SIRT1導入マウスにおいて変形性膝関節症の進行が遅延する
概要
【目的】
変形性関節症 (OA)は、関節軟骨が摩耗することにより生じる。疾患修飾性 OA治療薬(DMOAD) は、根本的な OAの病態生理を改善し構造的な損傷を抑制することで、長期的な障害を予防または軽減する可能性がある。
サーチュインは、クラス IIIヒストン脱アセチル化酵素ファミリーのメンバーであり、加齢に伴う多様な細胞活動を制御している。 Silentinformation regulator 2 type 1 (SIRTl)は、サーチュインのホモログであり、代謝制御・アポトーシスの抑制 •DNA 修復・炎症抑制を行う。我々は以前に、 invitroにおいて SIRTlがヒト軟骨細胞でアポトーシスを抑制すること、 OAに関連する遣伝子の発現を抑制することを報告してきた。また invivoでは、-軟骨細胞特異的 SIRTlノックアウトマウスでは OAが進行すること、SIRTl活性化薬剤の全身投与および関節内注射は OAの進行を抑制することを報告してきた。しかしながら、 SIRTl過剰発現による OA進行抑制効果は調べられていない。
そこで本研究の目的は、 SIRTl・KIマウスの OAモデルにおいて、 SIRTl過剰発現が軟骨の OAを抑制するか検討し、 OA進行の遅延に関連するメカニズムを調査することである。
方法】
SIRTl-KIマウス・ genotyping
Jackson社より購入した SIRTl・KIマウスを野生型マウス (controlマウス)と交配により得た新生マウスの尾部から DNAを抽出して genotypingを行い、遺伝子型を同定した。
骨格標本・体重測定
生後 2日の SIRTl・KIマウス・ controlマウスの皮膚および内臓を除去したあと、水酸化カリウムに浸して軟部組織を除去した。アルシアンブルー染色で軟骨を染色しアリザリンレッドで硬骨を染色した。上腕骨・尺骨・大腿骨・腔骨・椎体(第 1腰椎~第 5腰椎)の長さを計測し骨格の比較をした。体重測定は 1ヶ月毎に生後 1年まで計測し比較した。
Sirtl発現量
生後 7日および生後 3ヶ月の SIRTl・KIマウス・ controlマウスを使用した。筋肉(前腟骨筋・大腿四頭筋)と膝軟骨を採取し、 RNAを精製したあと cDNAを合成した。 TaqManアッセイ(AppliedBiosystems社)を用いて Real・timePCR解析を行い、筋肉およぴ軟骨における Sirtlの発現量を比較した。
OAモデルマウス
OAモデルマウスは、生後 12週齢のマウスの内側腔骨半月靭帯を切離し、半月板を不安定化させて作成した。
軟骨細胞培養 •Real-tiine PCR
生後 7日の SIRTl・KIマウス・ controlマウス膝軟骨を採取し、軟骨細胞を分離して培養した。各マウスの軟骨細胞において IL・l/3刺激あり・なしの 4群に分け、 24時間後に細胞を回収して RNAを採取。 Real・timePCRにて Sirtl、Col2al、CollOal、Mmp・3、Mmp・13、Aggrecan、Adamts・5、XistmRNAの発現量を比較した。
関節軟骨の組織学的評価•免疫組織化学染色
生後 3週、術後 4、8、12、16週の各マウスの膝関節を回収し、サフラニン 0染色を行った。 OsteoarthritisResearch Society International (OARS!) cartilage OA histopathology grading systemを用いて OAの進行を評価した。免疫学的組織評価として SIRTl、type・II collagen、MMP・13、ADAMTS-5、cleavedcaspase・3、poly(ADP・ribose)polymerase (PARP) p85、acetylated NF・κB p65、IL・l/3、IL-6の陽性細胞率を計測した。
マイクロアレイ解析
生後 7日の SIRTl・KIマウス・ controlマウスの膝由来軟骨細胞を IL・l/3刺激あり・なしの 4群に分け、 RNAを抽出してマイクロアレイ解析を行った。マイクロアレイ解析は倉敷紡績株式会社に委託した。 AffymetrixGeneChipTM Mouse Gene 2.0 ST Arrayを使用した。
統計解析
2群間の比較は t検定で解析し、 3群間以上の比較は one・wayANOVA検定を行い、各群間の比較は Bonferroni'spo~t hoc testを用いた。
【結果】
SIRTl・KIマウスの特徴
Genotypingの結果、 SIRT-KIマウスの出産割合は約 40%であった。 SIRTl・KIマウスは同胞の controlマウスと比較して、骨格および体重に有意な差は見られなかったが、二次骨化中心の出現はやや遅れていた。 SirtlmRNAの発現は、 SIRTl・KIマウスでは controlマウスに比べて有意に高かった。膝関節軟骨では、筋肉組織に比べて Sirtlが有意に発現しており、成長に伴うSirtl発現の有意な減少は見られなかった。
SIRTl・KIマウスにおける OAの進行遅延
OAモデル作成後、 SIRTl・KIマウスおよび controlマウス共に経時的に関節軟骨の OAは徐々に進行した。術後 4週の時点で 2群間に有意差はみられなかったが、術後 8、12、16週の時点では SIRTl・KIマウスの方が、 OARSIスコアが有意に低く OAの進行が遅延していた。
SIRTl・KIマウスにおける軟骨マトリックス分解酵素・アポトーシス・炎症性サイトカインの発現低下
免疫組織化学的解析の結果、術後 8、12、16週目において、 SIRTI・KIマウスでは controlマウスに比べて SIRTI陽性軟骨細胞の割合が有意に高値であった。 Type-IIコラーゲン陽性軟骨細胞の割合は、術後 8週目において、 SIRT-KIマウスで controlマウスに比べて有意に高値であった。 MMP-13、 ADAMTS-5、cleavedcaspase 3、PARPp85 fragment、NF・"'BP65、IL・I8、IL-6陽性軟骨細胞の割合は、術後 8週目において、 SIRTI・KI群では control群に比べて有意に低値であった。
smT1-KI軟骨細胞における、細胞外マトリックスの発現上昇と軟骨分解酵素の発現低下
Real・time PCR解析では、 SIRTl・KIマウスの軟骨細胞では、 controlマウスの軟骨細胞に比べ、 Sirtl、Col2al、Aggrecanの mRNA発現が有意に高く、 CollOalの発現は低かった。 IL・罪による刺激は、 SIRTI・KIマウスと controlマウスの軟骨細胞におけるSirtl,Col2al, Aggrecanの mRNAの発現を有意に減少させたが、 SIRTI・K[マウスの軟骨細胞では、 controlマウスの軟骨細胞に比べて、これらの遺伝子の発現が有意に高かった。また、 IL・l/3による刺激は、両群の軟骨細胞において Mmp・3、Mmp・13、Adamts・5の mRNAの発現を有意に増加させたが、 SIRTI・KIマウスの軟骨細胞では controlマウスに比べてその増加が抑制されていた。
マイクロアレイ解析による SIRTl過剰発現に関連する 21の遺伝子の同定
SIRTI・KIマウスの軟骨細胞は、 controlマウスの軟骨細胞と比較して、 IL・l/3刺激なしでは、 75の遺伝子が 2倍以上に発現上昇し、 45の遺伝子が元の発現量の 50%以下に低下していた。 IL・l/3刺激下では、 SIRTI・KIマウスの軟骨細胞は、 controlマウスの軟骨細胞と比較して、119の遺伝子が 2倍以上に発現上昇し、 104の遺伝子が元の発現量の 50%以下に低下していた。SIRTI・KIマウスの軟骨細胞では、 IL・l/3刺激の有無にかかわらず、 controlマウスの軟骨細胞と比較して、 11の遺伝子が一貫して 2倍以上高く、 10の遺伝子が 50%以下に低下していた。 21の遺伝子の中で OAに関連している可能性がある Xistについて real・timePCRを行った。マイクロ
アレイの結果と同様に SIRTI・KIマウスの軟骨細胞において、 controlマウスの軟骨細胞と比してXistの発現の低下が確認された。
【考察】
本研究により、マウス OAモデルにおいて、 SIRTI・KIマウスは controlマウスに比べてOAの進行が遅延することが分かった。 SIRTl・KIマウスでは、 II型コラーゲンと SIRTl陽性軟骨細胞が増加し、 MMP・I3、ADAMTS・5、cleavedcaspase 3、PARPp85 fragment、アセチル化NF・"'BP65、IL・l/3、IL-6陽性軟骨細胞が controlマウスに比べて減少していた。また、 SIRTI・KIマウスの軟骨細胞では、 IL・l/3による刺激にかかわらず、細胞外マトリックス遺伝子の発現がcontrolマウスに比べて高かった。さらに、 IL・l/3刺激誘発 Mmp・3、Mmp・13、Adamts・5の発現上昇は、 SIRTI・KIマウスの軟骨細胞では controlマウス由来の軟骨細胞と比して抑制されていた。
過去には SIRTlは P53の脱アセチル化を介して細胞のアポトーシスを制御していることで注目されたが、 SIRTl・KIマウスでは、アポトーシス様軟骨細胞が減少していることより、アポトーシスの抑制が SIRT-KIマウスにおける OA進行遅延に一部寄与している可能性があることが示唆される。
SIRTlは、細胞外マトリックス遺伝子のポジティプな制御因子として機能していると報告されている。本研究では、 SIRTl・KIマウスの軟骨細胞において、 IL・l/3刺激に関わらず、 Co12alとaggrecanの発現が増加していた。本研究の結果は、先行研究の結果と一致し、 SIRTlの過剰発現を介した細胞外マトリックス遺伝子の発現上昇が、 SIRTl・KIマウスにおける OAの進行遅延のメカニズムに関与している可能性が示唆された。
SIRTl・KIマウスでは、アセチル化 NF・Bp65や、 MMP-3、MMP-13、ADAMTS-5などの軟骨分解酵素の発現が controlマウスに比べて減少していた。また、 SIRTl・KIマウスでは IL・1B、IL-6の発現が controlマウスに比べて減少していた。これらの結果は、 SIRTl活性化剤を投与マウスにおいて、 MMP-13およびアセチル化 NF・Bp65陽性軟骨細胞の割合の減少し、一方、軟骨特異的 Sirtlノックアウトマウスでは増加したという以前の我々のこれまでの知見と矛盾しない結果であった。 SIRT-KIマウスでは、 NF・ IC B経路の調節を介して軟骨細胞の軟骨分解酵素の発現を低下させることで、 OAの発症が抑制された可能性があると考えられた。
マイクロアレイ解析の結果、 IL・l/3刺激に関わらず、 SIRT-KIマウスの軟骨細胞ではcontrolマウスの軟骨細胞に比べ、 11遺伝子が一貫して 2倍以上に発現上昇し、 10遺伝子が 50%以下に発現低下していた。その中でも Xistは、 SIRTl・KIマウスの軟骨細胞で一貫して発現が低下していることがわかった。近年、 OAのプロセスにおいて longcording (Inc) RNAとmiRNAが重要な役割を果たしていることが明らかになっている。 XISTは、 X連鎖染色体の不活性化を制御する lncRNAで、 OAの病因へ関与していることが示唆されている。 OAの軟骨では XISTの発現が増加しており、 XISTのノックダウンは Mlマクロファージに作用して OAの炎症性微小環境を改善したと報告されている。したがって、 XISTは、 SIRTI・KIマウスにおける OAの進行遅延に関与している可能性もあると考えられた。
【結語】
本研究の結果より、 SIRTlを過剰発現させた SIRTl・KIマウスでは、軟骨細胞において軟骨分解酵素、アポトーシスマーカー、アセチル化 NF・Bp65のレベルが低下し、 OAの進行が遅延することが明らかになった。 SIRTlの過剰発現は、 OAの新たな治療につながる可能性が示された。