中国貴州省茘波における薬用民族植物学的研究
概要
薬⽤⺠族植物学(Medical Ethnobotany)は、伝統的な⺠族医学システムにおける薬⽤植物の学際的な研究であり、植物の分類学、薬⽤植物の識別と⽬録づくり、植物化学的有効成分の分離と抽出、薬理学、医学および⺠族⾔語学もふくまれている(裴2000)。しかしながら、これまでに薬⽤⺠族植物学は薬⽤植物と⺠族⽂化に限られており、⼈間活動が⺠族⽂化と薬⽤植物に及ぼす影響に関する研究はほとんどない。
2007年、茘波は中国南⽅カルストの⼀部として世界⾃然遺産に登録された、貴州省で最初の⾃然遺産である。世界遺産の登録後、茘波県の観光客数が激増し、2005年の55万⼈から2014年の637万⼈になった(茘波県政府2005、2014)。観光により、地域社会において保全に対するインセンティブが⾼まることで、保全への取り組みが促進される。⼀⽅で、観光開発により攪乱されれば、そこに⽣息する多くの⽣物の⽣息地が破壊され、絶滅の脅威が増加する危険がある(操2002)。薮⽥(2017)は、世界遺産登録によって各地で観光客が急増し、過剰利⽤や⽣態系への悪影響といった問題を報告し、過剰な地域開発や観光開発が観光資源としての世界遺産の保全に対して脅威となってきた事実を⽰した。茘波における観光業の急速な発展に伴い、世界遺産地域の保護効果を評価することが不可⽋である。そのため、⽣物多様性の現状、⽣物多様性に与える影響因⼦を明らかにし、⽣物多様性保全対策を検討し、持続可能な利⽤を促進することが極めて重要な課題であると考える。
そこで本研究で、中国貴州省茘波⽔族地区を対象として、⽔族の伝統的医療と薬⽤植物の変化と現状から、⼈間活動と社会変化が⽔族の伝統的医療と薬⽤植物に及ぼす影響を明らかにすることを⽬的とした。具体的には、まず、⽔族の草医によって⽔族伝統的な医療⽅法と薬⽤植物資源を明らかにする。次に、住⺠の伝統的な医薬の利⽤状況、住⺠と薬⽤植物の関係を明らかにして、薬⽤植物に関わる伝統的な知識を保護する計画を検討する。最後に、茘波⽔族地区の植物相と⽣育状況を明らかにし、植物保全に与える世界⾃然遺産登録の影響を考察し、植物保全の⽅法を提案することを⽬的とする。