Ⅱ型糖尿病モデルラットにおける歯髄内石灰化発生のメカニズムの多面的解析
概要
【研究目的】
歯髄は象牙質に囲まれた非石灰化組織であり,通常は石灰化することはないが,病的環境においては歯髄内に歯髄結石とよばれる硬組織の形成が知られている。この歯髄結石は根管内の物理的障壁となることで歯髄組織への栄養供給や創傷治癒を妨げるため,歯髄の虚血,感染,壊死を惹起する。これまで歯髄結石の形成は加齢に伴いその数が増すことが知られているが,糖尿病や血管疾患などの全身疾患との関与も報告されている。糖尿病は様々な合併症の存在が知られており,それらには糖化最終産物(AGEs)が深く関わっていることが報告されている。AGEsは体内に蓄積し,全身で異所性の石灰化を引き起こす。糖尿病患者の歯髄(糖尿病歯髄)における石灰化にはこれまでAGEsの関与が報告されているものの,その詳細については不明な点が多く糖尿病歯髄の病態についても不明な点が多い。本研究は,糖尿病歯髄における歯髄内石灰化発生のメカニズムを明らかにすることを目的とし,Ⅱ型糖尿病モデルラットを用いて歯髄内に石灰化物が形成されることを確認し,その形成メカニズム等に関して検討したものである。
【実験方法】
実験動物はコントロールとして6週齢~21週齢の雄SDrat(以下C群),Ⅱ型糖尿病モデルラットとして雄SDT-Fattyrat(SDT.Cg-Leptjttjc,以下DM群)として用いた。各動物は,週一度同一時間帯に体重・血糖値測定を行い高血糖状態を確認した。また石灰化物の形成が確認され始める時期の血清中リン濃度の測定を行った。さらに9,11,16,19,21週齢において以下に示した実験を行い,C群とDM群の間で比較を行った。
マイクロCTによる評価
ラットより摘出した臼歯部顎骨をマイクロCTにて撮影し,石灰化物の3次元的観察を行った。またその発生頻度について評価を行った。
走査型電子顕微鏡(以下SEM)による反射電子を用いた形態学的評価,エネルギー分散型エックス線分析(以下EDX分析)による石灰化物の組成の評価
マイクロCTで撮影後の試料をグルタラールにて浸漬固定した後,樹脂包埋した。樹脂包埋後の試料の表面を鏡面研磨後,SEMによる構造観察を行った。またEDX分析装置を備えたSEMにて歯髄内石灰化物のカルシウム(Ca),リン(P),炭素(C),酸素(O)について組成分析を行った。
歯髄内石灰化物の組織学的評価
ラットより摘出した臼歯部顎骨を,脱灰後固定し,パラフィン包埋を行った。4㎛の薄切切片を作製し,HematoxylinEosin染色と免疫組織化学染色を行った。免疫組織化学染色は,予備実験として行った16週齢ラットの切歯歯髄細胞のマイクロアレイ解析の結果,C群とDM群の間に差がみられたRAGE,S100A8に加えAGEsの一つであるペントシジン,炎症性マーカである腫瘍壊死因子(TNF-α),インターロイキン-6(以下IL-6),石灰化関連因子としてオステオポンチン(以下OPN)について染色を行った後,DABにて発色後,光学顕微鏡にて観察し評価を行った。
透明化試料を用いた歯髄内血流状態の評価
9週齢のラットを用い4%パラホルムアルデヒド(以下PFA)と黒色色素(墨汁液)を生理食塩水で希釈した液により灌流圧150mmHgで灌流固定を行った後,摘出した臼歯部顎骨を,24時間浸漬固定した。その後,ベンジルアルコールと安息香酸ベンジルを1:2で混和したBABB液を試料に浸透させ透明化試料を得た。透明化試料の根管内の黒色色素の流入状態を実体顕微鏡を用いて観察し,歯髄内の血流状態の評価を行った。
糖尿病歯髄の低酸素状態の評価
1.ピモニダゾールを用いた歯髄内低酸素状態の評価9週齢のラットを実験に用い,ピモニダゾールを腹腔内に注射した後臼歯部顎骨を摘出した。その後固定,脱灰し,3)と同様の方法で薄切切片を作製した。薄切切片に抗ピモニダゾール抗体を用いた免疫組織化学染色を行いDABにて発色後,光学顕微鏡にて歯髄内の低酸素状態の評価を行った。
2.HIF-1による歯髄内低酸素状態の評価歯髄内石灰化物の組織学的評価で作製した薄切切片に,抗HIF-1抗体を用いた免疫組織化学染色を行いDABにて発色後光学顕微鏡にて観察を行った。
【結果】
実験期間を通してDM群では血糖値の平均値が729mg/dlとC群と比較して高値を保った。特に9週齢から11週齢に急激な血糖値の上昇を認めその後高血糖状態を持続した。C群においては平均値が128mg/dlを示し安定していた。また血清中リン濃度は,石灰化物の形成が確認され始めた時期においては両者に明確な差はみられなかった。
マイクロCTによる形態学的評価
血糖値の急激な上昇を認めた9週齢から11週齢以降のDM群の歯髄内に明らかな石灰化物の形成を認めた。またその発生頻度はC群と比較して有意に高い頻度で発現を認めた。歯種間における発現頻度に有意な差はなかった。実験期間のC群の歯髄内には石灰化物の形成はみられなかった。
SEMによる反射電子を用いた形態学的評価,EDX分析による歯髄内石灰化物の組成の評価
SEMによる観察の結果,DM群の歯髄内に形成された石灰化物は,象牙前質に連続して形成された細管様構造を持つものと細管様構造を持たない髄腔内に形成され髄床底に繋がるように形成されたものが観察された。EDX分析の結果,DM群の歯髄内に形成された石灰化物はリンとカルシウムを含む構造物であり,その組成は象牙質と類似していることが示された。
歯髄内石灰化物の組織学的評価
HE染色の結果,C群の歯髄細胞や歯髄組織に変化はみられなかった。一方9週齢以降のDM群の歯髄組織には細胞の凝集ならびに血管拡張像を認め,週齢が進むにつれ炎症性細胞の浸潤や細胞死,歯髄組織の線維化などが観察された。また免疫組織化学染色の結果,RAGE,ペントシジンのDM群の歯髄内への著明な発色が観察され,これらは週齢が進むにつれ発色が強くなることが観察された。また炎症性サイトカインであるS100A8,TNF-α,IL-6のDM群の歯髄内に発色を認め,C群では歯髄内に発色はみられなかった。OPNは,C群,DM群の歯髄内で象牙前質に沿うように発色を認め両者の発色部位に差は認めなかった。
透明化試料を用いた歯髄内血流状態の評価
DM群の歯髄内において黒色色素の流入を認めない根管が観察された。一方C群においては全ての根管で黒色色素の流入が確認された。血流障害の発現頻度は,DM群がC群に比べ有意に高頻度で発現を認めた。またDM群における血流障害の発現頻度はM1,M2でM3よりも高頻度にみられる傾向が示されたが有意な差はなかった。
糖尿病歯髄の低酸素状態の評価
1.DM群の歯髄内において細胞へのピモニダゾールの取り込みを認め,低酸素状態の細胞が認められた。
2.DM群の歯髄内でHIF-1の核移行像が観察され,1.の結果と同様に9週齢以降の歯髄内が低酸素状態であることが示された。
【考察】
DM群において石灰化物は9週齢以前には形成が観察されなかったが,血糖値の急激な上昇期に追随した形成が観察された。また象牙前質に近接した部分と,髄床底付近には異なる構造の石灰化物が観察された。前者は,象牙前質に近接し細管様構造をもつことから添加象牙質様の石灰化物である可能性が考えられ,咬合などの機械的刺激が形成に関与している可能性が考えられた。一方,後者は無構造で内部には,細胞が取り込まれている像が観察されたことから,細胞周囲に石灰化物の沈着がまず生じ,その後に糖化に由来した炎症および細胞障害に起因する異栄養性石灰化が生じるのではないかと考えられる。また組織学的評価の結果,歯髄内に細胞の凝集ならびに炎症性細胞の浸潤,歯髄組織の壊死,炎症性サイトカインの発現などが観察されたことからも,DM群の歯髄内に炎症の惹起が考えられる。さらに,DM群の歯髄内にRAGE,ペントシジンの存在がみられたことより歯髄内が糖化ストレスにさらされていることが明らかとなった。一方,歯髄内が血流障害に起因した低酸素ストレスにさらされることにより,炎症が惹起することも示唆された。以上のことからⅡ型糖尿病モデルラットにおける石灰化物の形成には,AGEsの蓄積に関連した歯髄内の炎症状態や,血流障害による歯髄内の低酸素状態に起因した細胞障害により生じた異栄養性石灰化が関与している可能性が示唆された。
【結論】
1.Ⅱ型糖尿病モデルラットでは,9週齢から11週齢にかけて急激な血糖値の上昇が観察され,その時期に追随して歯髄内に石灰化物の形成を認めた。
2.歯髄内石灰化物の形成が観察された時期のⅡ型糖尿病モデルラットの歯髄内にはAGEsの発現や,血流障害に伴う低酸素領域,炎症が観察された。
3.Ⅱ型糖尿病モデルラットの歯髄内には,糖化ストレスによる細胞障害や,血流障害に起因した低酸素ストレスにより生じる炎症の結果,細胞死が観察された。Ⅱ型糖尿病モデルラットにおける歯髄内石灰化物形成は,死細胞を核とした異栄養性石灰化の関与が示唆された。