デング熱媒介蚊における越冬卵形成メカニズムの解明 (第137回成医会総会一般演題)
概要
ヒトスジシマカ(Aedes albopictus)は,デング熱等の感染症を媒介するヤブカの一種である.温暖化の影響で,ヒトスジシマカがさらに生息圏を拡大することが予想されており,デング熱等の蚊媒介性感染症拡大に寄与する懸念が指摘されている.ヒトスジシマカは,日本では南東北以南で一般的に見られるが,本来は東南アジアなどの熱帯・亜熱帯地域の原産種であった.日本をはじめとする東アジアの温帯地域に定着するために,越冬する性質を獲得したと考えられている.この能力のため,従来のアジアから,現在はその生息地域をヨーロッパや北米まで拡大している.ヒトスジシマカは,卵の状態で越冬する.越冬卵形成は,晩秋の低温・短日を環境シグナルとして誘導される.越冬卵の内部では一齢幼虫まで発生が進行するが,そこで一旦発育を停止し,初夏になって初めて孵化する.越冬卵形成能力は,温帯地域に棲むヒトスジシマカだけが有する形質であり,東南アジアでは同種であっても有していない.はじめに,我々は,日本で採集されたヒトスジシマカ系統(温帯由来)とマレーシアのヒトスジシマカ系統(熱帯由来)の越冬卵形成能を比較した.越冬条件下(気温21℃・明期8時間)で飼育後に産卵させ,その孵化率を調べた結果,マレーシア系統の卵は82% が孵化したが,日本系統の卵では1% 未満であり,ほぼ全てが越冬卵として形成されたことが確認された.このことから,前者は熱帯系統,後者は温帯系統であることが示された.昆虫の生活史において脱皮や蛹化のタイミングは昆虫ホルモンによって制御されていることが知られている.そのため,越冬卵内の一齢幼虫が冬の間発育を停止し,初夏に孵化行動を開始するタイミングも昆虫ホルモンによって制御されている可能性が考えられた.そこで,熱帯系統と温帯系統を用いて,RNA-seq により網羅的に遺伝子発現変化を比較したところ,胚発生完了後に,温帯系統の越冬卵と比べて熱帯系統の非越冬卵において著しく発現量が上昇していた昆虫ホルモンはCapability(Capa)のみであった.この結果から,Capa が孵化行動を制御している可能性が示唆された.現在,CRISPR/Cas9システムにより,ヒトスジシマカの温帯・熱帯両系統を用いてCapa ノックアウト系統を作製し,孵化率や孵化行動への影響を評価している.