リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

リケラボ 全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索するならリケラボ論文検索大学・研究所にある論文を検索できる

リケラボ 全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索するならリケラボ論文検索大学・研究所にある論文を検索できる

大学・研究所にある論文を検索できる 「理論と実験によるナノカーボンの形成・構造・結合・特性に関する研究」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

コピーが完了しました

URLをコピーしました

論文の公開元へ論文の公開元へ
書き出し

理論と実験によるナノカーボンの形成・構造・結合・特性に関する研究

増本, 優衣 東京大学 DOI:10.15083/0002002540

2021.10.15

概要

【緒言】フラーレン (C60 など)、カーボンナノチューブ (CNT)、グラフェン (graphene) などナノサイズの炭素物質は「ナノカーボン (nanocarbon) 」と呼ばれ、その特異な構造や機能から様々な分野で応用研究が進められている。しかし意外なことに、その発生機構や構造多形の起源に関しては未だに多くが謎に包まれている。4 つの価電子を持つ炭素は、その結合様式により多種多様な構造体を作る。本研究では、ナノカーボンの形成・構造・結合・特性に秘められた科学に、理論と実験の両面から迫った。第一に、湾曲した sp2-ナノカーボンの部分構造であるシクロパラフェニレン (CPP, Scheme 1) の物性研究から、第 3 の芳香族性「面内芳香族性」を見いだし、その特性を明らかにした。第二に、世界最小の有機分子である二原子炭素 (C2) の常温常圧における重合生成物からナノカーボンを発見し、その微細構造を明らかにした。

1. シクロパラフェニレンと面内芳香族性
 「芳香族性」は有機化合物の物性・機能を支配する重要な概念の一つである。芳香族性の発見は1865 年の Kekulé によるベンゼンの構造提唱に遡る。その後、1931 年になって Hückel によってその安定性の起源が提案された (Fig. 1)。Hückel 芳香族では、p 軌道が平行に並び、 π電子数が 4N+2 (N = 0, 1, 2, …) の時に特別な安定性 (芳香族性) が出現する。約 100 年後の 1964 年には、Möbius の帯のように p 軌道が“よじれた”第二の芳香族性が提案され、今世紀になって実際にいくつかの化合物が合成された。1979 年には、第 3 の芳香族として、環平面上に p 軌道が“横たわる”「面内芳香族性」が理論研究から予言された。
 C60 や CNT の部分構造である CPP は、ベンゼン環が para 位で繋がった特殊な環状構造を持ち、環平面内に拡がる p 軌道を持つ。CPP を酸化すると、二電子酸化が優先し、生成したジカチオン種 (CPP2+)は中性種 (CPP) と比べて吸収スペクトルが大幅に長波長シフトするなど特異な現象が実験的に知られていた (Scheme 1)。我々は、こうした CPP の特殊な物理化学的性質が面内芳香族性に起因するのではないかと 2015 年に提案した[1]。CPP は様々な環サイズが容易に入手・合成可能である。そこで、[n]CPP (n = 5–9) の物性と面内芳香族性の関係を理論と実験から詳細に検証し、以下に示す 2 つの面内芳香族性に起因する特性を見いだした。
① CPP の電子構造と光学特性[2]:[n]CPP の酸化により生じるジカチオン種 [n]CPP2+ (n = 5–9) について、電子吸収・MCD スペクトルを測定したところ、いずれも最長波長の吸収帯に対して強い微分型の MCD シグナルが観測された (Fig. 2a, 2b)。この結果は、[n]CPP2+ の励起状態における軌道角運動量が大きい ことを示しており、Hückel 芳香族分子の電子構造によく似ている。また、[n]CPP2+ (n = 5–9) ではいずれ も蛍光が観測された (Fig. 2c)。環サイズが大きいものほど、最長波長吸収帯ならびに蛍光波長が長波長シフトし、多くは近赤外領域に達することがわかった。これらの特徴も Hückel 芳香族の電子特性に類似する。一方、中性種 [n]CPP (n = 5–9) では、上記のような傾向は全く示さなかった。以上の実験結果ならびに理論計算より、ジカチオン種 CPP2+ は 4N+2 個のπ電子を持つ面内芳香族分子、中性種 CPP は 4Nπ面内非(反)芳香族分子であると結論づけた。面内芳香族分子においても、Hückel 芳香族分子と同様に、(4N+2)πが芳香族性、4Nπが非(反)芳香族性を示すことを実証した。
②Baird則と面内芳香族性:Hückel芳香族分子では、基底一重項状態(S0)と最低励起三重項状態(T1)で芳香族性と反芳香族性が“入れ替わる”ことがBairdによって理論的に予言され[3]、後に実証されている。本研究では、CPPをモデルとして用いて、「面内芳香族分子にもBaird則が成り立つか?」について理論と実験を用いて解析した。DFT計算の結果、(1)中性種CPPはS0では非(反)芳香族性を示すがT1では芳香族性を有すること、(2)S0状態において面内芳香族性を示すジカチオン種CPP2+は、T1状態で反芳香族性に変化することが明らかになった(Fig.3a)。これらの化学種の定常状態および過渡吸収スペクトルを測定したところ、理論による芳香族性の反転を支持する結果が得られた。本研究は、面内芳香族分子にBaird則が成り立つことを理論・実験の両面から明らかにした初めての例である。さらに、ジアニオン種(CPP2–,4N+2個のπ電子を持つ)およびCNTを摸倣した積層・チューブ状の分子構造においてもBaird則が広く成り立つことを明らかにした(Fig.3b)。

2. ナノカーボンと二原子炭素(C2)
 C60、CNT、グラフェンなどに代表されるナノカーボンは、機能性炭素材料として様々な応用研究が進んでいる一方、その発生機構や構造多形の起源に関しては、多くが謎に包まれている。当研究室では、ごく最近、世界最小有機分子であるC2を常温常圧下に初めて化学合成することに成功し、各種捕捉実験によって「一重項ビラジカル性を有する四重結合性」を初めて実験的に明らかにしている(Scheme2)。C2は、一般に炭素が蒸気(3600℃以上が必要)になると発生し、宇宙空間に多く存在することが知られてきたことから、筆者は「自然界におけるナノカーボンの起源はC2ではないか?」と考えるに至った。
 ろうそくの青い炎にもC2が含まれることが知られるが、空気中の酸素や不純物ですぐに捕捉・不活化されてしまう。そこで、C2をアルゴン雰囲気下、無溶媒・常温常圧条件にて発生させたところ、煙を上げて黒色固体が生じることを見出した。
 黒色粉末のトルエン抽出液には、C60に対応する分子イオンピークがMALDI-TOF/MSによって観測された(Scheme3)。このときC70以上の高次フラーレンは検出されなかった。
 次に、アルキンの片側を13Cラベル化したC2前駆体を合成し、同様の固相反応を行ったところ13Cがちょうど30個含まれるC60-13C30のMSピークが検出された。その際、非標識C60は全く検出されなかった。次に、トルエン不溶の黒色固体について、アモルファス炭素を酸化処理により除去した試料のRamanスペクトルを測定したところ、グラファイト(graphite)ならびに単層CNT(SWCNT)に特徴的な各種バンドが観測された。そこで、HRTEM(high-resolution transmission electron microscopy)を用いて測定したところ、「欠陥構造の少ない2次元グラフェンシートが密に詰まったグラファイト」ならびに「これまでに知られるほぼ最小の直径(約0.5nm)を持つSWCNT」が観測された(Fig.4)。これらはC2が常温常圧下ナノカーボンの起源になり得ることを証明した初めての結果である。得られたナノカーボンはいずれも特徴あるものばかりで、抵抗加熱法やアーク放電法(electric arc)、PLD(Pulsed Laser Deposition)法などの高エネルギーを用いる従来法と比べて対照的である。本法により実現した低温C2発生法は、炭素材料の“化学合成”に向けた革新的な一歩になると考えている。

【総括】本研究では、理論と実験の協奏により、ナノカーボンの発生機構や構造多形の謎に挑んだ。この過程で、(1)湾曲したsp2-ナノカーボンの基本構造であるシクロパラフェニレン(CPP)に第3の芳香族性「面内芳香族性」を見出し、その本質と特性を明らかにした。また、(2)独自の手法によって発生させた基底状態のC2から常温常圧下、C60、(SW)CNT、グラファイトといったナノカーボンが自然形成することを初実証した。本研究成果は、ナノカーボン生成過程の解明を含む新しい基礎科学、および炭素材料を含む物質科学に新たな可能性を示すものであると考えている。

この論文で使われている画像

参考文献

[1] J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 82. [2] J. Phys. Chem. A 2018, 122, 5162. [3] Baird, N. C. J. Am. Chem. Soc. 1972, 94, 4941.

参考文献をもっと見る

全国の大学の
卒論・修論・学位論文

一発検索!

この論文の関連論文を見る