植物工場産野菜の消費者評価と流通に関する研究
概要
植物工場とは,「季節や天候に左右されずに,施設(工場)内で植物を大量生産(栽培)するシステム」であり,農業(食糧)問題や環境問題の解決への貢献が期待されている。日本では,これまで全国的に展開すると同時に,大規模化が進んでいる。しかし,近年,植物工場の普及の伸びが鈍化傾向にあり,また,その収益性も低い状況にあり,植物工場が抱える課題とその要因を明らかにすることが求められている。植物工場の解決すべき課題として,①生産に関わる課題と②流通・販売に関わる課題があげられるが,前者については,これまでの研究開発によって,ある程度実現している。一方,後者については,その重要性について指摘されていたものの,これまで十分な研究はなされていない。そこで,本論文では,植物工場産野菜の特性に起因する流通・販売上の課題と植物工場産野菜に対する消費者評価を明らかにするとともに,植物工場産野菜の卸売市場流通の可能性を明らかにすることを目的とした。
第1章では,植物工場生産の特質およぴ植物工場産野菜の特性を整理し,植物工場産野菜の特性に起因する流通上の課題を明確にした。植物工場産野菜は,気象条件の制約を受けにくい,あるいは全く受けないために,①定量的な安定生産が可能,②季節性がなく周年栽培(出荷)が可能,③定品質(生産物間のばらつきが極めて小さい)の生産が可能,④生産における歩留まりが大きい,⑤栽培期間が相対的に短い,⑥計画生産・出荷が可能,ということに加えて,⑦無農薬栽培が可能で,虫や異物の混入を防ぐことが可能なことから,高い安全性を確保することが可能,という特性を有している。しかし,その流通の基礎条件は,工業製品と同様の条件を有する一方で,消費・需要面(①需要の価格弾力性・②複数用途の有無・③同ー用途での需要の多様性・④購買頻度・⑤需要誘導の可能性)については,通常の野菜と同様の条件を有している。すなわち,植物工場産野菜は,通常の野菜と同じ経済的特性に加えて,工業製品的な特性も有しており,この植物工場産野菜の工業製品的な特性が,確実な販売先の確保,需要の創造という重要な課題を生じさせていることを指摘した。
第 2章では,全国の植物工場事業者を対象としたアンケート調査結果に基づいて,植物工場運営と流通・販売の実態を明らかにした。まず,植物工場の大規模化が,売上の増大と収益性の改善に寄与している一方で,植物工場全体は,その収益性が低いという実態を明らかにした。また,工場稼働率や重量歩留率が必ずしも高くな<,より一層の栽培技術向上の必要性を示した。さらに,販売歩留率が低いことから,栽培技術の向上に加えて,流通・販売も植物工場にとって重要な課題であることを明確にした。
販売先に着目すると,加工業務用商品の販売割合が低い一方で,ローカルスーパー,飲食店との直接取引が相対的に多い実態が見られた。さらに,約 7割の植物工場が,特定の取引先との取引割合が 50%を超えており,また,約 5割の植物工場が,契約期間内において定価格,定量で取引を行う固定的取引の割合が 50%を超ぇているという取引実態が明らかとなった。これは,植物工場産野菜の生産面が工業製品的特性を有することに起因すると考えられる。しかし,植物工場産野菜の需要面は通常の野菜と同じ特性を有することから,供給過剰や供給不足といった需給ギャップが生じやすく,そのことが収益性の低下をもたらしていると考えられる。このことから,植物工場にとって,流通・販売における需給調整が非常に重要な課題であることに加えて;消費者ニーズを把握することの重要性も示唆された。
第 3章では,第 1章,第 2章で示された植物工場産野菜の課題への対応として,京浜地域と京阪神地域という大消費地に在住の消費者を対象としたインターネットによるアンケート調査およびその結果を用いたコンジョイント分析を通じて,植物工場産野菜に対する消費者の購入実態および評価を明らかにした。
アンケート調査結果から,消費者における植物工場産野菜の購入経験割合が低い要因として,スーパーなどの小売店に植物工場産野菜が普及していないことに加えて,消費者の植物工場産野菜の特長に対する理解度の低さがあることを明らかにした。また, 5つの属性(栽培方法・食味(苦味の程度)・日持ち・ 1バックのサイズ・価格)を設定したコンジョイント分析結果から,植物工場産野菜の特長のうち,「日持ち」に対する評価が相対的に低く,「食味(苦味の程度)」が栽培方法に次いで重要視されていることが明らかとなった。さらに,「安全•安心」を重視する消費者には植物工場産野菜が評価されることに加えて,「無農薬であること」や「生菌数が極めて少ないこと」の知識が消費者評価を引き上げることを明らかにした。
これらの結果から,植物工場産野菜の「安全•安心」に関わる特長を消費者に正しく認識・理解させることによって植物工場産野菜の評価を高められる可能性を明らかにした。
第 4章では,消費者の野菜の購買行動に焦点を当て,特に,植物工場産野菜の特性の一つである「定品質」に着目し,野菜の外観に対する消費者の詳細な評価を明らかにした。具体的には, トマトおよびレタスの外観の程度の差の異なるイラストを提示して,アンケート調査を実施し,その結果を用いて順序プロビット分析を行った。アンケート調査結果から,消費者は,野菜の外観の悪さは味や安全性ではなく,保存性に影響していると認識していることが明らかにされた。また,野菜の外観の程度に対する許容度は,外観条件によって異なり,品目間ではレタスの方が相対的に低いことが明らかになった。
順序プロビット分析の結果から,外観の悪い野菜に対する許容度に影響を及ぼす要因として,価格と年齢以外に,消費者の購買行動における意識,外観の悪い野菜に対する認識,さらには,農作業体験の有無が影響を及ぼしていることが明らかになった。
これらの結果から,外観条件の程度に対する許容度が低いレタス類の生産において,外観を良い状態で生産・出荷すると同時に,その特長を正しく消費者に認識・理解させることが,その需要を拡大する上で重要であることが明らかにされ,植物工場産野菜にとっての販売上の利点が示されたと言える。
第 5章では,植物工場産野菜流通における卸売市場流通の可能性について実証した。植物工場産野菜は,工業製品的特性を有することから,その流通は卸売市場流通にはなじまないと考えられてきたが,第 2章で明らかにされたように,需給調整のバッファの役割の可能性を有し,少ないながらも卸売市場を経由して流通している植物工場産野菜が存在する。そこで,九州で運営している植物工場 K社および同社の主たる取引先である K中央卸売市場を取り上げ, K中央卸売市場における K社の野菜の取引データの分析を基に,卸売市場が植物工場産野菜の流通に対して果たし得る役割を明らかにした。
k社の植物工場産野菜の卸売市場における単価の推移は,市場全体の需給動向の影響を受けているものの,その影響は小さく,また, K社の植物工場産野菜に対する認知度が年々向上していることや,棚持ちが良いなどの品質面の評価が向上していることによって,高水準で推移していることが明らかとなった。この背景には卸売会社の主体的な対応があり,具体的には,担当者による実需者への売り込みや,商品が過剰になる時期に,買い手を探して売り込む一方で,不足になる時期には,必要とする実需者へ広く行き渡るように分配して販売するなどの販売努力に拠るところが大きいことが明らかにされた。このように,卸売市場は,植物工場産野菜の需要の確保や認知度・品質評価の向上に寄与するという役割を果たしており,その結果,植物工場産野菜は,卸売市場における需給状況の影響を受けるものの,高水準の価格形成が実現していることが明らかにされた。このことは,卸売市場が植物工場産野菜にとって需給調整のバッファという位置づけだけではなく,重要な販売先の一つとなり得ることを示唆している。
植物工場産野菜の特性に加えて,植物工場の収益性の確保の点から,植物工場産野菜にとって確保すべき流通は,定価格や定量で取引を行う固定的取引による市場外流通と言える。このような取引形態は,従来の契約栽培取引と似ている。食品加工業における原材料や量販店における差別化商品は,安定的ではない生産の下での安定的調達のために契約栽培取引が行われる。一方,植物工場の場合,その生産特性として定量生産は可能であるが,需要が変動することから,固定的取引によって収益性を安定させることが求められる。ゆえに,両者とも需給ギャップが生じる可能性があり,特に,植物工場産野菜にとって,バッファの役割(出荷調整の役割)を担う販売チャネルの確保は,収益性の安定化の点から必要不可欠と言え,このようなバッファ的取引先として,最も適しているのが卸売市場である。
さらに,第 5章で明らかにされたように,卸売市場は需給調整機能以外に,物流機能,販売先開拓や販売促進といった販売代理店機能,代金回収機能といった販売に関わる様々な機能を植物工場に代わって担うことが可能である。また,近年,卸売市場において規制緩和が進み,様々な取引ルールが自由化される一方で,「売買取引の原則」「差別的取扱いの禁止」「受託拒否の禁止」「決済の確保」といった取引ルールは維持されたことを考えるならば,卸売市場が安定的でかつ固定的な取引が可能な流通となり得ると考えられる。つまり,植物工場産野菜の流通を考える場合,卸売市場の様々な機能をもっと活用することによって,卸売市場を植物工場産野菜の主たる流通チャネルとして位置付けることが出来ると考える。