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大学・研究所にある論文を検索できる 「ジャガイモシストセンチュウに対する新規ふ化促進物質の同定とその生合成の解析」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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ジャガイモシストセンチュウに対する新規ふ化促進物質の同定とその生合成の解析

清水, 宏祐 神戸大学

2022.03.25

概要

植物は、種ごとに固有の、多様な構造の特化代謝産物を生産する。特化代謝産物は抗菌活性や共生者の誘引活性、病害虫の忌避効果など様々な生理活性を有している。そのため特化代謝産物は他の生物との生物間相互作用や外界環境の変化に対する応答機構において重要な役割を果たすと考えられている。土壌環境、特に根を中心とした根圈と呼ばれる領域には多様な特化代謝産物が分泌されており、例えばマメ科植物は低窒素環境では根粒菌との共生関係を構築するために、シグナル分子としてフラボノイドを生合成・分泌している。一方で、特化代謝産物を介した生物間相互作用には植物側にとっては不利益な場合もあり、植物寄生性線虫であるジャガイモシストセンチュウ(potato cyst nematode; PCN)と宿主植物であるジャガイモ(Solatium tuberosum)の関係はその典型である。

序章では、本論文で研究対象とするPCN卵に対するふ化促進物質に関するこれまでの知見について詳しく論じている。PCNは、ナス科の重要作物であるジャガイモやトマト(S. lycopersicum)の根に特異的に寄生し、作物収量の大幅な減収を引き起こす害虫であり、世界中で甚大な被害を与えている。PCNの雌成虫は自身の体内に産卵し数百の卵を抱えたシスト( 硬い殻) となる。シスト内のPCN卵は、宿主不在時には土壌にて卵の状態で休眠を維持し、20年以上宿主の到来を待つことが可能である。PCN混入土壌に宿主が作付けられると、PCN卵は宿主の根滲出液中のふ化促進物質に特異的に反応してふ化する。すなわち、ふ化促進物質とは、宿主植物が能動的に生合成し、根から分泌する特化代謝産物であるが、寄生者であるPCNによって宿主認識のシグナル分子として利用されている化合物である。これまでに、ジャガイモ水耕液からトリテルペノイドに分類されるsolanoeclepin Aが1 x 10 - 8 ~ 1 ×10' 10 gml' 1 の濃度域でふ化促進活性を示す高活性なPCNふ化促進物質として唯一単離・構造決定されている。また、構造決定には至っていないが、solanoeclepinAとは異なるふ化促進物質の存在も示唆されている。一方、ナス科植物の代表的な特化代謝産物であるステロイドグリコアルカロイド(steroidal glycoalkaloids; SGAs)も弱いふ化促進活性を有することが報告されている。しかし宿主植物の根滲出液から分析化学的にsolanoeclepin Aを検出した報告例はなく、solanoeclepinA生産量は明らかでないため、根滲出液中における主要なふ化促進物質の正体は不明なままである。また、分析化学的な解析が困難であるが故、生合成に関する研究はなされていなかった。そこで、根滲出液中に含まれるふ化促進物質を分析化学的に明らかにし、ふ化促進物質の生合成に関する研究を開始することを試みた。

第一章では、ジャガイモやトマトの毛状根培養液中におけるSGAsのふ化促進物質としての寄与を調べた。まず、無菌条件で培養した毛状根培養液をPCNの一種である Globoderarostochiensisの卵に対するふ化試験に供した結果、髙いふ化促進活性が確認され、ふ化促進物質は確かに植物が生合成している化合物であることが明ちかとなった。次に、毛状根培養液中に分泌されたSGAsをLC-MS分析に供した結果、・ジャガイモ毛状根培養液からはα-solanineとα-chanonine、トマト毛状根培養液からはα-tomatineが検出され、それらの濃度はそれぞれ0.14μΜ、0.07μΜ、2.9μΜであった。各SGA標品はそれぞれ1-5μΜの濃度域でふ化促進活性が確認でき、α-chanonine が最も強く、5μΜ でふ化率 48 . 6 % であった。一方、毛状根培養液が示すふ化促進活性は1000 倍希釈時でふ化率80 %以上を示すことから、SGAsはふ化促進物質としては影響しないことが示唆された。また、各種SGAsを用いてふ化促進活性の構造活性相関を調べた結果、SGAsが示すふ化促進活性にはC 3 位の水酸基に結合した糖鎖およびアルカロイドとしての特性が必要であり、かつアグリコン部分の立体構造が活性の強さに影響することが明らかとなった。一方、髙活性なふ化促進物質であるsolanoeclepinAにはそのような特徴はないため、PCN卵側のふ化促進物質受容機構が異なることが示唆された。

第二章では、ジャガイモ水耕液から新規PCNふ化促進物質の同定を行なった。ジャガイモおよびトマト毛状根の培養液は強いふ化促進活性を示すが、LC-MS/MS 分析では solanoeclepin Aは検出できなかったことから、毛状根培養液中にはsolanoeclepin Aとは異なる新規ふ化促進物質が存在することが示唆された。新規ふ化促進物質を探索するにあたり、毛状根を大規模に培養することは困難であったため、出発材料に北海道種苗管理センターに設置された大規模なジャガイモ水耕設備の水耕廃液を使用することした。ジャガイモ水耕設備に合成吸着剤SP207を設置してふ化促進物質を吸着回収し、メタノールで溶出した画分をふ化試験に供した結果、強いふ化促進活性が確認された。そこで、この画分を液相分配、4 段階のオープンカラムクロマトグラフフィーおよび2 段階の分取HPLC に供して精製を行なった結果、2 つの活性画分Fr- A およびFr - B を得た。LC-MS 分析の結果、Fr- Bからは既知のsolanoeclepin Aが検出された一方、Fr- Aには新規ふ化促進物質と推定される化合物が含まれることが明らかとなった。Ή- NMRや1 3 C- NMR、各種二次元 NMRの解析により構造を決定し、新規ふ化促進物質をsolanoeclepin Bと命名した。トマ卜毛状根培養液においてはsolanoeclepin Aは検出されないがsolanoeclepin Bは検出されたことから、毛状根培養液中の主要なふ化促進物質はsolanoeclepin Bであることが明らかとなった。そこで、トマト毛状根培養系を利用して、PCNふ化促進物質の生合成を解析することとした。

第三章では、PCNふ化促進物質の生合成遺伝子の同定を行なった。solanoeclepin AおよびBは高度に酸化されたトリテルペノイドであることから、その生合成経路には複数段階にわたる酸素添加酵素が触媒する反応ステップがあると予想された。そこで、トマト毛状根に対する酵素阻害剤の投与実験を行なった結果、シトクロムP 450 ( CYP) 阻害剤である uniconazole Pや2 - オキソグルタル酸依存性ジオキシゲナーゼ( DOX) の処理により、ふ化促進活性が有意に低下した。この結果から、PCNふ化促進物質の生合成にはCYPやDOXが関与することが示唆された。また、水耕栽培したトマトの各組織を抽出し、ふ化試験に供した結果、ふ化促進活性は根および根滲出液に強く確認されたため、生合成遗伝子の発現は根で特異的であることが示唆された。これらを踏まえ、根で特異的に発現しているCYPおよびDOX に着目して候補生合成遺伝子を選抜し、各遺伝子をCRISPR/ Cas 9 ゲノム編集システムにより遗伝子破壊した形質転換毛状根を作出した。得られた遺伝子破壊毛状根の培養液をふ化試験に供し、ふ化促進活性を指標にスクリーニングを行った結果、DOX60、 DOX70、DOX80 を遺伝子破壊することによりふ化促進活性が顕著に低下した。さらに LC-MS/ MS分析の結果、野生型毛状根培養液では検出されるsolanoeclepin Bが、遺伝子破壊毛状根の培養液では消失していた。従って、これら遗伝子をふ化促進物質生合成遺伝子として同定した。次に、得られた生合成遺伝子の遺伝子発現挙動を解析、3 つの 遺伝子と共発現する遺伝子を選抜した。その結果、CYP-19 およびCYP-20 の遺伝子破壊毛状根の培養液では、ふ化促進活性の顕著な低下が確認されたため、これら遗伝子をさらに生合成遺伝子として同定した。

以上のように、ナス科植物が生産するPCNふ化促進物質について、ふ化促進物質そのものに関する植物化学的な解析と、その生合成に関する分子生物学的解析という二つの観点から研究を進めることで、新規物質であるsolanoeclepin Bの同定とその生合成遺伝子の同定を達成した。PCNは卵のふ化プロセスを宿主作物に同調させることで、効率的に寄生・増殖することに成功している反面、ふ化促進物質を検知しない限りはふ化・寄生が達成されないと予想される。近年、特定の標的遺伝子に対して変異を導入するCRISPR/Cas9ゲノム編集技術は新たな分子育種の手法として注目を集めている。本研究により同定した生合成遺伝子をマーカー遺伝子とした、ふ化促進物質を生産しない作物の分子育種は有効な防除法となる可能性を秘めている。

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