本)

他方で、「債権譲渡と相殺」に関しては、債権譲渡における取引安全を保護
する必要性が重視され、かつ、債権法改正以前に物権的効力が承認されていた
債権譲渡禁止特約(民旧 466 ②)を用いることで第三債務者は相殺利益を自衛
できることから、「差押えと相殺」とは区別して、より制限的に解するべきこ
とが広く説かれていた 66)。
以上が債権法改正前の議論の大まかな推移であるが、最後に、我妻栄と林良
平という当時の主導的研究者 2 人による象徴的な改説にも触れておく。我妻は
「差押えと相殺」の問題が顕在化する以前、
「債権譲渡と相殺」をめぐって無制
限説的な見解を支持していた 67)。やがて、最判昭和 39 年が現れると、ドイツ
法を参照しながら、弁済期先後基準説を基礎として期限の利益喪失約款に基づ
63) 最判昭和 45 年の大隅健一郎裁判官の意見に代表される見解であり、これを支持するも
のとして、平井一雄「判批」金判 235 号(1970)4 頁以下、石田・ 前掲注 55・ 117 頁以下、
石川利夫「判批」ジュリ 482 号(1971)53 頁、高木多喜男「相殺」奥田昌道ほか編『民法学
4《債権総論の重要問題》
〔改訂版〕』
(有斐閣、1982)215 頁以下、塩崎勤「相殺予約の対外的
効力について」金法 1000 号(1982)11 頁以下、林良平「相殺の機能と効力」『金融法論集─
金融取引と担保』
(有信堂、1989)222 頁〔初出 1984〕、平井宜雄『債権総論〔第 2 版〕』
(弘文堂、
1994)231 頁以下、淡路剛久『債権総論』
( 有斐閣、2002)608 頁以下、潮見・ 前掲注 52・
389 頁 以 下・ 396 頁、 内 田 貴『 民 法 Ⅲ 債 権 総 論・ 担 保 物 権〔 第 3 版 〕』
( 東 京 大 学 出 版 会、
2005)260 頁以下、中田裕康『債権総論(第 3 版)』
( 岩波書店、2013)413 頁以下、野澤正
充『債権総論[セカンドステージ債権法Ⅱ]
〔第 2 版〕』
(日本評論社、2017)336 頁以下。
64) 好美清光「銀行預金の差押と相殺─最高裁大法廷昭和四五・ 六・ 二四判決を機縁とし
て─(上)
(下)」判タ 255 号 2 頁・ 256 号 10 頁(ともに 1971)、我妻栄『新訂債権総論』
(岩波
書店、第 10 刷、1972)587 頁、加藤一郎「差押と相殺─銀行預金の差押を中心として─」
法教 28 号(1983)81 頁、川井健『民法概論 3(債権総論)〔第 2 版補訂版〕』
( 有斐閣、2009)
360 頁以下。一般論として無制限説を主張していたのは、米倉明「判批」ジュリ 460 号(1970)
95 頁以下、同『担保法の研究』
(新青出版、1997)210 頁〔初出 1985〕、奥田・債総〔増補〕

589 頁以下。
65) 早川眞一郎「判批」金子宏ほか編『租税判例百選〔第 3 版〕』
(有斐閣、1992)181 頁。
66) 相殺適状説をとるものとして、米倉・ 前掲注 64・『担保法の研究』211 頁、潮見・ 前掲
注 52・633 頁。弁済期先後基準説をとるものとして、奥田・ 債総〔増補〕
・ 590 頁、中井美
雄『債権総論講義』
(有斐閣、1996)304 頁、淡路・ 前掲注 63・ 613 頁以下、内田・ 前掲注
63・ 263 頁、中田・前掲注 63・ 416 頁。
67) 我妻・前掲注 59・ 254 頁。

128

日本相殺法概観(2)

く相殺を認める見解へと移った 68)。さらに、最判昭和 45 年を受けて無制限説
に落ち着いた 69)。他方で、林は当初、期待利益説の主唱者であった 70)。しかし、
「合理的な期待利益の判定基準を相殺の有効性を主張する者の立証の負担に帰
することは酷であり、かえって法的不安定、予測の困難さをきたす」、「予約の
存在、質権の存在、取引関係などを判断の基準におくことは、むしろ予約の有
効性判断の場所へ譲るべき」との理由から、弁済期先後基準説・ 期限の利益
喪失約款有効説へと見解を改めた 71)。我妻の改説は、
「差押えと相殺」をめぐ
る議論が判例主導で展開されてきたことの表れであり、また、林の指摘は、相
殺への期待利益の合理性を個別事例ごとに判断する見解が、解釈上の安定性な
いしは実用性を欠いていることを示している。もっとも、この指摘は、期限の
利益喪失約款の効力について個別判断に委ねる立場にも当てはまり、林の主張
は一貫していないように映る。
(おかもと・ひろき 筑波大学ビジネスサイエンス系教授)

68) 我妻・新訂債総・ 321 頁・336 頁以下。
69) 我妻・前掲注 64・ 587 頁。
70) 林良平「判批」民商 53 巻 3 号(1965)412 頁、同「判批」民商 67 巻 4 号(1973)696 頁。
71) 林・前掲注 63・ 222 頁。

129

全国の大学の
卒論・修論・学位論文

一発検索!

この論文の関連論文を見る