脊髄ミクログリアのKCNMB3はマウスの神経障害性疼痛の発症と維持に寄与する
概要
痛みの種類は,侵害受容器を介した侵害受容性疼痛,神経系の機能異常や障害に由来する神経障害性疼痛,器質的な変化がなく心情と密接に関係する心因性疼痛に大別される。一般的な痛みである侵害受容性疼痛は,生体警告系として必要不可欠な機能を果たしているため,生体にとって必須の感覚である。一方で,神経障害性疼痛は刺激非依存性の自発痛,軽度な痛み刺激に対する感受性が著しく高まる痛覚過敏,本来痛みを誘発しない軽度触刺激を激痛として誤認識してしまうアロディニアといった痛覚伝達異常を主症状とし,既存のあらゆる鎮痛薬が十分に奏効しない難治性疼痛として位置づけられる。そのような本来の警告系としての役割を持たない病的な痛みは,我々にとって不必要であるのみならず,有害な存在となるために痛みの悪循環や精神的苦痛の発現などの著しい QoL の低下を引き起こしている。
当研究室は先行研究において, 大コンダクタンス Ca 2+ 活性化 K + (BK) チャネルの活性化が、脊髄後角のミクログリア活性化と神経障害性疼痛の発症に寄与することを明らかにした。しかし, BKチャネルは全ての細胞に発現するため, 脊髄でのミクログリア BK チャネルの機能を特異的に解析することは困難であった。近年, 我々は BK チャネルの補助サブユニットであり, チャネルのゲーティング特性を制御する BK チャネルβ3 補助サブユニット(KCNMB3)が脊髄のミクログリアでのみ発現していることを見出した。本研究では, KCNMB3 がミクログリア特異的に発現するという点を利用して, KCNMB3 に対する低分子干渉リボ核酸の髄腔内注入を用いた脊髄ミクログリア特異的 BK チャネルのノックダウンを行い, 神経障害性疼痛における脊髄ミクログリア BK チャネルの役割を解析した。第 4 腰髄脊髄神経の切断により誘発されるアロディニアは KCNMB3 ノックダウンマウスでは有意に抑制され, 疼痛時に認められる脊髄ミクログリアにおける BK 電流の活性化は, ノックダウンマウスで有意に抑制された。さらに、痛みが既に形成された状況下でKCNMB3 のノックダウンを行ったところ, 脊髄後角のミクログリアの活性化を抑制し, 疼痛関連分子の発現レベルを減少させた結果, 疼痛が緩和された。本研究の結果から, BK チャネルが脊髄ミクログリアの活性化状態を調節し, KCNMB3 が神経障害性疼痛の治療標的であることを明らかにした。