中国内モンゴルにおける肉用牛繁殖経営の現状と課題 : 赤峰市における半農半牧村と牧畜村を事例にして
概要
本論文は、中国内モンゴル自治区における肉用牛繁殖経営の現状と課題について、半農半牧村と牧畜村の比較実証分析を通じて明らかにした結果を取りまとめたものである。本研究の具体的な研究課題は以下の3点である。
1) 中国の牛 肉 産業の現 状について各種公刊統 計を用いて整理し、そのうえで中国及び内モンゴルにおける肉用牛繁殖経営の位置づけを明確にする。
2) 近 隣に位置しつつも、 飼料基盤及び立地条件において顕 著な地域差が存在する内モンゴル赤峰市の半農半牧村と牧畜村における肉用牛繁殖経営の現状を収益性及びその背景に注目し、明らかにする。
3)当該 2村における肉 用 牛 繁殖経営の課 題及び経営者の今後の意向を明らかにし、そのうえで今後の経営改善に向けた方向性に言及する。
課 題 2 )と3 )は、赤峰市バイリン右旗の半農半牧村と同市アルホル旗の牧 畜村で実施した農家経営調査( 33戸:半農半牧村16戸、 牧 畜村17戸)から収集した農家レベルのデータを用いた定量的分析に基づく。
各研究課題において明らかになった主な点は以下に要約される。
1 )近年、中国では所得水準向上を背景にして牛 肉消費 量が増大し、それに伴い牛肉輸入量も急増している。こうしたなか、国内牛肉生産の強化が急務とされ、肥育及び繁殖経営の拡充が重要課題になっている。国内有数の牛肉生産地である内モンゴル自治区においても肉用牛繁殖経営の強化が求められている。
2 )収益性に関する分析から以下の点が明らかにされた。第 1に、飼料基盤については、半農半牧村では濃厚飼料が主体であり、牧畜村では粗飼料が主体である。 第 2に、2000年代前半の環境保護政策以降 、半農半牧村では耕地でのトウモロコシ生産の強化、牧畜村では素牛出荷時期の放牧期間初期への転換により、飼料基盤の維持・拡充が図られてきた。半農半牧村ではトウモロコシ増産により、余剰生産物が生じ、その販売が大きな収入源になっている。第 3に、両村間には飼料基盤の顕著な違いがみられるものの、飼養頭数、粗収入、経営費、純収入において両村間に統計的な有意差はない。第 4に、規模階層間の収益性の比較から、半農半牧村ではトウモロコシの販売収入が大きい中規模層において優位性があり、牧畜村では広い牧草地をもつ大規模経営において優位性がある。ただし、両村とも大規模層では自給飼料の不足により、小・中規模層に比較して購入飼料依存率が高くなっている。第 5に、純収入を規定する主な要因は、飼養頭数、耕地面積、トウモロコシ販売の有無、素牛出荷率、素牛出荷体重である。飼料基盤の差に由来する繁殖管理・飼養方法の差が純収入の遠因になっていることが示唆される。半農半牧村では、飼養頭数、素牛出荷率、素牛出荷体重の素牛販売の構成要素のほか、重要な飼料供給源かつ収入源でもあるトウモロコシが生産されている耕地の面積が純収入の規定要因になっている。他方、牧畜村では素牛販売の構成要素の重要性については同様の結果であったが、唯一の飼料基盤である牧草地の面積が純収入に有意な影響を及ぼしていない。牧草地面積が必ずしも牧畜村繁殖農家の自給飼料生産力を反映していないことが示唆される。
3 )小規模層は出荷先の不安定性等の経営外部条件を問題と捉え、現 状 維持を志向する傾向にある。他方、大規模層は労働力不足、優良品種の少なさ、牧草地不足等の経営内部資源の不足を問題であると捉え、それら自己資源の拡充・強化により規模拡大を志向する傾向にある。将来、調査村では農家の分極化が進行し、経営規模格差の拡大化の可能性があることが示唆される。
調査村における今後の肉用牛繁殖経営の安定的発展には、これまでの量的拡大に加え質的改善が不可欠である。将来的には飼養頭数の拡大よりも、むしろ優良品種の導入や飼養管理技術の向上等による繁殖牛 1 頭当たり収益性の向上が重要になる。同時に、牧草地の保全に配慮した飼料基盤の拡充・強化が不可欠になる。半農半牧村ではトウモロコシの持続的生産の確保、牧畜村では唯一の飼料基盤である牧草地の利用効率の向上が求められる。
以上の結果は、肉用牛繁殖・肥育一貫経営と肉用牛肥育経営または繁殖経営等、異なる経営類型間の比較分析や地域性に注意を払わない研究においては見出せなかった知見である。先行研究の蓄積が十分ではない中国の肉用牛繁殖経営に関する研究分野における新たな知見といえる。