BRCA1/ATF1を介した転写活性化はPARP阻害薬とプラチナ製剤への耐性に寄与する
概要
相同組換え (Homologous recombination:HR)は、DNA 二本鎖切断 (Double-strand breaks:DSBs)を修復する重要な経路である。HR 活性の機能不全 (Homologous recombination deficiency:HRD)の細胞は、 Poly [ADP-ribose] polymerase (PARP)阻害薬やプラチナ製剤などの DNA 傷害性薬剤に高感受性になる。よって、HR 活性の正確な測定によりこれらの抗がん剤の効果予測が可能になる。我々は、HR 活性を簡便かつ高感度に測定する方法として、Assay for site-specific HR activity (ASHRA)を開発し報告した。 BRCA1 (Breast cancer gene 1)は、重要な HR 因子で、生殖細胞系列の病的バリアントは遺伝性乳がんの原因になる。本研究では、ASHRA を用いて BRCA1 のがん由来のバリアントの機能解析を行い、ASHRA の定量性を明らかにし、抗がん剤感受性予測法としての有用性を検討した。また、この解析により PARP 阻害薬の耐性機構に関与する転写因子 Activating transcription factor 1 (ATF1)を同定し、その分子機構を解析した。
BRCA1 バリアント 30 種の HR 活性と PARP 阻害薬であるオラパリブ感受性について解析を行った結果、 ASHRA は従来法では検出できなかった中間的な HR 活性を検出可能で、より定量的な HR 活性の評価が可能であった。また、ASHRA の HR 活性相対値はオラパリブ感受性と強い相関を示し、ASHRA がオラパリブ感受性の予測に有用である可能性が示された。
一方、BRCA1-C61G バリアント (C61G)のみが、HeLa 細胞において高度の HR 機能不全にも関わらずオラパリブに抵抗性で、HR 活性相対値とオラパリブ感受性に相関が認められなかった。C61G と同様に BRCA1 の亜鉛結合残基の病的バリアントである BRCA1-C64G バリアント (C64G)は、高度の HR 機能不全かつオラパリブ高感受性で、結果の乖離は見られなかった。ATF1 による転写活性化能に BRCA1 が促進的に機能し、C61G はこの機能を保持するが、C64G は保持しないという報告があったことから、ATF1 に着目して解析を行った。その結果、ATF1 高発現下では C61G はオラパリブに耐性を示したが C64G は耐性化せず、ATF1 の発現抑制下では C61G はオラパリブに高感受性であった。ATF1 の発現量は HR 活性に影響を及ぼさなかった。さらに、ATF1 の標的遺伝子の中の NRAS と BIRC2 の遺伝子発現が BRCA1 によっても促進されることが明らかになり、ATF1 高発現下で C61G は NRAS と BIRC2 の mRNA 発現量を増加させたが、C64G は変化させなかった。
最後に、BRCA1 が野生型の状態では、BRCA2 や RAD51 の発現抑制により HRD の状態にした細胞でも、 BRCA1/ATF1 が標的遺伝子の転写を活性化し、オラパリブやプラチナ製剤であるシスプラチンに耐性化を示すことを明らかにした。これらの結果から、ATF1 の転写活性化の促進能のある BRCA1 を発現する細胞では、ATF1 の発現量が BRCA1/ATF1 による転写活性化の規定因子となり、ATF1 がオラパリブやシスプラチン感受性のバイオマーカーとなる可能性が示唆された。
今後、BRCA1/ATF1 による転写活性化を介した PARP 阻害薬やプラチナ製剤への耐性化の詳細な分子メカニズムや、その臨床的意義を明らかにすることで、さらに効率的ながん治療法が開発されることが期待される。