グレリン受容体アゴニストの胃切除術後の食欲不振に対する薬理作用
概要
Kobe University Repository : Kernel
PDF issue: 2023-03-03
グレリン受容体アゴニストの胃切除術後の食欲不振
に対する薬理作用
塩見, 喜弘
(Degree)
博士(農学)
(Date of Degree)
2021-09-25
(Date of Publication)
2022-09-01
(Resource Type)
doctoral thesis
(Report Number)
甲第8178号
(URL)
https://hdl.handle.net/20.500.14094/D1008178
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別紙様式 3 (博士論文審査等内規第 2条関係)
博士論文内容の要旨
(氏名:
塩見喜弘
N0.1
グレリン受容体アゴニストの胃切除術後の食欲不振に対する薬理作用
学籍番号: 165A471A
所属:生命機能科学専攻
氏
名
専攻・講座
塩_見喜弘
生命機能科学・応用生命化学生物化学
氏名:塩見喜弘
胃切除術後の食欲不振は、体重を著明に減少させ、結果として生活の質 (QoL) ならびに
予後を悪化させることから、胃がん患者にとって非常に深刻な問題であった。過去の文献
では、胃切除術後の体重減少は、がんの死亡リスクを高めることやがん再発予防や治療の
論文題目(外国語の場合は,その和訳を併記すること。)
ために術後に用いられる化学療法の継続を困難にさせることが報告されていた。このこと
から、胃切除術後に食欲や体重を適切に管理することが喫緊の課題となっていた。最近に
グレリン受容体アゴニストの胃切除術後の食欲不振に対す
なり、胃切除術後の食欲不振の原因の 1つとして、消化管ホルモンの関与が報告されてき
た。これまでに、幾つかの消化管ホルモンを標的とした食欲調節薬の研究開発が盛んに行
われてきたが、食欲不振症に対する有効な治療薬はいまだ存在していない。
る薬理作用
グレリンは、主に胃の胃底腺から産生される 28個のアミノ酸からなる消化管ホルモンで
あり、成長ホルモン (
GH)分泌促進作用、摂食充進作用、胃や腸の蟷動運動充進作用、正
のエネルギーバランスの誘導(同化作用)など、多様な機能を持つ。グレリンは、アシルグ
レリン(活性型)とデスアシルグレリン(不活性型)の 2種類の形態があり、グレリンのア
シル化がその生物活性に必要である。グレリンの受容体は、成長ホルモン分泌促進物質受
容体タイプ la(GHSRla) と呼ばれ、中枢神経系や多くの臓器に発現する G タンパク質共
役受容体 (GPCR) である。グレリンは GHSRlaに結合すると、細胞内 C
a2
+濃度を上昇さ
せてシグナルを伝える。グレリンは食欲の中枢として知られる脳の視床下部弓状核に作用
することで、摂食行動の誘発などの摂食充進作用を示す。また、その作用機序として、・グ
レリンは迷走神経胃枝求心路(胃に連結したニューロン)を介して、空腹状態であるシグナ
ルを脳の延髄、そして視床下部へ伝達することや、血中から血液脳関門 (BBB) をくぐり抜
けて視床下部へ作用することが知られている。
指導教員
宇野知秀
近年、食欲を増進する目的でグレリンに着目した臨床試験や非臨床試験が行われてきた。
例えば、胃全摘術後の外因性の合成グレリンの投与が胃がん患者の生存率を改善すること
が証明された。また、動物試験では、外因性グレリン投与が胃切除術後に低下した血中グ
レリン値を補充し、摂餌量や体重の減少を改善することが証明された。これらの結果から、
血漿グレリン値の増加あるいはグレリンシグナルの増強が胃切除患者における食欲不振を
改善する可能性が示唆された。
ゼリア新薬工業(株)では経口投与可能な新規のグレリン受容体アゴニスト(以下、
Z
5
0
5
) が創製され、これまでに多くの i
nv
i
t
r
o試験や i
nv
i
v
o試験により、 Z
5
0
5が GHSRla
(氏名:
塩見喜弘
(氏名:
N0.2
に対して強力なアゴニスト活性をもつことや、 GH分泌促進や摂食充進といったグレリン様
塩見喜弘
N0.3
ン、レプチン、 I
GF・Iの血漿中濃度を有意に減少させたが、 Z
5
0
5はインスリンとレプチン
の作用を示すことや、がんに伴う食欲不振(がん悪液質)や抗がん剤に伴う食欲不振を改善
の血漿中濃度を有意に増加させ、対照的にアシルグレリン、デスアシルグレリンおよび
することが示されてきた。一方で、グレリン受容体アゴニストが胃切除術後の食欲不振に
IGF・1の血漿中濃度にはほとんど影響を及ぼさなかった。このことから、 TGラットにおい
対する治療薬になり得るかどうかは、胃切除術が迷走神経を切断してしまうこと、なおか
て
、 Z
・505はグレリンの血中濃度を増加させることなく、摂餌量ならびに体重(主に脂肪組
つ薬剤が必ずしも BBBを通過しない可能性があるために不明であった。そこで本研究では、
織)を増加させる作用を有することが明らかとなった。また、 Z
・
5
0
5は骨格筋の合成に関与
胃全摘 (
T
o
t
a
lg
a
s
t
r
e
c
t
o
m
y;
TG)ラットと Z
5
0
5を用いて、グレリン受容体アゴニストの胃
する IGF・1や骨格筋の重量に影響に影響を及ぼさないことも明らかになった。
全摘術後の食欲不振に対する薬理作用を明らかにすることを目的とした。
最後に、 Z
・
5
0
5の摂食尤進作用機序を解明するために、視床下部弓状核の c
・
F
o
s陽性細胞
TGラットを作製するために、 7週齢の SDラットに麻酔薬であるペントバルビタールを
数を検討した。 7週齢のラットに TG処置を行い、術後 2
1日目に溶媒または Z
5
0
5を単回
腹腔内投与し、正中切開で開腹した。十二指腸を結紫切離し、食道胃接合部で食道を切離
で経口投与した。投与 4時間後に脳の凍結切片を作製し、抗 c
・
F
o
s抗体で免疫組織学的染色
後、胃を全摘出した。トライツ靭帯から 4・5cm肛門側の空腸を切開し、食道末端側とその
を実施した。その結果、 Z
・
5
0
5はコントロールだけでなく TGラットにおいても投与 4時間
空腸の切開部位とを縫合糸を用いて食道空腸吻合 (
B
i
l
l
r
o
t
h
I
I法)を行った。そして、 TG
後に視床下部弓状核の c
・
F
o
s陽性細胞数を有意に増加させた。さらに興味深いことに、 Z
・
5
0
5
ラットの基礎データを取得するために、体重、摂餌量、血漿アシルグレリン値および血漿
は TGラットで c
・
F
o
s陽性細胞数をコントロールに比べて有意に増加させた (TG+溶媒;
デスアシルグレリン値を経時的に観察した。また、脂肪組織重量(両側の精巣上体脂肪組織)
1
7
.
8士 2
.
0
,n=12および TG+Z
・
5
0
5;72.2
および骨格筋(両脚の誹腹筋、ヒラメ筋、長指伸筋および前腔骨筋)の重量を測定した。結
TGラットの視床下部弓状核の GHSRla発現量が増加したことや、胃の喪失による吸収・
果として、 TG処置は Shamラット(コントロール)と比較して摂餌量や体重を有意に低下
代謝の変化、薬物動態の変化が考えられた。
士 11.~,
n
=
l
2
,P
<
0
.
0
0
1
)。この理由としては、
させた。また、脂肪組織および骨格筋の重量を有意に低下させた。さらに、 TG処置はコン
要約すると、 TGラットを用いて Z
・
5
0
5が術後の摂餌量や体重の減少を改善させることや、
トロールと比較して血漿アシルグレリン値と血漿デスアシルグレリン値を有意に低下させ
Z
・
5
0
5 が食欲中枢である視床下部弓状核にあるニューロンを活性化させることを明らかに
た。•これらの結果が TG ラットに関する過去の文献データと一致していたことから、 TG ラ
した。以上のことから、グレリン受容体アゴニストが胃切除術後の食欲不振の治療薬にな
ットを確立できたと判断した。
り得ることが示唆された。
続いて、 TGラットにおける Z
5
0
5の摂食および体重への影響を検討するために、術後
1
4日目(投与前)にコントロールまたは TGラットをそれぞれ 2つのサブグループに群分
けし、 0
.
5%メチルセルロース溶液(溶媒)または Z
5
0
5(
l
O
O
m
g
/
k
g
) を 1日 1回
、 1
4日間
反復経口投与した。投与期間中 (
1
4日目から 27日目まで)に、各個体の摂食量や体重の変
化を毎日観察した。 28日目(試験の最終日)に、麻酔薬であるイソフルランで麻酔し、採
血後に脂肪組織および骨格筋の重量を測定した。血漿アシルグレリン、デスアシルグレリ
ン、グルコース、インスリン、レプチン、インスリン様成長因子ー 1(
I
G
F
1
) は、それぞれ
の ELISAキットで測定した。結果として、 TGラットにおいて Z
5
0
5は投与後 4、8およ
び 24時間の摂餌量を有意に増加させた。 TG処置は投与期間中(投与後 1
4日目から 28日
目まで)の 1日あたりの摂餌量を著明に減少させたが、 Z
5
0
5はこれを有意に増加させた。
TG処置は投与期間中 (
1
4日間)の累積摂餌量を著明に減少させたが、 Z
5
0
5はこれを有意
に増加させた (TG+溶媒; 2
1
3
.
8士 1
5
.
3g
,n=l2および TG+Z-505;258.2士 13.1g
,n
=
l
4
,
P
<
0
.
0
5
)
。TG処置は投与期間中の体重増加量を有意に減少させたが、 Z
5
0
5はこれを改善
する傾向が認められた。また、 TG処置は脂肪組織および骨格筋の重量を有意に減少させた
が
、Z
5
0
5は脂肪組織重量を有意に増加させた。一方で Z
5
0
5は骨格筋の重量を有意に増加
させなかった。さらに、 TG処置により、アシルグレリン、デスアシルグレリン、インスリ
以上
論文審査の結果の要旨
(別紙 1)
論文
題目
豆ー
TG ラットを作製するために、
塩見喜弘
氏名
1
I
グレリン受容体アゴニストの胃切除術後の食欲不振に対する薬埋作用
区分
職名
主査
教授
宇野知秀
副査
教授
竹中慎治
副査
准教授
金丸研吾
I
氏
副査
_
ー
一
腸を切離し、食道胃接合部で食道を切離後、胃を全摘出した。食道末端側とその空腸の切開部
位とを縫合糸を用いて食道空腸吻合を行った。そして、体重、摂餌量、血漿アシルグレリン値
および血漿デスアシルグレリン値を経時的に観察した。また、脂肪組織重量および骨格筋の
重量を測定した。結果として、 TG処置は Shamラットと比較して摂餌量や体重を有意に低下さ
せた。また、脂肪組織および骨格筋の重量を有意に低下させた。さらに、 TG処置は Shamラッ
トと比較して血漿アシルグレリン値と血漿デスアシルグレリン値を有意に低下させた。これら
の結果から、 TGラットを確立できたと判断した。
名
印
副査
塩見喜弘
7週齢の SD ラットを麻酔し、正中切開で開腹した。十二指
印
要 旨
胃切除術後の食欲不振は、体重を著明に減少させ、胃がん患者にとって非常に深刻な問題で
あった。過去の文献では、胃切除術後の体重減少は、がんの死亡リスクを高めることやがん
再発予防や治療のために術後に用いられる化学療法の継続を困難にさせることが報告されて
いた。このことから、胃切除術後に食欲や体重を適切に管理することがきっきんの課題とな
っていた。最近になり、胃切除術後の食欲不振の原因の 1
つとして、消化管ホルモンの関与が
報告されてきた。これまでに、幾つかの消化管ホルモンを標的とした食欲調節薬の研究開発
が行われてきたが、食欲不振症に対する有効な治療薬はいまだ存在していない。本論文草稿
では、新規のグレリン受容体アゴニストである Z-505の生理作用と胃切除術後の食欲不振に対
する薬理作用について、その成果を取りまとめたものである
本学位論文草稿は、序章、第 1
章、第2章、第3
章、終章から構成されている。
序章では、研究背景としてグレリンについての特徴と生理作用について述べている。
グレリンは、主に胃から産生される消化管ホルモンであり、成長ホルモン (
G
H
) 分泌促
進作用、摂食充進作用、胃や腸のぜん動運動充進作用など、多様な機能を持つ。グレリンの
受容体は、成長ホルモン分泌促進物質受容体タイプl
a(
G
H
S
R
l
a
) と呼ばれ、中枢神経系や多
くの臓器に発現する6蛋白質共役受容体 (
G
P
C
R
) である。グレリンはG
H
S
R
l
aに結合すると、細
胞内C
a
2+濃度を上昇させてシグナルを伝える。グレリンは食欲の中枢として知られる脳の視
床下部弓状核に作用することで、摂食行動の誘発などの摂食充進作用を示す。また、その作
用機序として、グレリンは迷走神経胃枝求心路(胃に連結したニューロン)を介して、空腹
状態であるシグナルを脳の延髄、そして視床下部へ伝達することや、血中から視床下部へ作
用することが知られる。近年、食欲を増進する目的でグレリンに着目した臨床試験や非臨床
試験が行われてきて、血漿グレリン値の増加あるいはグレリンシグナルの増強が胃切除患者
における食欲不振を改善する可能性が示唆された。
第 1章では、グレリンのアゴニストである Z-505の化合物および薬理作用プロファイルに
ついて述べている。
新規のグレリン受容体アゴニストである Z-505 が経口投与可能な薬剤として創製され
た
。 Z505は
、 i
nv
i
t
r
o試験や i
nvivo試験により、 GHSRlaに対して強力なアゴニスト活性
をもっていた。また、 GHの分泌促進や摂食充進といったグレリン様の作用を示した。また Z505
ががんに伴う食欲不振(がん悪液質)や抗がん剤に伴う食欲不振を改善することを示した。
第 2章では、胃全摘 (
T
o
t
a
lg
a
s
t
r
e
c
t
o
m
y;T
G
)ラットと Z-505を用いて、グレリン受容体
アゴニストの胃全摘術後の食欲不振に対する薬理作用を明らかにした。
続いて、 TGラットにおける Z-505の摂食および体重への影響を検討するために、経口投与
した。投与期間中に、各個体の摂食量や体重の変化を毎日観察した。 2
8日目に、麻酔し、採
血後に脂肪組織および骨格筋の重量を測定した。血漿アシルグレリン、デスアシルグレリン、
グルコース、インスリン、レプチン、インスリン様成長因子ー1(
I
G
F
1
)を測定した。結果とし
て
、 TGラットにおいて Z-505は投与後 4、8および 24時間の摂餌量を有意に増加させた。 TG
処置は投与期間中の 1日あたりの摂餌量を著明に減少させたが、 Z-505はこれを有意に増加さ
せた。 TG処懺は投与期間中の累積摂餌量を著明に減少させたが、 Z-505はこれを有意に増加さ
せた。 TG処置は投与期間中の体重増加呈を有意に減少させたが、 Z-505はこれを改善する傾向
が認められた。また、 TG処置は脂肪組織および骨格筋の重最を有意に減少させたが、 Z-505は
脂肪組織重盤を有意に増加させた。一方で Z-505は骨格筋の重量を有意に増加させなかった。
さらに、 TG処置により、アシルグレリン、デスアシルグレリン、インスリン、レプチン、 I
G
F
:
1
の血漿中濃度を有意に減少させたが、 Z-505はインスリンとレプチンの血漿中濃度を有意に増
加させ、対照的にアシルグレリン、デスアシルグレリンおよび I
G
F
1の血漿中濃度にはほとん
ど影聾を及ぼさなかった。このことから、 TGラットにおいて、 Z-505はグレリンの血中猿度を
増加させることなく、摂餌量ならびに体重を増加させる作用を有することが明らかとなった。
また、 Z-505は骨格筋の合成に関与する I
G
F
1や骨格筋の重贔に影聯を及ぼさなかった。
第3章では、 Z-505の摂食充進作用機序を解明するために、視床下部弓状核の神経細胞の活
性化マーカーである c
F
o
sの陽性細胞数を検討した。 7週齢のラットにTG処置を行い、術後2
1日
目に溶媒またはZ-505を単回で経口投与した。投与4
時間後に脳の凍結切片を作製し、抗c
F
o
s
抗体で免疫組織学的染色を実施した。その結果、 Z-505はShamラットだけでなく TGラットにお
いても投与4時間後に視床下部弓状核のc
F
o
s陽性細胞数を有意に増加させた。さらに興味深い
ことに、 Z-505はTGラットでc
F
o
s陽性細胞数をShamラットに比べて有意に増加させた。この
理由としては、 TGラットの視床下部弓状核のGHSRla
発現量が増加したことや、胃の喪失による
吸収・代謝の変化、薬物動態の変化が考えられた。 更に、 Z505のTGラットにおける摂餌量な
らびに体重を増加させる作用、視床下部弓状核の神経細胞の活性化マーカーである c
F
o
sの陽
性細胞数の増加作用について、そのメカニズムを考察している。
終章では、 TGラットにおいて Z-505がグレリンと同様に摂食充進作用や体重増加作用を示すこ
とや、その作用機序として視床下部弓状核のニューロンの活性化が関与することについてまと
めて記述した。
本研究は、グレリン受容体アゴニストである Z505 について、その摂食充進作用を研究した
ものであり、胃切除術後の食欲不振の治療薬について重要な知見を得たものとして価値ある集
積であると認める。よって、学位申請者の塩見喜弘は、博士(牒学)の学位を得る資格がある
と認める。