MDM2 Gene Amplification in Colorectal Cancer IsAssociated with Disease Progression at the PrimarySite, but Inversely Correlated with Distant Metastasis
概要
1. 序論
我が国における 3 大死因は,2018 年厚生労働省の発表によると悪性新生物,心疾患,老衰の順となっており,1981 年以降悪性新生物が死因の 1 位となっている.なかでも 大腸癌の罹患数および死亡数は男女共に年々増加しており,国立がん研究センターがん対策情報センターの統計によると,大腸癌の罹患数は 2017 年全がん種の中で 1 位,死亡数は 2018 年胃癌を抜いて肺癌に続き 2 番目となった.
TP53 遺伝子は癌抑制遺伝子の 1 つであり,細胞周期停止,アポトーシス,DNA 修復に関係し,遺伝的安定性を維持する中心的な役割を担っている.大腸癌の発生には,前癌病 変として腺腫を経て癌が発生する adenoma carcinoma sequence 説があり,腺腫が進展した後,TP53 遺伝子の異常が起こり癌細胞へと変化するといわれる.TP53 遺伝子変異は、大腸癌患者の 50%で認められ、リンパ管または血管侵襲に関連している(Iacopetta et al.,、 2003 ; Russo et al., 2005).MDM2 遺伝子は,TP53 遺伝子の活動を抑制的に調整する. MDM2 によるp53 の抑制は,MDM2 のE3 ユビキチンリガーゼ活性を介した p53 のプロ テアゾーム経路での分解と,p53 タンパク質の N-末端側に位置する転写活性化領域に直接結合してp53 の転写因子としての活性を阻害するものの 2 つが報告されている(Karni-Schmidt et al., 2016 ; Wade et al., 2013 ; Momand et al., 1992) .
MDM2 の過剰発現により,TP53 遺伝子の変異によらなくてもp53 機能が不活化され,癌化に結びつく可能性を指摘する研究がすでに発表されており(Wu X et al., 1993 ; Haupt Y et al., 1997),大腸癌においては Forslund et al. (2008) は大腸癌患者の 9%がMDM2遺伝子増幅を示し,全ステージがMDM2 遺伝子増幅と有意に相関していた,と報告した.またMDM2 遺伝子の一部領域の SNPs(1 塩基多型)が,大腸癌のリスク増加および早期発症と関連していることを説明する報告がある(Bond et al., 2006).肺腺癌では人種や地理的要因により遺伝子変化と関連があると言われており(Ho et al., 2005)、日本人の大腸癌における MDM2 遺伝子増幅の重要性をさらに明確にするために本試験を立案した.
2. 実験材料と方法
手術で得た 211 例の大腸癌組織を用いて,定量的リアルタイムPCR および Fluorescent In Situ Hybridization(FISH)を用いて MDM2 遺伝子増幅を評価した.Loop-Hybrid Mobility Shift Assay (LH-MS)( Matsukuma et al, 2006)を用いて,MDM2 遺伝子の SNP309 多型を解析した.先行研究により結果が得られているTP53 遺伝子変異および KRAS 変異と合わせて,臨床病理学的特徴との相関を分析した.
3. 結果
MDM2 遺伝子増幅は腫瘍の 8%(16/211)で観察された.Dukes 分類病期 A とB を組み 合わせた群と,病期 C 群とを比較した場合,疾患進行に伴って MDM2 遺伝子増幅の発生率が有意に増加した(p=0.025).しかし病期 D 群の患者にはMDM2 遺伝子増幅症例は認められず,統計的に有意差が認められた(p=0.043).
コピー数は 4.12~8.24 の範囲であった.FISH の結果MDM2 遺伝子の増幅が 12 番染色体の増加と関連することが示唆された. MDM2 遺伝子増幅の有無とリンパ節転移や遠隔転移,または組織型を含む他の臨床病理学的因子との関連は認めなかった.MDM2 遺伝子増幅の有無による大腸癌患者の全生存率に有意な差は認められなかった.MDM2 遺伝子 SNP309 多型は大腸癌のリスク,または検査した他の臨床病理学的因子のいずれとも相関しなかった.p53 によって調節されるp21 およびBAX を免疫染色により評価したが,TP53 遺伝子変異の有無または MDM2 遺伝子増幅状態との相関は示さなかった.
4. 考察
MDM2 遺伝子増幅は局所における腫瘍の増殖進展には有利に働く一方で,肝転移を含む遠隔転移の成立には負に作用する可能性が示唆された.Forslund et al. (2008) の報告とは異なるが、近藤ら(2008) は大腸癌において MDM2 mRNA 発現が肝転移と逆相関すると報告しており,人種間の差異が関連している可能性がある.MDM2 過剰発現は,乳がん (Lukas et al., 2001 ; Hori et al., 2002),非小細胞肺がん(Higashiyama et al., 1997) ,および悪性黒色腫(Polsky et al., 2001)においては良好な予後と関連することが報告されている.大腸癌における MDM2 の意義を明らかにするためには,同一検体における MDM2遺伝子増幅とmRNA,および蛋白質発現レベルのさらなる評価が必要である.