Theoretical Study of Quantum Systems Coupled with Multiple Baths: Application to μSR and Nonlinear Vibrational Spectroscopies
概要
学位論文の要約
題目 Theoretical Study of Quantum Systems Coupled with Multiple Baths: Application
to µSR and Nonlinear Vibrational Spectroscopies
(複数熱浴に結合した量子系に関する理論研究:µSR および非線形振動分光へ
の応用)
氏名
髙橋秀顕
序論
開放量子系の理論は現代の物理学において最も重要なトピックのひとつであり、化学物
理、凝縮系物理、量子情報など様々な分野においてその重要性は増してきている。特に凝
縮相における分光を理論的に扱う際には、余剰エネルギーの環境への散逸を取
り入れる必要があり、開放系の理論は必要不可欠となる。一般に主系が一つの熱浴
に結合している場合を考えることが多いが、現実の系に適用するためには、主系が独立し
た複数の熱浴に結合している状況を考えることが適している場合もある。本論文ではこの
ような系に対する運動方程式や計算方法を確立し、特に µSR および非線形振動分光への応
用について研究を行った。
スピン緩和と µSR
ミュオンスピン緩和法(µSR)はミュオンスピンをプローブとし、物質の局所内部磁場を高
感度で観測することにより、局所的な電子状態を探る実験手法である。µSR スペクトルは
ミュオンスピンの偏極度の時間変化をプロットした緩和関数として表される。緩和関数は
外部磁場の印加方向によって類別され、ゼロ磁場あるいは縦磁場方向に磁場を印加したも
のを縦緩和関数と呼ぶ。この縦緩和関数の一般理論として主に、スピン緩和の問題を確率
過程論に基づいて解析した久保・鳥谷部理論が知られている。本研究においては system-bath
モデルに基づき、久保・鳥谷部理論を一般化・拡張し、µSR スペクトル(縦緩和関数)の
温度効果や局所磁場の異方性を考慮し解析した。
モデルとしてスピン系に3次元の磁場揺動に対応する3自由度のボゾン熱浴がそれぞれ
独立に結合している系を考える。ゼロ磁場の場合にも適用できるようノイズを非摂動的非
マルコフ的に扱うことのできる階層型運動方程式(HEOM)を採用し、スピン系の縮約密度
行列の時間発展を計算することによって、スピン偏極度の動的性質を調べた。
水に対する非線形振動分光
水の特徴は複雑な水素結合を介して結合の形成と崩壊をもたらす高周波数の分子内振動
モードと非可逆な核の運動から生じる低周波数の分子間振動モードから成る。低周波数の
テラヘルツ領域から高周波数の赤外領域まで幅広くカバーする光源を生成することの困難
さから、分子間振動モードから分子内振動モードに渡るモード間のカップリングについて
はあまり研究されていない。それに対し分子間振動モードと分子内振動モードを統一的に
扱うことのできる新たな分光法として2次元赤外‐ラマン分光法(2次元テラヘルツ‐ラ
マン分光法)が提案されている
しかし、2次元赤外‐ラマン分光法の理論計算においては古典的な MD シミュレーショ
ンやモデル計算しか行われておらず、量子効果を含めた正確なスペクトルの予測や理論的
な解析ができていない。
本研究では、開放量子系の枠組みに基づいたモデルシミュレーションにより水の2次元
赤外‐ラマンスペクトルにおける量子効果および分子間振動モードと分子内振動モードの
間のカップリングについて明らかにし、実験に対する解析手法を与えた。
スペクトルの計算には、分子内振動の量子効果を正しく考慮するために、DHEOM-MLW
を新たに導入した。これにより安定で高速な計算が達成された。
量子効果を考慮すると古典的な場合と比較して、分子内振動のピークがレッドシフトす
ることが分かる。これは熱浴との非マルコフな相互作用に由来するものと考えられ、これ
は実験のスペクトルを再現している。2次元のスペクトルにおいても同様のピークシフト
が現れることが分かった。 ...