反強磁性体におけるX線磁気円二色性の理論
概要
博士論文
反強磁性体における X 線磁気円二色性の理論
東北大学大学院 理学研究科
物理学専攻
栗田 謙亮
令和 4 年
3
目次
第1章
研究背景
7
1.1
本章の構成 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
7
1.2
反強磁性スピントロニクス . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
7
1.3
磁気円二色性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
14
1.4
反強磁性体における XMCD スペクトル . . . . . . . . . . . . . . . . . .
23
1.5
本研究の目的 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
24
計算手法
27
2.1
総和則の微分形 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
27
2.2
タイトバインディングモデルの構築 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
31
2.3
密度汎関数理論とワニエ関数
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
32
2.4
ワニエ関数基底に対する演算子 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
36
反強磁性体における XMCD スペクトル
43
3.1
Mn3 Sn . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
43
3.2
Mn3 Ir
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
52
3.3
Mn3 Al . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
55
3.4
磁気双極子モーメント由来の XMCD が表れる条件 . . . . . . . . . . . .
61
多重項効果を取り入れた XMCD スペクトル
63
4.1
モデルと計算手法
63
4.2
クーロン相互作用の評価方法
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
66
4.3
ベンチマークと Mn3 Sn の XMCD スペクトル . . . . . . . . . . . . . .
71
第5章
総括
79
付録 A
Gaunt 係数
83
第2章
第3章
第4章
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
目次
4
付録 B
参考文献
遮
されたクーロン相互作用
85
87
5
記号
本論文では, 特に断りがなければ以下のような記号・表記を使用する.
1. δi,j はクロネッカーのデルタである.
(l)
2. Ym は球面調和関数である.
3. c† , c はそれぞれ生成演算子, 消滅演算子である.
4. α はデカルト座標のインデックスであり, x, y, z のいずれかである.
5. [A]ij は行列 A の i 行 j 列目の成分を意味する.
6. E は恒等操作, T は時間反転操作, P は空間反転操作, Cnα は α 軸回りでの n 回回
転の回転操作.
7. a0 はボーア半径, e は電気素量, ℏ はディラック定数.
8. c.c. は複素共役を表す.
9. [A, B] は A と B の交換関係, {A, B} は A と B の反交換関係.
7
第1章
研究背景
1.1 本章の構成
本章の構成を以下に示す. 初めに, 反強磁性体の優れた性質がスピントロニクスに活用
できるという期待から発展した反強磁性スピントロニクスについて述べる. 反強磁性スピ
ントロニクスに用いられる反強磁性体は対称性の観点から大きく分けて 2 種類のものが
議論されているため, それぞれに属する具体的な物質を例に挙げて説明する. 次に, X 線
磁気円二色性 (XMCD) について説明し, XMCD とともに用いられる総和則について述べ
る. そして, XMCD と密接な関係にある他の物理現象について紹介する. その後, 反強磁
性体での XMCD スペクトルの観測可能性について現状と課題を整理し, 最後に本研究の
目的を述べる.
1.2 反強磁性スピントロニクス
近年, スピントロニクス分野で反強磁性体に分類される磁性体が注目を集めている. 強
磁性体と比較して, 反強磁性体は, 漏れ磁場がない, 外乱に強い, 動作が早い, といった特
徴を持つためである. 一方で, 反強磁性体の磁気秩序の状態を検出することや制御するこ
とは, 強磁性体の場合よりも遥かに困難であり, 反強磁性体をスピントロニクス分野へ応
用する上で重要な課題である.
1.2.1 反強磁性体の分類
全ての反強磁性体は, 時間反転対称性 T が破れているが, 副格子を入れ替えるような対
称性を持つ場合, この対称操作と組み合わせた「マクロな時間反転対称性」が回復する場
合がある. 副格子を入れ替える対称操作としては, ユニットセルを半分移動させる並進操
作 t1/2 や空間反転対称操作 P があり, これら対称操作がある系では, マクロな時間反転対
第1章
8
研究背景
称性 T t1/2 , または T P がある.
一方で, 図 1.1 に示すようなフルホイスラー化合物 XY2 Z は, X, Y に磁性元素を入
れることで, フェリ磁性体となる. 例えば, X, Y に磁性元素として Cr や Mn を入れた
Cr3 Al や Mn3 Ge は有限の磁化を持ち [1], マクロな時間反転対称性を破っている. しか
図 1.1
フルホイスラー型フェリ磁性体.
し, X = Y = Mn, Z = Al の場合には, 強磁性体と同じ対称性を持ったまま, 磁化がゼロ
に近い値になる [1, 2]. また, ノンコリニア反強磁性体 Mn3 Sn と Mn3 Ir も強磁性体と同
じ対称性を持ち, マクロな時間反転対称性を破っている. 表 1.1 に, Mn3 Sn と Mn3 Ir が持
つ対称性をまとめた. Mn3 Sn は図 1.2(a) のようにカゴメ格子上でスピンが打ち消し合う
表 1.1 ノンコリニア反強磁性体が持つ対称性. τ は z 軸方向へユニットセルの半分だ
け動かす映進操作である. [3] より引用.
物質
対称操作
Mn3 Sn
(E|0), (C2x |0), T (C2z |τ ), T (C2y |τ ),
(P|0), (PC2x |0), T (PC2z |τ ), T (PC2y |τ )
Mn3 Ir
−
(E|0),(C3[111] |0), (C3[111]
|0)
T (C2[1¯10] |0), T (C2[01¯1] |0), T (C2[¯101] |0),
+
(P|0),(PC3[110]
|0), (PC3[111]− |0),
T (PC2[1¯10] |0), T (PC2[01¯1] |0), T (PC2[¯101] |0),
反強磁性体であるが, その対称性は図 1.2(b) のように x 方向に磁化を持つ強磁性体の場
合と同じ対称性になる. また, Mn3 Ir は, 図 1.3(a) のように, 緑色で示された [111] 面内で
1.2 反強磁性スピントロニクス
9
(a)
(b)
図 1.2 Mn3 Sn の磁気構造.
スピンが打ち消し合う反強磁性体であるが, その対称性は [111] 軸方向にキャントした磁
化を持つ場合 (図 1.3(b)) と同じ対称性になる. これらの物質は磁化がゼロであっても, 強
(a)
[111]
(b)
[111]
図 1.3 Mn3 Ir の磁気構造.
磁性体で表れる現象が多数観測されている.
ここでは, マクロな時間反転対称性のある反強磁性体と, マクロな時間反転対称性が破
れた反強磁性体について, それぞれの物質の反強磁性スピントロニクスに関連する現象を
紹介する.
1.2.2 マクロな時間反転対称性のある反強磁性体
マクロな時間反転対称性のある CuMnAs や Mn2 Au では, 電流でネールベクトルの向
きを変えることに成功しており, 反強磁性体の磁気秩序を制御できる物質として注目を集
めている.
CuMnAs
CuMnAs は, 2013 年に反強磁性秩序を持つ正方晶結晶の育成に成功し [4, 5], 2016 年
に Wadley らによって, 電流によるネールベクトルのスイッチングに成功した物質であ
第1章
10
研究背景
る [6].
CuMnAs の結晶構造を図 1.4(a) に示す. CuMnAs は A サイトの Mn と B サイトの
図 1.4 (a)CuMnAs の磁気構造. A サイトの Mn と B サイトの Mn の中点が空間
反転中心であり, 黄色の点で示した. (b)A サイトの Mn と B サイトの Mn に, 電
流 J に誘起された符号の異なる磁場が生じる様子. φ は, x 軸からの角度である.
(c)(d)CuMnAs のネールベクトルを電流でスイッチングしている様子. 誘起磁場を発
生させるための書き込み電流の強さは Jwrite = 4 × 106 A cm−2 である. [6] より引用.
Mn で磁気モーメントが打ち消し合っている反強磁性体である. 結晶全体では空間反転対
称性を持つが, A サイトや B サイトに注目すると, 局所的に空間反転対称性が破れてい
る. 空間反転対称性が破れている場合, ラシュバ型のスピン軌道相互作用が働き, このよ
うな場合に電流を流すと, 有効的な磁場が発生する. これは逆 spin galvanic 効果と呼ばれ
る [7]. この電流に誘起された磁場を線形応答理論に基づき計算した結果が図 1.4(b) であ
1.2 反強磁性スピントロニクス
る. A サイトと B サイトで符号の異なるスタッガード磁場が誘起されており, この磁場に
よってネールベクトルの操作が可能となる. 図 1.4(c) のように CuMnAs に電流を流した
場合に, 図 1.4(d) のようにネールベクトルの変化が抵抗として検出できている.
2018 年には, 電流によるスイッチング速度をテラヘルツまで引き上げる実験に成功し
た [8]. 強磁性体を用いたメモリの書き込み速度はギガヘルツのオーダーであり, これと比
較して飛躍的に書き込み速度を向上させることができている.
Mn2 Au
Mn2 Au は帯磁率が小さく温度にほとんど依存しないためパウリ常磁性体だと思われ
ていたが, 2013 年に反強磁性体であると結論付けられた物質である [9]. 2014 年には,
Mn2 Au のモデル計算で電流に誘起されたスタッガード磁場が生じることが理論的に示さ
れ [10], 2018 年に Bodnar らによって実験的に確認された [11].
図 1.5(a) に Mn2 Au の結晶構造を示す. 結晶空間では空間反転対称性を持っている
図 1.5 (a)Mn2 Au の磁気構造. (b) 実験のセットアップ. (c)[110] 方向に電流を流し
たときに実現する磁気構造. (d) 電流によるネールベクトルのスイッチング. [11] より
引用.
11
第1章
12
研究背景
が, 各 Mn サイトでは局所的に空間反転対称性が破れている. したがって, CuMnAs と同
様, 電流を流した場合に各 Mn サイトで符号の反転した有効磁場が発生する. このスタッ
カートな有効磁場によって, [110] 方向に電流を流すと図 1.5(c) に示したネールベクトル
φ = 45◦ の磁気構造が実現し, [1-11] 方向に電流を流すと φ = −45◦ の磁気構造が実現
する.
1.2.3 マクロな時間反転対称性が破れた反強磁性体
マクロな時間反転対称性が破れた 2 つのノンコリニア反強磁性体 Mn3 Sn, Mn3 Ir につ
いて説明する.
Mn3 Sn
Mn3 Sn は, 図 1.6(a) に示された結晶構造をもち, z = 1/2 の面内で Mn 原子がカゴメ
格子を形成している. Mn3 Sn では, 異常ホール効果が現れると理論的に予測され [12], 単
結晶の Mn3 Sn を用いて実験的に確認された [13]. 図 1.6 に室温 (T = 300 K) における
ホール伝導度と, 微小磁化のヒステリシスを示す. 室温でも σAHE ∼ 20 Ω−1 cm−1 と大き
なホール伝導度が観測されたが, より低温の T = 100 K では, σAHE ∼ 100 Ω−1 cm−1 と
さらに大きな値が観測されている. また, Mn3 Sn の薄膜では, ホール抵抗が半分程度まで
減少し保磁力が大きく上昇することが確認された [14, 15]. 保磁力が大きい場合はスイッ
チングにかかるエネルギーも大きくなるが, 外部磁場に対して安定するため, 膜厚で調整
できることはデバイス応用上の利点である.
異 常 ネ ル ン ス ト 効 果 は, 2017 年 に 実 験 で 観 測 さ れ た [16, 17, 18].
図 1.7 に,
Mn3+x Sn1−x の 2 つのサンプルにおけるネルンスト係数とホール伝導度を示す. ネルン
スト係数はフェルミエネルギーの影響が大きいため, 組成比 x がわずかに変化しただけ
でも, 大きく変化する. 一方, 異常ホール効果の変化は小さい. また, 図 1.7(c) を見ると,
Mn3 Sn のネルンスト係数は他の典型的な強磁性体と同程度の大きさであることが分かる.
Higo らは, Mn3 Sn で θk = 20 mdeg という強磁性体と同程度の磁気光学カー効果を観
測した [19]. また, 磁気光学カー効果と異常ホール効果で反転が起こる外部磁場の強さが
異なる [20]. 磁気光学カー効果の方が弱い磁場で反転するが, これは磁気光学カー効果が
表面に敏感であるからだと考えられる.
磁気秩序のスイッチング手法としては, 電流によるもの [21] や歪みによるもの [22] が
ある. 電流によるスイッチングの場合は, 1010 ∼ 1011 A/m2 の電流を流すと磁気構造が
変化することが確認されている. また, スピン軌道トルクを与えた際には, 磁気構造のス
イッチング時とは異なるホール抵抗が観測されており [23], これはカイラルスピンが連続
的に回転していると解釈されている.
1.2 反強磁性スピントロニクス
図 1.6 (a)Mn3 Sn の結晶構造. (b)Mn3 Sn の異常ホール効果. (c)Mn3 Sn の磁化ヒス
テリシス. [13] より引用.
Mn3 Ir
Mn3 Ir の結晶構造は, 図 1.9(a) に示されたように, [111] 面内に Mn 原子が存在し, 面内
でカゴメ格子を形成している. Mn3 Ir における異常ホール効果は, 2014 年には理論的に予
測されていたが [24], 磁区が
った結晶を作ることが難しかったため, 実験で観測された
のは 2020 年であった [25]. 図 1.9 に, 実験で観測されたホール伝導度を示す. 理論的に予
測された σAHE ∼ 300 Ω−1 cm−1 に比べると小さいものの, 磁化に対する比率は一般的な
強磁性体よりも大きい.
Feng らは, Mn3 X(X = Rh,Ir,Pt) で磁気光学カー効果が現れることを理論的に示し
た [26]. また, Wimmer らは, Mn3 Ir の光学伝導度テンソルを KKR 法で計算し, 後述の
式 (1.27), (1.29) からカー回転角や XMCD スペクトルを計算している [27]. 図 1.10 にそ
の結果を示す. Mn3 Ir が, 典型的な強磁性体である鉄と同程度のカー回転角を持つことが
13
第1章
14
研究背景
図 1.7
(a,b)Mn3 Sn の 2 つのサンプルにおけるネルンスト係数とホール伝導度. (c)
典型的な強磁性体のネルンスト係数と, Mn3 Sn のネルンスト係数の比較. [17] より
引用.
分かる. また, 「スピン配置を考えると XMCD スペクトルは現れない」と述べながらも,
1 つの Mn 原子から計算した強磁性体の XMCD スペクトル (赤破線) と比較して, 10 分
の 1 程度の XMCD スペクトル (黒線) が観測される可能性を示している.
1.3 磁気円二色性
X 線磁気円二色性 (XMCD) は, 物質に円偏光の X 線を入射させた場合に, 左円偏光と
右円偏光とで吸収スペクトルが異なる現象である. 特に, 図 1.11(a) のように, 入射方向と
磁化の向きが平行の場合に XMCD が観測される. 古典的な強磁性体である 3d 遷移金属
1.3 磁気円二色性
15
図 1.8 Mn3 Sn における MOKE. [19] より引用.
の場合, スピン軌道相互作用によってエネルギー的に分裂した 2p 電子からの遷移が起こ
るため, L3 , L2 の 2 つの吸収端が現れる (図 1.11(b)). 強磁性体の磁性を調べる上で非常
に多くの適用例があり, 磁性を調べる代表的実験手法の 1 つである [28, 29, 30, 31]. 初め
に, その原理を以下で説明する.
1.3.1 XMCD の原理
電磁場中の荷電粒子のハミルトニアンは, ベクトルポテンシャル A(r, t), スカラーポテ
ンシャル ϕ(r, t) を用いて,
1
(p − qA(r, t))2 + qϕ(r, t)
2m
p2
q
iqℏ
=
− A(r, t) · p +
∇ · A(r, t) + qϕ(r, t) + O(A2 )
2m m
2m
H=
(1.1)
(1.2)
と表せる. ここでクーロンゲージ ∇ · A = 0 を用い, ベクトルポテンシャルの 2 次を無視
し, スカラーポテンシャルを ϕ(r, t) = 0 とすると,
H=
p2
q
− A(r, t) · p ≡ H0 + H′ (t)
2m m
(1.3)
とかける. 以降, H′ (t) を時間依存する摂動項と考える. ここで A(r, t) をフーリエ変換し
た形式
A(r, t) =
X
k
˜ t)eik·r
A(k,
(1.4)
第1章
16
研究背景
図 1.9 (a)Mn3 Ir の結晶構造. [24] より引用. (b)3 Ir の異常ホール効果. 成長時の基盤
温度を異なる色で表している. (c) は各基盤での磁化曲線. [25] より引用.
を, マクスウェル方程式
程式
1 ∂2
c2 ∂t2
− ∇2 A(r, t) = 0 に代入すると, 各 k に対する微分方
1 ∂2
2
˜=0
−k A
c2 ∂t2
(1.5)
が得られる. この一般解はただちに,
˜ t) = D(k)e−iωt + c.c.
A(k,
(1.6)
であることが分かる. ただし, D は任意, ω = c|k| である. 電場 E(r, t) は, マクスウェル
∂
方程式 E(r, t) = − ∂t
A(r, t) から計算できて, ある波数 k のみを取り出せば,
E(r, t) = iωDei(k·r−ωt) − iωD ∗ ei(k·r+ωt)
(1.7)
となる. k 方向に伝搬する平面波が E(r, t) = Eei(k·r−ωt) であることを考えれば,
D=
E
iω
である.
q
摂動項 H′ (t) = − m
A(r, t) · p は, 式 (1.4)(1.6) と D =
E
iω
を用いて, ある波数 k のみ
1.3 磁気円二色性
17
図 1.10 (a)Mn3 Ir と鉄のカー回転角. (b)Mn3 Ir の XMCD スペクトル. 黒線は (111)
軸方向に光を入射させた場合, 赤線は 1 つの Mn のみを考え, その磁気モーメント方向
に光を入射させた場合. [27] より引用.
(a)
(b)
EF
円偏光
磁化の向き
入射光
L2吸収端
L3吸収端
2p3/2
2p1/2
図 1.11 (a)XMCD のセットアップ. (b) 内殻電子に強いスピン軌道相互作用が働く
ことで, L3 と L2 の 2 つの吸収端が現れる.
を取り出せば,
H′ (t) = −
q ik·r
e
E · p e−iωt + E ∗ · p eiωt
imω
(1.8)
となる. この摂動項は, 第一項が電磁波の吸収に対応し, 第二項が電磁波の放出に対応す
る. 以降は電磁波の吸収のみを考えるために, 摂動項を
H′ (t) = −
q ik·r
e
E · p e−iωt ≡ H′ e−iωt
imω
(1.9)
とする.
フェルミの黄金率によれば, 摂動項が H′ e−iωt のように周期的な時間依存性を持つとき,
始状態 |i⟩ から終状態 |f ⟩ への時間あたりの遷移確率 wf ←i は,
wf ←i =
2π
2
| ⟨f |H′ |i⟩| δ(Ef − Ei − ℏω)
ℏ
(1.10)
第1章
18
研究背景
と表せる. Ei , Ef はそれぞれ始状態と終状態のエネルギーである. 行列要素 ⟨f |H′ |i⟩ は,
式 (1.9) の H′ を用いて
q
⟨f |eik·r E · p|i⟩
imω
q
−iℏ
ik·r
=−
⟨f |e
E · [H0 , r]|i⟩
∵ [H0 , r] =
p
ℏω
m
⟨f |H′ |i⟩ = −
(1.11)
(1.12)
X 線の波長は 0.01 から 1 nm 程度であり, これと比較すると軌道の広がりは十分小さいと
考えられる. したがって, Eeik·r は微小量 ik · r で, Eeik·r = E(1 + ik · r + ...) と展開
できる. 第一項の寄与が最も大きく, 第一項による遷移は電気双極子遷移と呼ばれる. ...