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大学・研究所にある論文を検索できる 「抗がん剤シクロホスファミドとパクリタキセルにより誘発される内臓痛・体性痛の発症メカニズムとリスク因子に関する基礎・臨床研究」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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抗がん剤シクロホスファミドとパクリタキセルにより誘発される内臓痛・体性痛の発症メカニズムとリスク因子に関する基礎・臨床研究

平本 志於里 近畿大学

2023.01.11

概要

近年、痛みの発生・調節メカニズムに関する研究は急速に進歩し、様々な生理活性物質が痛みの調節に関与することが明らかになっている。がん性疼痛の治療にはNSAIDsやオピオイド類が有効であるが、抗がん剤の投与によって生じる痛みは既存の鎮痛薬に抵抗性を示すことが多く、新たな鎮痛薬の開発が望まれている。

がん患者の5年生存率は、新しい分子標的薬や化学療法薬のレジメンを用いる薬物療法の進歩により顕著に向上している。一方、化学療法の施行により骨髄抑制や脱毛の他、手足の痛みやしびれなどの末梢神経障害、吐き気・嘔吐や下痢・便秘などの消化器系障害、肝や腎・泌尿器系の障害など様々な副作用が生じ、患者のQOLは著しく低下する。化学療法の副作用は、抗がん剤の種類によって症状や発現頻度が異なるため、それぞれの薬剤による副作用の発現メカニズムを明らかにし、それに基づいて有効な対策を考案する必要がある。

抗がん剤投与によって特定の臓器に傷害や炎症が生じて内臓痛が発症することがある。多発性骨髄腫、悪性リンパ腫などの治療に用いられるアルキル化薬のcyclophosphamide(CPA)は、激しい膀胱痛を伴う出血性膀胱炎を引き起こす。興味あることに、マウスにCPAを投与すると膀胱の出血および粘膜浮腫と膀胱痛が誘発される。このCPA誘起膀胱炎マウスは、中高年女性に好発する間質性膀胱炎/膀胱痛症候群の病態解明や治療薬開発を目的とした研究において動物モデルとしても広く使用されている。一方、白金製剤のoxaliplatinやcisplatin、タキサン系のpaclitaxel(PCT)、ビンカアルカロイドのvincristine、プロテアソーム阻害薬のbortezomibなどの抗がん剤を投与した患者でよく認められる化学療法誘発性末梢神経障害(CIPN)は、抗がん剤の投与中止や減量の原因にもなる極めて重大な有害事象の1つであるが、現時点でこれを回避する有効な対応策はまだ確立していない。

川畑らのグループは、内因性ガス状情報伝達物質である硫化水素(H2S)によって知覚神経に発現するCav3.2T型カルシウムチャネルの活性が亢進し、疼痛や痛覚過敏が誘発されることを発見し、このH2S/Cav3.2系の過剰活性化が、CPA誘起膀胱痛やPCTによるCIPNの病態に関与することを報告している。また、damage-associated molecular patterns(DAMPs)の1つとして知られる核内タンパクhigh mobility group box1(HMGB1)が、組織損傷や炎症に伴って細胞外へ放出された後、receptor for advanced glycation end products(RAGE)、Toll-likereceptor4(TLR4)などの細胞膜受容体を活性化することで知覚神経を興奮させて痛みを誘発することも明らかにしている。興味深いことに、HMGB1は、CPA誘起膀胱痛やPCTによるCIPNの病態にも関与することが同グループにより証明されている。このように、H2S/Cav3.2系とHMGB1系はいずれも難治性疼痛の発症に重要な役割を演じているが、両経路の相互関係についてはまだよく分かっていない。そこで、これらの知見をもとに、本研究では、抗がん剤により誘発される有害事象のうち、CPA投与により発症する膀胱炎に伴う膀胱痛とPCT投与によるCIPNに焦点を当て、それらの発症メカニズムあるいは増悪因子を基礎研究と臨床研究の両面から解析した。

第1章では、CPA誘起膀胱炎マウスを用いて、CPAの副作用として発症する膀胱炎・膀胱痛と、中高年女性に好発する間質性膀胱炎/膀胱痛症候群の発症メカニズムを解析し、治療標的分子を検討した。CPA誘起膀胱痛には、膀胱炎症に伴って発現誘導された粘膜上皮細胞のcystathionine-γ-lyase(CSE)によって産生されるH2SによるCav3.2のチャネル活性亢進と、HMGB1によるRAGE活性化が関与することが示唆されている。そこで、始めに、CSE/H2S/Cav3.2系の関与をさらに検証するため、当研究室で開発した新規T型Caチャネル阻害薬、CSE阻害薬およびCav3.2遺伝子欠損の影響と検討したところ、いずれによってもCPA誘起膀胱痛が抑制されることが判明した。また、興味深いことに、CPAによるCSEタンパク発現量増加にNF-κBが関与すること及びNF-κBはRAGEの下流シグナルの1つであることが報告されている。そこで次に、CPA誘起膀胱痛に関与するHMGB1/RAGE系の上流シグナルと、CSE/H2S/Cav3.2系との関係を解析した。その結果、抗HMGB1抗体、HMGB1を不活性化するthrombo modulinalfa(TMα)、RAGE阻害薬の他、マクロファージ(Mφ)枯渇薬、ATPのP2X4及びP2X7受容体拮抗薬および抗酸化薬によってもCPA誘起膀胱痛が抑制され、さらに膀胱組織におけるCSE発現誘導も抑制された。これらのことから、Mφ由来HMGB1によるRAGE活性化、ATPによるP2X4及びP2X7受容体の活性化およびreactive oxygen species(ROS)産生がCSE/H2S/Cav3.2系の上流シグナルである可能性が示唆された。次に、培養膀胱上皮由来細胞では、CPAの肝代謝物acroleinにより迅速なATP遊離が認められた。Mφ様細胞では、ATP刺激によりP2X4およびP2X7受容体に依存した細胞浸潤と、P2X7受容体に依存したHMGB1遊離が認められた。また、ATP刺激によるMφ様細胞からのHMGB1遊離にはROS産生とp38MAPkinase(p38MAPK)およびNF-κBの活性化が関与することが示唆された。これらの結果から、CPAの肝代謝物acroleinが膀胱内に蓄積することで膀胱上皮細胞からATPが遊離し、このATPがP2X4/P2X7受容体を刺激してMφの膀胱粘膜への浸潤・集積を誘起した後、P2X7受容体依存的にROS産生とp38MAPKおよびNF-κB活性化を介してMφからのHMGB1遊離を誘起すると考えられる。細胞外に放出されたHMGB1は膀胱粘膜上皮においてRAGE依存性にCSEの発現誘導を引き起こし、これによって増加したH2SがCav3.2の機能亢進を引き起こすことで膀胱痛を誘起するのではないかと考えられる(Fig.1)。以上のことから、ATP、P2X4/P2X7、ROS、NF-κB、HMGB1、RAGE、CSE、H2SおよびCav3.2を標的とする薬物は、間質性膀胱炎/膀胱痛症候群患者の膀胱痛治療に対する新たな治療薬となりうる可能性が示唆された。

第2章では、生長会府中病院でPCTを用いた化学療法を施行したがん患者の診療録の情報を用いて、PCT誘起CIPN(PIPN)のリスク因子を見出すための後ろ向きコホート研究を行った。その結果、乳がん患者のPIPN重症化に有意な影響を及ぼす因子として、「57歳以上の年齢」と「化学療法施行前の内分泌療法」が検出された。そこで、基礎研究において雌マウスにPCTを反復投与することで誘発されるPIPNに及ぼす卵巣摘出の影響を調べた。その結果、卵巣摘出モデルに低用量PCTを反復投与するとPIPNが増悪し、これは、女性ホルモンの17β-estradiolあるいはHMGB1を不活性化するTMαを連日7日間投与することにより阻止された(Fig.2)。このTMαはすでにoxaliplatinを基本とした化学療法(mFOLFOX6)を実施したステージⅡ/Ⅲ結腸がん患者を対象としたTMαの第Ⅱa相臨床試験において、治験実施者(医療従事者)による末梢神経障害の評価基準と、患者による末梢神経障害の程度の評価基準を用いた検討結果では、いずれもCIPN予防薬として極めて有望であることが報告されている。以上より、PCTを投与された乳がん患者のうち、閉経によってエストロゲンが低下した人は、PIPNが重症化する可能性が高くなることが明らかとなった。さらに、近い将来、このような患者には化学療法施行時にCIPN/PIPN予防効果のあるTMαを投与しHMGB1を不活性化しておくことでPIPN重症化を予防し、QOL低下を緩和することが可能となるのではないかと考える。

第3章では、近畿大学病院の乳がん及び婦人科がん患者の診療録の情報を用いて第2章の市民病院で得られたPIPN発症のリスク因子を再検証し、さらにPIPN治療に用いられる薬物の処方動向について解析した。その結果、「55-58歳以上の年齢」、「PCT総投与量」がPIPN診断の増加に関与する因子であることが判明し、第2章で示した結果や既報と矛盾しないエビデンスを得ることができた。さらに、「女性ホルモン関連疾患の既往」、「高血圧」、「body mass index(BMI)高値」が、PIPN発症に有意な影響を及ぼすリスク因子であること判明した。また、log-rank検定により、PIPNの診断に関してある一定の年齢以上であることが影響を及ぼすことが明らかとなった(Fig.3)。PIPN発症患者において、PIPNの治療のために処方された薬は、pregabalin>mecobalamin>牛車腎気丸>duloxetineの順に多かった。診療科別で処方率を比較すると、婦人科におけるmecobalaminと牛車腎気丸の処方率は、乳がん患者のケアを担当する外科に比べて著しく高かった。以上より、大学病院における乳がんおよび婦人科がん患者においても閉経後にPIPN発症リスクが上昇することが判明し、市中病院での解析結果を支持する結論が得られた。また、女性ホルモン関連疾患の既往、高血圧、BMI高値もPIPN発症のリスク因子である可能性が新たに示唆された。さらにPIPN治療のために、必ずしも有効性についての十分なエビデンスのない薬物が多く処方されており、診療科間で処方内容に大きな違いが見られたことから、CIPN/PIPNに対するより有効な治療薬が開発され、エビデンスに基づく新たな治療ガイドラインの作成が喫緊の課題であることが再認識された。

今回の研究により、CPAの副作用として発症する出血性膀胱炎や中高年女性に好発する間質性膀胱炎/膀胱痛症候群患者の膀胱痛の発症に関与する可能性のある新たな分子メカニズムが明らかとなり、ATP、HMGB1、H2Sなどの液性因子、P2X4、P2X7、RAGEなどの細胞膜受容体、Cav3.2などのイオンチャネル、CSEなどの酵素やROSやNF-κBなどのシグナル分子を標的とする薬物が新たな治療薬となりうる可能性が示唆された。一方、PIPN発症後に投与して症状を効果的に抑制することを示す十分なエビデンスのある治療薬は今のところないため、閉経後の女性などPIPN重症化リスクの高いがん患者には、既にヒトでの有効性についてのエビデンスがあるTMαを化学療法施行時に投与してHMGB1を不活性化しておくことでPIPNの発症・重症化を予防できるのではないかと考えられる。今回の基礎・臨床研究により得られた知見は、抗がん薬により誘発される痛みの分子メカニズムの解明のみならず予防・治療薬開発にも役立つものと思われる。

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