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<論説>信託と信認法理の公的意義――国民の基本権の保障と法曹三者の信認義務

田村, 陽子 筑波大学

2023.07.31

概要

論 説

信託と信認法理の公的意義
―国民の基本権の保障と法曹三者の信認義務

田 村 陽 子
Ⅰ はじめに
  1  英米法系と大陸法系の理論における重大な差異―信認法理(fiduciary)の有無
  2  英米法系の信認法理の適用範囲
  3  信認法理および信託の沿革―エクイティ(Equity)
Ⅱ‌ 公的信託―公的信認法理に基づく国家の公正と合理性・ 相当性の義務
  1  契約法理と信認法理との差異についてのホッブスの説明
  2  公的信託理論もしくは公的信認法理の特徴
  
(1)
 国家機関の政治的正当性の原理としての公的信認法理
  
(2)
 多様な受益者に対する包括的な信認義務
  
(3)
 公的信認義務違反の救済
Ⅲ 司法制度における公的信認義務―法曹三者の役割
  1  検察官の信認義務
  
(1)
 検察官の地位に関する歴史的経緯
  
(2)
 公的受託者としての検察官
  
(3)
 検察官の公的信託における受益者とは
  
(4)
 検察官の信認義務の内実
  
(5)
 検察機関としての信認義務―説明可能性および可視化のメカニズム
  2  裁判官の信認義務
  
(1)
 裁判官の受託者としての地位に関する歴史的沿革
  
(2)
 裁判官の公的信託における受益者とは
  
(3)
 裁判官の信認義務の内実
  
(4)
 裁判所機関としての信認義務
  3  弁護士の信認義務
  
(1)
 依頼者に対しての信認義務
  
(2‌)
 
‌ 依頼者との通信(交信)秘密について
  
(3)
 弁護士の法制度に対する「法の番人」としての義務
  
(4)
 弁護士の依頼者に対する「法の番人」としての義務
  
(5)
 弁護士の第三者に対する注意義務

113

論説(田村)
  
(6)
 弁護士会の信認義務―公的信託機関としての役割
Ⅳ 公的信託と基本権
Ⅴ おわりに―日本国憲法と信認法理
“Beyond the trust, beyond the company, the most fundamental of fiduciary relationships
in our society is that which exists between the community(the people)and the State
and its agencies.... Though it had earlier stirrings, the fiduciary principle in private law
began its uninterrupted march to prominence from the middle of the last century[the
19th century]
. And as we now well appreciate, its object was to safeguard against the
abuse of fiduciary power and position. Yet much more so than in the private sector, it
was-and is-in the realms of government that fiduciary power is the most pervasive, the
most intense, and its abuse, the most threatening to the community and to its trust in its
institutions.”
1)
―Paul D. Finn,‘The Forgotten“Trust”
:The People and the State.’

1)

Paul D. Finn, The Forgotten Trust :The People and the State in Equity:Issues and

Trends 131-2(Federation Press, 1995).なお、Finn はオーストラリアの法律家である。
この文言にあるように、
(英米法諸国の)社会におけるもっとも根源的な信認関係は、
「国民」
と「国家およびその機関(以下「国家機関」と言う。)」との間に存すると述べている。公
的な信認関係が初期には隆盛したにも拘わらず、19 世紀半ば以降は、私的な信認関係が突
出してきたとのことである。しかしながら、信託や会社関係といった私的関係以上に、国
家と国民との公的関係では、信認による国家の受託権限が最も広大かつ強大となり、その
権限や地位の濫用は、国家機関への信頼および国民に対する最も脅威となるとし、それゆ
え、信認法理が国家の権限や地位濫用を防止することを目的としていることは、今もなお
望ましい旨を述べている。
  英米法諸国における信託法理論もしくは信認法理の学説史については、例えば、植田淳
『英米法における信認関係の法理』(晃陽書房、1997)5 頁以下がある。また、イギリスで
の信託の権利構成に関する理論状況については、星野豊『信託法理論の形成と応用』(信
山社、2004)などがある。アメリカの最近の信託法関連の紹介については、例えば、



範雄=神作裕之編『現代の信託法―アメリカと日本』(弘文堂、2018)がある。
  なお、「信託」という言葉は多義的であり、日本ではややもすると財産管理の側面での
道具概念として捉えられがちであるが、ここでは、広義の「信託」の理論として「信認法理」
という言葉を中心に説明する。信認関係をめぐる制度やスキームとして、「信託」という
言葉も使うことにする。信託の多義性については、新井誠『信託法【第 4 版】』(有斐閣、
2014)1 頁以下など参照。

114

信託と信認法理の公的意義
「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果
であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民(受益者)に対し、
侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」―日本国憲法 97 条
「そもそも国政は、国民(委託者)の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民(委
託者)に由来し、その権力は国民の代表(受託者)がこれを行使し、その福利は国民(受
益者)がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基く
ものである。」―同前文第 1 段第 2 文(( )は筆者注。)

Ⅰ はじめに
1  英米法系と大陸法系の理論における重大な差異―信認法理(fiduciary)
の有無 2)
英米法諸国においては、契約法理(contract)と同様もしくはときにはそれ
以上に重大な法理として信認法理(fiduciary)
・信託(trust)の法理論(以下、
2)

日本で信託を含む法理としての信認法理および信認関係の性質・ 内容について鋭く指

摘したのが、

口範雄『フィデューシャリー[信認]の時代―信託と契約』(有斐閣、

1999)である。従来、多くの実体法が大陸法系に由来してきた日本では、英米法で育成さ
れた信託は「水の上に浮かぶ油のように異質的な存在」として、大陸法的な債権的な取扱
い(債権説)で説明され、語られていると指摘されている(四宮和夫『信託法【新版】』
(有
斐閣、1989)旧版はしがき 3 頁)。また、日本の信託論は、英米法の「沿革を離れて大陸法
的な概念論をもって構成され、…その対象ないし内容は、伝統的な英米信託法とはかなり
離れた如何にも日本的な信託法理に終始するものが圧倒的に多く、中には、本来の信託の
理念ないし制度を全く誤解もしくは曲解していると思われる著書論文も決して少なくはな
い。」とも言われた状況があった(海原文雄「監訳者あとがき」G.W. キートン= L.A. シェ
リダン(海原文雄=中野正俊監訳、日本信託銀行信託法研究会訳)
『イギリス信託』
(有信堂、
1988)253 頁)。末弘厳太郎、谷口知平、大阪谷公雄などの先学も、信託の研究に努められ
たところであるが、近年改めて日本でも、民法・ 商法と信託法とが一体となって形成する
矛盾のない私法体系を構想することが必要であり、日本で「信託のある風景」を描くこと
が必要はないか(道垣内弘人『信託法理と私法体系』(有斐閣、1996)2 頁)との指摘がな
され、日本で信託と信認法理が日本の大陸法的な制度にどのように調和できるかを正面か
ら検討されるようになってきた。現在の日本での信託に関する主な著書については、例え
ば、神田秀樹・折原誠『信託法講義』
(弘文堂、2019)、道垣内弘人『信託法【第 2 版】』(有
斐閣、2022)
、同『信託法の問題状況』(有斐閣、2022)などがある。ひとまず本稿は、英
米法諸国の信託理論および信認法理からの説明で、一貫させて頂く。

115

論説(田村)

一般に「信認法理」という。
)が発達してきた。契約法理と信認法理との基本
的差異は、おおむね以下の点が挙げられている。
契約法理とは、対等な人間関係すなわちお互いに一般的に相当な意思能力お
よび行為能力がある私人間において合意された契約が破られたときの相互の相
当な責任が原則となる。これに対し、信認法理とは、対等ではなく力に差のあ
る強者・ 弱者の関係を規律するものである。すなわち、専門家にまつわる信
認法理としては、人には専門の知的能力に差があることを前提に、一方では、
知的強者たる「専門家」の裁量権限や報酬を大きくすると共に、他方で、その
広大な権限を濫用させないよう、専門家には知的弱者たる「依頼者」に対する
忠実義務(duty of loyalty)を負わせ、その忠実義務に違反する行為があれば、
免責がない絶対的な責任を負わせるものである。
したがって、英米法諸国では、契約法理における相当な注意義務(duty of
care)のみならず、専門家には依頼者に対し特別に、信認法理における絶対的
な忠実義務というものが、両輪の輪のように重要なものとして、一般に課され
ているとされている 3)。
また、知的強者たる専門家が権限濫用しないよう報酬規程に関する定めが法
規上にあったり、依頼者では濫用を判断し抑止し自分で救済できないので専門
家の権限濫用を防止しかつ依頼者を救済し、専門家を懲戒したりする公的な監
視制度若しくは報酬に関する制度が特別に設けられたりしている。
例えば法律の専門家として、弁護士には、専門職としての行為に関する一般
的かつ相当な注意義務に加えて、特に依頼者等(委託者や受益者)に対し、特
別に職務専念義務として守秘義務、利益相反禁止義務および報告義務もしくは
説明義務といった排他的かつ絶対的な忠実義務があるとされている。また、国
家の行政行為の専門家としての国家公務員には、国家公務員に関する法などで
職務専念義務や違反の処分などが、情報公開制度などで公的な監視措置が、法

3)

拙稿「日本の法制度における信認関係と契約関係の交錯−注意義務と忠実義務の横断

的考察−」筑波ロー・ジャーナル 21 号(2016)114 頁以下で示したところである。

116

信託と信認法理の公的意義

制度として整備されているのが通常である。
2 英米法系の信認法理の適用範囲
従来、日本では、英米法系の信認法理については、主に会社法や信託法から
の継受により、私的領域とりわけ商事法分野における財産管理スキームといっ
た道具概念として、信託の仕組みおよびその根底に流れる信認法理が紹介され
論じられてきた。これは、もとより日本にとって戦後の関わりが強いアメリカ
で、信認法理の起源たるイギリス法と異なり、商事的信託を中心に発展させて
きたところにも由来する。
しかしながら、近時のアメリカでも、公的関係(国家機関と国民の間)にお
ける信認法理の存在が、改めて注目されている。例えば、アメリカでは、
「合
衆国憲法(United States Constitution)は公的権力(public power)に関する信
認法(fiduciary law)であり、他方で、私的な信認法は、私的権限(private
power)に関する憲法(constitution すなわち権力を構成する法)なのである。」
と言われるように、国家と国民の間の公的関係こそ、信認法理に基づくことが、
強調され、認識し直されている 4)。
大陸法的発想を基礎としてきた日本には、一層なじみが薄い公的信認関係を
検討する前に、前提となる信認法理の基本的な内容について、英米法の起源た
るイギリス法の沿革に

って確認しておくことにする。

3 信認法理および信託の沿革―エクイティ(Equity)
信認法理(fiduciary)5)および信託(trust)の起源は、古くはローマ法にま
4)

英米法の国では、国家と国民の間も信認関係であることについての、日本での先学に

よる紹介は、タマール・フランケル(溜

将之監訳)『フィデューシャリー−「託される人」

の法理論』(弘文堂、2014)279 頁以下がある。
5)

Evan Fox-Decent, Sovereignty s Promise: The State as Fiduciary 30(Oxford University

Press, 2011).信認関係の主体の用語については、広い意味での信託を意味する信認法理に
おいては、「委認者」および「受認者」を使う方が正確とも言われているが、本稿では通
用性の見地から、さしあたり伝統的な「委託者」・「受託者」という用語を使う。

117

論説(田村)



るが、プラトンもしくはキケロなどの古代法制史的な説明にまでは、本稿

は立ち入らない 6)。
中世以降の英米法の世界では、沿革的に、コモン・ ローとエクイティの大
きく 2 つの法体系から成り立ってきたことはよく知られているが、信認法理が、
エクイティ(衡平法)の代表的な法原理であることは意外に知られていないよ
うに見受けられる。そのため、コモン・ ローの基本的な性質については省略
するが、エクイティを中心に、イギリスにおける信認法理および信託関連法制
度の成立ちの概要を確認しておく。
信託は、ローマ法の「fiduciarius」
(信託に基づきすべてを有する者)とい
う語に

ると言われている。エクイティ(衡平)裁判所が信託を監督したが、

さまざまな形態の信託が統合されて発展したようである。ローマ法の概念「fideicommissum」および「fiducia」というものは、受託者(受認者)が他人に
代わり他人のために財産を保有し法的権限を有するが、受益権限は委託者(委
認者)に分離するもので、これが中世の「ユース(use)」となり、その後「信
託(trust)」となっている。
「fiducia」は、債務者が、自己の財産を、債務が支
払われるまで当該財産は他に譲渡できないことを前提に、債権者に移譲するこ
とが許されるという制度であった。また、
「fideicommissio」は、結婚前の成年
者(受益者)で法的に相続がまだできない間、財産を遺言者から仲介者(法的
に相続しうる資格のある者)に管理させ(use)
、その仲介者が、受益者にその
財産や特定の他の目的物を渡す義務があるという制度であった。
その後、中世のローマ・ カトリック教会では、
「utilitas ecclesia」(教会の利
益のために)というローマ法の概念に基づき、聖職者が法的には財産を所有で
きないという宗教上の禁忌に触れることなく、財産を使うことを許す制度と
なった。ノルマン征服後は、土地の信託すなわちユース(uses)として活用さ
6)

プラトンは「公的役人は自身らを社会の一部ではなくむしろ社会全体として考慮せよ」

と述べ、キケロは「国家の後見は、信託の一種である。」と述べたと言われている。See
Fox-Decent, Sovereignty s Promise, supra note 5, at 3-5. 以下、中世以降の沿革の説明は、
Id., at 30-34.

118

信託と信認法理の公的意義

れ、委託者の財産につき、受益者(cestui que use)のために所有する法的権
限(enfeoffment)を、人(受託者、feoffee to uses)に移譲することが認めら
れた。封建制度の下では、土地が成年相続人に相続されると土地の所有者は相
続税(relief)を支払わなければならないが、ユースでは、法的所有者(受益者、
cestui que uses)に所属する納税責任が免除されるため、広く活用された。そ
れが、1535 年にユース法として、衡平法から制定法上の権利に変換された。
しかしながら、法的権限に転換されることを避けるために多くの(脱法的な)
ユースも構成されたので、衡平裁判所で処分されたりした(ただし、問題ある
ユースをすべて取り込めたわけではなかった)7)。
イギリスでは、
歴史的にそれぞれの地域の慣習で裁判が行われていたところ、
12 世紀以降、国王が全土に裁判権を拡大しても最適な慣習をイギリス共通の
法とするため、コモン・ ローが成立したわけであるが、平行して、裁判官に
よる判決・ 判例が先例として発展したので、コモン・ ロー判例法としての意
味合いもあることは言うまでもない。13 世紀以降は、国王の巡回裁判では迅
速な救済ができないこともあったため、ロンドンに定着した裁判所ができ、国
王裁判所と呼ばれた。そして 15 世紀頃になると、コモン・ ローで救済できな
い事案については、エクイティという法体系が登場してくる。14 世紀頃から、
国王に対して、特別に書面で救済を願い出ることが一般的に行われるようにな
り、 こ れ ら の 請 願 は、 内 容 に 応 じ て、 国 王 評 議 会 で 処 理 さ れ た り 大 法 官
(Chancery)と大法官府によって扱われたりしていたが、後者のエクイティに
関する裁判所は、15 世紀に大法官府裁判所(Court of Chancery)により機能
するようになる。もともと大法官府は、重要文書に押される印章である国璽を
管理するとともに、裁判を開始するために必要な訴訟開始令状を発給していた
が、後者の機能が大法官府裁判所となり、裁判所の先例やコモン・ ローでは
厳しい結果となる場合に、法的な権利に基づいてではなく、良心(エクイティ
という自然的正義や衡平の概念)を基準に判決を下したのである 8)。

7)

Fox-Decent, Sovereignty s Promise, supra note 5, at 31.

119

論説(田村)

地域の共同体裁判所(communal court、後のコモン・ ロー裁判所)の通常
の法的手続に、イギリス国王が大権(prerogative)に基づき特別に令状(writ)
を発行して介入した結果として、コモン・ ロー裁判所とエクイティ裁判所が
発現し、特別な種類の事件の救済に令状が発行された 9)。信認法理は、当初、
コモン・ ローの不備を補うエクイティ裁判所で取り扱われ、17 世紀初めには
エクイティがコモン・ ローに優先するとの裁定も出たりしながら、その後、
両裁判所は 1875 年に高等法院(High Court of Justice)に統合された 10)。
イギリスの裁判所は、時代を経て、この信認法理の概念を、財産管理的な信
託から私的関係の取引ひいてはさまざまな専門家との関係に広げていった。親
子関係、会社の取締役、船の所有者と船長、年金基金関係、仲裁人、そして原
住民と王との関係などである。これらの信認関係が合わさって、国家と国民の
信認関係(公的信託)を認める途につながったと解されている 11)。
公的信託においては、法の支配に内容を与えるよう、受託者たる国家に公正
義務と合理性・ 相当性の義務が特別に課されることが主張されている 12)。

Ⅱ 公的信託―公的信認法理に基づく国家の公正と合理性・相当性の義務
1 契約法理と信認法理との差異についてのホッブスの説明
イギリスのホッブスは、近代国家と国民の間の関係について次のように説明
する。すなわち、国家と国民の間での関係の始まりは、契約による。国民との
間の契約により、国家は国民より権力を受け、国家はその権力を基本的には自
由に行使しうることになる。ただし、その後の継続関係や本質においては、国
家は国民の信託を受けているため、両者の関係は道徳的意義を持つ信認関係と

8)

例えば、戒能通弘=竹村和也『イギリス法入門』(法律文化社、2018)15 頁以下、21 頁

以下が詳しい。
9)

Fox-Decent, Sovereignty s Promise, supra note 5, at 31-32.

10) Id., at 33.
11) Id., at 34.
12) Id., at 34.

120

信託と信認法理の公的意義

なり、国家は国民に対して信認義務を負い、その権力を行使することになる。
国家の国民に対するパターナリスティックな義務も、信認関係から導かれると
する 13)。
ホッブスは、契約法理と信認法理の両方の要素が国家と国民の関係において
存在するとしていたのである。国家の権力は、主権者たる国民との契約から発
するが、契約が成立した後の継続中の国家と国民の関係においては、国家の権
力行使は、主権者からの信託による信認関係に基づくと解される。契約時の国
民が委託者で、国家が受託者となり、その受益者は過去および将来を含む国民
である。国家機関は公的受託者として、裁量権の行使に際し、信認義務や忠実
義務を国民に対して負うというのである 14)。
従来、カナダでも、制定法上の忠実義務を中心に議論されてきたが、近時、
公的地位には、
制定法がなくとも第二の見解としてコモン・ローの正義(justice)
からくる黙示義務として公正義務が、あるいは、第三の見解として、コモン・
ロー上の憲法上の「法の支配」からの内在的要請として、国家機関は、信認義
務として、具体的には手続的公平義務および合理性・相当性(reasonableness)
の義務があるとの見解 15)が有力になってきている。
さまざまな受益者がいる公的信託において信認義務とりわけ忠実義務がどの
ように適用されるかが問題となりうるが、どの受益者も重要であるということ
13) Fox-Decent, Sovereignty s Promise, supra note 5, at 1-21.(リヴァイアサンの内容は、以
下の段落とも全編翻訳本のみ参照。)
14) なお、ロックは、主権は常に国民にある(革命権を認める)とし、立法権は、単に特
定の目的のために行為する受託権者と述べている。国家は、国民から強制力を委譲されて
いるだけであり、自力救済や正当防衛の権利が国民にあるのは自明だとしている。John
Locke, Second Treatise on Civil Government, as reproduced in Social Contract 125-26, ch. 13,
para. 149(Oxford University Press, 1948)
(first published in 1690).ロックに対し、ホッブ
スやカントは、革命には非親和的であり、行政権は必然に公的なものと考えている。ベン
サ ム は、 ロ ッ ク と 同 様 す べ て の 政 治 的 権 力 は 信 認 関 係 で あ る と 述 べ て い る。Jeremy
Bentham and John Bowring, View of a Complete Code of Laws, in The Works of Jeremy
Bentham 182(Tait, 1843).
15) Fox-Decent, Sovereignty s Promise, supra note 5, at 175-179.

121

論説(田村)

は、結局はそれぞれ平等であるため公正に扱うということ、および受益者それ
ぞれを調整するには、それぞれに対して合理的・ 相当であることを要求する
ことになるとする 16)。
例えば、公的機関による国民の電信傍受などは、特定の誰かを実際に害しな
くとも、一般国民に対する公的信認義務違反となる 17)。そして、その対象は、
現在の国民に限られず、植民地国などの他国民や将来の国民にも広がりうるも
のとする。
また、政治秩序は民主主義、封建主義、独裁主義などさまざまな形態をとり
うるが、法秩序は、衡平、正当、謝意などの道徳的美徳に関する正当性原則を
含む自然基本法(fundamental law of nature、以下「自然法」という。
)に基づ
くものであり、これらは実際には制定された法律ではないが、市民社会が成立
した後は、市民社会に対する規範としての市民法(civil law)となるとした。
とりわけ、ホッブスは、市民法及び自然法には特定の制度が必要であるとした。
すなわち、①主権を持つ法の作者、②公開性、③正当な解釈が、市民社会にお
ける法的制度として必要だとしたのである。(なお、ホッブスの実証主義
(positivism)との調和的説明についてはここでは省略する。)
ホッブスは、自然法は制定法が規定しきれていない

間をうめ、衡平などの

相当性に基づく法原則を提供し、その際、公的行為を行う公務員(行政、司法、
立法機関)は信認義務(fidelity/trust)を主権国家ひいては主権者たる国民に
対して負う、と考えていたと解されている 18)。
2 公的信託理論もしくは公的信認法理の特徴
公的信託理論もしくは公的信認法理(以下「公的信認法理」という。
)にも
諸説がある。とりわけ国家もしくは政府は、国民の信託に基づくという信認政
府(fiduciary government)もしくは信認国家であることを全面的に押し出す
16) Id., at 34-36.
17) Id., at 185.
18) See e.g., Id., at 21.

122

信託と信認法理の公的意義

理論は、「信認国家論」とも呼ばれる。信認国家論は、法的にも意義が「厚い
(thick)
」理論であり、基本的には、国家機関には国民の様々な基本権を守る
政治的正当性を裏付けるとする見解である 19)。
この信認国家論に対しては、すべての国家と国民の法的関係を説明できず、
公的信認関係というものは、政策決定により解決すべきところがあり、法的に
は意義が「薄い(thin)
」理論だとする見解もある 20)。
いずれの見解にせよ、信認法理は、英米法諸国における国家機関と国民の間
の公的関係をも規律する原理として、一般に考えられている。
(1)
 国家機関の政治的正当性の原理としての公的信認法理
公的信認法理により国民の厚い保護を考える説によると、憲法は、国家にとっ
て信認の根本規範(弁護士にとっての委任状、会社にとっての定款と同様)と
なるとされる。例えば、行政機関は、議会や大統領に対して信認を負うのでは
なく、立法上の直接の受益者や全体の国民に対して信認義務を負うと説明され
る。
したがって、第 1 に、憲法の意義や憲法の適正手続条項、社会福祉条項、弾
劾条項および報酬条項の解釈指針を与えるものとする。第 2 に、政治的代表制
における集団行為、本人―代理人関係、多数派による圧政などの固有の問題の
理解にも資するとする。第 3 に、信認法理を政治的正当性の理論ではなく組織
の理論として捉えると、民主主義における裁判所の弱者保護の役割の指針にも
なるとする。第 4 に、信認国家機関たる裁判所としては、積極的権利(社会福
祉関係など)をめぐる訴訟について、少なくとも人々が道ばたで餓死しないよ
うに裁定する義務があるとされるが、国家がいかなる程度で信認義務を果たす
べきかを判断する具体的指針はないので、法の支配の下、様々な利益考量によ
19) Evan Fox-Decent, New Frontiers in Public Fiduciary Law, in The Oxford Handbook of
Fiduciary Law 909, 910(Oxford University Press, 2019)

20) See e.g., Paul B. Miller, Political(Dis)trust and Fiduciary Government, in Fiduciaries
and Trust 223-227(Oxford University Press, 2020).

123

論説(田村)

ることになるとする 21)。
(2) 多様な受益者に対する包括的な信認義務
公的信認関係においては、私的関係における信認義務とは異なり、多種多様
な受益者が存在する。そのため、多種多様な受益者に対する包括的な忠実義務
および注意義務がある点で、公的信託上の特徴があるとされる。
(a) 公的忠実義務
第 1 に、「法の支配」に基づく公的な忠実義務として、種々の受益者を公正
に扱う義務や合理性・ 相当性の義務があるとされる。さらにこの考えを進化
させると、行政機関は、
「明確な目的で、清廉で、深慮して、合理的で、可視
的に」行為しなければならないとされ、国家機関は、すべからく適正手続に調
和する義務があるとされる 22)。
第 2 に、利益相反防止としての公的忠実義務としては、さまざまな受益者が
いることに注意し、特定の高官に対して忠実義務を負うことのないようにする
必要があるとされる。
第 3 に、衡平な取扱いとしての公的忠実義務として、現在の多数者や少数者
保護のみならず、将来の国民についても長期的視野に立って利益考量する義務
があるとされる。
第 4 に、道義(Conscientiousness)としての公的忠実義務があるとされる。
すなわち、単に国民の最善の利益に資するだけではなく客観的な正当性が必要
であり、裁判官には、多数派による政治と道義的正しさとを調和させるという
難しい義務があるとされる 23)。

21) D. Theodore Rave, Two Problems of Fiduciary Governance, in The Oxford Handbook of
Fiduciary Law 324, 332-34(Oxford University Press, 2019).
22) Evan J. Criddle, Fiduciary Administration: Rethinking Popular Representation in Agency
Rulemaking, 88 Tex. L. Rev. 441, 476(2010).
23) Rave, supra note 21, at 335.

124

信託と信認法理の公的意義

(b)
 公的注意義務
公的忠実義務のみならず、公的注意義務も種々あるとされている。例えば、
三権分立の下、①司法府には、立法府尊重の注意義務(Care as Deference)と
言われるものがあるとされる。これは、会社法上の経営判断の原則と同様に、
司法府には、立法府の判断を尊重するもしくは敬意を表すべき注意義務がある
ということである。また、②行政府の手続上の注意義務(Care as Process)と
して、行政府は、その行政権限を行使するには、手続上、相当で慎重であるべ
きとの注意義務があるとされる。さらに、③立法府には、立法上の考慮をすべ
きという注意義務(Care as Deliberation)があるとされ、立法者は、正当な理
由に基づき立法する義務があるというものである 24)。
(3)
 公的信認義務違反の救済
国家の信認義務違反の司法的救済は、私的関係における信認義務違反と異な
り、困難になりがちである。国家の違反行為が直ちに金銭賠償請求の対象とな
るわけではないうえ、国民の損害も抽象的なものになりがちで具体的で特定の
損害が生じるとは限らないため、訴えの利益が認められにくいという問題があ
る。他方で、国家の信認義務違反に対する政治的な救済は、選挙制度や弾劾制
度を通じて可能ではあり、国民が政治的活動により政治的救済を促すこともあ
りうるが、政治的救済は、権力者により妨害されるおそれもあり、不完全であ
る。そのうえで、公的信託もしくは公的信認法理による衡平上の救済が、司法
的救済として可能であると主張されている。信認法理を用いて、憲法を解釈す
ることで、裁判所は、行政の行為を濫用的で違憲だと審査することができると
いうのである。
なお、
公的信託もしくは公的信認法理が柔軟であることの有用性については、
過去にはそれが植民地主義の正当性の修辞として使われたという苦い歴史があ
るとも言われるが、この法理をより良く解し活用すれば問題がないことなども

24) Id., at 337-39.

125

論説(田村)

説かれている 25)。

III 司法制度における公的信認義務―法曹三者の役割
英米法諸国とりわけイギリス法を継受しその後独自にも発展したアメリカの
法曹三者をめぐる公的信認義務の議論状況について、検察官、裁判官、弁護士
の順にここでは検討する。アメリカでは、イギリスの伝統を受け継ぎ、刑事裁
判も私的訴追が当初の制度設計であったところ、植民地時代を経てだんだん独
自の公的訴追制度へ変遷している。
大陸法諸国では、国家が罪を犯した私人を糾弾する刑事手続と私人間の争い
をめぐる民事手続は峻別されるのが大原則であることは言うまでもない。これ
に対し、イギリス法を起源とする英米法諸国では、刑事手続も被害者(委託者)
から信託を受けた私人(受託者)が罪を犯した私人(加害者)を糾弾する手続
として発祥し、
民事も刑事も私人間での争いであった。このような沿革からは、
英米法の起源には、公的・ 私的二分論という発想はなく、民事・ 刑事の両手
続の根底には、信認法理の思想が同様に流れていたことが判る。そこで、英米
法の制度に特徴的な検察官の地位の沿革および理念から比較検討していくこと
にしたい。
1 検察官の信認義務
(1) 検察官の地位に関する歴史的経緯
イギリスでは、個人に対する犯罪については、私人が訴追するという伝統が、
中世から 19 世紀に至るまで存在していた。イギリスでは、1879 年に公訴事務
所(the Office of Public Prosecutions)が創設されて、初めて正式に公的訴追
が認められるようになった。しかしながら、イギリスでは、もとより、私的訴
追ですら公益のために提起されるものと考えられていたところである。した
がって、
検察官は、
「主権者(国民)として訴追するのと同様の公的義務を負い、

25) Id., at 339-42.

126

信託と信認法理の公的意義

公的信託を行使する」者として、公的信託の受託者と解されてきた 26)。
アメリカも、東部 13 州の植民地時代にイギリスの法制度を取り入れており、
初期の頃の訴追は、個人の被害者から私的になされていた。当時の人々は、公
的訴追制度は権限濫用のおそれをはらむものとして否定的だったのである。し
かしながら人口増加により犯罪が増加し、私的に訴追を成功させた者に報奨金
を与える立法がなされたことなどにより、社会が混乱した。
徐々に多くの植民地(州)で、犯罪被害者とお金で雇われた代理人が不正に
経済的利益を享受するという問題が増長しているとの批判が高まっていった。
すなわち、私的訴追により当事者が公費で個人の利益を得ることが正当化され
てしまっているとの批判が、
公的訴追制度を支持する者からなされたのである。
私的訴追制度に対し批判が高まる中、多くの州が公的訴追制度に徐々に移行し
ていった。そして、被害者個人の代理人としてではなく、抽象的な公益もしく
は最大多数公衆のために信託を受けた者として、州や国家の代理人(State
Attorney)といった公的訴追者(以下「検察官」と総称する。
)が認められる
ようになっていったのである 27)。
この制度の移行には実務的に重要な点が含まれていた。すなわち、被告人の
有罪が不確かな場合に、私的弁護士が被害者たる依頼人のために過剰に有罪追
及をしがちであるところ、公的代理人もしくは検察官は、無罪(無辜)の者を
有罪にしないようにすることが期待されたのである。1888 年のウィスコンシ
ン州裁判所は、私的訴追は、違憲であるとの判決を下した。そして、
「検察官は、
公益を代表するものであり、無罪の者を有罪にすることは決してあってはなら
ない。検察官の目的とするところは、裁判所と同様、単に正義であることであ
り、
専門家としての成功のプライドのために無罪の者を犠牲にしてはならない」
と述べている 28)。また 1893 年のインディアナ州裁判所も、
「個人のためではな
26) Bruce Green & Rebecca Roiphe, A Fiduciary Theory of Prosecution, 69 Am. U.L.Rev. 805,
814(2020).
27) Id., at 815.
28) Biemel v. State, 37 N.W. 244, 247(Wis. 1888).

127

論説(田村)

く公的に信託を行う」ことが、検察官の役割であるとした 29)。ただし、私的訴
追制度の考えがアメリカで根絶されたわけではなく、しばらく制度として残っ
ており、またその支持者が完全にいなくなったわけではなかった。
19 世紀終わりには、検察官は専門職として、国家の刑事的司法権限を使っ
て狭い範囲の特定の者や党派的な利益を助長することのないよう、その行為の
みならず判断過程についても、倫理的規範、経験および職業訓練により拘束さ
れるようになった。裁判官が法の解釈や先例の適用において司法的規律を牽引
するように、検察官も、成文および不文の訴追伝統の進化を追求することが求
められたのである。このような検察官についての現代的な理解は、検察官が受
託者・ 受認者であるとの考えに親和的であった。信認法理により、検察官は、
加害を受けやすく扶助が必要な者のために裁量権を行使するとみなされ、また
自己取引あるいは裁量権の濫用のおそれを最小限にするよう、規律による制限
を受けると根拠づけられたのである 30)。
(2) 公的受託者としての検察官
歴史的に、信認による組織統制論は、私法領域のみならず公法領域において
裁判官を含む公務員の役割と責任の理解を牽引してきた。ただし、検察官は、
他の公務員と異なる受託者としての地位の側面がある。
検察官は、第 1 に、依頼者のために裁判所に訴訟を提起する弁護士と同様、
伝統的な依頼者からの信認を受けた公的受託者である。ただし、他の公務員と
同様、検察官は特定の者の利益のためではなく、公衆ひいては抽象的な公のた
めに法を司る者である。そのため、検察官は捜査および刑事訴追の主導、司法
有罪取引もしくは不起訴処分を行うか否かの判断をするに際し、依頼者から指
29) State ex rel. Gibson v. Friedley, 34 N.E. 872, 875(Ind. 1893)
.検察は公的信託機関であ
るとの判決が、複数の州で出されている。State ex rel. Black v. Taylor, 106 S.W. 1023, 1027
(Mo. 1907); People ex rel. Peabody v. Attorney General, 13 How. Pr. 179, 183(N.Y. Sup. Ct.
1856); Commonwealth v. Burrell, 7 Pa. 34, 39(Sup. Ct. 1847).
30) Green & Roiphe, supra note 26, at 816.

128

信託と信認法理の公的意義

示を受ける訳ではないものの依頼者の目的を劣位にするものでもないし、他方
で単に事務的な行為をおこなっている訳でもない。とりわけ裁判官と同様であ
るが、他の公務員と同様に広範な裁量権を有している。信認関係では、一方が
裁量権限を有し、他方が構造的な弱者である。受託者が広範な裁量権限を受益
者に対して有するがために、結果として権限が濫用されやすい。この顕著な関
係は信託に該当し、裁量者の管理費用は通常高額となる。検察官はこの枠組み
に当てはまる 31)。
問題は、検察官の受益者は誰かということである。検察官にとっての受益者
は、刑事訴追を行う名宛人としての公的主体であり、アメリカでは、国や州も
しくは(州ではない)コモンウェルス、あるいは国民などであるが、受益者と
は、
「全体としての公衆(the Public)
」のことか、あるいはある「部分的な公衆」
なのか。もしくは検察官の専門職(lawyer)としての信認義務と公務員として
の信認義務との間に抵触はあるのか。検察官は、特に特定の小さな公的集団と
しての被害者や、被告人のためにも強い信認義務を課されているのか 32)。
検察官の受益者は「公衆」であるところ、刑事的な意味での公的目的は、正
義を達成するところにあり、検察官の信認義務は、利益や価値の集合体として
の正義における抽象的な公益を追求することにある。検察官や他の種々の公務
員はさまざまな集団の利益バランスを衡量しなければならないが、検察官の場
合は、国家的利益や刑事司法制度の適切な機能の必要性と、さまざまな集団の
利益とのバランスをも衡量しなければならない 33)。

31) Id., at 817.
32) Id., at 819.
33) Id., at 819. Evan J. Criddle & Evan Fox-Decent, Guardians of Legal Order:The Dual
Commissions of Public Fiduciaries, in Fiduciar y Government 67(Cambridge University
Press, 2018)は、公的信認関係においても私的信認関係においても、抵触する利益のバラ
ンスを衡量しなければならない点を詳細に述べている。

129

論説(田村)

(3) 検察官の公的信託における受益者とは
検察官は、第一次的に「公衆」に、第二次的に「裁判所および刑事司法(正
義)」に対して信認義務を負う。そのため、複数利益のバランスを考慮した信
認義務の意義は、忠実義務から、
「公平」義務と「合理性・ 相当性」の義務に
移行する。検察官は、受益者の利益の評価および価値の対立の衡量において公
平でなければならない。公衆の一部が有する価値と国家の利益とは、刑事司法
制度が適切に機能しているならば重なるはずであるが、そうでない公衆も存在
しうる。検察官の公平義務は、
公衆の利益を全体として考慮することになるが、
少なくとも優先されない公衆に対しては、特定の刑事上の正義を優先する理由
を示す必要があることになる。また、強力な多数派の影響から検察官は独立し
て職務できることがさまざまな利益バランスを考慮するために重要であるとさ
れる 34)。
他の公務員がより明確な信認義務内容を有していることがあるのに対し、検
察官の有する信認義務は、抽象的な公衆の利益を追求することにあり、また司
法の利益を進化させることにあるため、さまざまに対立する解釈がなされうる
という特徴がある。そうであったとしても、検察官は、変容しうる手続のあり
様に関わり続ける必要がある。この手続のあり様は、検察機関の伝統及び政策
状況によるものである。司法判断理由の許容性に限界があるように、検察実務
慣行も、個々の検察官の裁量を制限し、手続を限定しうるので、個々の検察官
の理想とする正義感に基づいて手続がなされるわけではないことをわれわれに
改めて確証するのである。いずれのときにも対立する見解はありえるが、検察
官が、伝統、政策および検察官実務慣行の文脈に合致し合理的な意味での正義
を追求するべく配慮され、可視化された手続に従事するのであれば、抽象的な
理念(公衆のため)であっても、実務を重ねることで意味を与えられ、場合に
よっては総意も得られるようなものになることが期待される 35)。

34) Green & Roiphe, supra note 26, at 820.
35) Id., at 820.

130

信託と信認法理の公的意義

したがって、これらの規範および実務の実効性について監視(monitoring)
することおよび説明可能であること(accountability)に注力する必要がある。
(4)
 検察官の信認義務の内実
刑事手続において、検察官が注意義務や忠実義務をどのように果たせばよい
のか。対立する利害とは関係なく不偏の結論を出すにはどうすればよいのか。
法や先例からは明らかではないときはどうすればよいのか。検察官の独立と説
明可能性の間の複雑な関係を明らかにする

は、検察官の信認義務の概念にあ

る 。
36)

公務員は公衆から見張られるものではないが、私人や共同の受託者としての
機関が監視の役割を担うべきと言われている 37)。しかしながら、私人や機関に
よる監視はまれでかつ弱い。検察官は、公平な正義を貫くべく、政治的影響や
人々からのコントロールから独立していないといけないため、監視役とは距離
を置く必要があるからである。外部的な監視がないので、代わりに検察官は説
明可能な状況になければならない。そのためには、検察機関が、判決にいたる
過程や手続が必要十分で、可視的かつ熟慮できるものであるように維持しなけ
ればならない。個々の検察官の個々の判断が可視的である必要はないが、判決
に至る手続を順守しているか、あるいは司法における抽象的な公益にかなうべ
く職場における様々のメカニズムが機能しているかは可視的でなければならな
い。ただし、検察官の職場の可視化と検察官の独立性との兼ね合いが難しく、
公的信託における監視は不完全にならざるをえない。それゆえ、改革の焦点は、
手続の可視化や刑事手続のみならず、検察官が権限を適切に行使するような教
育や文化を改善することにもある 38)。
検察官の受託者としての役割を強調しても、個々の事件における注意義務の
36) Id., at 821.
37) Paul B. Miller & Andrew S. Gold, Fiduciary Governance, 57 WM. & Mary L. Rev. 513, 555
(2015).
38) Green & Roiphe, supra note 26, at 823-24.

131

論説(田村)

内容について具体的な答えを提供できるものではないが、この役割には、公衆
に説明可能なメカニズムを発展させることの重要性が含まれる。しかしながら、
(アメリカでは)検察官固有の訓練制度がなく、検察官としての教育も弁護士
教育としてのものに限られており、また特定の依頼者が常に意見を言ってくる
わけでもない。検察官は依頼者の意見というよりも裁判官の様子に注意をして
いるし、裁判所の方も、手続において検察官の監視ができるとはいえ、それも
間接的で弱いものに留まる。例えば、弁護士が弁護士会や依頼者による評価を
受けるのに対して、それに類する検察官の監視メカニズムは(アメリカでは)
ないのである。検察機関による内部の規律が、まだ最も意味があるメカニズム
であるが、上の者が良い判断ができないときには下の者も良い判断ができない
という問題がある 39)。
検察官の忠実義務についても、少なくとも利益相反防止義務があるというこ
とが考えられる程度である。公益を自益目的で使ってはいけないということで
ある。裁判官は利益相反のおそれがある検察官を外すことができるし、検察官
は自ら回避できるが、個々の手柄という自己利益を重要視して利益相反防止義
務を怠っても公衆はなかなか知りえない。また、検察機関も評判という自己利
益を有しているが、個々の検察官の場合以上に、検察機関自体が利益相反して
いるようなときにはそれを探知することはさらに難しい。無罪の者を有罪にし
たときでも、検察機関としては、それが明るみに出たときの当惑を避けるとい
う機関の利益により、当該有罪を擁護することになりがちだからである 40)。
さらに、被害者や被告人およびその他の第三者と利害関係があるときについ
て、法律はあるものの、実際には規律が難しい。公益のために利益相反なく役
務をすると言っても、ある程度は個々の被害者の利益を含んだ正義を追求する
からである 41)。
検察官の法の番人としての注意義務としては、検察官は、相当の理由なくし
39) Id., at 827.
40) Id., at 829-33.
41) Id., at 833-34.

132

信託と信認法理の公的意義

て人を起訴してはならないし、弁護人がいない被疑者・ 被告人にプリトライ
アルの段階での権利放棄を得るべくその状態を利用してはならないし、その者
に弁護人をつける権利があることを確認するという相当の義務がある。また、
検察官は、被告人側や裁判所に対し、潜在的に無罪を証明したり罪を軽減した
りするような証拠を開示しなければならない。もし検察官がもし自分の管轄内
で誤った訴追がなされているとの明らかで説得的な証拠があることが分かれ
ば、
単にそのことについて開示する義務があるだけではなく、
「訴追からの救済」
をする義務がある。これらの義務は、検察官が法の番人であることからくるも
のであり、熱心すぎる訴追をいさめる役割があることによる。公衆の代表とし
ての検察官の最も高潔な義務は、法手続および法の支配に仕えることにあ
る 42)。
(5)
 検察機関としての信認義務―説明可能性および可視化のメカニズム
手続の可視化は、説明可能性の枠組みとして有効である。しかしながら、私
的信認関係であれば受益者が直接監視できるのに対し、検察官の判断過程には
秘密にすべき事柄が多いため、可視化には問題も多い。大陪審の非開示、制定
法上の守秘義務、証人の安全の確保や無罪となった被告人の尊厳を守る必要が
あるからである。さらに守秘義務には、将来および進行中の捜査の尊厳を守る
ためや、ときには国家秘密を守ることも含まれる 43)。
検察官の独立も守られる必要があることから、そのバランスも確保するとな
ると、個々の事件における裁量判断内容において公衆から隔離されていること
が必要であるが、同時に、手続においては、より丁寧かつ合理的および可視的
であることが要求される。特定の事件でなぜ公衆の意見と異なる方向の判断と
なったか、明らかにする必要がある。また、通常の手続を補完するべく、検察
機関が個々の判断の指針となる政策および判断の施策について可視的であるこ

42) Criddle & Fox-Decent, supra note 33, at 73.
43) Green & Roiphe, supra note 26, at 854.

133

論説(田村)

とが言われている 44)。
手続や判断の説明可能性を高めるためには、公衆を教育することも重要であ
る。公務員全体に共通することであるが、公務員に関する規範や手続およびそ
の役割がいかに制度を正しく機能させるために重要なのかにつき、しかるべき
地位の者が公衆に説明するべきであるとの指摘もなされている 45)。
2 裁判官の信認義務
(1) 裁判官の受託者としての地位に関する歴史的沿革
アメリカ建国当時におけるジェームス・ マディソン、アレクサンダー・ ハ
ミルトンおよびトーマス・ ジェファソンといった思想者は、イギリスの政治
思想およびイギリス法実務に影響されて、司法府を公的信託および信認関係の
形態の神髄と捉えていたようである。裁判所は、
人民と立法府の仲介者として、
立法府が与えられた範囲でその権限を行使するように保つ存在として創られた
と言われている。したがって、裁判官が憲法や法規の意味を確認する役割を担
い、人民と立法府に考えの相違があれば、憲法が法規に優越し、人民の意思が
人民の代理人たる立法府に優越するので、裁判官は憲法や人民の意思を尊重す
る義務があるとされた。裁判官の憲法および法規の解釈における二重の義務の
中で、裁判官の職務は、信託において人民の意思を保持し、人民の「代理人」
として行為する立法府から人民を守ることとされた 46)。
アメリカでの司法府の役割が公的信託であるとの見解は、イギリスからアメ
リカ植民地に伝来されたものであるが、合衆国建国当時の立役者たちが影響を
受けたイギリス人の一人であるジョン・ ロックによるものである。すべての
国家の機関は、信託において人民の権限を保持するとされ、裁判官の職務は、
平和、安全および人民の公共善にのみ従うとされた。人民が信託においてふさ
44) Green & Roiphe, Id., at 859.
45) Green & Roiphe, Id., at 859-62.
46) Ethan J. Leib, David L. Ponet & Michael Serota, A Fiduciary Theory of Judging, 101 Calif. L.
Rev. 699, 714(2013).

134

信託と信認法理の公的意義

わしいと思う者に立法権限を政治代表として移譲し、立法府の法に人民は従う
が、立法府が信託に背いた立法を制定しているときには、司法府がやはり人民
の信託を受けている機関として機能するとされた。このように、信託理論によっ
て三権分立の役割が説明されていたのである 47)。
(2)
 裁判官の公的信託における受益者とは
すでに検察官に関して検討してきたが、
公的信認関係において、裁判官にとっ
ての受益者も、「人民」すなわち「公衆」となる。ここでも、さまざまな利益
集団が存在することが考えられるのであるが、裁判官は、例えば個々の事件で
和解を試みたとしても、目の前の当事者の利益のみならず、公益全体のことを
も考慮しなければならないことになる。裁判官は、公平・ 不偏かつ法の支配
を維持する責務を果たすことで、受益者たちに仕えるのである。他方で、立法
府が人民の代表であるため、裁判官は法律の解釈において、人民を代表する立
法府の代理人でもある点に留意が必要である 48)。
(3)
 裁判官の信認義務の内実
裁判官の信認義務も、基本的な①忠実義務および②注意義務に加え、③公平
無私性、公開性、説明可能性などの周辺義務が含まれる。
裁判官の忠実義務は、具体的には例えば自己取引の禁止などがあたるが、私
的信託から公的信託に変容させた文脈で裁判官の忠実義務を説明すると、訴訟
当事者に不偏(impartiality)であることの要請がこれに該当する。日本で言う
裁判官の除斥・ 忌避・ 回避制度も不偏義務に関わり、この制度のあり方が議
論されている 49)。
裁判官の注意義務は、一般の注意義務(reasonable diligence and prudence)
に相当するが、その内実は当事者間の訴訟を注意深く判断し、さらには判決で
47) Id., at 715.
48) Id., at 719-23.
49) Id., at 731-35.

135

論説(田村)

理由を明らかにするところにある。裁判官には信認関係の下、広い裁量権があ
るが、他方で法の支配に合致しているかを明らかにする義務がある。ただし、
私的信認関係にある経営判断の原則(business judgment rule)は裁判官にも
あてはまり、職務内の事項については、民事責任から免責される 50)。
(4) 裁判所機関としての信認義務
公的信認関係から信認義務を捉えなおすと、①忠実義務を果たすためには、
当事者にインフォームド・ コンセントを得るべく、充実した審理を行うこと、
②注意義務に基づき訴訟手続には理由づけがいること、③信認関係の下、受益
者の意向や利益を把握すること、④裁量権の行使内容を開示し、また裁量権の
行使に関して監視(monitoring)を受けることである。①の充実した審理につ
いては、具体的には、口頭審理、争点整理、公開審理、大規模な訴訟などでは
書面で明瞭かつ多くの意見が反映されうること、多くの判例は公刊されて公衆
が知りうるようになっていること、引用しうることなどが挙げられる。
ただし、法律用語や法の内容は難しいため、公衆が判る様に、判決以外に公
衆のレベルに合わせた説明(two-tiered system)も別途、裁判所から必要では
ないかとの指摘もなされている 51)。
公衆に向けて十分な公開をし、憲法問題などでは公衆の意見を十分にイン
プットし、あとは独立を保つことが大事であるとも言われている 52)。

50) Leib, Ponet & Serota, supra note 46, at 736-38. なお、この裁判官の注意義務の文脈から
は、アメリカの裁判官は、判決理由の起草をリーガル・ クラークに委ねすぎているとの指
摘もなされているところである。
51) Id., at 740-42. 裁判所が公衆に説明をしないので、メディアが代わりに公衆に向けた説
明をしている状態があるが、メディアに任せていてよいかという問題意識である。
52) Id., at 742-46.

136

信託と信認法理の公的意義

3 弁護士の信認義務
(1)
 依頼者に対しての信認義務
弁護士も司法機関も組織のために信認義務・ 忠実義務を負うのであって、
組織の CEO や高官のために信認義務や忠実義務を負うわけではない。しかし、
エンロン会社の事件やウォーターゲート事件に代表されるように、弁護士が組
織ではなく特定の高い地位の者に対して忠実になりその者の違法行為について
沈黙してしまうことがあった。これらは明らかに法違反である。真の依頼者・
委託者は、組織そのものであるので、長期的に見て組織が正しい判断を下せる
ように会社であれば取締役会や他の取締役に適時に伝える必要があり、それを
しなければ、真の依頼者に対する忠実義務違反となるのである 53)。
(2)
‌ 依頼者との通信(交信)秘密について
依頼者と弁護士の間での法的助言に関する交信内容の秘密の保護について
は、依頼者が組織の場合が問題となる。弁護士は、誰の代理かを考えないとい
けないからである。中間管理職か、CEO か取締役会か。弁護士が間違った者
と交信したり、情報が必要な人に情報を渡さなかったりすることは、忠実義務
違反となる。弁護士は、誰に情報を与えるか誰に与えるべきでないかを認識し
ていなければならない。判断権者に情報を伝えて交信しなければならない。エ
ンロン事件以降、証券取引法関連では、公開会社においては、弁護士は、まず
は会社のシニア経営者に情報を伝え、それで会社が適切な措置を講じなかった
ら、取締役会全体に知らせることとされた。通称サーベンス・ オクスリー法
(Public Company Accounting Reform and Investor Protection Act of 2002)や弁
護士の ABA 職業行為模範規則(Model rule of Professional Conduct)1.13 条等
で SEC への強制的な報告義務を明確化した。弁護士は、会社が違法な行為に
携わっていることをシニア経営陣が止めないのであれば、会社について正しい

53) Richard W. Painter, Fiduciary Principles in Legal Representation, in The Oxford Handbook
of Fiduciary Law 271, 271-75(Oxford University Press, 2019).

137

論説(田村)

判断をすべき者と交信し、必要な情報を取締役会に明確かつ適時に伝えて正し
い判断を会社ができるようにしなければ、依頼者たる会社に対する忠実義務違
反となる 54)。
(3) 弁護士の法制度に対する「法の番人」としての義務
弁護士は、依頼者に対して信認義務を負うとされる。さすれば、本来、弁護
士は依頼者に対して忠実であるべきなので、例えば、第三者に対しては依頼者
の同意なくして依頼者の情報を開示できないはずである。また弁護士が、依頼
者と対立するような者の代理を引き受けることも、依頼者の同意なくしては利
益相反行為として禁止されているところである。
しかしながら、他方で弁護士には、アメリカでも日本でも「正義」に仕える
義務があることは言うまでもない。この「法の番人(guardians of the law)

としての二次的な正義を担う義務は、依頼者に対する一次的な義務と抵触する
ことがある。その場合は、弁護士は、二次的な公益的義務を優先することにな
る。弁護士は、依頼者から職務上独立しているのもそのためである。法制度に
調和しないような依頼者の代理はできないのである。問題はどのような場合に、
依頼者の意向が法制度に調和せず、法の番人としての二次的義務を依頼者の意
向よりも優先させなければならないかである。弁護士が濫用的な訴えを禁止さ
れていたり、手続の迅速化に応じなければならなかったり、裁判官や陪審と裁
判外で交流して事件について影響力を与えることが禁止されるのも、この文脈
においてである。これらの義務は、弁護士会の一員として、共同して法の番人
として受託者の地位にあることと合致するのである 55)。
行政関係弁護士(government lawyer)は、
法の番人の役割がより当てはまる。
例えば、税務関係の弁護士は、依頼者に対し租税関係のプランニングの助言お
よび法的助言をするとともに、法の番人としての法令順守義務がある。税理士

54) Painter, Id., at 273-75.
55) Criddle & Fox-Decent, supra note 33, at 72-73.

138

信託と信認法理の公的意義

は、租税制度全体を最前線および中心で維持する役割を二次的に担っているの
である 56)。
さらに、証券関係の弁護士(securities lawyers)も、公的な門番としての役
割を負っていることが挙げられる(アメリカ証券取引法 10b-5 条、サーベンス・
オクスリー法 307 条等)
。弁護士は、公開のための準備において証券関連の評
価および認証のためのデュー・ ディリジェンスを尽くさなかったときには責
任を負うことになるが、弁護士のこのような義務は、依頼者たる法人を守ると
いうよりも、むしろ一般の潜在的な投資家を守るためにある。弁護士は、依頼
者と法制度の両方の代理人であることが示されている 57)。
(4)
 弁護士の依頼者に対する「法の番人」としての義務
弁護士は、一般的に法的サービスについて能力がなければいけないし、特定
分野についても代理する能力がなければならない。また、法令を遵守する義務
があり、(アメリカでいうところの)出訴期限を守り、依頼者に報告をし、代
理に必要な事実に通じ、依頼者が判断できるよう法的助言をする義務がある。
他の義務と信認義務との抵触に関し、殺人を犯した被告人が偽証をしようとし
ているような事例で、弁護士自身が死刑に反対している立場だったとしても、
弁護士は「法の番人」として、依頼者たる被告人を証人台に立たせて偽証する
ことをさせてはならない。将来の罪を犯すような場合も、弁護士は依頼者に
「NO」
と言わなければならないとする。短期的ではなく長期的な視野に立って、
良い弁護士として依頼者に向き合う必要があるのである 58)。
また、
アメリカ連邦民訴規則 11 条および ABA 職業行為模範規則 3.3 条(a)
(1)
および(3)に規律されるように、弁護士は、虚偽の主張や偽証などをはじめ
適正手続を阻害するような行為はしてはならないこともいうまでもない。これ
らの二次的な義務は依頼者に対する一次的な信認義務よりも優越するものであ
56) Id., at 73.
57) Id., at 74.
58) Painter, supra note 53, at 275-85.

139

論説(田村)

り、かくして弁護士は、法制度の尊厳を守っているのである 59)。
(5) 弁護士の第三者に対する注意義務
弁護士がもしも単に依頼者の代理人に過ぎないのであれば、依頼者が法的に
行為できるようにすることで足り、第三者に対する義務は相対的に最小限のも
のと解されることになる。すなわち、第三者に対し不法行為をしない程度の義
務に留まることになる。しかしながら、弁護士はそれよりは高い義務を負う。
例えば、第三者に対して偽証してはならないし、依頼者の将来の犯罪や詐欺的
行為を防ぐために必要な情報開示をしなければならない。弁護士は、依頼者が
第三者に対して生命身体に関わる危害を加えるおそれがあったり、裁判所の命
令に従う必要があったりすれば、依頼者に関する守秘義務に違反して依頼者に
関する情報を開示する必要がある。悪徳な依頼者が、刑事的もしくは詐欺的目
的で弁護士の地位を利用しないよう、法の番人として積極的に動く必要がある
のである 60)。
(6) 弁護士会の信認義務―公的信託機関としての役割
本稿では、紙幅の関係から詳細は省くが、公的信託および公的信認法理は、
弁護士会にも該当する。弁護士会は、独自の公的機関として公衆に対して信認
義務があること、職務上の独立性が高い受託者としての個々の弁護士を中間的
な機関として監督する信認義務があること、それゆえ個々の弁護士の法知識お
よび法倫理の意識の発展に努める教育的・ 指導的・ 管理者的役割があること、
あるいは新しい立法(実体法・ 手続法双方)や法制度の整備・ 発展に関して
機関として広く貢献すべきであること、などが言われている。

59) Criddle & Fox-Decent, supra note 33, at 74-75.
60) Id., at 75-76.

140

信託と信認法理の公的意義

IV 公的信託と基本権
公的信託および公的信認法理に基づき、公務員は、公平かつ合理的に権限を
行使するべきであること、またそれに伴い、手続上の公平性や合理的な判断決
定が法的に要求されているとの説明が以上のところでなされてきた。しかし、
公平かつ合理的の中身が何を意味するのかあるいはそれらの行為を正当化する
目的が何かは、信認法理だけでは明らかになっていないとの批判がありうる。
法の支配の解釈は基本権とは関係がないとの見解もある。Joseph Raz は、法
の支配を、民主主義、正義、平等、あらゆる基本権および個人の尊厳などとは
混同してはならないとしている。Raz は、法の支配を道具概念として捉え、道
徳的な内容はないとの見解(no-rights thesis、法の支配無権利論)を主張して
おり、奴隷制度も許容しうるとも述べている 61)。
しかしながら、公務員が人民と公的信認関係にあるということは、法の支配
の下、公務員は、人民のため、人民の基本権を侵害することまでの権限はない
ことを意味し、また基本権侵害にまで至らない侵害であっても、正当性が必要
とされることになる。言い換えれば、国家と人民の信認関係は、法の支配の制
限を受ける立法権に対し、実体的な立法権の制限を課していると解されなけれ
ばならないはずである。
公的信認法理を主張する論者は、以下の 2 つの関連する考えから、法の支配
には基本権の保障が含まれるとする 62)。
第 1 に、「法の内在的道徳性(internal morality of law)」に着目する。基本権
の実体的な代理機関としての意味合いが公的機関には含まれるとする、カント
の概念に基づいて説明できるとする。第 2 に、
与法者(lawgivers)と法主体(legal
subjects)は互いに作用し合う関係があることから説明する。人民に対して、
立法者は立法し、裁判官は事件を判断し、警察官は交通を整理するという作用
61) Joseph Raz, The Rule of Law and Its Virtue, in The Authority of Law:Essays on Law and
Morality 211(Clarendon Press, 1979).
62) Fox-Decent, Sovereignty s Promise, supra note 5, at 234-236.

141

論説(田村)

があるが、反対に、人民は国家に対し、市民ホールでの集会、公聴会、デモ行
進、メディアおよび選挙などの公的手段を通じて法に対して影響を与える。人
民は、他人や国家との相互関係を決める法規範の解釈をしなければならない世
界で、法を解釈して生活し法秩序を織りなすという価値的な貢献をしており、
与法者と法主体が相互関係にあることを表わしていると主張する 63)。
この相互関係が国家は人民との間で信認関係にあることを意味すると考える
のである。信認関係の本質は、与法者がその権力に従う人民の代理であるため
に、法的のみならず道徳的な義務を課しているとする。この義務の中身は、法
の支配に合致しなければならず、法の支配は、正しく理解すると、基本権への
寄与に関わると主張するのである。
本稿では詳しい説明を省略するが、公的信認法理では、法の主たる目的を、
人々が安全で等しく自由であるとする法体制によって構築された国家に適した
制限の中で、互いに他人の影響なく独立して自身が思うところの「善」を選択
し追求できることを可能にするべく、
互いに影響できるようにすることとする。
そして、法の下の個人の地位は、特定の権利や特定の何かにあるわけではなく、
自由で自己決定できるところにあるところ、国家権力は、自由で自己決定でき
る個人に仕えなければならない。すなわち、国家権力は、個人の尊厳および基
本権に寄与すべきであるという内在的道徳性に服さなければならないことにな
る。基本権は、法の支配と同様、国家や他人からの権力に従う必要がないこと
を保障する。個人は、表現、宗教、思想および結社の自由などにつき自律的に
相互に影響し合う。個人の保護は、法の目的であり、決して単なる手段とはな
らない。個人は、生命身体の自由や権利を有するのであり、基本権はその意味
で、内在的道徳性以上の実体的な内実を有している。個人の安全や独立を守る
ことで、国家機関の法の支配への寄与も正当化されるからである 64)。
かくして、法の支配は個人の尊厳を保障するものであり、個人の尊厳は与法

63) Id., at 236-37.
64) Id., at 261-62.

142

信託と信認法理の公的意義

者と法主体の信認関係による構造において保障され、国家機関は個人の基本権
の保障に資することが要請され、
法の支配無権利説は否定されると説明される。
例えば、奴隷法があるとして、個人を奴隷とした国家機関は、人を皆等しく扱
うべき法の支配の下で、個人に対する信認義務に反することになる 65)。
ただし、法と道徳との間にはギャップがあること、また基本権を尊重するこ
とは、経済や社会のさまざまな政策と必ずしも矛盾せず、特定の政策に結びつ
くものではないことが留意されている 66)。

V おわりに―日本国憲法と信認法理
信認法理を有する英米法系のアメリカ GHQ 草案に基づく日本国憲法前文・
97 条について、信認法理の文脈で改めて条文の文言を素直に読むと、日本国
民と日本国家との関係は、公的信託および公的信認法理に基づいているように
も見えてくる 67)。その延長で、関連しそうな以下の条文も参照しておく。
日本国憲法 99 条「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他
の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」
同 15 条 2 項「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者で
はない。


65) Id., at 264.
66) Id., at 263-64. 法と道徳のギャップについて、例えば、人が昨日の夕食で何を食べたか
聞かれてうそをついた場合、道徳的には良くはないが、他人の権利を違法に侵害するもの
とはならないと述べる。同様に、貧困政策をどのように考えるかは、国家の政策の裁量権
の範囲内で種々ありうることを指摘する。
67) 日本国憲法の前文第 1 段第 2 文の「信託」と同 97 条の「信託」が異なるもののような議
論がなされることがあった(例えば、高田敏「日本国憲法における『権利問題と事実問題』
の区別―社会契約と日本国憲法」『憲法と行政法の現在』(北樹出版、2000)21 頁以下)が、
これは、大陸法的な理解(権利者と義務者の二当事者構造)で解釈しようとした故に、2
つの信託があるかのような話になったとも思われてくる。英米法の信認関係(委託者、受
託者、受益者の三当事者構造)からは、国民が委託者と受益者の両方に登場することにな
るが、委託者としての国民の側面と受益者としての国民の側面の意味合いが異なることは
判りやすいのに対し、二当事者構造では二つの国民の差異が判りにくいからである。

143

論説(田村)

同 31 条「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは
自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」
同 32 条から 40 条(条文略)
これらの条文を信認法理からみるに、日本の国家、公務員および司法正義の
一端を担う弁護士には、委託者たる国民(当時)から信託され、「法の支配」
を守る受託者として、広く公平に受益者たる国民(将来にわたる)の基本権の
保障に努めるべき公的義務と、裁量権の濫用を防止すべく合理的で説明可能な
適正手続保障義務とが課せられていることが認識できるように思われる。
日本では、戦前・ 戦後の経緯や経済的結びつきから、憲法の人権保障規定
をはじめとするアメリカ法の制度や概念を日本法の各分野に導入することが多
かったため、
アメリカ法を参考にして英米法の概念を解釈することが多かった。
英米法の母法もしくは起源たるイギリス法の理念の研究は、明治時代の初期に
は一時盛んになされていたものの、二度の世界大戦などを経て、近年の日本で
はかなり希薄になっていたところで、英米法と大陸法の根本的な差異を意識す
ることなく、経済的な理由もしくはときには政治的な契機でもって、戦後はア
メリカの商事的な法制度とりわけ会社法、信託法、倒産法制度などを、日本法
の特定分野に断片的に導入したものと思われる。
これらが日本法となった後は、
日本の裁判所や研究者らが、
各種法分野の英米法的な条文の文言や概念につき、
従来からの大陸法的な発想に基づき、解釈・ 運用してきた。それゆえ、日本
の大陸法的な各法領域の各所で、アメリカ法を断片的に導入する際にすでに生
じていた全体の法制度や概念の不整合に加え、基底に流れる信認法理の本来の
趣旨が正しく理解されないままに、関連条文が解釈・ 運用されるという状況
が続いている 68)。
信認法理は、元来、専門的な判断行為能力が高く裁量権が広い一方の者(受
託者)が、判断行為能力が低いかまたはない者(受益者)のために、財産や権
利義務一切の管理といった職務を行う関係に適用されるものである。広大な裁
68) 拙稿・前掲注 3)111-151 頁など参照。

144

信託と信認法理の公的意義

量権を握る受託者が権限を濫用しないような仕組みが必要とされており、それ
が公的な受託者に対しては、
信任義務として広く公平・公正義務や説明義務(情
報公開や可視化)
および合理的で相当な手続義務といった内実につながっている。
しかしながら、これらの信認法理に関する固有の内容は、戦後、信認法理に
裏打ちされていたアメリカ型の憲法を冠しながら、日本では見過ごされてきた
と見受けられる。これは、アメリカですら、イギリス法継受の折から、私的な
財産管理スキームあるいは私的な専門家責任としての側面に関心が集中し、公
的信託および公的信認関係という概念およびその根本的な重要性について、近
時に至るまで見過ごされてきたので、やむをえないところもあろう 69)。
日本国憲法の条文および国民の基本権を保障すべき国家などの公的機関(弁
護士を含む)と国民の関係のあり様について、英米法諸国で主張されているよ
うに、始まりは契約によるが、その後の関係性は公的な信認関係とする見地か
ら、公務員や国家機関や法曹三者を受託者たる地位、とりわけ国家運営におけ
る知的強者たる専門家として見直してみると、今まで見過ごされてきた人権保
障や手続保障の内実が、一方では公的受託者の信認義務としても浮かび上がっ
てくるように思われる。
例えば、公務員の全体の奉仕者性あるいは政府もしくは他の行政機関の情報
公開などによる説明義務についても、国民からの信託の受託者としての公務員
や政府機関の信認義務のあり方の問題として、理解できるのではないか。
なお他方で、私的存在としてのみ伝統的に考えられてきた企業もしくは法人
の役員の信認義務の内容に関しても、公的側面があることが言われるように
なって久しい 70)。すなわち民間の大企業およびその役員には、環境配慮や人の
生命身体の健康・ 安全保護などの社会的責任(CSR)があることが国際的な準
則となってきているが、日本でも、国際的な社会基準に準拠する必要があると
69) アメリカでも、公的機関に対しての、公的信託論もしくは公的信認法理の適用に関し
ては、まだ公的信託の旅路の途についたばかりであると言われている。Fox-Decent, New
Frontiers, supra note 19, at 924.
70) Fox-Decent, Sovereignty s Promise, supra note 5, at 169.

145

論説(田村)

して、私的団体にも社会的責任の存在が認識されてきている。そういう意味で
は、大陸法的な公的・私的二分論も見直す必要がありそうである。
英米法系では、弁護士は司法裁判所の番人もしくは役人とも称されている。
日本でも、弁護士を含む法曹三者の司法制度における公的役割について、広く
国民や司法正義の専門家たる受託者として、いったん捉え直してみてもよいの
ではないか。
例えば、依頼当事者の秘密などにまつわる基本権の保護について、日本の法
曹三者も、それぞれいかなる注意義務あるいは忠実義務もしくは公平誠実義務
を依頼者および司法制度に対して負うべきか、ひいては日本の法曹三者が、日
本の司法制度下で協同して受益者たる国民のために資するべく、法の専門家と
してそれぞれいかなる権限および義務を有するべきかといった課題を、信認法
理の理念に基づき捉え直して検討してみると、今まで見えていなかった法解釈
や議論の指針およびより良い日本の司法制度設計を模索するための、総合的か
つ有益な示唆が得られるものと思われる 71)。
(たむら・ようこ 筑波大学ビジネスサイエンス系教授)

71) 日本での信認法理関連の評価について、かつて明治の頃には「信託法は文明法中の文
明法とも称すべきものであります。何となれば、此法律は人類の最高程度の徳義を其基礎
とするもの…」とも言われたことがあることには着目しておきたい(穂積陳重「信託法及
び陪審法の制定に就て」
『穂積陳重遺文集(4)』
(岩波書店、
1934)383 頁)。日本においても、
実は信託制度および信認法理の法価値について、すでに十分理解され認められていた向き
があったものの、その後、社会の動向や政治情勢などもあり、その価値が何か忘れ去られ、
最近まで見過ごされたままとなってしまっていたように思われる。
  (本稿は、2021 年 3 月 6 日に開催された法曹倫理国際シンポジウム東京 2021(ILEST21)
での個別報告文に、加除・修正したものであるが、同年 10 月の大塚章男教授の急逝に伴い、
同教授の今までの筑波大学でのご貢献に対する謝意と共に捧げさせて頂くものである。)

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