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大学・研究所にある論文を検索できる 「アルツハイマー病における神経細胞特異的なクロマチン構造解析」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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書き出し

アルツハイマー病における神経細胞特異的なクロマチン構造解析

間野, かがり 東京大学 DOI:10.15083/0002004998

2022.06.22

概要

背景
アルツハイマー病(AD)は,最多の認知症性疾患であり,超高齢化する我が国においては根本的な治療薬開発へ向けての病態解明が重要な課題であることは論を待たない.ADは近時記憶障害をはじめとして様々な認知機能障害が進行する疾患であり,患者脳では,発症より20年以上前からの細胞外アミロイドβ(Aβ)蓄積に続いて神経細胞内でのリン酸化タウの蓄積が生じている.しかしながら,それらの蓄積がどのように神経細胞機能障害,ひいては細胞死を引き起こすのかには様々な議論があり,一定の見解が得られていないのが現状である.この一つの理由として,AD患者脳で生じている現象の解析が不十分である可能性を考えたうえで,AD患者の死後脳を用いて,機能障害に陥った神経細胞内の現象を網羅的に解析することが,病態理解において有用なことであろうと考えた.

それにあたり,死後脳を用いて,神経細胞特異的な網羅的解析を行うためには,どのような解析が適しているかを考察した.必要な条件としては,神経細胞に特化した情報が抽出できること,また解析対象が死後しばらくは安定な情報であること,そして網羅的な解析が可能である点を重視した結果,これらの要件を満たすものとして,神経細胞特異的なエピゲノム解析が適切であろうと考えた.

エピゲノムとは,塩基配列によらない遺伝子の発現調節機構である.故に、エピゲノム解析は発現調節機構の解析を介して,間接的に遺伝子発現情報を得ることのできる手法である.エピゲノムに含まれるものとしてはDNAのメチル化修飾,ヒストン修飾,マイクロRNAなどがあるが,特にDNAのメチル化修飾とヒストン修飾は死後安定性が高いことが知られている.また,それらは細胞核内に限定して生じる現象のため,セルソーターを用いることで104〜106程度の神経細胞核を一度に分取し解析することも可能である.さらに,エピゲノムワイドな網羅的解析も可能であり,多数の罹患神経細胞から疾患特異的な情報を解析可能である.更に,エピゲノム解析は,発現情報を間接的に解析するために,トランスクリプトーム解析の様に発現量が相対的に少ないものの情報が失われやすいという欠点もない.つまり,線形性を犠牲にするかわりに,幅広い遺伝子群の動きを知ることが可能となるのである.このような利点から,死後脳の神経細胞を用いた網羅的な解析にはエピゲノム解析が適していると考えた.

私の所属する研究室の先行研究では,AD脳の神経細胞特異的なDNAメチル化解析を行なった結果,AD神経細胞ではゲノム修復機能の破綻が起きているという新規の病態を見いだすことができたが,一方で,DNAメチル化のみでは説明の困難な遺伝子発現の異常も観察されるため,本研究においては,もう1つの重要なエピゲノム要素であるヒストン修飾に着目することとした.

研究の概要神経細胞における網羅的なヒストン修飾解析(ChIP(Chromatin immunoprecipitation)-seq)はこれまでに確立された系がなく,本研究では,まず,その確立を行なった.そして,その手法を利用し,神経細胞核,非神経細胞核,バルク脳由来の核から得られるヒストン修飾情報を比較解析し,神経細胞特異的なヒストン修飾情報が存在することを示した上で,バルク脳でのデータは主に非神経細胞由来であることを示した.そして最後にADにおける神経細胞特異的なヒストン修飾変化の探索を行なった.

探索を行なったヒストンの修飾は,遺伝子の発現と正の相関があり,active promotor領域と関連のあるH3K4me3及び,active enhancer領域と関連のあるH3K27acである.AD特異的ヒストン修飾変化を捉えるにあたり,転写が活性化しているオープンクロマチン領域をATACseq(Assay for Transposase Accessible Chromatin Sequencing)を用いて同定した上でその領域に特化したヒストン修飾情報の絞り込みを行なうことでより感度高く異常修飾領域を特定した

神経細胞特異的なヒストン修飾解析
FACS(fluorescence activated cell sorting)を用いて神経細胞と非神経細胞の核を分取し,ChIP-seqを行った.その手法の確立に際して,様々なパラメーターを検討した.まず,ヒストンタンパクとゲノムDNAとを固定するタイミングは核のソートよりも前に行うことがDNAの収率の安定化につながった.また,免疫沈降の際に使用する抗体量を適切に設定することで,収率とS/Nの良いデータの取得することも可能となった.そのようにして確立した手法を用いて,神経細胞,非神経細胞,バルク脳由来の細胞核を取得し,それぞれに異なるヒストン修飾が存在していることを示した.また,バルク脳由来のヒストン修飾情報は神経細胞よりも非神経細胞に近い情報を有していることも明らかにした.

アルツハイマー病における神経細胞特異的なヒストン修飾解析
剖検脳は,AD患者20人と,年齢及び性別を一致させた正常コントロール(NC)20人の側頭葉皮質に由来する検体を用いた.剖検脳から分取した神経細胞核を用いてChIP-seqを行い,AD群とNC群とで群間比較を行なった.H3K4me3ChIP-seqの結果,2群間の差はP=10-6程度の差を認める領域も存在したが,多重検定Wald法により補正を行うとq<0.05を満たす領域は検出されなかった.H3K27acChIPseqでは,q<0.05の領域を4領域検出した.

H3K4me3ChIP-seqにおいて有意領域の検出力を高めるために,より意味のある領域に解析対象を絞り込むことを考えた.本研究で解析を行なったヒストン修飾はいずれも遺伝子の発現が活性化している領域に相当するヒストン修飾である.転写活性化部位では転写因子が結合可能なようにクロマチン構造がオープンになっていることを考慮し,オープンクロマチン領域に絞り込んだ解析を行うこととし,神経細胞核を用いてATAC-seqを行い,その領域を取得した.AD群とNC群とでオープンクロマチン領域の違いには有意な差を認めなかった.

取得したオープンクロマチン領域情報を用いてChIP-seqを再解析した結果,H3K4me3ChIP-seqからは22領域,H3K27acChIP-seqからは4領域の有意領域が検出された.検出した有意な領域に対して,それぞれのヒストン修飾の転写制御メカニズムを考慮し遺伝子のアノテーション付けを行なった結果,ADでヒストン修飾状態が変化している遺伝子を42個見出した.その中にはmicroRNA-124に関連するMIR124-2HGを認め,既報告を踏まえると同領域のヒストン修飾の低下はmicroRNA124の低下,BACE1の発現上昇を介してAβの蓄積に関与する可能性が示唆された.また,42遺伝子中にはAβ分解酵素IDEもH3K27acが低修飾状態であるゲノム領域の近傍で見いだされ,エピジェネティックな機構によるIDEの発現低下を介してAβの蓄積につながる可能性が示唆された.さらに,見出した42個の遺伝子のうち28個は本研究において初めてADにおいて発現変動が示唆された遺伝子であった.それらの遺伝子の機能をデータベース上で検索した結果,DNAの修復やmRNAの品質保持,転写制御機構,オートファジー系に関与する遺伝子を多数認めていた.変化の大きな領域に対するGene ontology解析では,H3K4me3ChIP-seqにおいてオートファジーに関連したtermの濃縮を認めた.オートファジーに関わる遺伝子がコードするタンパク質は,その多くがmTOR,Beclin1を中心としたパスウェイ上に存在しており,ADの既存研究で示されていたmTOR,Beclin1を介する経路の本態にはヒストン修飾の変化があることも示唆された.また.ヒストン修飾変化領域において動員される転写因子の傾向の探索のためにモチーフ解析を行なった結果,どちらのヒストン修飾においても,C2H2fingerclassのモチーフが検出され,動員される転写因子の共通性を見出した.

今回の研究の成果と得られた知見
ADは緩徐に進行する疾患であり,疾患特異的な脳内の変化はごく一部に生じるものであることが想定される.そのような小さな変化を限られたサンプルの中でどのように検出するかが本研究の課題であった.その課題に対して,次の3つの点を考慮することで有意な変化を捉えることに成功した.その点とは,1.神経細胞特異的な情報に絞り込むことで,細胞のバックグラウンドを統一し,バックグラウンドレベルのノイズを抑えたこと,2.神経細胞特異的な情報に絞り込みことで得たい情報を濃縮したこと,3.ヒストン修飾解析のみならず,転写の活性化しているオープンクロマチン領域にヒストン修飾解析を絞り込むことで,より生物学的に意味のあるヒストン修飾情報に絞り込みをかけたことである.このような解析の工夫により,ADにおいてヒストン修飾変化のある領域を見出しそこから発現変動が想定される遺伝子を42個見いだすことできた.その中には旧来の方法論では検出し得なかったものも含まれており,本方法論によってADでの新しい転写制御機構変化を見出すことが可能であった.

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