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書き出し

<論説>親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求―『民事責任法と家族』 の一つの補遺―

白石, 友行 筑波大学

2023.07.31

概要

論 説

親との関係を妨げられたことを理由とする
成年に達した子からの損害賠償請求
―『民事責任法と家族』1)の一つの補遺―

白 石 友 行
はじめに
Ⅰ.権利または法律上保護される利益の捉え方
  1 .親との親密な関わりの中で生きる子の人格権および人格的利益
  2 .従前の判例が基礎に据えている考え方の定式化
  3 .‌家族のメンバーとの親密な関わりの中で生きる個人の人格権および人格的利益の重
要性
  4 .成年に達した子に認められる権利または法律上保護される利益
Ⅱ.責任原因行為と権利または法律上保護される利益の侵害との間の因果関係の捉え方
  1 .責任原因行為と権利または法律上保護される利益の侵害との間の法的な因果関係の
存在
  2 .‌責任原因行為と関係的な人格権および人格的利益の侵害との間の法的な因果関係の
存在
  3 .例外的に法的な因果関係が認められる場面の拡大
  4 .‌責任原因行為と成年に達した子に認められる権利または法律上保護される利益の侵
害との間の法的な因果関係の存在
おわりに

はじめに
成年に達した子は、その親の一方が婚姻またはパートナーの関係にある他方
以外の第三者と親密な関係を築き同棲するなどしたときに、当該第三者に対し
て損害賠償を請求することはできるか。また、仮にこの問いが肯定されること
があるとして、この請求が認められるのは、どのような場合であり、どのよう
な理由に基づいているのか。これらが、本稿で検討の対象とする問題である。

1)

拙稿『民事責任法と家族』(信山社・ 2022 年)。

41

論説(白石)

これらの問題は、素材とすべき裁判例が乏しく、また、おそらく、判例におい
て同様の場面で未成年の子からの損害賠償請求が認められていない以上、成年
に達した子からの損害賠償請求が認められることはないという認識が支配的で
あったこともあって、これまでほとんど論じられることはなかった。しかし、
これらの問題では、親の一方と不貞行為に及び同棲するなどした第三者に対す
る未成年の子からの損害賠償請求や、パートナーの一方と不貞行為に及ぶなど
した第三者に対する他方からの損害賠償請求のみならず、より広く、ある者が
家族と関わりを持つ形で有している権利または利益を侵害されたときにその者
はこのこととの関連で損害賠償を請求することはできるのかという「家族に関
わる保護」が問われる場面、更には、
「民事責任法と家族」全般においても問
われうる法的課題がより前面に出る形で現れているため、これらの問題を丁寧
に検討することにより、
「家族に関わる保護」や「民事責任法と家族」の場面
における従前の議論および判例や裁判例に含まれる様々な問題点はもちろん、
これらの場面で基礎に据えられるべき基本的な考え方が明確に浮かび上がって
くる。その意味で、これらの問題の検討は、これまでほとんど論じられてこな
かった問いに取り組むという意味を持つほか、
『民事責任法と家族』の中で「家
族に関わる保護」の基礎として示した考え方を補強するための一つの重要な補
遺にもなると考えられる 2)。以下で、本稿の問題関心を簡単に提示する。
本稿で検討の対象とする場面で成年に達した子からの損害賠償請求が認めら
れるためには、成年に達した子に何らかの権利または法律上保護される利益の
侵害が存在したこと、および、第三者の責任原因行為と成年に達した子の権利
または法律上保護される利益の侵害との間に法的な因果関係が存在したことが
必要となる。そして、これらの点を明らかにするためには、成年に達した子が
当該第三者と不貞行為に及び同棲するなどした親との関係でどのような権利ま
たは法律上保護される利益を有していたのか、また、その権利または法律上保
2) 「家族に関わる保護」および「民事責任法と家族」については、拙稿・前掲注(1)を参照。
拙稿・ 前掲注(1)
113 頁以下は、本稿で検討の対象とする問題について、それ自体としては
ほとんど言及していない。

42

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

護される利益が当該第三者の責任原因行為により侵害されたといえるのかを丁
寧に解明しなければならない。本稿で検討の対象とする問題を扱った従前の裁
判例においては、いずれの問いについても、否定的な結論は示されているもの
の、それらで示された各問いに関する理解の仕方は、十分に説得的なものとは
いえない。
一方で、成年に達した子に権利または法律上保護される利益の侵害は存在し
ないという理解についてみると、従前の裁判例では、子が成年に達していると
いう一事をもって、
上記の結論が導かれている。例えば、ある裁判例(以下「裁
判例①」とする。
)は、A に対し貸付をしていた X が、A の死後に、その相続
人で A の妻である Y1 および A と Y1 との間の子である Y2 から Y6 までに対して、
貸金返還請求をしたことを受けて、Y らが、X は A と親密な関係を持ち 7 年に
わたって同棲していたこと、従って、Y らは X に対して損害賠償債権を有する
ことなどを理由に、相殺の抗弁を主張した事案で、Y1 および A が X との同棲
を始めた当時に未成年であった Y2 から Y4 までとの関係では、上記の抗弁を
容れたのに対し、
その当時すでに成年に達していた Y5 および Y6 との関係では、
Y5 および Y6 は「X が A と同棲を始めた昭和 54 年ころ既に成人に達していた
ものであり(Y6 については、仮に正確には満 20 才に達していなかったとして
も、ほぼ成人に近いものである。

、このように、成人した子については、未成
年の子の場合と異なり、
その親との親族共同生活によって得られる精神的平和、
幸福感その他の愛情利益をもって法の保護に値する人格的利益とまでは未だ認
められない」として、その抗弁を排斥している 3)。
また、別の裁判例(以下「裁判例②」とする。
)は、昭和 45 年 5 月に生まれ
平成 6 年に至るまで父 Y1 および母 A と同居していた子 X が、Y1 およびその不
貞行為の相手方 Y2 に対して損害賠償の支払等を求めた事案で、Y1 が Y2 とと
もに外国に行った際には、X は自ら当該国に出向いて Y1 に A のもとへ戻るよ
う懇願したが、Y1 はこれを拒んだこと、それにもかかわらず、結局 Y1 は帰国

3)

京都地判昭和 62 年 9 月 30 日判時 1275 号 107 頁。

43

論説(白石)

して Y2 との同棲を続けていることなどからすると、「X は、Y1 と Y2 の出国お
よびその後の同棲により、大きな心理的衝撃を受け、残された A を支援すべ
き物心両面における負担を課せられたことは、十分に理解し得るところではあ
る。しかしながら、X は、平成 6 年当時、すでに成人に達しており、Y1 の監護、
教育が不可欠な状態を脱していたのであって、Y1 と Y2 の失踪およびその後の
不貞行為は、A との関係で不法行為となるとしても、X に対する関係では、不
法行為を構成しない」と判示している。また、裁判例②は、これに続けて、
「X
に、平成 6 年当時、Y1 との間で平穏な同居生活を続け、父娘の良好な関係を
保つことについての事実上の利益があったとしても、これが法律上保護される
べき利益であるとまではいえない」としている 4)。
更に、また別の裁判例(以下「裁判例③」とする。)は、すでに成年に達し
ていた X がその母である A と不貞行為に及び同棲するに至った Y に対して損
害賠償の支払等を求めた事案で、以下のように判示して、X の請求を棄却して
いる。
「未成年の子は、親との間に家族共同体を構成し、親とともに生活する
ことによって、親から愛情を注がれ、監護、教育を受けられるという一定の身
分上の権利又は親族としての権利を取得しているということができ、このよう
な権利は、民法上、親権者による子に対する監護及び教育の権利義務(民法
820 条)として規定されているところである。そして、未成年の子が両親とと
もに共同生活を送ることによって享受することのできる親からの愛情、親子の
共同生活が生み出すところの家庭的生活利益(中略)は、未成年の子の人格形
成に強く影響を与えるものであって、その保護の必要性は高いものといえる」。
「これに対し、成人の子については、現在の我が国において、成人の子が、親
との間に家族共同体を構成し、親とともに生活することが一般的であるとはい
えないし、民法上も、親が、直系血族として子を扶養する義務(同法 877 条)
4)

東京地判平成 14 年 7 月 19 日平 10(ワ)4794 号。この事件では、A も、Y1 に対して、

Y1 の債務を立替払いしたとして、事務管理に基づき立替金返還請求等をし、また、Y1 お
よび Y2 に対して、不貞行為等を理由に不法行為による損害賠償請求等をしている。裁判
例②は、A からの請求については、一部認容している。

44

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

を負うことがあるものの、親による成人の子に対する監護及び教育の権利義務
はない。確かに、成人したからといって、未成年の子と同様の家庭的生活利益
の重要性が直ちに失われるものではないが、成人の子については、人格形成が
一応完了したと考えられ、上記利益の法律上の保護の必要性は、相対的に低い
ものとならざるを得ない。また、上記利益が法律上保護される利益であると解
する場合、親が、成人した子に対して愛情を与えなくなったり、子と共同生活
を送らなくなったりしたとき(その原因は不貞行為に限らない。)、親は、成人
した子の上記利益を侵害したものとして損害賠償責任を負い得ることとなる
が、親がそのような法律上の責任を負うべきであると解することが、現在の社
会通念に合致するとはいえない」

「なお、親が成人した子に対して具体的な扶
養義務を負っている場合、これをもって法律上保護される利益と解する余地が
あるが」
、本件では、そのような事情は存在しない 5)。
ところで、本稿で検討の対象とする問題は、カップルの一方が不貞行為等を
した場合に、他方やその未成年の子はその不貞行為の相手方に対して損害賠償
を請求することができるのかという問題、ある家族に属していた死者との関わ
りが何らかの形で害された場合に、その家族に属する生存者はこれを害した者
に対して損害賠償を請求することができるのかという問題、更に、同じ家族の
メンバーとして生まれてくるはずの子が生まれてこなかったこと、同じ家族の
メンバーとして生まれてきた子が望まない形で生まれてきたこと、または、障
害を持って生まれてきたことなどを理由に、その家族のメンバーは損害賠償を
請求することができるのかという問題等と並んで、ある者が家族と関わりを持
つ形で有している権利または利益を侵害されたときに、その者は、このことと
の関連で損害賠償を請求することはできるのかという、
「家族に関わる保護」
の問題の一つとして位置付けられる。そして、これらの各場面で損害賠償を請
求する主体について措定されうる権利または法律上保護される利益の内容の捉
え方、すなわち、「家族に関わる保護」の基礎については、身分または地位そ

5)

名古屋地判令和 4 年 7 月 6 日令 3(ワ)4465 号。

45

論説(白石)

れ自体の保護や身分または地位から生ずる個別的な権利や利益の保護の問題と
して位置付ける構想、家族との関わりの中で生きる個人の人格的な権利や利益
の保護の問題として位置付ける構想等が存在する 6)。これらの諸構想を用いて
従前の裁判例で示された理解の仕方を捉えると、そこでは、成年に達した子に
は親との関係で子という身分から生ずる権利や利益は存在しないという理由
で、前者の構想に基づく権利または法律上保護される利益が否定され、また、
成年に達した子には家族との関わりの中で形成した人格の保護の必要性が認め
られないという理由で、後者の構想に基づく権利または法律上保護される利益
が否定されていることが分かる。しかし、成年に達した子について前者の構想
に基づく権利または法律上保護される利益は認められないという点に異論はな
いとしても、子は成年に達していたとしてもその親と親密な関係をともに過ご
すなどして当該親との間で自己の人格の実現および展開に必要不可欠な関係を
築くことがありうる以上、成年に達しているという一事をもって後者の構想に
基づく権利または法律上保護される利益の存在を一律に否定することには、問
題がある。
他方で、親の一方と不貞行為に及び同棲するなどした第三者の責任原因行為
と成年に達した子の権利または法律上保護される利益の侵害との間に法的な因
果関係は存在しないという理解についてみると、従前の裁判例では、未成年の
子が父(または母)と不貞行為に及び同棲するなどした相手方に対して損害賠
償を請求した事案で、未成年の子を持つ男性(または女性)と不貞行為に及ん
だ女性(または男性)がこの男性(または女性)と同棲するに至った結果、そ
の子が日常生活において父(または母)から愛情を注がれ、その監護、教育を
受けることができなくなったとしても、
そのことと当該女性(または当該男性)
の行為との間に相当因果関係はないため、当該女性(または当該男性)が害意
をもって父(または母)の子に対する監護等を積極的に阻止するなどの特段の
事情がない限り不法行為は成立しないと判示した判例の理解 7)が、ほぼそのま

6)

46

以上の点について、拙稿・前掲注(1)113 頁以下。

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

ま適用され、上記の結論が導かれている。例えば、裁判例③は、
「成人の子の
上記利益が、法律上保護される利益であり、それが侵害されたと解するにして
も、母親が、その成人の子に対して愛情を注ぎ、家庭的生活利益を享受させる
ことは、他の男性と同棲するかどうかにかかわりなく、母親自らの意思によっ
て行うことができるから、その男性の行為との間に相当因果関係があるという
ためには、その男性が害意をもって母親の子に対する上記利益の享受等を積極
的に阻止するなどの特段の事情が必要であると解すべきである(昭和 54 年最
判参照)」としたうえで、
「Y が、A に対し、有形力を行使して拘束するなど、
A の X に対する上記利益の享受等を積極的に阻止する行為をしたことを認める
証拠はなく、むしろ(中略)、A が、X 宅を出た翌日(中略)に、A の姉夫婦、
B(A の夫―筆者注。

、A の 4 名で、A と B の関係に関して再度の話合いの場
を設けることなどが話し合われたと認められ、これによれば、A は、自らの判
断で、X らとの関係を考えた上で、Y との同棲を継続していることが窺われ」

更に、「X は、Y が、A との間で、1 年 8 か月もの間、不貞関係を継続し、令和
2 年 7 月頃にはアパートを契約して、計画的に A との同居を開始していること、
Y と A の同棲の場所が、X 宅の生活圏内に存在していることから、上記特段の
事情があると主張するが、これらの事情が存在したとしても、A が、自らの意
思によって X に愛情を注ぎ、家庭的生活利益を享受させることを行い得なく
なるわけではないから、上記特段の事情に該当するということはできない」と
判示している。
しかし、判例が未成年の子からの損害賠償請求との関連で示した相当因果関
係の判断の仕方を、現時点において成年に達した子からの損害賠償請求が問題
となる場面にも無条件で妥当させてよいかについては、慎重な検討が求められ
る。というのは、判例が示した相当因果関係の不存在という一般論それ自体に
は、前提としているはずの因果関係の捉え方との関係で整合性が欠けているの
ではないかという疑問が生ずるほか、
仮に上記の一般論を受け入れるとしても、

7)

最判昭和 54 年 3 月 30 日民集 33 巻 2 号 303 頁、最判昭和 54 年 3 月 30 日判時 922 号 8 頁等。

47

論説(白石)

これをあらゆる場面で用いることができるのか、すなわち、前記のとおり、 子
には親との関係で二つの異なる保護法益が措定されうるところ、上記の一般論
を、親の一方と不貞行為に及び同棲するなどした第三者の責任原因行為と子と
しての身分から生ずる個別的な権利や利益の侵害との間の因果関係の評価に対
してのみならず、当該第三者の責任原因行為と父または母との関わりの中で生
きる子の人格権または人格的利益の侵害との間の因果関係の評価に対しても用
いることができるのか、更に、上記の一般論がいずれの権利または法律上保護
される利益の侵害との関連でも妥当すると仮定しても、その論理による限り一
定の範囲で法的な因果関係が認められるべき場面が存在するはずであるが、そ
れは、判例が例示的に説くように、当該第三者が害意をもって父または母の子
に対する監護等を積極的に阻止するといった事情が存在する場面に限られない
のではないかといった、様々な疑問が浮かび上がってくるからである。
以下では、
上記のような問題関心に基づき、
親の一方が婚姻またはパートナー
の関係にある他方以外の第三者と親密な関係を築き同棲するなどしたときにそ
の成年に達した子が当該第三者に対して損害賠償を請求することはできるのか
という問題に即して、成年に達した子について認められるべき権利または法律
上保護される利益の捉え方(Ⅰ)
、および、責任原因行為と成年に達した子の
権利または法律上保護される利益の侵害との間の因果関係の捉え方(Ⅱ)を検
討し、『民事責任法と家族』の一つの補遺とする。
Ⅰ.権利または法律上保護される利益の捉え方
子は、成年に達していたとしても、その親と親密な関係をともに過ごすなど
して、当該親との間で自己の人格の実現および発展に必要不可欠な関係を築い
ている場合には、当該親との関わりに由来する人格権を有しており、こうした
人格権がその子の生にとって持つ重要な意味に鑑みれば、その関係が平穏に維
持されることについての人格的利益、言い換えれば、当該親との家族共同生活
の平和が維持されることについても人格的な利益を有している。従って、当該
親が、第三者と親密な関係を持って同棲し、その子との緊密な生活を解消して、
48

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

その関係を断つに至ったときには、当該親との関係で形成されている人格権お
よびその関係維持についての人格的利益が侵害される。これが、本稿で検討の
対象とする問題との関連で、成年に達した子の権利または法律上保護されるべ
き利益の捉え方として、基礎に据えられるべき基本的な考え方である。
以下では、まず、論旨を見通しやすくするために、上記の基本的な考え方を
より明確に提示したうえで(1)
、次に、この基本的な考え方が、ある者が第三
者と不貞行為等をした場合にその者の配偶者またはパートナーおよび未成年の
子が当該第三者に対して不法行為による損害賠償を請求する場面に関する従前
の判例の立場から導かれること(2)
、また、家族のメンバーとの親密な関わり
が妨げられたことを理由とする不法行為による損害賠償請求が問題となる場面
でも広くみられ、かつ、現代における個人とその家族のメンバーとの関係を適
切に反映したものであること、その結果、この基本的な考え方が基礎に据えら
れるべきこと指摘して(3)
、最後に、これらの検討を踏まえ、本稿で検討の対
象とする問題に即して、成年に達した子にも、一定の範囲という限定は付くも
のの、上記の意味での権利または法律上保護される利益の侵害が認められるこ
とを示す(4)。
1.親との親密な関わりの中で生きる子の人格権および人格的利益
人は、その家族のメンバーと緊密な関係を築き、相互に愛情や支援を受けた
り与えたりしながら、自己の人格を形成していくだけでなく、絶えずこれを実
現および発展させていくことによって、自己の生を描いていく存在である。そ
のため、人は、その家族のメンバーとの親密な関係が自己の人格の形成、実現
および発展に必要不可欠である場合には、その関わりから愛情や支援を受け自
己の人格を形作り自己実現を図るという意味での人格権を有し、また、その関
わりが平穏に維持されること、つまり、当該家族のメンバーとの家族共同生活
の平和が維持されることについて人格的利益を有する。これらのことは、人が
成年に達しているかどうかにかかわらず、妥当する。家族のメンバーとの関わ
りは、未成年者にとっては、その人格の形成に資するものであるが、成年者に
49

論説(白石)

とっても、その人格の実現および発展のために重要な意味を持つからである。
人は、成年に達した後であっても、その家族のメンバーとの関わりを通じて、
自己の生を構築していく。従って、その関係の親密さによっては、例えば、成
年に達した子が親との関わりの中で、親が子との関わりの中で、更に、祖父母
が孫との関わりの中で、上記のような意味での人格権および人格的利益を持つ
ことは十分にありうる。そして、こうした人格権および人格的利益は、例えば、
親や子等のように、当該家族のメンバーとの間における特定の法定的な身分に
由来するものではなく、また、例えば、監護および教育や扶養等のように、当
該家族のメンバーとの間における特定の法定的な身分から生ずる個別的な権利
または利益でもなく、当該関係の親密さに由来し、特定の身分の有無からは切
り離された人的な権利または利益である。
以上の理解によれば、成年に達した子が、その親と緊密な生活をともに過ご
すなどして、当該親との間で自己の人格の実現および発展に必要不可欠な関係
を築いている場合において、当該親が、第三者と親密な関係を持って同棲し、
その子との緊密な生活を解消して、その関係を断つに至ったときには、その子
は、たとえ成年に達しているため当該親との関係で子という身分に由来する何
らかの権利や利益を有していないとしても、当該親との親密な関わりの中で自
己の人格を形成したり発展させたりすることで自己実現を図るという意味での
人格権およびその関係が平穏に維持されることについての人格的利益を侵害さ
れる。
2.従前の判例が基礎に据えている考え方の定式化 8)
1 で示した権利または法律上保護される利益の捉え方は、単なる学理的な提
案にとどまるものではなく、ある者が第三者と不貞行為等をした場合にその者
の配偶者またはパートナーおよび未成年の子が当該第三者に対して不法行為に
よる損害賠償を請求する場面に関する従前の判例の中に存在した考え方を、よ

8)

50

以下の点について、拙稿・前掲注(1)187 頁以下も参照。

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

り明確な形で定式化したものにほかならない。
まず、配偶者またはパートナーからの損害賠償請求が問題となった場面につ
いてみると 9)、大審院時代の判例では、夫は妻に対して貞操を守らせる権利を
持つため、妻と不貞行為に及んだ者は、この夫権を侵害したことを理由に夫に
対して損害賠償の支払を義務付けられた 10)。その後の判例は、権利または法律
上保護される利益の捉え方については、上記の理解をより現代的な装いのもと
で基本的には承継し、夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持った第三者は、故意
または過失がある限り、右配偶者を誘惑するなどして肉体関係を持つに至らせ
たかどうか、両名の関係が自然の愛情によって生じたかどうかにかかわらず、
他方配偶者の夫または妻としての権利を侵害し、その行為は違法性を帯び、不
法行為が成立するとした 11)。もっとも、その後の判例は、上記の理解とは異な
る形で権利または法律上保護される利益を捉えている。これによれば、夫婦の
一方と第三者が肉体関係を持った場合において、婚姻関係がその当時すでに破
綻していたときは、婚姻共同生活の平和の維持という権利または法律上保護さ
れる利益の侵害は存在しないため、特段の事情がない限り、不法行為は成立し
ない 12)。これらの判例では、配偶者やパートナーの権利または法律上保護され
る利益として、それぞれ、夫権(または妻権)
、夫または妻としての権利、お
よび、婚姻共同生活の平和の維持という権利または法律上保護される利益が措
定されている。
9)

現在の法状況において、内縁は婚姻に準ずる関係として位置付けられており(最判昭

和 33 年 4 月 11 日民集 12 巻 5 号 789 頁等。)、内縁のパートナーの一方が他方と不貞行為に及
んだ者に対して損害賠償を請求する場面で適用される規律は、夫婦の一方が他方と不貞行
為に及んだ者に対して損害賠償を請求する場面で適用される規律と基本的に同じである
(宇都宮地真岡支判令和 1 年 9 月 18 日判時 2473 号 51 頁等を参照。)。そのため、本文では、
配偶者またはパートナーからの損害賠償請求という表現が用いられている。なお、判例お
よび裁判例が前提とするアプローチの仕方の問題について、拙稿・ 前掲注(1)を参照。
10) 大判明治 36 年 10 月 1 日刑録 9 輯 1425 頁、大判明治 40 年 5 月 28 日刑録 13 輯 500 頁、大
判明治 41 年 3 月 30 日刑録 14 輯 331 頁等。
11) 最判昭和 54 年 3 月 30 日・前掲注(7)
「民集」。
12) 最判平成 8 年 3 月 26 日民集 50 巻 4 号 993 頁。

51

論説(白石)

大審院時代の判例で使われていた夫権(または妻権)とその後の判例で用い
られていた夫または妻としての権利とに違いがあるかどうか 13)、また、不貞行
為によって生じた損害の賠償を認めた諸判例の関係をどのように理解するかに
ついては 14)、議論があるものの、措定されている権利または法律上保護される
利益の中身に着目すると、この場面に関する判例においては、少なくとも大枠
としてみれば、夫権(または妻権)や夫または妻としての権利のように、夫や
妻といった身分それ自体に着目して権利または法律上保護される利益の内容を
捉えていく発想から、婚姻共同生活の平和の維持という権利または法律上保護
される利益のように、身分というよりも夫婦相互の実質的な関係に焦点を当て
て権利または法律上保護される利益の内容を捉えていく発想への移行が看取さ
れる。このことは、最近の判例で、夫婦の一方と不貞行為に及んだ第三者は、
これにより当該夫婦の婚姻関係が破綻して離婚するに至ったとしても、特段の
事情がある場合を除き、当該夫婦の他方に対して、離婚させたことを理由とす
る不法行為責任を負うことはないとされていること 15)、従って、この判例では、
夫または妻といった身分それ自体に着目した権利または法律上保護される利益
の侵害は問題となっていないことからも、裏付けられる。そして、現代におい
て、婚姻またはカップルの関係は、それ自体として保護されるべき存在である
というよりも、個人の善き生や個人の幸福を実現するための仕組みとして捉え
られていることを踏まえると、後者の発想は、婚姻共同生活の平和の維持とい
う権利または法律上保護される利益を守ることを通じて、夫婦またはカップル
の一方が他方との関わりの中で形成していた人格の保護を図ろうとする理解の
13) 夫または妻としての権利は、夫権(または妻権)と比べて、配偶者である夫または妻
の精神的平和等も含む点においてやや幅の広い概念であるとされるが(榎本恭博「判解」
最判解民昭和 54 年度 176 頁。)、そもそも夫権(または妻権)という概念が必ずしも明確で
なかった以上、このような評価が適切かどうかには疑問もある。
14) 事実関係の相違に着目すれば、最判昭和 54 年 3 月 30 日・ 前掲注(7)
「民集」と最判平成
8 年 3 月 26 日・ 前掲注(12)とを矛盾なく読むことは可能であるが(田中豊「判解」最判解
民平成 8 年度(上)248 頁。)、措定されている権利または法律上保護される利益の捉え方
という観点からみると、二つの判例の考え方には大きな違いがある。

52

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

仕方として、位置付けられる。
次に、未成年の子からの損害賠償請求が問題となった場面についてみると、
判例は、未成年の子を持つ男性(または女性)と不貞行為に及んだ女性(また
は男性)がこの男性(または女性)と同棲するに至った結果、その子が日常生
活において父(または母)から愛情を注がれ、その監護、教育を受けることが
できなくなったとしても、そのことと当該女性(または当該男性)の行為との
間に相当因果関係はないため、当該女性(または当該男性)が害意をもって父
(または母)の子に対する監護等を積極的に阻止するなどの特段の事情がない
限り、不法行為は成立しないとしている 16)。この判例は、相当因果関係の不存
在を理由に未成年の子からの損害賠償請求を棄却しているため、未成年の子に
認められる権利または法律上保護される利益の内容を明確に提示しているわけ
ではない。もっとも、判決文からは、この判例では、未成年の子が父または母
から愛情を注がれ、その監護や教育を受けるという意味での権利または法律上
保護される利益が措定されていると考えられる。
15) 最判平成 31 年 2 月 19 日民集 73 巻 2 号 187 頁。同判決は、以下のように判示している。
「夫
婦が離婚するに至るまでの経緯は当該夫婦の諸事情に応じて一様ではないが、協議上の離
婚と裁判上の離婚のいずれであっても、離婚による婚姻の解消は、本来、当該夫婦の間で
決められるべき事柄である」。「したがって、夫婦の一方と不貞行為に及んだ第三者は、こ
れにより当該夫婦の婚姻関係が破綻して離婚するに至ったとしても、当該夫婦の他方に対
し、不貞行為を理由とする不法行為責任を負うべき場合があることはともかくとして、直
ちに、当該夫婦を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負うことはないと解される。
第三者がそのことを理由とする不法行為責任を負うのは、当該第三者が、単に夫婦の一方
との間で不貞行為に及ぶにとどまらず、当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関
係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価
すべき特段の事情があるときに限られるというべきである」。こうした理解の仕方と従前
の判例で示された考え方とを接合させれば、夫婦の他方は、一方と不貞行為に及ぶなどし
た第三者に対し、離婚により夫または妻としての権利を失ったことを理由に損害賠償を請
求することはできないが、婚姻共同生活の平和の維持という権利または法律上保護される
利益を侵害されたことを理由に損害賠償を請求することは妨げられないという基本的な枠
組みが浮かび上がる。
16) 最判昭和 54 年 3 月 30 日・前掲注(7)
「民集」、最判昭和 54 年 3 月 30 日・前掲注(7)
「判時」。

53

論説(白石)

このような意味での権利または法律上保護される利益については、配偶者ま
たはパートナーからの損害賠償請求が問題となった場面に関する判例で二つの
異なる権利または法律上保護される利益の捉え方が示されていたことを踏まえ
ると、一方では、親から愛情を注がれ監護や教育を受けるという子としての身
分に関わる権利または法律上保護される利益として捉えることも、他方では、
共同生活を送ることによって享受することができる父や母からの愛情、あるい
は、共同生活が生み出すところの家庭的な生活利益といった形で、子としての
身分からは切り離された権利または法律上保護される利益として捉えることも
可能である。こうした二つの異なる保護法益の捉え方は、少なくともその端緒
としては、従前の議論の中だけでなく 17)、上記の判例に付された反対意見の中
にも看取される 18)。この反対意見は、
「Y の行為と X らが被った不利益との間
に相当因果関係が認められるとすれば、次に検討されなければならないのは、
Y の行為によって X らが被った不利益は、はたして不法行為法によって保護さ
れるべき法益となり得るかの問題である」としたうえで、以下のように続けて
いる。
「民法 820 条は、親権を行う者は、子の監護及び教育をする権利を有し、
義務を負うと規定する。
右義務及び教育の義務が国家社会に対する義務なのか、
子に対する私法上の義務なのか、又はその両方の性質を有するものかは、にわ
かに決し難いものがあるが、いずれにしても、少なくとも親が故意又は過失に
よって右義務を懈怠し、その結果、子が不利益を被ったとすれば、親は、子に
対して不法行為上の損害賠償義務を負うものというべきであるから、右利益は、
不法行為法によって保護されるべき法益となり得ると考えられるのである(Ⓐ
―筆者注。

。また、未成年の子が両親とともに共同生活をおくることによって
享受することのできる父親からの愛情、父子の共同生活が生み出すところの家
庭的生活利益等は、未成年の子の人格形成に強く影響を与えずにはいられない
ものであり、かつ、人間性の本質に深くかかわりあうものであることを考える
と、法律は、それらへの侵害に対しては厚い保護の手を差し伸べなければなら
ない、換言すれば、右利益等は、十分に法律の保護に値する法益であるという
べきである(Ⓑ―筆者注。


。上記の引用部分で、
Ⓐの部分とⒷの部分とが「ま
54

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

た」という接続詞で繫がれていること、および、Ⓐの部分では「右利益」とさ
れているのに対しⒷの部分では「右利益等」とされていることからすると、Ⓐ
の部分とⒷの部分とでは異なる保護法益が措定されていると考えられる。そう
すると、上記の引用部分のうちⒶの部分では、子としての身分に関わる権利ま
たは法律上保護される利益が、また、Ⓑの部分では、子としての身分からは切
り離された人格的な権利または法律上保護される利益が、それぞれ示されてい
17) これらの二つの異なる保護法益の捉え方は、必ずしも明確な形で定式化されていたわ
けではないものの、従前の議論の中に看取される。例えば、中川善之助「判批」判評 52 号
(1962 年)4 頁は、子への身上監護には、生活費を送るという側面に加えて、愛護というべ
き側面も含まれ、たとえ親の一方が子に生活費を送っていたとしても、子を愛護していな
ければ、子に対して不法行為責任を負うとしたうえで、親の一方と不貞行為に及び同棲す
るに至った者も、親の一方との共同不法行為者として、子に対し不法行為責任を負うとす
る。また、泉久雄「親の不貞行為と子の慰謝料請求」ジュリ 694 号(1979 年)89 頁以下は、
子が親から監護および教育を受けたとしても、親の一方が他の異性に走って家族的生活が
破壊されそのために精神的平和が乱されたとすれば、その精神的苦痛の賠償が認められる
べきであるとして、注(16)で引用した判例を批判している。更に、中川淳「家族関係破壊
と配偶者・ 子の慰藉料請求」同『家族法の現代的課題』(世界思想社・1992 年)146 頁以
下〔初出・1979 年〕および同「家族にたいする不法行為」同『現代家族法の研究』(京都
女子大学・1994 年)25 頁以下〔初出・ 1985 年〕は、未成年の子は父母の愛情に包まれて
家庭において精神的な安定と幸福を享受することができるものであり、このような愛情的
利益は家庭における未成年の子を支える精神的支柱であるとしたうえで、未成年の子から
の損害賠償請求を否定する見解について、子と親との関係を民法上の扶養の権利義務、身
上監護権、財産管理権の総体にすぎないものと解し、愛情的利益という実質を見逃してい
ると批判し、このような愛情的利益も法によって保護されるべき利益であるとする。加え
て、小野義美「判批」法政 50 巻 3 = 4 号(1984 年)187 頁以下は、未成年の子の被侵害利
益として、論理的には、親に対して扶養や身上監護を要求しうる権利のほかに、親と子の
共同生活から得られる愛情を受ける利益が措定されるとしたうえで、親との共同生活が持
つ価値の重大性に鑑み、「共同生活から醸成される、各構成員の精神的平和幸福感その他
相互間の愛情的利益」が重視されるべきであると述べて、未成年者の子の被侵害利益を前
者に限定してしまっているとして注(16)で引用した判例を批判している。以上のように、
これらの議論においては、子としての身分に関わる権利または利益とは別に(または、こ
れらに代えて)、それとは切り離された保護法益が想定されていることが分かる。
18) 注(16)で引用した二つの判決に付された本林譲裁判官の反対意見。なお、引用部分は、
最判昭和 54 年 3 月 30 日・前掲注(7)
「民集」に付された反対意見による。

55

論説(白石)

るとみるべきことになる 19)。そして、こうした見方は、判例が前提とする未成
年の子の権利または法律上保護される利益の内容をよりよく理解するために、
参考にされるべきものである 20)。
これらの二つの捉え方をより一般化すれば、前者の捉え方に関しては、子の
権利または法律上保護される利益として子という身分またはそこから生ずる法
定的な権利や利益を措定する考え方として、後者の捉え方に関しては、子の権
利または法律上保護される利益として父または母との親密な関わりから愛情や
支援を受け人格を形成し自己実現を図るという意味での個人としての人格権お
よびこうした関係を平穏に維持することに関わる人格的利益を措定する考え方
として、それぞれ定式化することができる。加えて、後者の捉え方は、現代に
おいて家族のメンバーとの関わりが個人の善き生や幸福を実現するための手段
としても捉えられていることを強調し、かつ、この観点からは、配偶者または
パートナーからの損害賠償請求の場面で示されていた婚姻共同生活の平和の維
持という権利または法律上保護される利益について、
「婚姻」共同生活という
ように限定を付けることなく、より広く、父または(および)母との「家族」
共同生活の平和の維持という権利または法律上保護される利益として拡張する
ことが適切であることを踏まえると 21)、こうした意味での権利または法律上保
護される利益を守ることを通じて、子が父または母との関わりの中で形成して
いた人格の保護を図ろうとするものとして、位置付けられる 22)。なお、配偶者

19) 本文で示したような形で本林譲裁判官の反対意見を読む場合には、注(16)で引用した
二つの判決に付された大塚喜一郎裁判官の補足意見で示された本林裁判官の反対意見の読
み方、すなわち、「本林裁判官は、子が被る不利益が法の保護に価する法益であるといわ
れるので、この点について附言すると、右判示は、つまり不法行為における加害者の行為
の違法性の問題を指摘したものと解される」という理解の仕方は、十分なものとはいえな
い。
20) 注(16)で引用した二つの判決に付された本林譲裁判官の反対意見は、法廷意見が相当
因果関係を否定したことに向けられたものである。従って、同裁判官の反対意見における
権利または法律上保護される利益の捉え方は、法廷意見のそれと異なるものとして提示さ
れているわけではなく、後者を理解するために前者を参考にすることは許される。

56

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

またはパートナーからの損害賠償請求が問題となる場面とは異なり、未成年の
子からの損害賠償請求が問題となる場面では、これらの二つの権利または法律
上保護される利益の捉え方は、いずれか一方のみが基礎に据えられるべきもの
であるというよりも、重層的な形で意味を持つものであると考えられる 23)。未
成年の子の福祉および利益の観点からは、未成年の子としての身分に由来する
権利または利益と、親との事実上の関係に由来する人格権または人格的利益が
ともに保護されることが望ましいからである。
以上のように、2 で検討の対象とした現在の判例においては、配偶者もしく
はパートナーの一方または未成年の子について、
(未成年の子としての身分ま
21) 窪田充見『不法行為法(第 2 版)』(有斐閣・2018 年)313 頁以下〔初版・2007 年〕は、
不貞行為をめぐる損害賠償責任が問題となる場面において、保護法益が家庭生活の平和の
維持といったものであれば、それは、子についても同様に認めることができるはずであり、
従って、父または母が出て行って、別の女性または男性と暮らし、それによって家庭が崩
壊してしまったという場合、妻または夫に損害賠償請求権を認めるのであれば、それと同
様に子についても損害賠償請求権を認める余地はあるとする。
22) 用いられている表現は様々であり、そのためいくつかの解釈が可能なものではあるが、
本文で述べた権利または法律上保護される利益の捉え方は、従前の議論の中にも看取され
る。注(17)および注(21)で引用した文献のほか、例えば、竜嵜喜助「不貞にまつわる慰謝
料請求権」判タ 414 号(1980 年)21 頁は、子について認められるべき被侵害利益は純粋な
意味での家庭平和であり、不貞行為によって従来通りの監護、教育、愛情を受けられなく
なり、同棲でもされればその不安は倍加するのが通常であるから、相手方に害意がなくて
も子からの慰謝料請求は認められるべきであるとする。また、宗村和広「配偶者の一方と
通じた者の他方配偶者および子に対する不法行為責任」信法 4 号(2004 年)153 頁以下は、
子について認められるべき被侵害利益を「平穏な家庭生活を営むことによって享受してき
た精神的利益」というように広く理解すべき旨を説く(もっとも、同論文は、そのうえで、
違法性判断に際して親の不倫相手側に子に対する害意が存在したことを要求すべきである
としており、この点において、問題を含んでいる。)。本文で示した捉え方は、これらの議
論で萌芽的に示されていた構想を、現代法における人および家族のあり方を踏まえる形で
定式化したものである。
23) 注(16)で引用した二つの判決に付された本林譲裁判官の反対意見も、本文で示したⒶ
の部分およびⒷの部分で、二つの意味での異なる権利または法律上保護される利益の捉え
方を示し、それぞれが十分に保護に値する法益であると述べており、当該事案における権
利または法律上保護される利益として両者をともに問題にしているようにみえる。

57

論説(白石)

たはそこから生ずる監護や教育を受ける権利もしくは利益に加えて)他方また
は父もしくは母との親密な関わりから愛情や支援を受け人格を形成し自己実現
を図るという意味での人格権およびその関係を平穏に維持することに関する人
格的利益としての家族共同生活の平和の維持という権利または法律上保護され
る利益が措定されている。なお、
こうした権利または法律上保護される利益は、
これらを持つ者の生き方や人格に関わり、憲法的な価値に基礎を置いた強固な
権利または利益であるため、例えば、債権または契約に対する侵害の場面や氏
名を正確に呼称される利益の侵害の場面等でみられるように 24)、行為者側に故
意またはそれに準ずる主観的態様がなければ不法行為の成立を認めないという
形で、その要保護性を低く見積もることは許されない 25)。

24) 最判昭和 63 年 2 月 16 日民集 42 巻 2 号 27 頁は、氏名を正確に呼称される利益について、
その性質上不法行為法上の利益として必ずしも十分に強固なものとはいえず、他人に不正
確な呼称をされたからといって直ちに不法行為が成立するというべきではなく、むしろ、
氏名に社会的機能があることを考慮すれば、氏名を不正確に呼称した行為であっても、当
該個人の明示的な意思に反してことさらに不正確な呼称をしたとか、害意をもって不正確
な呼称をしたなどの事情がない限り、容認されるとしている。ところで、親との親密な関
わりから愛情や支援を受け人格を形成し自己実現を図るという意味での人格権およびその
関係を平穏に維持することに関する人格的利益としての家族共同生活の平和の維持という
権利または法律上保護される利益は、憲法的な価値に基礎を置く強固な権利であり、また、
氏名のように社会的側面を持たない。従って、これらの権利または法律上保護される利益
の侵害との関連で不法行為の成立要件を加重することは、そのように理解する理論的な前
提を欠くものである。
25) 榎本・ 前掲注(13)180 頁以下の指摘を参照。同解説は、以下のように述べている。最判
昭和 54 年 3 月 30 日・ 前掲注(7)
「民集」のように相当因果関係の有無ではなく、違法性が
強度である場合に限って不法行為の成立を認めるという構成も考えられないわけではな
い。こうした構成の背後には、本件のような被侵害法益が通常の不法行為が成立する場合
のそれと比べて、法律上の要保護性が低いという思想があるのではないかと思われる。し
かし、本林譲裁判官の反対意見もいうように、未成年の子が両親とともに共同生活を送る
ことによって享受することのできる父親からの愛情、父子の共同生活が生み出すところの
家庭的生活利益等は、未成年の子の人格形成に強く影響を与えずにはいられないものであ
り、かつ、人間性の本質に深くかかわりあうものであることを思うと、本件のような被侵
害利益について法律上の要保護性が低いということはできないのではないか。

58

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

ところで、こうした権利または法律上保護される利益は、その父または母と
の親密さの程度によっては、成年に達した子についても認められる。確かに、
成年に達した子は、父または母との関係で、場合によっては一定の範囲で扶養
に関する権利や利益を認められることはあるにしても、監護や教育を受ける権
利または利益を有しておらず、この点において、成年に達した子につき、子と
しての身分またはそこから生ずる個別的な権利や利益を想定することはできな
い。しかし、成年に達した子も、父または母との間の親密な関係を通じて自己
の人格を実現し発展させていくことがありうる以上、この場合には、成年に達
した子に、当該父または母との親密な関わりの中で人格を形成したり発展させ
たりすることで自己実現を図るという意味での人格権やその関係を平穏に維持
することに関わる人格的利益が認められなければならない。そして、成年に達
した子について措定されるべき上記のような権利または法律上保護されるべき
利益の捉え方は、2 で検討の対象とした判例で示された基本的な考え方の枠内
に位置付けられ、そこから論理的に導かれるものである。
3.家族のメンバーとの親密な関わりの中で生きる個人の人格権または人格的
利益の重要性 26)
1 で示した権利または法律上保護される利益の捉え方は、2 で検討の対象と
した判例のみならず、家族のメンバーとの親密な関わりが妨げられたことを理
由とする不法行為による損害賠償請求が問題となる様々な場面に関する判例お
よび裁判例の中にも看取される。
例えば、死者の名誉やプライバシーとされるものが侵害されたことを理由に
当該死者の家族のメンバーであった者がこれを侵害した者に対して損害賠償を
請求する場面において、多くの裁判例は、家族のメンバーが当該死者に対して
抱いている敬愛追慕の情の侵害を問題にしている 27)。敬愛追慕の情は、ある他
者に対して尊敬や親しみを持ったり、懐かしんだりすることを意味するため、
26) 以下の点について、拙稿・前掲注(1)77 頁以下、187 頁以下も参照。

59

論説(白石)

これを遺族側の権利または法律上保護される利益として捉え直せば、単なる主
観的感情などではなく、ある者が死者との間で形成していた親密な関係に由来
する個人の人格的な権利または利益として位置付けられる。
また、判例は、ある者が他者による何らかの責任原因行為により死亡した場
合に、民法 711 条で列挙されている者以外の者についても同条の類推適用に基
づく慰謝料請求を認めており 28)、その際、多くの裁判例は、直接被害者との間
で特定の身分を持つ者からの請求につき、当該身分が存在することだけを理由
として一律に認容したり棄却したりするのではなく、直接被害者とその各家族
のメンバーとの間の実質的な関係の濃度を慎重に評価して個別に慰謝料請求の
可否を決している 29)。更に、判例は、ある者が他者による何らかの責任原因行
為により負傷した場合において、その者の一定の家族のメンバーに、直接被害
者が「死亡したときにも比肩しうべき精神上の苦痛」が生じたと認められると
き、あるいは、「被害者が生命を害された場合にも比肩すべき、または右場合
に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛」が生じたと認められるときであ
れば、当該家族のメンバーからの慰謝料請求が認められるとしている 30)。これ
らの解釈および帰結は 31)、直接被害者の各家族のメンバーに、身分それ自体ま
たはそこから生ずる個別的な権利や利益の侵害があったかどうかではなく、直
接被害者との間で築いていた自己の人格の実現および発展に必要不可欠な実質
的関係が阻害されたかどうか、従って、直接被害者との関わりに由来する人格
27) 東京地判昭和 52 年 7 月 19 日高民集 32 巻 1 号 40 頁、東京高判昭和 54 年 3 月 14 日高民集
32 巻 1 号 33 頁、大阪地堺支判昭和 58 年 3 月 23 日判時 1071 号 33 頁、東京地判昭和 58 年 5 月
26 日判時 1094 号 78 頁(ただし、結論として請求は棄却されている。)、大阪地判平成 1 年
12 月 27 日判時 1341 号 53 頁、松山地判平成 22 年 4 月 14 日判時 2080 号 63 頁、東京地判平成
23 年 6 月 15 日判時 2123 号 47 頁等。
28) 最判昭和 49 年 12 月 17 日民集 28 巻 10 号 2040 頁等。
29) 安藤一郎「近親者の損害賠償請求権」塩崎勉編『交通損害賠償の諸問題』(判例タイム
ズ社・ 1999 年)393 頁以下〔初出・1987 年〕等。このことは、例えば、ある者が他者によ
る何らかの責任原因行為により死亡した場合において、その者の孫、祖父母、兄弟姉妹等
が慰謝料請求をする場面について判断を示した、膨大な数の裁判例の解決をみれば、より
一層明らかとなる。

60

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

権およびその関係を平穏に維持することに関わる人格的利益の侵害があったか
どうかを問うアプローチを基礎に据えるものにほかならない。このように理解
することによってはじめて、直接被害者との間である一定の身分を持つ者から
の慰謝料請求について事案によりその結論に違いが生ずる理由 32)、および、直
接被害者との間で持つある一定の身分またはそこから生ずる権利や利益を喪失
していない者からの慰謝料請求が一定の範囲で認められている理由 33)を説明す
30) 最判昭和 33 年 8 月 5 日民集 12 巻 12 号 1901 頁(不法行為により子が負傷した事案で母か
らの慰謝料請求が肯定された事例。)、最判昭和 39 年 1 月 24 日民集 18 巻 1 号 121 頁(不法行
為により子が負傷した事案で父母からの慰謝料請求が肯定された事例。)、最判昭和 42 年 1
月 31 日民集 21 巻 1 号 61 頁(不法行為により子が負傷した事案で父母からの慰謝料請求が
肯定された事例。)
、最判昭和 42 年 5 月 30 日民集 21 巻 4 号 961 頁(不法行為により夫が負傷
した事案で妻からの慰謝料請求が否定された事例。)、最判昭和 42 年 6 月 13 日民集 21 巻 6
号 1447 頁(不法行為により夫であり父である者が負傷した事案で妻および子から慰謝料請
求が否定された事例。)、最判昭和 43 年 9 月 19 日民集 22 巻 9 号 1923 頁(不法行為により子
が負傷した事案で父母からの慰謝料請求が否定された事例。)、最判昭和 44 年 4 月 24 日集民
95 号 207 頁(不法行為により子が負傷した事案で父母からの慰謝料請求が肯定された事
例。)、最判昭和 45 年 7 月 16 日判時 600 号 89 頁(不法行為により子が負傷した事案で父母
からの慰謝料請求が肯定された事例。)等。
31) 以下の本文における評価は、間接被害者からの損害賠償請求を、直接被害者に対する
不法行為の賠償範囲の問題としてではなく、間接被害者固有の権利または法律上保護され
る利益の侵害の問題として捉えることを前提としている。
32) 損害賠償の保護対象として措定される身分権の枠を量的に拡大し、親、子、配偶者以
外の法定的な家族関係を有する者が持つ身分権をも損害賠償の保護対象にすることによっ
て、または、損害賠償の保護対象として措定される身分権の枠を質的に拡大し、ある者に
これらの者が持つ身分や地位と事実上同視しうる状況があることを考慮して、内縁の配偶
者や未認知の子等が持つ地位をも損害賠償の保護対象にすることによって、死亡した直接
被害者との関係で民法 711 条において列挙されている者以外の身分や地位を持つ者からの
慰謝料請求を基礎付けることは不可能ではない。しかし、この理解では、死亡した直接被
害者との関係である特定の身分を持つ者が事案によって慰謝料請求を認められたり認めら
れなかったりすることについては、説明が付かない。
33) 直接被害者の生命以外の権利または法律上保護される利益が侵害された場面では、家
族のメンバーが直接被害者との間で有している身分権は存在している以上、身分権を内容
的に膨らませ、その中に支配的要素を読み込むのでなければ、家族のメンバーによる慰謝
料請求は認められないはずである。

61

論説(白石)

ることが可能になるからである。
これらのいくつかの例をみるだけでも明らかになるとおり、ある家族のメン
バーとの親密な関わりの中で自己の人格を形成したり発展させたりすることで
自己実現を図るという意味での人格権やその関係を平穏に維持することに関わ
る人格的利益の侵害を問う考え方は、不貞行為を理由とする損害賠償請求の場
面を超えて、広く家族のメンバーとの親密な関わりが妨げられたことを理由と
する不法行為による損害賠償請求が問題となる様々な場面で抽出される。この
ことは、家族や家族のメンバーとの関わりの中で生ずる不法行為が問題となる
場面においては、損害賠償を請求する者にある者との間で特定の法定的な身分
またはそこから生ずる権利や利益が存在したかどうかに着目する考え方だけで
は、事案に適切な解決を与えることができないことを示唆している。従って、
本稿が検討の対象とする問題においても、成年に達した子に不貞行為をした親
との間で子としての身分に由来する何らかの権利や利益があったかどうかとい
う点ではなく、当該子が当該親との間で自己の人格の実現および発展に必要不
可欠な関係を形成し、当該親との関係を平和的に維持することについて人格的
な利益を有していたかどうかという点こそが問われなければならない。
ところで、家族や家族のメンバーとの関わりの中で生ずる不法行為が問題と
なる場面で、1 から 3 までで示したように権利または法律上保護される利益を
捉えることには、以下のような意義が認められる。その結果、この捉え方は、
現代における個人とその家族のメンバーとの関係を適切に反映させたものとし
て、実定法でも、その位置付けを得るに至ったと考えられる。
まず、不法行為法により保護される権利または利益として、ある家族のメン
バーとの関係で形成される人格権およびその関係を平穏に維持することについ
ての人格的利益を措定することで、ある個人とその家族のメンバーとの関わり
に対して、特定の法定的な身分またはそこから生ずる個別的な権利や利益に還
元されない豊かな内容を与えることができ、人が特定の者との関係で感情的ま
たは身体的な満足を味わえる場=親密圏としての家族 34)というものにより実質
的な存在意義を認めることができる。家族のメンバーとの関わりは、特定の者
62

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

と身分の関係で繫がることだけに意義を持つのではなく、そのこととは別の次
元で、特定の者とより愛情的および人格的な関係で結び付くことにも意義を有
する。1 から 3 までで示した権利または法律上保護される利益の捉え方の背後
にあるのは、
家族法(および場合によっては別の保護法益を介した不法行為法)
の規律で身分またはそこから生ずる権利や利益が保護されることを前提に、そ
れに重ねて、不法行為法の規律で家族のメンバーとの関係に由来する人格権お
よびその関係を維持することについての人格的利益を保護するという、重層的
な構造である。そのため、こうした構想は、多様な善き生のあり方を求める個
人が、単に一定の身分関係を持つ者と家族法上の権利および義務の関係でのみ
繫がるだけでなく、特定の者と相互に親密な関係を築くことによって、自己の
人生を描き、その人格を実現および発展させていくという、現代法が想定する
人の姿によりよく適合する。2 および 3 で引用した様々な判例および裁判例で
みられた保護法益の捉え方は、こうした現代的な人と家族の像を適切に反映す
るものとして位置付けられる 35)。
次に、上記のような保護法益の捉え方によれば、ある者との間で一定の身分
またはそこから生ずる権利や利益を有する者だけに対して当該身分またはそこ
34) 文脈は異なるが、大村敦志『家族法(第 3 版)』(有斐閣・2010 年)374 頁〔初版・1999
年〕。
35) 1 から 3 までで示した権利または法律上保護される利益は、個人の人格により基礎付け
られるものである。家族間における利益を、そのメンバーの人格的利益から切り離して、
純粋に関係的な利益として把握する方向性(林田清明「親子関係の法的保護―関係的利
益論―」大分大学経済論集 33 巻 3 号(1981 年)46 頁以下。また、同「死者の名誉毀損の
法的構成:関係的利益論」大分大学経済論集 33 巻 6 号(1982 年)1 頁以下、同「死者と近
親者の関係上の利益」大分大学経済論集 34 巻 2 号(1982 年)114 頁以下も参照。)は、適切
ではない。関係的利益を個人の人格から切り離して捉えるとき、その内容は倫理観や正義
といった一般的な観念のみによって規定されることになってしまい(林田・ 前掲「親子関
係の法的保護」54 頁以下は、子が父母との関係で有する関係的な利益が不貞行為の相手方
の行為との関係で保護されるかどうかは、家族というものに対する倫理的問題と、賠償を
肯定または否定することによって被害者が置かれる地位、つまり、正義という二つの観点
から考察されるとしている。)、これによると、各人が各家族のメンバーとの関係にどのよ
うな意味付けを与えていたのかといった観点が脱落してしまうおそれがある。

63

論説(白石)

から生ずる権利や利益につき特別の保護が与えられ、ある者との間でそれ以外
の身分を有する者や身分を持たない者には何の保護も与えられないという帰
結、従って、家族法が典型的なものとして予定した家族の像を形成する者に対
してのみ強力で均一的な保護が与えられ、それ以外の家族の形態を築いている
者がすべて考慮の外に置かれるという帰結を回避して、様々な家族のメンバー
との多様な関わり方を法の領域で受け止めることができる。法律上の夫婦とそ
こから生まれた(未成年の)子を正統家族とする思想の後退、多様な家族形態
を承認する社会の現状、
法外の家族関係に対し不利益な取扱いをしない方向性、
更に、横の家族関係と縦の家族関係または婚姻と生殖を一定の範囲で切り離し
て考える姿勢等、現代の家族を取り巻く動向に照らせば、典型的な家族の像を
家族法の規律に従って形成したうえで、身分やそこから生ずる権利義務を規定
する家族法のルールと民事責任法上の保護法益の捉え方とを直結させ、家族法
上の身分およびそこから生ずる権利義務を持たない者同士の関係を典型的な家
族の像から外れるものとして、完全に法の外の問題にしてしまうことには問題
がある。そうではなく、不法行為上の保護法益を 1 から 3 までで示したように
捉えることで、家族法上の規律が特定の家族形態に対し典型像としての地位を
認めているかどうかにかかわらず、そうした像に一定の配慮しながら、家族法
の理念を壊さない範囲で、民事責任法を通じ、個人の人格の形成、実現および
発展に必要不可欠な家族のメンバーとの関係を保護していくことが、現代にお
ける家族のあり方にも沿う。
なお、学理的な議論では、主として夫婦の一方が他方と不貞行為に及んだ第
三者に対して損害賠償を請求する場面を念頭に置いたうえで、性的問題という
プライベートな事柄については裁判所による介入を避け、当事者間でプライバ
シーを暴露しあったり、不貞行為をした配偶者と損害賠償を請求している配偶
者や子との間の関係を更に悪化させたりしないようにすべきであるという観点
等を踏まえて、不貞行為が問題となる場面での損害賠償請求を認めることに否
定的な立場を示す見解も有力に主張されている 36)。この見解は、不貞行為およ
びその前提としての貞操義務の問題を当事者間における家族法上の解決に委ね
64

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

るべきことを前提とする 37)。しかし、仮にこれらの見方が正当であるとしても、
こうした批判は、子が親の一方と不貞行為に及び同棲するなどした第三者に対
して損害賠償を請求する場面には、妥当しない。この場面で、子は、
(未成年
の子としての身分またはそこから生ずる監護や教育を受ける権利もしくは利益
に加えて)当該親との関わりの中で自己の人格を形成したり発展させたりする
ことで自己実現を図るという意味での人格権およびその関係を平穏に維持する
ことに関する人格的利益としての家族共同生活の平和の維持という権利または
法律上保護される利益の侵害を理由に損害賠償を請求しているのであって、親
の貞操との関連で有する権利または利益の侵害を理由に損害賠償を請求してい
るわけではないからである。従って、夫婦間における貞操義務の問題をどのよ
うに扱うべきかという問いと、子が親との関係で形成した人格権およびその関
係を平穏に維持することについての人格的な利益の保護をどのように図るべき
かという問いとは、直接的な関わりを持たないため、仮に不貞行為およびその
前提としての貞操義務の問題を家族法上の規律に委ねるという方向性を受け入
れたとしても、後者の問いを肯定することは何ら妨げられない。
また、一部の議論では、不貞行為を契機として婚姻が破綻することで子には
重い不利益が生じうることは確かであるが、こうした不利益はあくまでも親子
間で解消されるべきであり、離婚法における子の保護規定や家庭裁判所による
監督および調整等によって対応されるべきであって、そこに不法行為法を持ち
込むことは適切ではないという批判もされている 38)。しかし、この理解に対し
36) 前田達明『愛と家族と』(成文堂・1985 年)265 頁以下〔初出・1980 年から 1985 年まで〕、
有地亨「不倫をめぐる損害賠償請求の諸問題」ケ研 242 号(1995 年)12 頁以下、二宮周平「不
貞行為の相手方の不法行為責任」山田卓生先生古稀記念論文集『損害賠償法の軌跡と展望』
(信山社・ 2008 年)167 頁以下等。
37) 水野紀子「判批」法協 98 巻 2 号(1981 年)165 頁、國井和郎「判批」久貴忠彦ほか編『家
族法判例百選(第 5 版)』(有斐閣・1995 年)25 頁、

朗「不貞慰謝料請求事件をめぐる裁

判例の軌跡」判タ 1041 号(2000 年)34 頁等。
38) 水野・ 前掲注(37)167 頁以下。同評釈は、本文で示した観点から、子には権利または法
律上保護される利益の侵害が存在しないという法律構成を導く。

65

論説(白石)

ても、上記と同じ指摘が妥当する。1 で示した権利または法律上保護される利
益は、子の人格の保護を対象とし、子としての身分の保護を直接的に問題とす
るものではないため、そこでは、子としての身分に直接関わる問題について家
族法上の処理に委ねるべきかという問いは成立しえても、第三者と不貞行為を
して同棲するに至った親との関係に由来する人格権および人格的利益の保護に
関して家族法上の規律に委ねるべきかという問いが成立することはない。つま
り、この考え方では、子の身分またはそこから生ずる権利や利益の問題を家族
法の規律に委ねることと、それと直結しない人格権および人格的利益を民事責
任法で保護することとは、特に未成年の子に関しては一定の範囲で重なり合う
ことはあるとしても、十分に両立する。
以上によれば、たとえ夫または妻としての身分に直接関わる問題につき、ま
た、場合によっては、子としての身分に直接関わる問題につき、家族法の特殊
性を考慮しない形で民事責任法を介入させることは許されるべきでないと仮定
しても、そうでない問題については、すなわち、本稿で検討の対象とするケー
スのように、子自身の人格権や人格的利益の保護が問われる場面については、
家族法の理念を壊さない範囲で民事責任法による事後的な補完を認めることが
あってよいと考えられる。
4.成年に達した子に認められる権利または法律上保護される利益
その親の一方が婚姻またはパートナーの関係にある他方以外の第三者と親し
い関係を築き同棲するに至るまで、成年に達した子が当該親と同居し、経済的
にも精神的にも当該親との間で相互に親密な関係を築いていたとすれば、この
ような当該親との緊密な繋がりは、当該子の人格の実現および発展にとって、
また、その子の主体的な生き方にとって、必要不可欠なものであったと考えら
れる。こうした場合、当該子には、たとえ成年に達しているため当該親との関
係で子という身分に由来する何らかの権利や利益を有していないとしても、当
該親との親密な関わりの中で自己の人格を形成したり発展させたりして自己実
現を図るという意味での人格権およびその関係が平穏に維持されることについ
66

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

ての人格的利益が認められる。そして、当該親が第三者と不貞行為に及び同棲
するなどしたために、その子と当該親との親密な関係が破壊され、回復しえな
い状態に至ったとすれば、その子は、この第三者の責任原因行為によって上記
のような意味での権利または法律上保護される利益を侵害される 39)。
以上の検討によれば、従前の裁判例が成年に達した子の権利または法律上保
護される利益について示した理解の仕方に対しては、以下の三つの問題を指摘
することができる。
第一に、従前の裁判例の中には、成年に達した子に認められるべき権利また
は法律上保護される利益の内容を、子としての身分やそこから生ずる権利また
は利益だけに結び付けて理解してしまっているものが存在する。例えば、裁判
例③は、未成年の子について、民法 820 条を引用して、
「親との間に家族共同
体を構成し、親とともに生活することによって、親から愛情を注がれ、監護、
教育を受けられるという一定の身分上の権利又は親族としての権利を取得して
いる」とし(以下「ⓐ」とする。

、これが「未成年の子が両親とともに生活利
益を送ることによって享受することのできる親からの愛情、親子の共同生活が
生み出すところの家庭的生活利益」として具体化されるという理解を前提とし
たうえで(以下「ⓑ」とする。

、成年に達した子に関しては、
「民法上も、親が、
直系血族として子を扶養する義務(民法 877 条)を負うことがあるものの、親
による成人の子に対する監護及び教育の権利義務はない」との理解、つまり、
成年に達した子には親との関係で子としての身分に由来する権利や利益が存在
39) 従って、子は、自己固有の権利または法律上保護される利益の侵害を理由に、自己の
名で損害賠償を請求することができる。一部の裁判例でみられるように(中里和伸『判例
による不貞慰謝料請求の実務』(弁護士会館ブックセンター出版部 LABO・2015 年)135 頁
以下で整理されている裁判例を参照。)、子の存在を斟酌して不貞行為をされた夫または妻
に付与される慰謝料の額を算定することを通じ、親からの損害賠償請求の中でいわば間接
的に子からの損害賠償請求を考慮するという手法は(これは、一部の学説によって示唆さ
れていた手法である。泉久雄「判批」昭和 54 年度重判(1980 年)93 頁等。)、適切ではない。
不貞行為をされた夫または妻と子とは、法的に別人格であり、それぞれ別の保護法益を有
する以上、両者を一体的に捉えることはできないからである。

67

論説(白石)

しないとの理由を挙げて(以下「ⓒ」とする。

、上記の意味での権利または法
律上保護される利益は認められないと理解しているようにみえる。
しかし、2 で示した整理によれば、ⓑの部分については、裁判例③がⓐの部
分で示すように身分上の権利または利益に限定して捉えることは適切ではな
く、人格の形成、実現および発展に必要不可欠な関係を平穏に維持することに
ついての人格的な利益、そして、その背後にある父または母との親密な関係の
中で人格を形成したり発展させたりすることで自己実現を図るという意味での
人格権という観点からも把握されなければならない。この理解によると、ⓒの
部分は、成年に達した子がその親との関係で身分上の権利や利益を持たないこ
とを示すものではあっても、成年に達した子がその親との関係で上記のような
関係を築きえないこと、従って、その親との親密な関わりの中で生きる個人の
人格権および人格的利益が存在しないことを説明するものになっていない。換
言すれば、ⓐからⓒまでの論理は、成年に達した子に権利または法律上保護さ
れる利益が存在しないという結論を導くに際して、親との親密な関わりの中で
生きる子の人格権および人格的利益の存在を完全に無視してしまっている。
第二に、仮に従前の裁判例が子としての身分やそこから生ずる権利または利
益とは別に親との親密な関わりの中で生きる個人の人格権およびその関係を平
穏に維持することについての人格的利益を措定していると理解したとしても、
これらの裁判例は、
後者の権利または法律上保護される利益を過小評価したり、
その意義を否定したりしてしまっている。裁判例③が、ⓒの部分で成年に達し
た子には子としての身分上の権利または利益が存在しないとしながら、それに
続けて、「成人したからといって、未成年の子と同様の家庭的生活利益の重要
性が直ちに失われるものではない」としていること(以下「ⓓ」とする。
)を
強調すれば、裁判例③の判断については、ⓐの部分とⓑの部分とで並列的な形
で異なる権利または法律上保護される利益を措定し、成年に達した子に関して
は、ⓒの部分で、ⓐの部分に相当する権利または法律上保護される利益は認め
られないものの、ⓓの部分で、ⓑの部分に相当する親との親密な関わりの中で
生きる個人の人格権およびその関係を平穏に維持することについての人格的利
68

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

益は認められるとしたものとして読むこともできる。このように読めば、ⓓの
部分は、1 から 3 までの検討成果に照らして、正当な指摘を含んでいる。
もっとも、裁判例③は、ⓓの部分に続けて、
「成人の子については、人格形
成が一応完了したと考えられ、上記利益の法律上の保護の必要性は、相対的に
低いものとならざるを得ない」と判示することで(以下「ⓔ」とする。)、その
要保護性を過小に評価してしまう。また、裁判例①および裁判例②は、より直
接的に、「成人した子については、未成年の子の場合と異なり、その親との親
族共同生活によって得られる精神的平和、幸福感その他の愛情利益をもって法
の保護に値する人格的利益とまでは未だ認められない」
(裁判例①)
(以下「ⓕ」
とする。)、または、
「Y1 との間で平穏な同居生活を続け、父娘の良好な関係を
保つことについての事実上の利益があったとしても、これが法律上保護される
べき利益であるとまではいえない」
(裁判例②)
(以下「ⓖ」とする。)として、
その要保護性を否定してしまう。しかし、ある個人とその家族のメンバーとの
関わりは、その者の人格の形成のみならず、その実現および発展にも資するも
のであり、場合によっては、その生き方の根幹に関係することからすると、裁
判例③がいう「家庭的生活利益」
、裁判例①がいう「親族共同生活によって得
られる精神的平和、幸福感その他の愛情利益」
、裁判例②がいう「平穏な同居
生活を続け、父娘の良好な関係を保つことについての…利益」
、そして、本稿
がいう親との親密な関わりの中で人格を形成したり発展させたりすることで自
己実現を図るという意味での人格権やその関係を平穏に維持することについて
の人格的利益の要保護性を、成年に達した子との関係で低く見積もったり、否
定したりすることは許されない。また、ⓔからⓖまでの部分は、2 で検討の対
象とした判例の基本的な考え方とも調和しない 40)。
この点、裁判例③は、ⓒの部分に先立つ形で「現在の我が国において、成人
の子が、親との間に家族共同体を構成し、親とともに生活することが一般的で
あるとはいえない」とも述べており(以下「ⓗ」とする。)、このような認識が
ⓔの部分で示された評価をもたらす一因となっているのかもしれない 41)。また、
裁判例①がⓕの部分で当該利益をもって法の保護に値する利益とまでは「未だ」
69

論説(白石)

認められないと述べている点についても、
「未だ」という表現が社会の状況に
照らして「現時点では」ということを意味するとすれば、同様の認識に基づく
ものとして理解することができないわけではない。しかし、各種の統計調査の
結果によれば、こうした認識の正当性それ自体に問題があるほか 42)、仮にこの
点を措くとしても、成年に達した子が親との関係で家庭的生活利益を持つこと
が一般的ではないとの理由で、こうした利益が個別的に存在する場面でその要
保護性を否定するという手法は、他者の権利や自由に影響を与えることがない
にもかかわらず少数派であるという一事をもってその保護を否定することにほ
かならず、不法行為法における権利保障の目的に反する。
第三に、裁判例③は、家庭的生活利益が「法律上保護される利益であると解

40) このことは、裁判例①から裁判例③までの各事案で、成年に達した子である原告等に、
親との親密な関わりの中で人格を形成したり発展させたりすることで自己実現を図るとい
う意味での人格権やその関係を平穏に維持することについての人格的利益の侵害が認めら
れ、その結果、これらの者からの損害賠償請求も肯定されるべきであったという主張では
なく、上記のような権利または利益が存在したかどうかがより丁寧に検討されなければな
らなかったという指摘を意味する。裁判例①から裁判例③までは、成年に達した子に認め
られるべき権利または法律上保護される利益の要保護性を過小評価したり否定したりする
ことで、当該子と親との具体的な関係の中身をほとんど検討することなく、当該子からの
損害賠償請求を棄却しているため、判決文で明らかにされた事実だけからは、各事案で、
成年に達した子に親との親密な関わりの中で人格を形成したり発展させたりすることで自
己実現を図るという意味での人格権やその関係を平穏に維持することについての人格的利
益が存在したといえるかどうかも、判断することはできないからである。
41) 成年に達した子についてⓐの部分に相当する権利または法律上保護される利益が認め
られないことは、ⓒの部分により基礎付けられるから、ⓗの部分に意味を持たせるとすれ
ば、本文で示したような読み方にならざるをえない。
42) 第 8 回世帯動態調査によれば、生存している親と同居している 20 歳以上の者の割合は、
35.2 パーセントであり(https://www.ipss.go.jp/ps-dotai/j/DOTAI8/kohyo/kohyo.asp(2022
年 9 月 21 日に最終検索。)
)、総務省統計研修所の西文彦の調査(2016 年)によれば、親と
同居の若年未婚者(20 歳から 34 歳まで)の割合は 45.8 パーセントである(https://www.
stat.go.jp/training/2kenkyu/pdf/parasi16.pdf(2022 年 9 月 21 日に最終検索。))。これらの調
査からは、「成人の子が、親との間に家族共同体を構成し、親とともに生活することが一
般的であるとはいえない」との認識は導かれない。

70

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

する場合、親が成人した子に対して愛情を与えなくなったり、子と共同生活を
送らなくなったりしたとき(その原因は不貞行為に限らない。)、親は、成人し
た子の上記利益を侵害したものとして損害賠償責任を負い得ることとなるが、
親がそのような法律上の責任を負うべきであると解することが、現在の社会通
念に合致するとはいえない」と述べて(以下「ⓘ」とする。)、成年に達した子
の家庭的生活利益の要保護性を否定する。しかし、ⓘの部分は、以下の三つの
点において、正確な理解とはいえない。
まず、親について成年に達した子との関係で不法行為が成立するためには、
当該子について認められる人格権および人格的利益を保護範囲とする故意また
は過失が当該親に存在したことが必要である。仮に成年に達した子について上
記のような権利または法律上保護される利益が認められたとしても、裁判例③
がいうように、「親が成人した子に対して愛情を与えなくなったり、子と共同
生活を送らなくなったりした」という一事をもって、当該親に故意または過失
が認定されるわけではない。
次に、上記の点と表裏の関係に立つものではあるが、成年に達した子が親と
同居しているからといって、当該子について常に親との関係で形成された人格
権やその関係を平穏に維持することについての人格的利益が認められるわけで
はない。上記のような権利または法律上保護される利益の捉え方からすれば、
その有無の評価に際しては、成年に達した子と親との間の関係が前者の人格の
実現や生き方に必要不可欠であったかどうかを判断することが決定的に重要に
なる。人は、他者との関わりを通じ成長するに連れて、また、自ら家庭を築く
ことなどによって、自己の人格の実現および発展にとって親との関係が持つ意
味を変化させていく。そうすると、成年に達したからといって一律に上記のよ
うな権利または法律上保護される利益は認められないとすることが適切でない
のと同じく、親と同居していたという一事をもって一律に上記のような権利ま
たは法律上保護される利益が認められるとすることもまた適切でないことは明
らかである。従って、成年に達したすべての子について親との関係で上記の権
利または法律上保護される利益が認められるわけではない。
71

論説(白石)

更に、上記の二点で指摘したような形で、成年に達した子に権利または法律
上保護される利益が認められ、親に責任原因が認定されるとすれば、後者の不
法行為の成立が認められなければならない。それにもかかわらず、
「親がその
ような法律上の責任を負うべきであると解することが、現在の社会通念に合致
するとはいえない」と評価し、不法行為の成立を妨げることは、損害賠償を請
求する者と損害賠償を請求される者が家族関係にあることを理由に不法行為の
成立を否定したりその請求を棄却したりすることにほかならず、従前の判例の
立場に反するほか 43)、権利保障の著しい制約にもなる。
Ⅱ.責任原因行為と権利または法律上保護される利益の侵害との間の因果関係
の捉え方
成年に達した子がその親と自己の人格の実現および発展にとって必要不可欠
な関係を築いていた場合において、ある第三者が故意または過失をもって当該
親と親密な関係を持ち同棲するなどし、その結果、当該親がその子との緊密な
生活を解消して、その関係を断つに至ったときには、当該子に認められる当該
親との関係で形成された人格権およびその関係が平穏に維持されることについ
43) 最判昭和 47 年 5 月 30 日民集 26 巻 4 号 898 頁。同判決は、「夫婦の一方が不法行為によっ
て他の配偶者に損害を加えたときは、原則として、加害者たる配偶者は、被害者たる配偶
者に対し、その損害を賠償する責任を負うと解すべきであり、損害賠償請求権の行使が夫
婦の生活共同体を破壊するような場合等には権利の濫用としてその行使が許されないこと
があるに過ぎないと解するのが相当である。けだし、夫婦に独立・ 平等な法人格を認め、
夫婦財産制につき別産制をとる現行法のもとにおいては、一般的に、夫婦間に不法行為に
基づく損害賠償請求権が成立しないと解することができないのみならず、円満な家庭生活
を営んでいる夫婦間においては、損害賠償請求権が行使されない場合が多く、通常は、愛
情に基づき自発的に、あるいは、協力扶助義務の履行として損害の塡補がなされ、もしくは、
被害を受けた配偶者が宥恕の意思を表示することがあるとしても、このことから、直ちに、
所論のように、一般的に、夫婦間における不法行為に基づく損害賠償債務が自然債務に属
するとか、損害賠償請求権の行使が夫婦間の情誼・ 倫理等に反して許されないと解するこ
とはできず、右のような事由が生じたときは、損害賠償請求権がその限度で消滅するもの
と解するのが相当だからである」と判示している。同判決の説示は、夫婦関係に特殊な規
律に由来する部分を除き、 基本的に、親子間の不法行為の場面にも妥当する。

72

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

ての人格的利益は 44)、当該第三者の責任原因行為によって侵害されている。つ
まり、当該第三者の責任原因行為と当該子に認められる当該親との関係で形成
された人格権およびその関係を平穏に維持することについての人格的利益の侵
害との間には、法的な因果関係が存在する。これが、本稿で検討の対象とする
問題における責任原因行為と権利または法律上保護される利益の侵害との間の
因果関係として、基礎に据えられるべき基本的な考え方である 45)。
以下では、まず、未成年の子が親の一方と不貞行為に及び同棲するなどした
第三者に対して損害賠償を請求する場面との関連で、判例が示した相当因果関
係の不存在という一般論それ自体を検討し、その問題を明らかにしたうえで
(1)、次に、仮に上記の一般論を受け入れるとしても、それは未成年の子に認
められる子としての身分またはそこから生ずる個別的な権利や利益の侵害との
関連においてのみ可能であり、子が成年に達しているかどうかにかかわらず認
められうる、親との関係で形成された人格権およびその関係が平穏に維持され
ることについての人格的利益との関連では、上記の一般論が妥当しえないこと
を指摘する(2)
。また、併せて、上記の一般論がすべての保護法益との関連で
妥当すると仮定しても、
一定の範囲で法的な因果関係が認められるべきであり、

44) Ⅰでの検討によれば、親の一方が第三者と不貞行為に及び同棲するに至った場合、(成
年に達した)子には、固有の権利または法律上保護される利益の侵害が認められうる。従っ
て、ここでの問題を、不貞行為等をされた親の他方について成立する不法行為による損害
賠償の効果として捉え、子を当該不法行為の単なる間接被害者として位置付けること、従っ
て、注(46)で引用する判例について、直接被害者との関連性を欠くことを理由に相当因果
関係を否定した判決として把握することは(このような可能性を示唆するものとして、窪
田・ 前掲注(21)313 頁以下、窪田充見編『新注釈民法(15)債権(8)』(有斐閣・2017 年)
471 頁〔前田陽一〕等。)、適切ではない。
45) 学理的な議論においては、判例が前提とする相当因果関係という判断枠組みに対して、
多くの批判がある。そして、そこで展開されている様々な議論を参照しつつ、Ⅱで扱う判
例の理解に対して問題を指摘したり、Ⅱで検討の対象とする課題を因果関係とは別の次元
に属する問題として位置付け、この観点から解釈論を提示したりすることも可能である。
Ⅱで示される議論は、これらの可能性があることをひとまず留保したうえで、相当因果関
係という判断枠組みを前提として記述されるものである。

73

論説(白石)

それは、判例が例示的に説くような場面に限られるものではないことを提示す
る(3)
。最後に、これらの検討を踏まえ、本稿で検討の対象とする問題に即し
て、親の一方と親密な関係を築いた第三者の責任原因行為と成年に達した子に
認められるべき権利または法律上保護される利益の侵害との間の法的な因果関
係について、その評価の仕方を示す(4)

1.責任原因行為と権利または法律上保護される利益の侵害との間の法的な因
果関係の存在
判例は、「妻及び未成年の子のある男性と肉体関係を持った女性が妻子のも
とを去った右男性と同棲するに至った結果、その子が日常生活において父親か
ら愛情を注がれ、
その監護、
教育を受けることができなくなった」としても、
「父
親がその未成年の子に対し愛情を注ぎ、監護、教育を行うことは、他の女性と
同棲するかどうかにかかわりなく、父親自らの意思によって行うことができる
のであるから、他の女性との同棲の結果、未成年の子が事実上父親の愛情、監
護、教育を受けることができず、そのため不利益を被ったとしても、そのこと
と右女性の行為との間には相当因果関係がないものといわなければならない」
と判示し、原則として、
「右女性の行為は未成年の子に対して不法行為を構成
するものではないと解するのが相当である」としている 46)。ここでは、子の権
利または法律上保護される利益の侵害について、第三者と不貞行為に及び同棲
するなどした親の意思が介在していることを理由に、当該第三者の責任原因行
為と子の権利または法律上保護される利益の侵害との間の相当因果関係が否定
されている。問題は、ここでいう相当因果関係の不存在がどの次元における因
果関係の不存在を意味しているのかという点、そして、その結論が前提として
いる因果関係の考え方に照らして適切なものといえるかどうかという点にあ
る。
46) 最判昭和 54 年 3 月 30 日・ 前掲注(7)
「 民集」。また、母が不貞行為等をしたことを受け
てその未成年の子が不貞行為の相手方に対して損害賠償を請求した事案で同旨を説く判例
として、最判昭和 54 年 3 月 30 日・前掲注(7)
「判時」。

74

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

まず、判例がいう相当因果関係の不存在は条件関係の不存在を意味するとい
う理解の仕方が想定される。相当因果関係という判断枠組みにおいても 47)、相
当因果関係があるとされるためには、その行為がなければその権利または法律
上保護される利益の侵害がなかったであろうと認められることが必要であると
されており 48)、これは、不可欠条件公式によって基礎付けられる条件関係の存
在を意味しているからである 49)。この理解の仕方によると、判例の上記引用部
分は、第三者と不貞行為に及び同棲するなどした親の一方の自由意思が介在し
ているため、当該第三者の行為がなければ子の権利または法律上保護される利
益の侵害が生じなかったとはいえないことを示したものとして、位置付けられ
る。
ところで、本稿で検討の対象とする問題のように、責任を問われている者と
は別の主体の自由意思が介在した結果として何らかの権利または法律上保護さ
れる利益の侵害が生じた場合であっても、当該具体的事実関係のもとで、当該
責任を問われている者の行為が契機となって別の主体がそのような行為をした
という関係が認められれば、当該責任を問われている者の行為と被害者に生じ
た権利または法律上保護される利益の侵害との間には条件関係が肯定され
る 50)。この整理によれば、判例がいうように、たとえ子に生じた権利または法
律上保護される利益の侵害について、第三者と不貞行為に及び同棲するなどし
47) 相当因果関係という判断枠組みを批判する見解に即していえば、これは、事実的因果
関係の問題である。
48) 我妻栄『事務管理・不当利得・不法行為』(日本評論社・1937 年)154 頁、加藤一郎『不
法行為(増補版)』(有斐閣・ 1974 年)154 頁〔初版・ 1957 年〕154 頁等。
49) 条件関係について、合法則的条件公式(結果が変化の連鎖を通して行為と法則的に結
合していれば、その結果は当該行為の結果であるという考え方。)によって判断する場合
であっても、以下の本文で述べる説明の仕方とは異なるものの、親の一方と不貞行為に及
び同棲するなどした第三者の行為と子の権利または法律上保護される利益の侵害との間の
条件関係は肯定されうる。
50) ニュアンスの相違はあるが、四宮和夫『事務管理・不当利得・不法行為 中巻・下巻』
(青
林書院・1983 年、1985 年)410 頁以下、平井宜雄『債権各論Ⅱ不法行為』(弘文堂・1992 年)
86 頁以下、窪田編・前掲注(44)363 頁以下〔橋本佳幸〕等。

75

論説(白石)

た親の一方の自由意思が介在しているとしても、当該第三者の行為が契機と
なって親の一方がそのような行為をしたと評価することができる以上、当該第
三者の責任原因行為がなければ、子の権利または法律上保護される利益の侵害
もなかったとみることができ、従って、両者の間に条件関係を肯定することが
できる。
次に、判例がいう相当因果関係の不存在は因果関係における相当性の不存在
を意味するという理解の仕方が想定される。伝統的な議論によれば、相当因果
関係が認められるためには、その行為がなければその権利または法律上保護さ
れる利益の侵害がなかったであろうと認められることだけでなく、そのような
行為があれば通常はそのような権利または法律上保護される利益の侵害が生ず
るであろうと認められることが必要であるとされ 51)、相当性の判断に際しては、
結果に対する行為の影響力等について規範的な評価が行われるとされてい
る 52)。この理解の仕方によると、判例の上記引用部分は、第三者と不貞行為に
及び同棲するなどした親の一方の自由意思が介在しているため、当該第三者の
行為があれば通常は子の権利または法律上保護される利益の侵害が生ずるとは
いえないことを示したものとして、位置付けられる。
しかし、こうした評価には、疑問が残る。子を持つ者と親密な関係を築いた
りすることによってその相手方と子との間の緊密な関係を妨げてはならないと
いう規範の保護目的には、Ⅰで示したような子の権利または法律上保護される
利益の保護が含まれる。そして、親の一方と不貞行為に及び同棲するなどした
者の当該行為は、当該親による意思決定を容易化することなどを通じて、子の
権利または法律上保護される利益の侵害が生ずる可能性を有意的に高めてい
る。従って、不貞行為の相手方の責任原因行為と不貞行為をされた夫婦の一方
に生じた権利または法律上保護される利益の侵害との間の相当因果関係が肯定
されていることと対比しても 53)、親の一方と不貞行為に及び同棲するなどした
51) 我妻・前掲注(48)154 頁以下、加藤・前掲注(48)154 頁等。
52) 沢井裕「不法行為における因果関係」星野英一編代『民法講座 第 6 巻 事務管理・ 不当
利得・不法行為』(有斐閣・ 1985 年)262 頁等。

76

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

者の当該行為があれば通常は子の権利または法律上保護される利益の侵害が生
ずるであろうと認められ、その結果、両者の間に因果関係の相当性を肯定する
ことが適切である 54)。この点については、判例に付された反対意見が相当因果
関係を肯定していることに説得力があり 55)、このことは、判例の解決を結論と
して支持する学説によっても承認されているところである 56)。
以上の検討によれば、親の一方と不貞行為に及び同棲するなどした者の当該
行為と子の権利または法律上保護される利益の侵害との間には、相当因果関係
が認められるべきである 57)。この点において、上記の判例で示された理解は、
適切なものとはいえない。
2.責任原因行為と関係的な人格権および人格的利益の侵害との間の法的な因
果関係の存在
1 で示した議論とは異なり、仮に親の一方と不貞行為に及び同棲するに至っ
た者の当該行為と子の権利または法律上保護される利益の侵害との間に相当因
果関係は存在しないという理解を受け入れるとしても、この理解は、未成年の
子に認められる子としての身分またはそこから生ずる個別的な権利や利益の侵
害との関連においてのみ妥当するものであって、子が成年に達しているかどう
かにかかわらず認められうる、親との親密な関わりの中で自己の人格を形成し
たり発展させたりすることで自己実現を図るという意味での人格権およびその

53) 中川(善)
・前掲注(17)
4 頁、中里・前掲注(39)
101 頁以下等。また、榎本・前掲注(13)
178 頁以下も参照。なお、子からの損害賠償請求が相当因果関係の不存在を理由に否定さ
れるのであれば、夫婦の一方からの損害賠償請求も同様の理由により否定されるべきであ
るという観点からの記述であるが、島津一郎「不貞行為と損害賠償――配偶者の場合と子
の場合」判タ 385 号(1979 年)122 頁以下、人見康子「第三者の家庭崩壊による慰謝料」
別冊判タ 8 号(1980 年)235 頁、二宮・前掲注(36)169 頁等。
54) 沢井裕「判批」加藤一郎ほか編『家族法判例百選(第 3 版)』(有斐閣・ 1980 年)53 頁。
同評釈は、子を棄てた親の自由意思が介在していても、相手方には、法的評価において、
事態を誘発させたことについての責めを肯定すべきであり、因果関係は中断されないとし
ている。

77

論説(白石)

関係が平穏に維持されることについての人格的利益の侵害との関連では妥当し
ない 58)。
判例が相当因果関係の不存在という結論を導く理由は、それが条件関係また
55) 注(7)で引用した二つの判決に付された本林譲裁判官の反対意見。同裁判官は、以下の
ように述べている(引用部分は、最判昭和 54 年 3 月 30 日・ 前掲注(7)
「 民集」に付された
反対意見による。)。「なる程、父親が未成年の子に対して行う監護及び教育は、父子が日
常起居を共にしなければできないものではなく、他の女性と同棲していたとしても、父親
が強靭な意思を持って行えば行えなくはないものだろう。しかし、私は、未成年の子を持
つ男性と肉体関係を持ち、その者の子供を出産し、妻子のもとを去った右男性と同棲する
に至った女性がたとえ、自らその同棲を望んだものでもなく、同棲後も、男性が妻子のも
とに戻ることに敢えて反対していないのであっても、同棲の結果、男性がその未成年の子
に対して全く、監護、教育を行わなくなったのであれば、それによって被る不利益は、そ
の女性の男性との同棲という行為によって生じたものというべきであり、その間には相当
α)。「けだし、不法行為における行為
因果関係があるとするのが相当であると考える」(⃝

とその結果との間に相当因果関係があるかどうかの判断は、そのような行為があれば、通
常はそのような結果が生ずるであろうと認められるかどうかの基準によってされるべきと
ころ、妻子のもとを去って他の女性と同棲した男性が後に残して来た未成年の子に対して
事実上監護及び教育を行うことをしなくなり、そのため子が不利益を被ることは、通常の
ことであると考えられ、したがって、その女性が同棲を拒まない限り、その同棲行為と子
β ―筆者注。
の被る右不利益との間には相当因果関係があるというべきだからである(⃝
)。

更に、日常の父子の共同生活の上で子が父親から日々、享受することのできる愛情は、父

親が他の女性と同棲すれば、必ず奪われることになることはいうまでもないのであり、右
女性の同棲行為と子が父親の愛情を享受することができなくなったことによって被る不利
γ ―筆者注。)」。
益との間には、相当因果関係があるということができる(⃝

56) 前田・ 前掲注(36)18 頁以下は、注(7)で引用した二つの判決が相手方に害意がある場合
等でなければ子からの損害賠償請求は認められないとしたことに賛成しつつ、相当因果関
係の不存在という理由付けには説得力がなく、むしろ、債権侵害が問題となる場面に準え
てこの結論を説明すべきであると説く。
57) 津田賛平「判批」ひろば 32 巻 7 号(1979 年)48 頁は、本文で示した考え方に対し、親
の一方とその同棲相手のいずれが同棲に至るについて積極的であったかに関して考慮の外
に置くものであり、妻および未成年の子を持つ中年の男性が社会経験の浅い未婚の若い女
性に積極的に働きかけ不倫な関係を持ち同棲するに至ったという場合を例に挙げて、これ
によると不法行為責任が認められる範囲を広げすぎることになってしまうと批判する。し
かし、本文における検討によれば、こうした批判が正
らかである。

78

を得たものとはいえないことは明

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

は相当性のいずれの次元における判断であるのかはともかく、子の権利または
法律上保護される利益の侵害については、第三者と不貞行為に及び同棲するな
どした親の意思が介在しているという点にあった。確かに、子の身分またはそ
こから生ずる個別的な権利や利益との関連でみると、親の一方が第三者と不貞
行為に及び同棲するに至ったとしても、その親が子を監護したり、子に教育を
与えたりすることが不可能とまではいえないから、この点を捉えて、当該第三
者の行為が契機となって当該親が子への監護や教育を放棄したのではないと評
価することにより、条件関係の存在を否定したり、当該第三者の行為があって
も通常は子の監護や教育への権利の侵害が生ずるのではないと評価することに
より、因果関係の相当性を否定したりすることで、
(その適否はともかく)相
当因果関係の不存在という結論を導くことができないわけではない。しかし、
親との親密な関わりの中で自己の人格を形成したり発展させたりすることで自
己実現を図るという意味での人格権およびその関係が平穏に維持されることに
ついての人格的利益の侵害との関連では、上記のような評価をすることはでき
ない。親の一方が第三者と不貞行為に及び同棲するなどして、当該親と子との
親密な関係が破壊されると、これらの権利または利益は必然的に侵害されるた
め、当該第三者の行為が契機となって当該親は子との親密な関係を放棄するに
至ったといわなければならないし、また、当該第三者の行為により当該親の行
為が容易化され、その結果、これらの権利または利益の侵害が生ずる可能性が
有意的に高められたとみなければならないからである 59、60)。
このように整理し、かつ、当該事案では未成年の子からの損害賠償請求が問
題となっていたため、また、時代的な制約のため、上記の判例においては、子

58) 保護法益との関連で相当因果関係の有無を個別に評価していく理解の仕方は、注(7)で
引用した二つの判決に付された本林譲裁判官の反対意見にもみられる。注(55)で引用した
β の部分では、監護および教育を受けるという子としての身分に由来する権利の侵害との

γ の部分では、日常の共同生活のうえで親から日々
関連における相当因果関係が論じられ、⃝

享受することのできる愛情に関わる利益の侵害との関連における相当因果関係が問われて
いるようにみえるからである。

79

論説(白石)

の身分またはそこから生ずる個別的な権利や利益のみが保護法益として措定さ
れていたと理解すると、上記の判例が示した相当因果関係についての判断は、
59) 用いられている表現は様々であり、また、必ずしも法的な因果関係の捉え方を踏まえ
て立論がされているわけではないが、本文で述べた相当因果関係の評価の仕方は、従前の
議論の中にも看取される。例えば、中川(善)・ 前掲注(17)
4 頁は、子への身上監護には、
生活費を送るという側面に加えて、愛護というべき側面も含まれる以上、親の一方が第三
者と同棲していても子への身上監護は可能であるという理解は適切でなく、第三者が親の
子に対する不法行為的措置を誘発したとすれば、その第三者は子に対して責任を負わなけ
ればならないとしている。また、泉・ 前掲注(17)90 頁は、判例がいうように監護教育費用
が十分に確保されたとしても、子は、親の一方が他の異性に走って親の夫婦関係が破壊さ
れ、そのために乱された精神的平和を取り戻すことはできず、この精神的苦痛が第三者の
行為に起因するならば、苦痛に対する慰謝を第三者に請求することは許されるべきである
と述べている。更に、林修三「判批」時法 1039 号(1979 年)58 頁以下は、判例がいうよ
うに物質面の仕送りがされたとしても、子には親の一方が家庭生活をともにしないという
点からくる精神的不利益は残り、この精神的不利益を生じさせた責任の一半は相手方にあ
るとして、注(55)で引用した本林譲裁判官の反対意見を高く評価している。加えて、小野・
前掲注(17)195 頁以下は、親の一方が第三者との生活を維持しながら同時に自らの意思で
子に対し十分な監護および教育をすることができるかどうかは疑わしいが、まして、愛情
的利益の享受という点でいえば、当該親の意思に基づきその享受を可能にするということ
は、第三者との同棲関係を解消することにほかならず、同棲関係の維持と両立しえないと
して、注(7)で引用した判例を批判している。本文で示した理解は、これらの議論で萌芽
的に示されていた構想を、相当因果関係をめぐる議論の到達点を踏まえる形で定式化した
ものである。
60) 裁判例①は、注(7)で引用した二つの判例に言及することなく、「X が A と同棲を始め
た昭和 54 年ころ当時、Y2、Y3、Y4 は、それぞれ 15 才、13 才、11 才の未成年であったが、
Y2 らは、X が A と同棲した結果、Y2 については約 5 年間、Y3、Y4 についてはそれぞれ約
7 年間 A から父としての愛情、監護を受けられず、父母との共同生活によって得られる精
神的平和を乱され、その人格的利益を侵害されたものということができ、これにより Y2
らは精神的苦痛を受けたことが推認される」と述べて、X からの貸金返還請求に対する Y2
らからの慰謝料請求を基礎とする相殺の抗弁を容れている。同判決がどのような理由で相
当因果関係を肯定したのかは明らかでないものの、同判決では、被侵害利益として、本稿
がいう父との親密な関わりの中で自己の人格を形成したり発展させたりすることで自己実
現を図るという意味での人格権およびその関係が平穏に維持されることについての人格的
利益に相当するものが措定されているようであり、このことは、同判決が先行判例に言及
することなく Y2 らの慰謝料請求を認めたことの説明になる。

80

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

子の監護や教育への権利の侵害との関連でのみ意味を持つものとして、位置付
けられる 61)。従って、その判断の射程は、親の一方と不貞行為に及ぶなどした
第三者の当該行為と、当該親との関係で形成された人格権およびその関係が平
穏に維持されることについての人格的利益の侵害との間の相当因果関係には、
及ばない。
以上の検討によれば、少なく見積もっても、親の一方と不貞行為に及び同棲
するなどした者の当該行為と、親との関係で形成された人格権およびその関係
が平穏に維持されることについての人格的利益の侵害との間には、相当因果関
係が認められるべきである。この点において、上記の判例で示された理解をこ
れらの保護法益との関連でそのまま適用することは、適切なものとはいえない。
3.例外的に法的な因果関係が認められる場面の拡大
1 および 2 で示した議論とは異なり、仮に親の一方と不貞行為に及び同棲す
るに至った者の当該行為と子の権利または法律上保護される利益の侵害との間
61) 注(7)で引用した二つの判例に付された大塚喜一郎裁判官の補足意見は、本文で述べた
理解を裏付けるものである。同裁判官は、以下のように述べている。「本林裁判官は、右
の不利益は本件のような場合には、女性の同棲行為によって通常生ずるのであるから、相
当因果関係があるとされるのである。なるほど、不法行為における行為とその結果との間
に相当因果関係があるかどうかの判断は、そのような行為があれば、通常はそのような損
害が生ずるであろうと認められるかどうかの基準によってされるべきであり、私は、一般
論として同裁判官と意見を異にするものではないけれども、本件のような場合においては、
家に残した子に対し、監護等を行うことは、その境遇いかんにかかわらず、まさに父親自
らの意思によって決められるのであるから、相当因果関係の有無の判断に当たっては、こ
の父親の意思決定が重要な意義を持つものと考えるべきである」。「そして、右父親の意思
決定のいかんによって未成年の子が監護等を受けられるか、又は受けられないかの結果が
生ずるものであるところ、多数意見摘示にかかわる原審の確定した事実関係のもとにおい
ては、相手方の女性の同棲行為によって未成年の子が不利益を受けることが通常であると
はいゝ難く、右不利益は、あくまでも事実上もたらされたものにしかすぎず、それを法的
に評価して原因行為と相当因果関係にある結果であるということはできない」。上記の引
用部分では、子が監護等を受けることができないこと、つまり、子としての身分から生ず
る権利や利益の侵害のみを念頭に置く形で、相当因果関係の有無が論じられている。

81

論説(白石)

に相当因果関係は存在しないという理解を受け入れる場合であっても、この理
解はあらゆる場面に妥当するものではなく、例外的に相当因果関係の存在が認
められるべき場合も存在する。判例も、
「妻及び未成年の子のある男性と肉体
関係を持った女性が妻子のもとを去った右男性と同棲するに至った結果、その
子が日常生活において父親から愛情を注がれ、その監護、教育を受けることが
できなくなったとしても、その女性が害意をもって父親の子に対する監護等を
積極的に阻止するなど特段の事情のない限り、右女性の行為は未成年の子に対
して不法行為を構成するものではない」と判示し、
「その女性が害意をもって
父親の子に対する監護等を積極的に阻止するなど特段の事情」があれば、当該
女性の不法行為責任が成立する可能性を認めており 62)、こうした特段の事情が
ある場合には、親の一方と不貞行為に及んだ第三者の当該行為と子の権利また
は法律上保護される利益の侵害との間に相当因果関係が存在するという評価を
前提としている。なお、上記の引用部分は、
「その女性が害意をもって父親の
子に対する監護等を積極的に阻止するなど特段の事情」という形で、保護法益
として子の身分またはそこから生ずる権利や利益を措定した書きぶりとなって
いるが、「監護等」とされていることからも明らかになるとおり、特段の事情
が認められる場面を上記の意味での権利または法律上保護される利益の侵害が
ある場合に限定する趣旨ではなく、親との親密な関わりの中で自己の人格を形
成したり発展させたりすることで自己実現を図るという意味での人格権および
その関係が平穏に維持されることについての人格的利益との関連でも、同様の
特段の事情は認められる。
このことを前提として判例の言い回しを記し直すと、
「その女性(または男性)が害意をもって父親(または母親)の子に対する監
護を積極的に阻止したり家族共同生活の平和を積極的に害したりするなど特段
の事情」があれば、相当因果関係の存在が肯定されるという表現になる。
判例よれば、第三者と不貞行為に及び同棲するに至った親の自由意思が介在
62) 最判昭和 54 年 3 月 30 日・ 前掲注(7)
「 民集」。また、母が不貞行為等をしたことを受け
てその未成年の子が不貞行為の相手方に対して損害賠償を請求した事案で同旨を説く判例
として、最判昭和 54 年 3 月 30 日・前掲注(7)
「判時」。

82

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

していることを理由に相当因果関係の存在が否定されるというのが原則である
以上、ここでは、当該第三者が害意をもって当該親の子に対する監護等を積極
的に阻止したり家族共同生活の平和を積極的に害したりするなどの特段の事情
がある場合には、親の自由意思の介在が認められないため、当該第三者の行為
と子の権利または法律上保護される利益の侵害との間の相当因果関係も肯定さ
れるという論理が基礎に据えられていると考えられる。このような理解による
と、相当因果関係が認められる場面を、第三者が害意をもって当該親の子に対
する監護を積極的に阻止したり家族共同生活の平和を積極的に害したりする場
合に限定する必然性は、全く存在しない。むしろ、第三者と不貞行為に及び同
棲するに至った親の自由な意思による決定が制約されていたと評価することが
できるような事情があれば、相当因果関係の存在を肯定するというのが論理的
である。従って、
判例がいう「その女性(または男性)が害意をもって父親(ま
たは母親)の子に対する監護等を積極的に阻止する」場合は、単に相当因果関
係の存在が認められる一つの場面を例示的に示したものとして捉えられなけれ
ばならない。
本稿で検討の対象とする問題のように、親との親密な関わりの中で自己の人
格を形成したり発展させたりすることで自己実現を図るという意味での人格権
およびその関係が平穏に維持されることについての人格的利益の侵害が問題に
なる場面との関連でいうと、例えば、第三者が積極的に誘惑的な挙措を用いて
当該親の無知や経験不足に乗じた場合のみならず 63)、第三者が家庭を棄てて家
族生活を破壊するという親の行為を誘発した場合や 64)、第三者が当該親と子と
の間の親密な関係を認識しながら後戻りすることができない程度に当該親との
共同生活を準備し実行させた場合等であっても、当該親による自由な意思は制
約されているため、この第三者の責任原因行為と上記権利または法律上保護さ
れる利益の侵害との間の相当因果関係は肯定されうる。

63) 津田・前掲注(57)49 頁。
64) 泉・前掲注(17)90 頁。

83

論説(白石)

4.責任原因行為と成年に達した子に認められる権利または法律上保護される
利益の侵害との間の法的な因果関係の存在
Ⅰでの検討によれば、成年に達した子には、一定の範囲という限定は付くも
のの、父または母との親密な関わりの中で自己の人格を形成したり発展させた
りすることで自己実現を図るという意味での人格権およびその関係が平穏に維
持されることについての人格的利益の侵害が認められた。そして、1 および 2
での検討によれば、父または母と親しい関係を持ち同棲するに至った第三者の
責任原因行為と上記の権利または法律上保護される利益の侵害との間には、原
則的な理解として、相当因果関係が認められうる。また、仮に判例の判断枠組
みをそのまま前提とするにしても、この第三者が当該子とその父または母との
間の親密な関係を認識しながら計画的に父または母との共同生活を準備し実行
させたとすれば、やはり、相当因果関係が認められうる。
裁判例③は、Ⅱで検討の対象とした判例を参照しつつ、成年に達した子の家
庭的生活利益が法律上保護される利益であり、それが侵害されたと解するとし
ても、「母親が、その成人の子に対して愛情を注ぎ、家庭的生活利益を享受さ
せることは、他の男性と同棲するかどうかにかかわりなく、母親自らの意思に
よって行うことができるから、その男性の行為との間に相当因果関係があると
いうためには、その男性が害意をもって母親の子に対する上記利益の享受等を
積極的に阻止するなどの特段の事情が必要である」との一般論を述べたうえで
(以下「㋐」とする。)、本件において、Y が X の母 A に対し有形力を行使して
拘束するなど、A の X に対する家庭的生活利益の享受等を積極的に阻止する行
為をしたことを認める証拠はないこと(以下「㋑」とする。

、A が自宅を出た
翌日に B らと話合いの場を設けていたことなどからすると、A が自らの判断
で Y との同棲を継続していることが窺われること(以下「㋒」とする。

、仮
に Y が A との間で不貞関係を継続し自らアパートを契約して計画的に A との
同居を開始しているという事実が存在するとしても、A が自らの意思によって
X に愛情を注ぎ家庭的生活利益を享受させることを行いえなくなるわけではな
いこと(以下「㋓」とする。
)を挙げて、上記の特段の事情は存在しないとし
84

親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

ている。これまでの検討によれば、この裁判例が第三者の責任原因行為と成年
に達した子の権利または法律上保護される利益の侵害との間の因果関係につい
て示した理解の仕方に対しては、以下の問題を指摘することができる。
まず、1 および 2 での検討によれば、少なくとも、裁判例③がいう家庭的生
活利益、本稿がいう父または母との親密な関わりの中で自己の人格を形成した
り発展させたりすることで自己実現を図るという意味での人格権およびその関
係が平穏に維持されることについての人格的利益の侵害が問題になる場合に
は、Ⅱで検討の対象とした判例の判断枠組みに基づいて相当因果関係の有無を
判断すべきではないにもかかわらず、裁判例③は、㋐の部分で、本稿で検討の
対象とするケースにおいても判例の判断枠組みがそのまま妥当することを当然
の前提として、問題を特段の事情の有無に矮小化しまっている。伝統的な相当
因果関係説を基礎とした評価をする限り、
(子としての身分またはそこから生
ずる権利や利益の侵害に関してであればともかく)上記の意味での権利または
利益の侵害に関しては、その侵害は親の一方と不貞行為に及ぶなどした第三者
の責任原因行為により生じたと評価することが適切である。
次に、仮に判例の判断枠組みを前提とするにしても、相当因果関係が認めら
れるべき特段の事情の評価について、
いくつかの問題を指摘することができる。
㋑の部分は、当該事案が特段の事情が認められるべき一つの例示的な場面に当
たらないことを示すものにすぎず、相当因果関係の不存在という結論を導くた
めの決定打とはならないこと、㋒の部分について、話合いが存在したという一
事をもって、A の自由な意思による決定があったと速断することはできないこ
と、そして、㋓の部分では、子としての身分に由来する権利や利益と裁判例③
がいう家庭的生活利益との違いが適切に認識されておらず、後者の侵害が問題
になる場面では、前者の侵害が問題になる場面とは異なり、父または母との親
密な共同生活の解消と子による家庭的生活利益の享受との間には基本的に両立
可能性がないにもかかわらず、そうした両立が可能であるという前提に立って
いること、その結果、X 側によって主張されている出来事が A の自由な意思に
よる決定の制約を基礎付ける事実であるかどうかを全く確認していないことな
85

論説(白石)

どが、それである。

おわりに
成年に達した子は、その親の一方が婚姻またはパートナーの関係にある他方
以外の第三者と親密な関係を築き同棲するなどした場合において、それ以前に
その親と親密な関係をともに過ごすなどして、その親との間で自己の人格の実
現および発展に必要不可欠な関係を築いていたときには、その親との親密な関
わりの中で自己の人格を形成したり発展させたりすることで自己実現を図ると
いう意味での人格権およびその関係が平穏に維持されることについての人格的
利益の侵害を理由に、当該第三者に対して損害賠償を請求することができる。
これが、本稿で検討の対象とした問題への一つの解答である。そして、こうし
た考え方は、『民事責任法と家族』の中で「家族に関わる保護」との関連にお
いて示した方向性、すなわち、
「家族に関わる保護」が問題となる場面では、
家族から切り離された個人としての人格や感情の保護を図る規律が要請される
場面を除き、家族との関わりの中で生きる個人の人格を基礎に据えて、
「家族
に関わる保護」についての具体的な解決や解釈論を構築すべきであるという理
解の仕方を 65)、本稿で検討の対象とする問題に即して具体化したものにほかな
らない。
【付記】
大塚章男先生に哀悼の意を込めて本稿を捧げる。筆者が大塚先生と初めてお
会いしたのは、筑波大学法科大学院に着任する前の 2014 年 5 月頃に大塚先生
の研究室でのことであった。それ以降、大塚先生からは、多くの面でご指導お
よびご教示を賜った。特に、大塚先生の研究室で、学生達が法曹実務家として
備えるべき素養を身に着けるためには法科大学院としてどのような教育をする
ことが求められるかについて、議論をさせていただいたことは、つい昨日のこ
65) 拙稿・前掲注(1)113 頁以下。

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親との関係を妨げられたことを理由とする成年に達した子からの損害賠償請求

とであるかのように鮮明な記憶として、筆者の胸に刻まれている。大塚先生の
ご訃報は、今でも信じられない思いであるが、今後は、法曹を目指す学生達に、
大塚先生からの教えを伝えていきたいと思う。なお、本稿は、科学研究費補助
金・ 基盤研究 C「現代における「人の法」の構想」
(課題番号 20K01388)の研
究成果の一部である。
(しらいし・ともゆき 千葉大学大学院社会科学研究院教授)

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