日本産クチカクシゾウムシ亜科の分類学的研究(甲虫目,ゾウムシ科)およびその発音行動についての研究
概要
九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
Taxonomy of Japanese Cryptorhynchinae
(Coleoptera, Curculionidae) with notes on their
sound producing behaviors
辻, 尚道
https://hdl.handle.net/2324/6787663
出版情報:Kyushu University, 2022, 博士(農学), 課程博士
バージョン:
権利関係:Public access to the fulltext file is restricted for unavoidable reason (2)
氏
名
論文題名
:辻
尚道
:Taxonomy of Japanese Cryptorhynchinae (Coleoptera, Curculionidae) with notes on
their sound producing behaviors
(日本産クチカクシゾウムシ亜科の分類学的研究(甲虫目,ゾウムシ科)および
その発音行動についての研究)
区
分
:甲
論
文
内
容
の
要
旨
クチカクシゾウムシ亜科 Cryptorhynchinae(以下,本亜科)は腹面の吻溝に口吻を収納するとい
う特徴的な擬死行動を行うゾウムシ科の一群で、これまでに南極を除く全世界から 550 属 7000 種
以上が知られる大きな分類群である.本亜科の高次分類体系は外見的特徴によってのみ構築されて
いる状態ゆえに混乱しており,近年の分子系統解析では,本亜科を構成する分類群の中で主要な
Cryptorhynchini 族を含むいくつもの分類群が多系統群となることが示され,全く新しい視点から高
次体系を再構成する必要性があらわになってきた.一方で,分子系統樹においてもその単系統性が
支持されているクチカクシゾウムシ属群(the Cryptorhynchus group)や Rhynchodes 属群では,先行
研究において生殖器や鞘翅背板型発音器(elytro-tergal stridulatory organ: ETSO),Sclerolepidia など
の体内部や表面微細構造の形態的特徴を基に定義されており,これらの詳細な形態的特徴の記載が
今後高次体系の再整理に重要であるのは明らかである.しかしながら,現状,本亜科を構成する分
類群のほとんどでそのような特徴は未検討で,今後本亜科の新しい高次体系を構築するにあたり,
各属の詳細な形態的特徴の洗い出しと比較研究が必要不可欠であるといえる.
また,本亜科を含むゾウムシ科の多くは ETSO を持つことが知られるが,実際にその機能が調べ
られている分類群はゾウムシ科全体の分類群数からみるとごく少数である.このような発音行動に
関する基礎情報の欠落は,なぜ多くのゾウムシ科甲虫が発音器を発達させているのか,また,生活
史形質の全く異なるゾウムシ科の各亜科がそれぞれどのような発音行動における特性を持っている
のかという問いに対する科学的考察を困難にしている.したがって,本亜科の発音行動に関して,
分類群横断的な基礎的な知見の収集が急務である.
本論文は,主に日本産種について,本亜科各属の形態的特徴を再検討し,それらの発音行動につ
いての基礎的な知見を得たものである.
上記の目的を達成するため,主として下記の材料および方法で研究を行った.
材料:分類学的研究に用いるために,国内外の研究機関(たとえばドレスデン動物学博物館,九
州大学総合研究博物館)および在野研究家の乾燥標本を借用した.さらに,自身でも国内各地に
おいて野外調査を実施し,行動観察用の生きた成虫と分類学的研究に用いる標本を採集した.
標本の解剖と観察:生殖器の構造を観察するため,腹部全体を取り外したものを,ぬるま湯で温
めた 5–10%の KOH 水溶液中に 3 時間から半日浸漬したのち,クロラゾールブラック E 溶液中に
おいて染色し,解剖を行った.また,鞘翅の先をデザインナイフによって切り取り,解剖によっ
て摘出した第 7 背板とともに走査型電子顕微鏡(Hitachi SU3500)を用いて ETSO を観察した.
音声の録音と編集:採集した成虫の一部は小型ケース内でリンゴの皮またはニンジンと水分を与
えて 14L10D 条件下でしばらく飼育し,自作の簡易防音箱の中で,コンデンサーマイク(Earthworks
M50)を用いて危難音と求愛音を録音した.録音データは 2 kHz 以下の周波数成分をノイズとみ
なし,Avisoft SASLab Lite のハイパスフィルター機能を用いて編集を行った.
分類学的研究の結果,従来 Tylodina 亜族に含まれていた Hyotanzo 属は Cryptorhynchina 亜族の
Cryptorhynchus 属群へ,また Cryptorhynchina 亜族に含まれていた Anaechmura 属と Cechania 属はオ
ニクチカクシゾウムシ族 Gasterocercini の Rhynchodes 属群へ,それぞれ所属の変更が必要であるこ
とが判明した.さらに,上記の修士論文までに扱ったクチカクシゾウムシ属群を除き,日本から 2
未記載属および 5 未記録属を含む 26 属が見出され,それらの構成種として 23 未記載種、2 未記録
種、および 1 新参異名を含む 62 種が認められた.このうち,Orochlesis 属,Sclerolips 属,および
Microcryptorhynchus 属の各属内には互いによく似た種が含まれており,新規の判別形質を用いるこ
とで,従来考えられていたよりも多くの種が日本国内に存在することが明らかとなった.さらに,
これら 3 属について,南西諸島~九州南部で同所的または側所的に分布している 2 種が九州北部と
伊豆諸島という分布の末端においては別々に優占して分布するという特徴的な分布パターンが共通
して見られた.
また,ETSO を含む本亜科成虫の発音器の形態については日本及び南米に産する 24 属を新たに調
査し,従来”Type 3”と類別されてきた ETSO の形態に明らかに異なる 2 つのサブタイプがあること
をつきとめた.これら 2 つのサブタイプはクチカクシゾウムシ属群の基部で分岐した 2 つのクレー
ドで別に共有されており,新たに見つかったサブタイプ 2 では,鞘翅側に発達した新奇形質である
microtrichial patch が plectrum の役割を持つと考えられた.
成虫を用いた観察の結果,日本産 11 属 20 種の危難音および 4 属 5 種のマウント行動時の発音に
ついて初めて観察・録音をすることができた.特にクチカクシゾウムシ属群の種については,危難
音に雌雄差が少ないこと,さらに危難音と求愛音では含まれる chirp が異なることが示唆され,危
難音が何か機能を持って雌雄で似たように発達したのではないかと考えられた.