Frequent DYRK2 gene amplification in micropapillary element of lung adenocarcinoma - an implication in progression in EGFR-mutated lung adenocarcinoma-
概要
1. 序論
肺癌は世界で最も多い癌関連の死因であり, 肺腺癌は最も一般的な組織型である. 近年 EGFR, KRAS, ALK, RET や ROS といった様々な遺伝子異常が同定され, そのような分子を標的とした薬剤が臨床診療において使われている. それに伴い, 肺腺癌はこれらがん遺伝子による新たな分類が行われている. EGFR は, 肺腺癌において, 最も一般的ながん遺伝子であり, いくつかの特徴をもつ (Kosaka et al., 2004). EGFR 変異型肺腺癌は, 一般的に予後良好であるといわれているが, その中でも, 再発や転移をきたし, 急激に死に向かう悪性度の高い一群が存在する. 私たちは, これまでに, このような悪性度の高いEGFR 変異型肺腺癌の悪性度を規定する組織学的因子が微小乳頭状組織亜型 (mPAP) であることを明らかにした (Matsumura et al., 2016). mPAP は, リンパ管侵襲やリンパ転移をきたしやすく, また分子的な変化についての報告もいくつかされている. しかし, その特徴的な形態と悪性度の高さとの関係を説明するための分子的な原因やメカニズムはほとんどわかっていない. 本研究の目的は, EGFR 変異型肺腺癌の進行に関与する分子的な変化を明らかにすることである. 本研究では, EGFR 変異型肺腺癌の進行に関与する分子機構をmPAP に着目して解明することを試みた.
2. 材料と方法
外科的に切除された肺腺癌 186 例を用いた。まず, EGFR 変異型肺腺癌の 3 例からレーザーキャプチャーマイクロダイセクションにより mPAP と他の組織亜型を別々に採取し, 包括的な mRNA 発現解析を行った。ここで, mPAP と他の組織亜型との間に発現量で大きな差がみられた遺伝子に着目し, その発現について, 症例数を増やし, real-time PCR 法, 免疫組織化学および FISH 法による解析を行った。
3. 結果
mRNA 解析では, DYRK2・KIAA1324・COL4A3・ITGBL1 の 4 つの遺伝子が発現量の変動がみられた. これら 4 つの遺伝子について, 測定に十分な検体量を得られた症例 1 と症例 3 について定量的 RT-PCR を用いて DNA 量を測定した. マイクロアレイと同様の結果が得られた. さらに, 肺腺癌 54 例について定量を行ったところ, 同様の傾向が得られた. そのなかで, DYRK2 について, 生物学的機能に基づいてさらなる検索を行った (Taira et al., 2007). 次に EGFR 変異型肺腺癌 130 例について, DYRK2 の発現を免疫組織化学的に検索したところ, mPAPを含むEGFR変異型肺腺癌において, より強く発現していることが確認された ( Mann-Whitney test P=0.0458 ). さらに, EGFR 変異型肺腺癌 64 例(mPAP を含む腫瘍 33 例と含まない腫瘍 31 例)について, DYRK2 遺伝子を標的とした FISH 解析を行った. mPAP 成分を含む EGFR 変異型肺腺癌では, mPAP 成分を含まない EGFR 変異型肺腺癌に比べて, 遺伝子増幅が多くみられた (8/33 (24%), versus 2/31 (6%), Fisher’s exact test P=0.0432 ). また, 増幅がみられた 10 例については, 同一腫瘍内においては, mPAP などの高悪性度成分に特異的に発現がみられた (Wilcoxon singned-rank test, P<0.0001 ).
4. 結果のまとめと考察
DYRK2 は, DYRK ファミリーの中のひとつで, 二重特異性チロシン-(Y)-リン酸化制御キナーゼを含み, Ser/Thr および Tyr 基質の両方をリン酸化することができることを特徴とする. DYRK2 については, いくつかの腫瘍抑制因子や癌遺伝子の活性を制御することにより, 細胞の増殖, 分化および生存に重要な役割を果たしていることがわかっている(Maddika and Chen, 2009 ; Perez et al., 2012). これまでの研究では, DYRK2 が肺腺癌,食道癌, 乳癌で過剰発現していることが示され, 過剰発現が予後不良であることと関連していることが示唆された (Miller et al., 2003; Enomoto et al., 2014). また, 私たちの研究では, DYRK2 遺伝子の増幅がみられた症例では, 高い再発率を示すことも明らかになった(DYRK2 遺伝子増幅を伴う腫瘍の再発率 30% (3/10 症例) vs 遺伝子増幅を伴わない腫瘍の再発率 13% (7/53症例)). これらの結果は, DYRK2の発現上昇が肺腺癌の進行を促進していることを裏付けた. 結論として, 私たちは, DYRK2がmPAPと関連し, EGFR変異型肺腺癌の進行を促進する可能性のある, 鍵となる分子であるということを同定した.
5. 展望
今後は,EGFR 変異型肺腺癌,微小乳頭状組織亜型を有するものを対象に網羅的遺伝子解析を行った結果から,今回発見した DYRK2 遺伝子の周囲に範囲を広げてさらなる関連遺伝子の検索を行い, EGFR 変異型肺腺癌の悪性度を規定する分子基盤を明らかにすることを目標に研究を進めたいと考えている.その成果として,肺がんの浸潤・転移に関する研究が進行し,将来的に新たな診断マーカー,分子標的薬の開発につながると期待される.