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書き出し

図書紹介『武蔵野事典』

水内, 佑輔 東京大学

2023.09.14

概要

図書紹介



報告・話題

武蔵野事典
武蔵野文化協会 編著
雄山閣 刊
2020 年9月 10 日 発行
716 頁,13,200 円
ISBN:9784639027270

対象地をより深く掘り下げる際にも重宝する
書籍であるといえる。実際,冒頭の2つの武
蔵野の風景イメージの生成要因は文学的背景
なくしては,答えられない 1)。
 造園学は学際的領域でもあり,総合性が重
視されるが,それは造園学が扱う環境自体が,
複合的要因によって形成されているからにほ
域を通じることによって,実体的に浮かび上

の野の風景だろうか,それとも雑木林や田畑

がってくるが,本書は武蔵野という地域にお

からなる農村の風景だろうか。いずれにせよ,

いてこの点を実現させるものとなっている。

地名由来の単純な言葉自体にある風景の見方

 一方で,事典という性格から多岐にわたる

が含まれており,武蔵野がある種特別な場所

トピックをそれぞれの専門家が執筆している

であることがわかる。

のであろうが,執筆者の専門性が書中には明

 本書は,その武蔵野を好み愛でる同志の集っ

示されていない。しかし,特定の地域を学際

ること勿れ,と一世紀にわたり多くの識者に

た武蔵野文化協会により「武蔵野の全てを解

的に取り上げた事典であるからこそ,書き手

高く評価されてきた」とされる,雑誌『武蔵

説する決定版」と銘打たれ出版されたもので

の専門性が記された方が書籍の特徴が生きた

野』であるが,その初期の編集・発送業務を

ある。自然編・環境編・考古編・歴史編・民

のではないかという感もある。また,非常に

担ったのが,井下麾下の東京市公園課の有志

俗編・文学・地誌編・文化財編・人物編から

野暮な指摘ではあるが,「武蔵野」の定義な

の若手職員であった。日比谷公園の事務所に

構成された事典となっており,その他,濃密

いし,地理的範囲が明確に示されておらず,

おいて,勤務時間後に約1000部の発送作業

な年表(4万年前から始まる!)が付され,

武蔵野の全てが解説されているのかわからな

を行っていたようである。井下は異分野との

『武蔵野事典』の名に違わぬものとなっている。

いという点もある。これらは,一般読者に向

交流が重要であると考え,興味のありそうな

特に造園学会員の関心を引くと思われる「自

けた武蔵野文化協会についての紹介があるこ

東京市職員を武蔵野会へ勧誘しており,

然編」「環境編」においては,「武蔵野の『自

とによって解消されたのではないかとも思わ

フィールドワークなどを通じた学際的交流は

然』がどのようなものであり,現在どのよう

されるが,いずれにせよランドスケープの視

東京市造園職の大きな刺激となっていた。

になっているのかを紹介すると共に,自然と

点から武蔵野を知り,愛でるために好適な書

 また,武蔵野会は異分野からの造園への参

人が作り上げてきた「環境」が,時代ととも

籍である。

入のきっかけともなっている。造園史家・前

にどのように変貌してきたのかを具体的事例

 ところで,『ランドスケープ研究』において,

島康彦は,國學院大學高等師範部在学中より

で紹介する構成」となっており,特に近世期

本書を紹介する理由はその内容もさることな

武蔵野会会員であった縁から,井下によって

の江戸の成立以降,帝都から現代の首都東京

がら,武蔵野会(武蔵野文化協会の前身)と

東京市公園課で任用されたのであり,前島は,

に至るまでの,自然と人間社会の相互作用が

造園学が深い関わりにもあるからでもある。

後に『日本公園百年史』や『東京公園文庫』

作り出した武蔵野という環境について,樋渡

刊行の辞において,人類学・考古学の鳥居龍

のほか井下や折下吉延らの業績録の刊行など

達也氏の筆により総合的かつ分かりやすく紹

蔵博士主宰に 1916 年に武蔵野会が設立され,

を行っているが,現在の東京,そして日本造

介されている。いわゆる地形や地層,水系な

武蔵野を好み愛でる井下清を筆頭に様々な分

園史は前島の業績なくして成立しないもので

どの物的基盤としての自然の解説するのでは

野の人々を網羅し発展してきたと紹介され,

ある。多少の推測も交えるが,井下は,新し

なく,その基盤が生み出した生活環境や江戸,

人物編に造園学関係者が多数登場することか

く開拓されつつあった造園という分野の歴史

そして東京の文化が連携して紹介され,さら

らも,その匂いは感じられるが,造園学会の

を記録し,残すことの重要性を考えていたの

には公園緑地行政,あるいは自然環境行政の

読者の関心を引くためにも,また,造園学と

ではないだろうか。武蔵野会と造園学の相互

漸進的前進も紹介されている。「自然編」「環

いう分野の発展とも関わる点もあり,ここに

関係が見てとれる。

境編」のみをもっても,ランドスケープの視

造園学と武蔵野会についてのエピソードを紹

 以上のように,その内容からもまた造園学

点から,東京とその近郊を捉える上での入門

介しておきたい 2)。

との関わりという点からも手に取っていただ

書としてまたとない書籍となっている。

 東京都の公園緑地行政のパイオニアである

きたい一冊である。

 それだけでなく,考古編・歴史編・民俗

井下清によれば,大正期における小金井の桜

編・文学・地誌編・文化財編においても,

の保存業務の際に,玉川上水やその周囲を研

様々なトピックが紹介されている。残念なが

究する必要から考古学分野にも興味を持って

ら筆者はこれを論評する知見を持ち合わせて

いたところ,芝公園での樹木の植え替え中に

1) 山根ますみ・篠原修・堀繁(1989):武

いないが,自然・環境編とこれらはリンクし

埴輪が発掘され,東大の人類学教室へ持ち込

蔵野のイメージとその変化要因について

ており,例えば,東京の公園緑地計画は,郊

んだ際に,鳥居龍蔵と知己を得たという。そ

外開発と表裏一体のものであるし,歴史的庭

うこうしているうちに,いつの間にか考古学

園や中世城郭を取り上げる際には,考古学や

や歴史学に関心を持つ人々が集まる郷土研究

歴史学的知見が欠かせない。ランドスケープ

のサロンとしての武蔵野会ができ,会誌『武

の視点を縦の視点とすれば,横の視点が分か

蔵野』を発行することになったとされる。後

りやすく用意されており,調査研究に際して

に,「機関誌『武蔵野』を措いて武蔵野を語

(水内佑輔 記)
補注及び引用文献

の考察:造園雑誌 53(5),215-220
2)井下清・稲村坦元・小寺駿吉・富岡丘
蔵・別所光一・松本善二・前島康彦

(1971): “武蔵野” の回顧と展望:武蔵
野 279-280,31-51

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図書紹介

かならない。この理念的な理解は,特定の地

のような風景が浮かんでくるだろうか。茫漠

報告・話題

 「武蔵野」という言葉を聞いたときに,ど

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