チロシンキナーゼ阻害剤レンバチニブの治療における血圧変化
概要
背景:近年広く使用されているチロシンキナーゼ阻害剤(TKIs)では, 高血圧や腎機能障害などの有害事象が多いことが知られている. とりわけレンバチニブでは, 高血圧の発症が高頻度である. 本研究ではレンバチニブの血圧への影響と関連因子についての研究をおこなった.
対象と方法:本研究は後ろ向き観察研究である. 対象患者は 2018 年 4 月から 12 月までに当施設で切除不能肝細胞癌に対してレンバチニブによる治療を開始した 25 名. 治療開始前と治療開始 1 週間後(いずれも入院中)に実施された 24 時間自由行動下血圧測定(ABPM), 血液検査, 尿検査のデータ, 浮腫の有無や利尿剤の使用状況などを調べた. 更に退院後の治療開始 3週間時点での家庭血圧, 血液検査, 尿検査のデータおよび浮腫や利尿剤の状況について調べ, これらの治療経過中の変化について検討した.
結果:平均血圧は治療開始前と比較して治療開始 1 週間後に有意な上昇を認めた。(収縮期血圧 129.7±13.0mmHg vs. 144.2±15.7mmHg, P<0.05)(Figure.1)また, 血圧の日内変動については夜間高血圧が有意に増加した. (Figure.2) 一方でこの時点で腎機能, 尿蛋白量, 尿中 Na 排泄量には有意な変化は認めなかった. また, 浮腫の増悪を認めた患者もいなかった.
しかし 3 週間時点では, 1 週間時点と比較して糸球体濾過量(eGFR)と尿中 Na 排泄量の有意な低下を認めた. (eGFR 71.0±19.1mL/min/1.73 ㎡vs. 66.1±22.0mL/min/1.73 ㎡, 尿中Na 排泄量 153.4±51.7mEq/day vs. 112.5±65.0mEq/day) また, 25 名のうち 10 名の患者で浮腫の増悪を認めた. (Table.2)
我々は, この 10 名を「体液過剰あり」, 残り 15 名を「体液過剰なし」と定義し, 種々の項目を両群間で比較した. 治療開始 3 週間での平均血圧は体液過剰のある患者群で有意に高く (収縮期血圧 143.6±20.2 mmHg vs. 131.3±6.4mmHg, P<0.05), また平均の血漿 BNP 値も体液過剰のある患者群で有意に高値であった(血漿 BNP 値 137.1±124.1 pg/mL vs. 32.4±23.8 pg/mL, P<0.05). 体液過剰を認めた 10 名のうち, 7 名はループ利尿剤, 3 名はカルシウム拮抗薬による降圧治療強化が必要となり, 更にこのうちの 1 人は重症高血圧のためレンバチニブの休薬を要した. 一方で体液過剰を伴わなかった 15 名の中にループ利尿剤や降圧剤による治療強化を要した患者はいなかった. 加えて, 尿中 Na 排泄量は治療開始前, 開始後 1 週間時点では両患者群に有意な差はなかったが, 3 週間では「体液過剰あり」の患者群で有意に低値であった. (Figure.3) 重症高血圧の患者も体液過剰を伴う患者群で有意に多かった. (Figure.4)
結論:レンバチニブの治療においては治療開始 1 週間(早期相)から血圧上昇を認めるが, この時点では体液過剰を示唆する所見は認めなかった. 一方で, 治療開始 3 週間時点(後期相)においては体液過剰を伴う血圧上昇が認められた.
レンバチニブによる血圧上昇の機序に関する考察:
上記の結果から, レンバチニブによる血圧上昇の機序には体液過剰が関与しないものと, 体液過剰が関与するものがあることが示唆された.
体液過剰が関与しない機序に関しては, 血管収縮と血管拡張に関わる液性因子の濃度不均衡が関与していると考えらえる. 一酸化窒素(NO)は血管平滑筋弛緩により末梢血管抵抗を減らすことで血圧を低下させるが, レンバチニブを含む TKIs は VEGF 阻害を介して NO の合成を阻害することが知られている. 同じく血管拡張作用のあるプロスタサイクリン(PGI2)もまた VEGF 阻害によって合成が阻害されると考えられている. 更に血管収縮作用を有するエンドセリン-1(ET-1)は TKIs により血中濃度が上昇することが知られている. レンバチニブによる治療では, こうした因子の変化が体液過剰を介さず血圧上昇に寄与すると考えられる.
一方で体液過剰を伴う血圧上昇についても複数の原因が考えられている. 腎臓内において NO は, 尿細管-糸球体フィードバックを介して腎血管を拡張し糸球体血流を増加させて Na利尿を増やす働きを有している. また, NO は尿細管における複数の輸送体において Na 再吸収を抑制することも知られている. レンバチニブを含む TKIs は, こうした NO の作用を減弱させ, Na 貯留と体液量増加を誘導すると考えられる. また TKIs は, 腎血流低下や糸球体内皮障害などにより様々な腎障害をきたすことが報告されており, 腎機能低下によっても体液量は増加すると考えられる. 加えて本研究においては, 患者の退院後に塩分摂取制限が緩和されたことで Na 負荷が増大したことも体液量増加の一因になったと考えられている. こうした複数の機序が, レンバチニブによる腎機能低下や尿中Na 排泄量低下に寄与し, 体液過剰を伴う血圧上昇につながったと考えられる.